日本の水資源の現状と課題
国土交通省水資源部総合水資源管理戦略室 2009年6月9日
はじめに
我が国では,高度経済成長期における大都市圏を中心とした慢性的な水不足に対応するためにダムなどによる水資源開発が積極的に推進されてきた。近年は,安定成長期に移行し,家庭への節水型機器の普及,工業用水の回収率の向上,水田面積の減少などにより,水使用量は横ばいからやや減少の傾向にある。その結果,ダム等の水資源開発施設の整備がなお必要な地域もあるものの,全体としてはかつてほどの渇水に見舞われることは少なくなっている。
一方,平成19年2月以降順次公表された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第4次評価報告書において,地球温暖化の進行,極端な大雨の頻度の増加,融雪の早期化による干ばつのリスク増加等が指摘されている。
さらに,安全でおいしい水や豊かな水環境等に対する国民の要請が高まっている中で,水資源関連施設の老朽化を背景とした事故や水質悪化の発生リスク,災害時の水供給力低下等の課題への対応が強く求められている。
本稿では,水資源の利用状況と課題を紹介するとともに,水資源に係る課題に対応する,水量と水質,地表水と地下水,平常時と緊急時を一体的にとらえて水資源を総合的にマネジメントする「総合水資源管理」について紹介する。
1. 日本の水資源と利用状況
1.1 水資源賦存量
水資源賦存量とは,理論上人間が最大限利用可能な水資源量であって,降水量から蒸発散量を引いたものに当該地域の面積を乗じて求める。昭和51年から平成17年までの30年間の平均水資源賦存量は,約 4,100億m3である。このうち水使用量は約834億m3であり,87%を河川水,13%を地下水に依存している(図1)。
一人当たり水資源賦存量を世界と比較すると,世界平均である約8,600m3/人・年に対して,約3,200m3/人・年と2分の1以下である。なお,FAO(国連食糧農業機関)資料によると中国の水資源賦存量は約28,290億m3,一人当たりの水資源賦存量は2,127 m3/人・年である。
図1 日本の水資源賦存量と使用量
1.2 水資源の利用状況
2005年における水使用量(取水量ベース)は,合計で約834億m3であり,近年横ばいから減少傾向にある。用途別にみると,生活用水と工業用水の合計である都市用水が約285億m3,農業用水が約549億m3である。なお,農業用水の使用量は,実際の使用量の計測が難しいため推計した値である。ここで,工業用水は従業者4人以上の事業所を対象とした淡水補給量である。なお,公益事業(電気事業,ガス供給事業及び熱供給事業),養魚用水や消・流雪用水等において使用された水量は含んでいない(図2)。
図2 全国の水使用量
(1) 生活用水
2005年における生活用水使用量は,約159億m3となっており,近年ほぼ横ばい傾向にある。上水道の有効率は,漏水防止対策などにより,年々向上しており2005年度には92.3%に達している(図3)。
図3 上水道の有効率の推移
(2) 工業用水
2005年における工業用水使用量は,30人以上の事業所において,約516億m3である。工業用水においては一度使用した水を再利用する回収利用が進んでいるので,河川水や地下水から新たに取水する淡水補給量は約110億m3である。回収率は年々増加しており,2005年は78.7%であった(図4)。
図4 工業用水使用量等の推移
(3) 農業用水
2005年における農業用水使用量は約549億m3であり,水田面積の減少により近年使用量が減少している(図5)。農業用水は,水田かんがい用水,畑地かんがい用水,畜産用水に大別され,ここでは耕地の整備状況,かんがい面積,単位用水量(減水深),家畜飼養頭羽数などから使用量を推計している。
図5 農業用水使用量の推移
1.3 水供給の状況
(1) 河川水
河川の流量は季節変動が大きいため,年間を通じて安定的に水を利用するには,ダムなどの水資源開発施設により流量を安定化させる必要がある。日本のダム等の水資源開発施設による開発水量のうち,都市用水の開発水量は約182億m3/年(2008年3月末)であり,これは都市用水使用量約285億m3/年の64%を占めている。
河川水を取水する場合,水資源開発施設がまだ完成していない状況でもその緊急性等からやむを得ず,河川水が豊富なときだけ取水できる不安定取水を行っていることがある。2007年度末の都市用水の不安定取水量は,全国で約11億m3/年であり,都市用水使用量の約4%に相当する。
(2) 地下水
地下水は,個々の使用者が設置した取水施設により直接取水されるため,取水量を正確に把握することは困難であるが,都市用水及び農業用水における地下水使用量は約105億m3と推定され,全使用量の約13%を占めている。都市用水に限ってみると,河川水が約75%,地下水が約25%となっている。
