「科学技術進歩法」を後ろ盾にテクノロジー発展の波に乗る
2022年04月19日 閆文軍(中国科学院大学テクノロジー・法律研究センター教授)
国際社会において近年、オープンサイエンス(開放科学)運動が盛んになっている。2021年11月に開催されたユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の第41回総会で「オープンサイエンスに関する勧告」が採択された。このことはオープンサイエンスが、世界的な動向となる新たな段階に入っていることを示している。
(画像提供:視覚中国)
中国で今年1月1日から実施が始まった改正版「科学技術進歩法」は、2007年版の同法(以下「旧法」)と比べて、「オープン(開放)」という言葉が大幅に増加している。具体的に見ると、「旧法」には、「オープン」という言葉は3回しか出てこないのに対して、改正版は計15回出てくる。中国は立法化することで、オープンサイエンスの原則を確立している。
オープンサイエンスが世界の共通認識に
オープンサイエンス運動とは、科学研究の過程におけるアクセスの障壁を取り除き、研究者が研究成果やデータ、施設・道具などを共有し、科学の自由な発信を促進することを目的としている。通常、オープンサイエンスは、主に、オープンアクセス、オープンデータ、オープンテクノロジーインフラプラットフォームの3つの部分を含んでいる。オープンアクセスとは、インターネット技術を通じて、学術文献や科学研究成果を一層スピーディーで効果的にインターネットユーザーが無償で利用できるようにすることを指す。オープンデータとは主に、論文関連のテクノロジーデータなどを、論文と一緒にオープンアクセスとする目標を指している。オープンテクノロジーインフラプラットフォームとは、物理的な研究施設(例えば科学設備やプラント設備など)及びバーチャルなデジタルインフラ(例えば知識リソースバンクやデータ処理サービスインフラなど)を共有することを指す。
オープンサイエンスは、テクノロジーイノベーションのグローバル化とインターネット技術の急速な発展を背景に誕生した。現在の世界が直面している多くの問題は、科学研究者が地域や学科の垣根を越えて協力し、共に解決しなければならない。ビッグデータやクラウドコンピューティング、人工知能をはじめとした情報技術が急速に発展し、データをベースにし、オープンを特色とした新型科学研究パラダイムが次々と誕生し、科学先端の革命的なブレイクスルーは、重要テクノロジーインフラのサポート能力に一層依存するようになっている。テクノロジーイノベーションのユビキタス化の特徴がより際立つようになっている。科学研究における平等、オープン、透明、協力、包摂がますます重視されるようになっている。また、インターネットが登場し、科学知識の発信に大きな変化が生じ、テクノロジー情報や施設のオープン・共有に条件を提供している。しかし、従来型の非公開や有料を特徴とした発信と管理のスタイルは、テクノロジーリソースのオープン・共有にとって障壁となり、テクノロジーイノベーションに影響を及ぼしている。21世紀に入って以降、オープンサイエンスを支持する声が高まる一方となり、社会全体で注目を集めるようになっている。
国際社会においてここ数年、オープンサイエンス運動が盛んになっている。2021年11月に開催されたユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の第41回総会で「オープンサイエンスに関する勧告」が採択された。このことはオープンサイエンスが、世界的な動向となる新たな段階に入っていることを示している。中国政府や関連機関は、オープンサイエンスをめぐる活動に積極的に参加しており、17機関が「オープンアクセス(OA)2020」イニシアティブに調印している。中国科学院と国家自然科学基金委員会は、公的な支援を得ている科学研究論文に対してオープンアクセスを実行するよう求めている。中国国務院は、「科学データ管理規則」を発表している。このほか、国務院と関係当局は複数の規定を相次いで発表し、中国科技部(省)は、国家テクノロジー基本条件プラットフォームセンターを設立した。上記の措置は、中国のテクノロジー文献のオープンアクセスとテクノロジーリソースの共有を効果的に推進している。
