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千年商都広州 グローバル化4.0への挑戦(その1)

2019年4月17日 蔡如鵬(『中国新聞週刊』記者)/江瑞(翻訳)

伝統文化を保存しつつ、新たな活力をはぐくむ特異な都市、広州。国際都市として千年の間繁栄し続けてきた商都は、近年ITに立脚した戦略的新興産業を今後の発展と位置づけ、第4次産業革命における先端都市となるべくその底力を見せつけようとしている。

 2019年1月22日、毎年恒例のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)がスイスで開幕した。今年のテーマは「グローバリゼーション4.0―第4次産業革命の時代に形成するグローバル・アーキテクチャー」だ。

 世界経済フォーラムの設立者で会長のクラウス・シュワブは、IoT化に象徴される第4次産業革命が世界経済の枠組みを書き換え、グローバル化に新たな定義を付与するだろうと述べた。その変革の渦に率先して飛び込んだのが広州だ。

 東洋一の港町からグローバリゼーション4.0へ。千年の商都・広州はいま再び世界の大舞台に立とうとしている。

世界につながる千年の商都

 世界の都市の中で、千年もの間繁栄を保ち続けていた商業都市は広州しかない。ニューヨークやソウル、東京といった後発のグローバル都市はいずれも過去500年の間に興ったもので、上海などは開港からわずか175年しか経っておらず、香港に至っては1950年代にやっと栄えだしたほどだ。

 千年の商都という歴史が、広州に中国の他の都市にはない開放性と包容力をもたらした。他に先駆けて新たなことにチャレンジする勇敢さは、1978年に改革開放が始まってから存分に発揮された。広州は数えきれないほどの「中国初」を生み出した都市だ。中国初の「新鮮な魚」が食べられるようになった都市、中国初の株式合作制の農村経済組織、中国初のタクシー導入、中国初の5つ星ホテル、中国初の美人コンテスト、中国初の近代的ショッピングセンター......。

 こうした広州の文化が今でも脈々と受け継がれているのは、その包容力に依るところが大きい。そう、広州人が千年にわたる西洋との交流の結果コーヒーを受け入れた一方で、今なお漢方茶も飲み続けているように。

千年の背景を持つ新たな活力

 2018年10月、広東省を訪れていた習近平(シー・ジンピン)総書記は、永慶坊に足を運び、旧市街地の再開発や歴史文化建築の修繕・保護状況を視察したあと、こう述べた。「都市計画と都市建設は歴史文化の保護を特に重視し、いきなりすべてを取り壊すようなやり方をしてはいけない。地方の特色を生かし、住環境の改善に努め、『微改造』のような根気の要る方法で、文化の伝承や存続を重視し、都市の記憶を留め、いつでも故郷に思いを馳せられるようにしなければならない」

 実際、広州市は習総書記の述べた方法で再開発をおこなっていた。広州市の伝統文化重視の姿勢は、旧市街地再開発の過程でも存分に発揮されていた。

 過去十数年に及ぶ都市の拡張の結果、広州の伝統文化は隅に追いやられていないばかりか、旧市街地の保護と再開発により新たな活力が生まれ、この都市にとって最大の強みとなった。

 国内の大部分の都市とは異なり、広州は「城中村」〔都市内農村〕を含む旧市街地に対し、大規模な取り壊しと再建という再開発方式をほとんど採らなかった。これは広州文化の特徴である市井文化において、庶民の権利意識が比較的強いことも関係するが、それ以上に社会全体の伝統に対する尊重が反映されたためでもあった。それゆえ、20世紀末に中国の都市が大発展を迎えた時期、広州市が採った戦略は、旧市街地の再開発ではなく、周辺地域を開発することだった。

 しかし、広州市のやり方は大きな論争を引き起こした。ごみごみとして乱雑な旧市街地、特にいまにも崩れ落ちそうな城中村は大都市にあるまじき姿で、都市の景観を損なっていると考える人が多かったためだ。中には、あんなのは都市の「がん」だと言ってはばからない人もいた。当時、城中村をテーマに据えた論文は、博士論文だけでも100本以上あったという。

 だが、その後の事実が証明したように、旧市街地や城中村は「がん」などではなかったばかりか、逆に都市の「調整弁」の役割を果たしてもいたのである。少なからぬ研究により、家賃の安さが多くの若者を呼び込み、彼らの存在が、都市の発展に不可欠なエネルギーを注ぎこむ結果を生んでいることが明らかになった。

 実際、旧市街地の役割はそれだけにとどまらず、さながら都市における土壌のように、人材のみならず、都市の伝統と文化をも育んできたのだ。

 永慶坊は広州市茘湾区にある、1930年代に作られた旧市街だ。広州市は永慶坊の再開発の際、「微改造」という全く新しい理念を打ち出した。これは元々の空間配置を壊すことなく、老朽化して危険な建物を補強・修繕し、本来の町並みを最大限保つというものだ。最も重要なのは、以前のように全住民に立ち退きを強要せず、昔からの住民を引き続き住まわせ、生活様式が変わらないようにする取り組みだ。「文化の伝承にはこうしたことが極めて重要」と都市更新局のある研究員は語る。

 永慶坊に新たな活力を注入するため、茘湾区ではハッカースペース〔コミュニティーで運営するワークスペース〕やクリエイティブ産業、民宿といった新しい業態を誘致し、産業の活性化を図ると同時に、職を求める若者を引きつけてきた。取り組み開始から2年あまりが経った現在、永慶坊は広州で最もホットな観光地となり、訪れる観光客が毎日引きも切らない。

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図1:永慶坊の一角。撮影/『中国新聞週刊』記者 董潔旭

新たなスタートを切る国際都市

 近年、広州市は文化面のソフトパワーと国際競争力を高めるため、都市イメージの演出や宣伝に力を入れ、国際的知名度アップに努めている。

 広州は古来国際的な都市だった。1850年の記録では、広州は世界10大都市のうち、ロンドン、北京、パリに次ぐ第4位に挙げられていた。

 最近ある研究者が、Googleブックスに登録されている書籍のビッグデータを利用し、過去300年間で英語書籍に出現した中国の地級市以上の都市のTF〔単語の出現頻度〕を調べることで、中国の都市の国際的知名度の移り変わりを分析した。その結果、トップ10は北京、香港、上海、広州、南京、マカオ、天津、台北、重慶、そしてラサだった。

 しかし、1700年から1900年までの200年間は、北京、香港、上海、広州のうち、英語書籍に比較的多く出現するのは北京と広州のみで、しかも広州が圧倒的に多かった。北京が広州を超えたのは、1735~1744年の短い間だけだった。上海と香港が両者に追いつくのは1850年以降のことである。

 現在、広州と言えば、多くの人はまず「小蛮腰」のニックネームで呼ばれる広州タワーを思い浮かべる。「小蛮腰」をランドマークとする一帯はいまや広州市街の中心地を成している。

 北は燕嶺公園から、南は海心沙島に至るこの中心地は、広州タワー、広州国際金融センター、中信広場といった超高層建築群を含み、広州のスカイラインを形成している。2011年からは広州国際ライティングフェアが始まり、このエリアの魅力がさらに増した。

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図2:広州のランドマーク建築とその位置

 主催者側は当初、大規模なライティングフェアを通じ、夜の広州の美しさを楽しんでもらうことを狙いとしていた。しかし、年々来場者数が増加し、イベントの知名度も上がるにつれ、広東文化、故郷の風情、千年の都といった要素が加味されていった。

 2015年、広州市の努力は報われた。この年、広州国際ライティングフェアはユネスコの「国際光年」特別推進イベントに指定され、フランスのリヨン光の祭典、オーストラリアのビビッド・シドニーと共に世界三大ライティングフェアと称されるまでになった。

 広州国際ライティングフェアはいまや、広州を全世界に知らしめる舞台となっている。ただ、世界に受け入れてもらうには、都市のイメージアップだけでなく、大規模な国際イベントの場でそれをアピールすることがより重要になってくる。広州市は2017年、世界でも経済的に魅⼒的な場所を選んで開催され、「世界経済の動向把握の窓口」と呼ばれるフォーチュン・グローバル・フォーラムを誘致することにも成功した。

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図3:2018年11月26日、広州花城広場では年に一度のライティングフェアが開催された。当日夜は広州中が光に包まれた。

 広州市はこのフォーラムの開催を、世界進出の絶好の機会と捉えていた。フォーラムの開催中に都市の宣伝を効果的におこなうため、広州市は新しいイメージロゴのデザインも急ピッチで進めた。最終的に新ロゴのモチーフに選ばれたのは、これまでよりシンプルで分かりやすい「小蛮腰」だった。「広州人がいま一番誇りに思っている建築物は広州タワー」と、デザイナーの広州美術学院ビジュアルアーツデザイン学院院長の曹雪は言う。「広州を訪れる観光客にとって、広州タワーは外せないスポット。広州が世界に向け都市のイメージを宣伝する際も、まず広州タワーを紹介している」

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図4:広州タワーは塔体部分の高さ454メートル、アンテナゲイン塔の高さ146メートルで、全体の高さは600メートルに達する。タワーの高さ454メートル地点には、世界で最も高い屋外展望デッキと高空横向き観覧車が設置されている。撮影/姫東

 広州タワーは、物理的高さのみならず、精神レベルの高さの象徴でもあり、未来に対する広州人の自由なイマジネーションを体現したものと曹雪は捉えている。一方、広州市政府は、歴史・伝統や文化・言葉の壁を超越したこの新ロゴが、異文化の架け橋となり、交流の窓口を開き、世界に広州を印象づけてくれることを期待している。

 フォーチュン・グローバル・フォーラムの開催前、広州市は開催説明会と称し、北京、パリ、香港、ニューヨーク、ワシントン、東京、シンガポール、台北、シカゴ、ミュンヘン、ロンドン、上海など13都市でキャラバン式のプロモーション・イベントを実施した。フォーラムの開催説明と同時に、広州という都市の宣伝をおこなうことも忘れなかった。

 13会場でのプロモーション・イベントは、アジアでは1会場あたり平均150社が、欧米では平均120社が参加した。北京会場ではなんと200社以上が参加した。

 2017年12月にフォーチュン・グローバル・フォーラム広州ダイアログが閉幕した後も、各都市を回るキャラバン式プロモーション・イベントの手法は継続された。広州市は翌2018年を「都市イメージ国際宣伝年」及び「国際ブランドイメージアップ年」と位置づけ、広州の国際的知名度アップに尽力する1年とした。

 この年、広州市は華僑の一大出身地という強みを生かし、ボアオ・アジア・フォーラムや上海協力機構(SCO)第1回メディアサミット、第1回中国国際輸入博覧会、G20首脳会議、APEC非公式首脳会議といったハイレベル外交や要人訪問の機会を利用して、36都市でプロモーション・イベントや交流イベントを実施。イベントには各国の政界、財界、シンクタンク界等のリーダー、並びに華僑・華人計1万人以上が出席した。

 中国の重要な対外貿易港である広州は、海のシルクロードの重要都市でもあり、全世界にあまねく華僑を輩出している。大まかな統計だが、広州出身の華僑・華人、香港・マカオ在住の者、帰国華僑や彼らの親族は400万人以上おり、130あまりの国及び地域に居住している。この数字は、もちろん中国一だ。

 これ以外にも、広州市は世界的に影響力を持つ国際組織やシンクタンク、メディアを積極的に広州に招致し、広州及び中国の姿を伝える努力をしている。

 例えば、〔アメリカの放送局〕CNBCや『フォーチュン』などの世界トップレベルのメディアは、広州で科学技術サミットや科学技術フォーラムといった重要な国際会議を開催している。また、『エコノミスト』も、世界未来都市サミットの開催地を広州に決定した。同誌のブラントCOOは決定前に何度も広州を訪れており、「広州に来るたび、中国の科学技術の幅広く奥深い応用力を感じる。世界の様々な産業、特に科学技術産業分野で、中国は非常に印象深い、優れたパフォーマンスをしている」と語っている。「広州こそがグローバルな未来都市のあるべき姿だ」とも。

 広州市はまた、CCTVの広東・香港・マカオ大湾区総本部の誘致にも積極的だ。さらに、曁南大学、博納影業集団〔ボナ・フィルム・グループ〕、珠江電影集団と提携し、珠江電影学院の設立、広東・香港・マカオ大湾区映画祭の開催などの準備を進めている。また、都市文化国際宣伝戦略研究院を設立し、都市イメージマーケティングの展開を共同で進める計画もある。

 絶えず強化される宣伝の背景には、世界の舞台を目指す広州の並々ならぬ野心と、日増しにし烈さを増す都市間競争の覇者たらんとする広州の差し迫った思いが隠れている。

その2へつづく)


※本稿は『月刊中国ニュース』2019年5月号(Vol.87)より転載したものである。