(3) 下水・産業廃水等の再生利用
水資源の有効利用及び水環境の保全等の視点から,下水処理水や産業廃水の再生利用が行われている。下水処理水は,2005年度には約138億m3発生し,約2.0億m3が再利用されている。
(4) 雨水利用
雨水利用は,2005年度末,全国で1,628施設において,水洗トイレ用水等の雑用水として利用されており,施設数は年々増加している。
(5) 海水の淡水化
海水から塩分等を除去し淡水を得る技術が海水淡水化技術であり,これらの海水淡水化プラントは,全国で約21万m3/日の造水能力に達している(2008年3月末時点)。このうち,水道事業等における海水淡水化プラントの2006年度の稼働実績は約1,601万m3となっている。
2. 水資源管理をとりまく主な課題
2.1 気候変動による水資源への影響
近年,少雨化や降水量の変動の増大によって既に水利用の安定性が低下しているところであり,地球温暖化の進行により,今後水資源にさらに深刻な影響が及ぶことが懸念される。
今後数十年~百年を見通した我が国の気候変動に関する予測研究によれば,約百後には,冬季,春季に西日本を中心に少雨傾向となり,また,日降水量が100mm以上の年間日数,無降雨日数ともに増加すると予測されている。中でも,夏季については降水量の増加とともに変動幅も拡大することが予測され,大渇水の発生が懸念される。
また,気温上昇により積雪量が大きく減少し,融雪時期も早まると予測される。このため水資源を雪解け水に依存している地域においては,代かき期などの水の需要期の河川流量が減少して水不足が発生するおそれがある(図6)。
温暖化による水質への影響については,未解明な部分が多いが,水温上昇等によって水の安全面や水のおいしさ,生態系への影響が懸念される。
加えて,海面上昇によって沿岸部の地下水が塩水化し,水利用に影響を及ぼすおそれがある。
図6 温暖化後の河川流出量(想定)
2.2 安全でおいしい水,豊かな環境への要請
河川や湖沼の水質は,下水道の整備や排水規制の強化等によって,全体的に改善傾向にある。しかし,湖沼では環境基準達成率が低くとどまり,河川においても渇水年には環境基準達成率が低下しているため,引き続き水質向上への取り組みが必要な状況である。一方で,安全でおいしい水,豊かな水環境,生態系への配慮に対する要請は高まっている(表1)。
表1 水と関わる豊かな暮らしへのニーズ
2.3 施設の老朽化の進行等による施設機能低下と大規模地震等による水供給阻害リスクの増大
高度経済成長期以降,急ピッチで整備が進められた施設の老朽化が進行している。ひとたび大地震が発生すると施設の破損により,断水など市民生活や社会経済活動に大きな影響が及ぶ。大規模な地震が発生する危険の高まり,建設後年数の経過する施設の増大等を受けて,震災・事故時の水供給及び排水機能の低下が懸念されている。
2.4 水源地域を始めとする流域の保全
都市への人口や産業の集中などを背景に,河川流量の減少,湧水の枯渇など流域における水循環に問題が生じている。また,ダム上流の水源林などは土砂,流木の流出防止を通じて,水源の保全,ダム機能の維持などに寄与しているが,水源地域の過疎化・高齢化により,水源を支えていくことが困難な状況となっている。
3. 今後の水資源政策 -総合水資源管理への転換-
3.1 総合水資源管理とは
水資源が直面している課題は前項で述べたように多岐にわたっており,相互に関連している。また同じ水系に水資源を依存する地域のなかでの利害調整や合意形成などが必要なものが少なくない。さらに,地球温暖化の進行は,これらの課題にさらに悪影響を与えることが予想されるうえ,これまでなかった新しい課題を発生させる可能性も否定できない。
このような状況に対応するためには,従来行われてきた,個々のテーマへの対応や個別施策分野ごとの対応にとどまらず,関係主体が連携・調整しながら分野横断的な対応・対策を適切に組み合わせ,適切な順序で施策を行うことが必要である(図7)。
図7 総合水資源管理への転換の必要性
「総合水資源管理」とは,水循環の基本となる流域を単位として,水量と水質,平常時と緊急時,地表水と地下水・再生水,上・中・下流,現在直面している課題と将来予想される課題等を包括的・一体的に捉えて水資源を総合的にマネジメントする方策である。
総合水資源管理の各施策は,基本的には各分野の行政主体,利水者等が行うが,水資源に係る課題が共有され,各主体の施策が円滑かつ調和のとれた形で推進されることが望まれる。そのため,流域を単位とした水資源の関係者が話しあう常設の場を設け,そこでの協議・合意を得てマスタープラン(流域総合水資源管理基本計画(仮称))を作成し,施策が推進されることが考えられる(図8)。