しかし、中国のオープンアクセスはまだ発展の初期段階になり、「有料の壁」がテクノロジー成果とデータへの自由なアクセスの分厚い障壁となっており、社会全体の知識への差し迫ったニーズと知識へのアクセス能力の間に深刻なアンバランスが存在している。テクノロジーリソースのオープン・共有の規定は、完全に統一されておらず、体制性も低い。中国の大型科学研究機器リソースの共有の面でも、過度の購入、共有の効率が悪いなどの問題が存在しており、テクノロジーリソースの社会一般を対象としたオープン体制、メカニズムも整備が待たれる。
中国のオープンサイエンスをめぐる立法化は世界の最前線
ユネスコの「オープンサイエンスに関する勧告」は、加盟国が必要な法律を制定するまたは対策を講じるといった適切な手順を踏んで、勧告の原則がその管轄範囲で効力を発揮するよう取り組むことを提言している。そのような背景下で、中国の改正版「科学技術進歩法」は、オープンサイエンスをめぐる明確な規定を制定しており、オープンサイエンスの立法化の面で、中国は世界の最前線に立っている。
中国の科学技術進歩法には、「オープンサイエンス」という言葉が一度出てくる。それは第95条で、「国は学術雑誌の建設を強化し、科学研究論文や科学技術情報交流メカニズムを整備し、オープンサイエンスの発展を推進し、科学技術交流・発信を促進する」と規定している。ここで言うオープンサイエンスは主に、科学技術情報交流を含む科学研究論文へのオープンアクセスを対象にしており、主に科学データ、特に論文関連のデータを指している。
中国の「科学技術進歩法」には、「オープン・共有」という言葉が4回出ており、それぞれ3つの条項に現れている。第24条は基礎研究拠点のオープン・共有に関する規定で、「国は基礎研究拠点の建設を強化する。国は基礎研究の基礎条件建設を整備し、オープン・共有を推進する」とし、第54条は、テクノロジーリソースのオープン・共有に関する規定を制定し、第54条の第1項は、財政的資金を利用して設立した科学研究機関を対象にしたものであり、「財政的資金を利用して設立した科学技術研究開発機関は、健全な科学技術リソースオープン・共有メカニズムを構築し、科学技術リソースの効果的な活用を促進すべきだ」と規定している。「旧法」の第46条と比較すると、「オープン」という言葉が加えられている。「旧法」において、「共有」メカニズムは主に、財政的資金を利用して設立した科学技術研究開発機関間の「共有」を指していたのに対して、「オープン」という言葉が加わったことで、社会全体での共有を含むようになり、その共有範囲が大幅に拡大した。第54条第2項は、民間の科学研究機関の科学技術リソースオープン・共有を対象にしたものであり、「国は社会の力(企業・団体組織・個人など)が設立した科学技術研究開発機関が、合理的な範囲内で、科学技術リソースオープン・共有を実行するよう奨励する」と規定している。この規定は「旧法」にはなかったものだ。財政的資金を利用して設立した科学研究機関と比べると、民間の科学研究機関のオープン・共有は、「合理的な範囲内」に留められており、共有の範囲や義務は、財政的資金を利用して設立した科学研究機関とは明らかに異なっている。科学技術進歩法の第77条は、地域のテクノロジーイノベーションにおけるオープン・共有を対象に、「国の重要戦略地域は、地域のイノベーションプラットフォームを頼りに、利益共有メカニズムを構築し、人材、技術、資金といった要素の自由な流動を促進し、科学機器・設備、テクノロジーインフラ、科学エンジニアリング・テクノロジー情報リソースなどのオープン・共有を推進し、テクノロジー成果の地域における転化効率を向上させることができる」と規定している。
上記の「オープン・共有」関連の規定は、主に、テクノロジー物的資源やテクノロジー情報リソースといったテクノロジーリソースを対象にしている。テクノロジー物的資源は、テクノロジー活動の展開に必要な各種大型科学研究機器・設備、テクノロジーインフラといった物質的条件を含んでいる。一方、テクノロジー情報リソースは、各種テクノロジーイノベーションやテクノロジー研究の産出や成果、さらに、テクノロジー文献、テクノロジー特許、データバンク、科学データなどを含んでいる。テクノロジーリソースのオープン・共有は、基礎研究にとっても、地域のテクノロジーイノベーションにとっても非常に重要で、科学研究機関のタイプによってオープン・共有の範囲が異なる。
「オープンサイエンス」と「オープン・共有」という言葉のほか、科学技術進歩法はさらに、「オープン」という言葉を10回使っている。その内容のほとんどはオープンサイエンスと関係がある。
重要な任務で長いオープンサイエンス運動推進の道
「科学技術進歩法」は技術発展の流れに乗っており、オープンサイエンスをめぐる世界の経験と中国の実際の必要に立脚し、さまざまな角度から、オープンサイエンスに関する規定を制定し、中国が今後、関連の規定をさらに打ち出すために、上位法の根拠を規定・決定しており、中国のテクノロジーの進歩を促進するうえで重要な影響を与えると見られている。
「科学技術進歩法」の中のオープンサイエンスに関する規定はいずれも原則性、提唱性の規範だ。今後も以下の幾つかの面に力を入れ、科学技術進歩法の規定を確実に実行する必要がある。
第一に、国際オープンサイエンス運動に注目し参加する。中国のオープンサイエンスは世界のオープンサイエンスの一部である。オープンサイエンスは世界中で十分に展開されなければ、中国のオープンサイエンスが思い通りの効果に達することはない。中国はオープンサイエンスを推進する過程で、世界のオープンサイエンス運動に密接に注目し、テクノロジーの進歩につながる活動に積極的に参加し、科学の世界中でのオープン・共有を推進し、国際的な協力に積極的に参加し、オープンサイエンス変革における関連基準の制定・実行に参加し、一定の主導権を握り、中国のオープンサイエンスと世界のオープンサイエンスをうまく結びつける必要がある。
第二に、オープンサイエンスをめぐる法律、政策に関する問題を研究する。オープンサイエンスは、科学情報や施設の絶対的なオープンを意味しているわけではなく、国家の安全や個人の情報の安全を保証し、機密保護や知的財産権の保護を前提にしたオープンで、レベル分けし、区別を設けたオープンだ。中国は今後、オープンサイエンスと、国家の安全、個人情報の安全、機密保護の規則、知的財産権の規則の間の関係を研究し、オープンサイエンスを推進すると同時に、国家の安全や個人情報の安全などを保証し、機密保護の規則と知的財産権の規則が破られることがないようにする必要がある。
第三に、関連の法律・法規を一歩踏み込んで整備する。科学技術進歩法が確立しているオープンサイエンスの原則に基づいて、中国は現有の法律・法規及び規則を整理・整備し、科学研究成果やデータ、科学施設を対象にして、オープンの義務化とオープンの推薦の範囲をさらに規範化し、オープンをめぐる要求に違反している場合の法的責任を明確にし、オープンを奨励する関連措置を打ち出す必要がある。
第四に、共有プラットフォームの建設をサポートする。オープンサイエンスには、共有プラットフォームが絶対に必要だ。関連の法律、法規を整備すると同時に、中国は政策や資金といった面から、オープンアクセスジャーナルやオープンアクセスネットワークプラットフォーム、オープンアクセスリポジトリ、科学データセンター、テクノロジー基本条件プラットフォームセンターといった共有プラットフォームの建設をサポートする取り組みを強化する必要がある。
オープンサイエンスをめぐる取り組みが推進されるにつれて、テクノロジー界の情報交流はさらにスムーズになり、協力、共有が一層円滑化されるようになるだろう。オープンサイエンスは中国のテクノロジーの進歩にとって強大な推進力を提供してくれるだろう。
※本稿は、科技日報「順応科技発展趨勢 科技進歩法為開放共享護航」(2022年2月8日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。
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