図8 流域総合水資源管理基本計画(仮称)の概要
3.2 総合水資源管理の具体的な施策
(1) 施設の整備・運用・維持管理
大地震,事故等の緊急時の対応として,流域全体のリスク分析を踏まえた施設の改築・耐震化,広域水融通可能な緊急連絡管の整備,予備取排水口等の整備,災害発生時の水輸送体制の確立(水輸送バッグの配備等),想定被災地での水備蓄(応急給水槽等),対応マニュアルの明確化等が必要である。また,水利用の安定性を確保するために,既存施設を活用して供給能力を増大させる方策が必要である。具体的には,ダム嵩上げによる利水容量の増大や複数のダムを導水管で結ぶダム群連携,ダムの統合運用等の施設の運用方法の改善,ダム間の容量を振り替えるダム群による供給能力の向上が考えられる。
(2) 水を大切に使う社会の構築と安定した水資源確保
安定した水資源の確保のため,利水者の効率的な水管理や,円滑な水利調整など限りある水資源の合理的な活用が求められる。また,雨水・再生水は,現在は計画的な普及が図られていないため,渇水時を含めた緊急時の水源として位置づけることが考えられる。
(3) 水量・水質の一体的管理
水質は水量と密接に関係するので,水源である森林や農地,都市を含む流域全体で,関係者が連携調整のもと,下水道整備,排水規制,面源対策などの水質の施策と水量の施策とを相互に調整をとりながら効果的に進めていく,水量・水質の一体的管理が必要である。
(4) 地下水の管理
地下水は,地表水と並んで水循環を構成する重要な要素である。過剰な地下水利用は,地盤沈下につながることから,その影響を十分に把握しつつ,持続可能な形で適正な保全と管理のもとに活用を図ることが必要である。地下水については,現状では各種データの整備が不十分であることから,組織的なデータの蓄積・分析,情報共有などの仕組みづくりを行い,適正な管理を図っていくことが必要である(図9)。
図9 地下水の適正な管理(埼玉県の例)
(5) 流域の保全
水は生物の生存基盤であることから,生態系にも配慮し,環境用水の導入,河川流況の改善などにより豊かな水環境を保全・創出することが必要である。
また,水資源の起点である水源林の保全,水源林を支える水源地域の活性化のため,流域の自治体の負担金の拠出等による水源林の間伐や人材育成などの上下流連携が求められる。
3.3 総合水資源管理の措置・体制
(1) 総合水資源管理協議会(仮称)
総合水資源管理では,平常時と緊急時,地表水と地下水や水量・水質の一体的管理など,これまで以上に流域の具体的な事情を踏まえた詳細な施策について,関係主体とのきめ細やかな調整を行いながら検討し,合意を形成して,流域総合水資源管理基本計画(仮称)に位置づけることとなる。
また,同計画に掲げた施策の実施にあたっても,当該流域の関係主体が密接に協議しながら進めていくことが必要である。
このため,同計画の策定及び実施にあたっては,計画の内容及び計画に掲げた施策の実施について協議するため,当該流域を単位として,関係主体による常設の流域総合水資源管理協議会(仮称)を設けることが必要である。
(2) 情報の共有と公開
流域総合水資源管理基本計画の策定段階では,施策案の効果や影響がシミュレーションで定量的に試算され,協議会で様々な角度から検討されることが重要である。また,施策を円滑に実施するためには,流域住民の理解と協力が不可欠であり,必要な情報が広く一般に公開されていることが必要である。
しかし,地表水,地下水,下水処理水の水量,水質の情報は,現在一部がインターネット上で公開されているものの,関係機関への報告や年次報告などの公表資料への掲載にとどまっているものも多い。
そのため,地表水や地下水を大量に利用する者に取水量や地下水採取量の報告や公開を,関係行政機関にも河川水位,水量,水質,ダムからの放流量などのオンラインでの公開を,準備のための期間に配慮しつつ義務づけるとともに,情報を公開するためのデータベース,クリアリングハウス,情報のモニタリング体制の構築が求められる。
4. おわりに
水資源が直面している様々な課題は,極めて多岐にわたっている上に相互に深く関係しており,関係者間での利害調整や合意形成などが必要なものが多い。総合的水資源管理の具体化に向けては,関係する主体の意見を幅広く聴きつつ,概念・内容を精査していく必要がある。
なお,国土交通省水資源部ホームページで,総合水資源管理への転換をテーマとした「平成20年版日本の水資源」及び国土審議会水資源分科会調査企画部会でとりまとめた「総合水資源管理について(中間とりまとめ)」をご覧いただけるので,あわせてご参照いただければ幸いである。
主要参考文献: