キャピラリー電気クロマトグラフ-エレクトロスプレーイオン化-マススペクトル結合技術及びその生物及び薬物分析における応用
(武漢大学薬学院副院長、薬物分析及びスクリーニング研究所所長) 2010年11月26日
陳子林(CHEN ZILIN):武漢大学薬学院副院長、
薬物分析及びスクリーニング研究所所長、ロカ特別招聘教授
1963年11月生まれ。
2000年東京都立大学応用化学専攻工学博士。
発表した論文80余編。共著、単独著書2点。雑誌「Drug Discoveries & Therapeutics」及び「医薬導報」編集委員、「Biomicrofluidics」ゲスト編集者を務める。
2010年中国―日本―韓国分析化学シンポジウム執行委員長。
2003年1月、日本分析化学会関東支部「新世紀賞」、2003年11月、日本クロマトグラフィー科学会「奨励賞」、2010年2月、武漢大学医学部「2008-2009年度医学突出貢献賞」を受賞。
国家自然科学基金重大研究計画重点プロジェクト、対象プロジェクト等のさまざまな科学研究事業を主宰。
生物、薬物科学研究の急速な発展は生物、薬物試料の化学構造情報に対するニーズを極めて大きなものとしている。マイクロカラムクロマトグラフ、キャピラリー電気泳動(CE)及びキャピラリー電気クロマトグラフィー(CEC)等の現代的分離技術は微量、複雑な生物、薬物試料に対して高い効率の分離・分析結果が得られる。マススペクトル(MS)は生物分子構造の情報を表現する重要な手段であり、分離される成分の分子量及び化学構造の情報を正確に提供することが可能である。従って、MSがガスクロマトグラフ(GC)、高速液体クロマトグラフ(HPLC)、CE、及びCEC等の分離技術と結合して発展してきたマイクロカラムスペクトル分離-マススペクトル結合技術は、すでに活性多糖類、ポリペプチド、タンパク質、RNA/DNA、代謝産物及び生物活性薬物分子を分離及び検出する上での重要な手段となっている。しかし、GC-MS結合技術においては、加熱ガス化を受けて生物試料の活性消失または変性等の制限を受けるため、通常は生物試料の分析に適しない。また、通常のHPLC-MS結合技術には試料及び溶剤の消費量が大きい、分離カラムの効率が低い等の欠点があり、やはり極めて多くの微量で貴重な生物試料の分析のニーズを満たすことができない。エレクトロスプレーイオン化(Electrospray ionization、ESI)技術の急速な発展にともない、キャピラリーモノリシックカラム(Monolithic Column)を運用したμLC-ESI-MS[1]、CE-ESI/MS結合技術がすでに、生物、薬物分析に応用されている[2]が、CE分離に使用されるバックグラウンド電解質及び添加剤の濃度が相対的に高いため、通常は比較的高いバックグラウンドノイズをもたらし、試料信号の検出を妨害し、CEとMSの結合技術のいっそうの発展を制限する結果になっている。
キャピラリーモノリシックカラムの研究製作成功はCEC技術の急速な発展を促しており、CEの高い分離カラムの効果及びマイクロカラム高速液体クロマトグラフの高い分離選択性の2つの長所を結合したCEC技術は、高い分離選択性、高いカラム効果、少ない試料等の長所を有しているだけでなく、流動相のバックグラウンド電解質及び添加剤濃度が相対的に低いという特色を有しており、従って、CEと比べてさらに良好なマススペクトルとの適応性を有している。従って、CEC-ESI-MS技術は極めて大きな応用可能性の前途を有する新しいタイプの生物、薬物分析技術となるとともに、生命科学、医学診断、医薬開発、薬物分析等の研究と応用において広範に使用することができるものと期待されている[3]。同時に、分析システムのマイクロ化は分離と検出のプロセスを1枚のマイクロチップに集積させることが可能であり、高度の並行性、マイクロ化の長所を有しており、高い効率、高い選択性、スピーディな現場分析に適している。従って、CEC-ESI-MS結合技術及びマイクロチップCE/CEC-ESI/MS技術の研究、開発は重大な科学研究と実際的な応用価値を有している。
近年、GC、HPLC及びCEとMSの結合技術の研究は比較的速い発展を見せているが、CEC-MS結合技術及びマイクロチップCE/CEC-MS技術の研究は国内外においてまだ発展途上の段階にある。国外で関連の研究を展開している主な科学研究チームには、米国のノヴォトニー(インディアナ大学)[4]、ラムゼイ(オークリッジ国立研究所)[5]、ドイツのシュリッヒ(チュービンゲン大学)[6]及びオーストリアのフーバー(リオポルドーフランツェンス大学)[1]等のチームがあるが、発表された論文の数は極めて限られている。中国国内では中国科学院北京科学研究所、軍事科学研究所、北京大学、清華大学及び復旦大学等の機関・大学がすでに幾つかのGC-MS、LC-MS及びCE-MS等のクロマトグラフ-マススペクトル結合技術の研究を展開している[7~9]。しかし、CECとMSの結合については、大連化学物質研究所張玉奎アカデミー会員の研究チームが展開している加圧電気クロマトグラフ(pCEC)-ESI-MSをポリペプチド及びタンパク質の分析に応用する幾つかの研究作業、及び本課題チームが中国国家自然科学基金プロジェクト(Grant No.20775055)の資金援助の下において展開している幾つかの研究作業だけしかない。CEC-MSの研究はCES/MSの界面技術の研究、CECのカラム技術の研究、マイクロチップCE/CEC-ESI-MS及びCEC-MSの応用研究の4つの面に概括することができる。以下各部分の研究の進展について総合的に述べる。
(1)CES/MSの界面技術
界面(インターフェース)技術はCECとMSの結合のキーポイントとなる技術の一つである。CEC/MSの界面はCE/MSの界面と相似している。早期のCEC/MSは連続液快速原子衝撃界面(CFFAB)を採用していたが、この種の界面が要求する高流速の液体流動及び低濃度の緩衝液によって生ずる矛盾の解決が困難であり、現在ではすでに完全にエレクトロスプレーイオン化(ESI)界面に取って代わられている。現在、ESI界面技術は主としてシースフロー(Sheath-flow)、シースレスフロー(Sheathless flow)及び混合液ジャンクション(液絡)(Liquid junction)の3種の界面技術を含んでいる[3]。シースフローの界面は装置の構造が複雑であるだけでなく、シースフローの希釈効果により、マススペクトルの検出感度を低下させている。混合液ジャンクションの界面はジャンクション個所の分離キャピラリーの出口とエレクトロスプレーキャピラリーの入口が接続しにくく、ジャンクションのデッドボリュームを生じ、同時に、補充した液体が分析物のイオンを希釈するため、ゾーンの幅を広くし、分離度を低下させることを招く。前記の2種の界面技術と比べて、シースレスフローの界面技術は、界面構造が簡単、希釈効果がない、検出感度が高い等の長所を有しているため好評を博している。近年、シースレスフローESI界面の研究報道が幾つか見られる[11]。筆者は、シリカゲルモノリシックカラム材料が高液圧、大流量の電気浸透流を発生することを応用するとともに、ナフィオン(Nafion)管接続設計を採用して電極反応のガス発生の影響を取り除き、新型のマイクロチップ型高圧電気浸透ポンプの研究製作に成功するとともに、この種のマイクロチップ型電気浸透ポンプ/エレクトロスプレーカップリング装置を使用して、電気浸透流の液圧及び流量を正確に調整制御し、エレクトロスプレーテイラーコーン(Electroapray Taylor cone)が安定できるようにした。この種の電気浸透ポンプ/エレクトロスプレーカップリング装置(図1に示すとおり)はすでに集積化電気浸透ポンプ―電気化学チップセンサー分析システムの構築に応用することに成功しており[12]、マイクロチップとマススペクトル結合のシースレスフローESI-MS界面の電動分離への応用が期待できる。
Figure 1 Monolithic electroosmotic pump and scanning electron micrograph (SEM)
picture of monolith with a magnification of 5000 (From Ref. 12)
(2)CEC-MS結合技術におけるCECカラム技術
カラム技術はCECとMSの結合のいま1つのキーポイントとなる技術である。CES-MSに応用するキャピラリーカラムは必ず次に掲げる要求を満たさなければならない。(1)強度が十分な電気浸透流を生じて流動相を駆動し、エレクトロスプレーの発生を支持するとともに安定を維持する。(2)比較的良好な分離選択性を有し、分離に必要な試料の分離の要求を満たす。(3)試料のカラム体における吸着を最大限度に抑制し、試料の残留が分離、分析に対してもたらす影響を避けることができる。現在、CECカラム技術にはオープンチューブ、充填[6]及びモノリシックキャピラリーカラム[4]の3種がある。オープンチューブカラムのクロマトグラフ固定相がキャピラリーチューブの内壁だけに塗布され、有効カラムと試料負荷量が相対的に低い等の欠点があるため、通常CECの応用は適しない。充填カラムは充填が困難である、分離の過程において気泡が生じやすい等の制限を受けるため、やはりCECの広範な応用に適しない。キャピラリーモノリシックカラムがオープンチューブカラムと充填カラムの前記の欠点を克服し、高いカラム効果、高い分離選択性、電気浸透流強度が調整可能である、調製しやすい等の長所を有しているため、CECへの応用に対して特に優位性を有している。
近年、筆者はゾル-ゲル(Sol-gel)及びオンキャピラリー(on-capillary)化学結合反応等の方法を使用して、一連の新型キラルキャピラリーチューブシリカゲルモノリシックカラムの開発に国際的に先立って成功するとともに、マイクロカラム液相クロマトグラフ及びキャピラリー電気クロマトグラフに応用し、一連のキラルアミノ酸、小分子ポリペプチド、ヒドロキシ酸、位置異性体、キラル薬物等の生物、薬物分子を成功裏に分離した[13、14]。図2に示すのは配位子交換型(上)とγ-シクロデキストリン修飾の主客体相互作用型(下)のモノリシックカラム概念図で、図3はキャピラリー電気クロマトグラフ分離キラルアミノ酸の電気クロマトグラフである。該項目のキラルモノリシックカラム技術等の関連の成果はこれまでに日本分析化学会関東支部の「新世紀賞」[15]及び日本クロマトグラフィー科学会「奨励賞」[16]を受賞した。しかし、現在CEC分離に用いられるキャピラリーモノリシックカラム技術についての報道は極めて多いものの、キャピラリーモノリシックカラムをCEC-MS結合技術に用いている関連研究についての報道はいくらもない[3、4]。従って、キラルモノリシックカラム技術がEC-MS分析に応用されることがいっそう期待されており、本課題チームは現在中国国家自然科学基金の資金援助の下において関連の研究作業を展開するとともに、一定の進展を見ている。
Figure 2 Chemical structures of monolithic LE-CSPs (top) and g-CD-CSPs (bottom).
Figure 3 Electrochromatographic separation of a mixture containing six enantiomers of dansyl amino acids.
Peak identification: 1, Dns-D-Thr; 2, Dns-D-Ser; 3, Dns-L-Thr; 4, Dns-D-Leu; 5, Dns-L-Leu; 6, Dns-L-Ser.
Column: L-PheA-modified monolithic column (TL 35 cm, EL 26.5 cm; i.d. 100 mm, o.d. 375 mm).
Mobile phase: pH 5.5 acetonitrile/0.50 mM Cu(Ac)2-50 mM NH4Ac (7:3).
Applied electric field strength: -300 V/cm; UV detection 254 nm; electrokinetic injection 3-5 s. (From Ref. 13).
(3)マイクロチップ電動分離技術(CE/CEC)とマススペクトル結合技術の研究
ラボ・オン・チップ(Lab-on-a-chip)は近年の分析化学分野における人気のある課題となっている。その基本的思想は、試料の前処理、反応、混合、分離及び検出等の分析過程全体を1枚のマイクロチップ上に集積することにある。ここ十数年来、マイクロチップ電気泳動分離と電気化学検出、紫外線または蛍光検出技術結合の研究は比較的急速な発展を遂げている。しかし、CE/CEC分離マイクロチップとマススペクトル結合技術の発展は停滞して前進していない。その主な問題は、マススペクトロメーター自身のマイクロ化が極めて困難であること及びエレクトロスプレーイオン化の界面の問題である。例えば分離マイクロチップの分離通路出口個所の湿潤(ウェッティング)の問題[5]で、電気浸透流の液圧及び流量の不足がもたらすエレクトロスプレーテイラーコーン(Taylor cone)の不安定、イオン化効果低下の問題[17]、及び分離マイクロチップとキャピラリーエレクトロスプレーエミッター集積化の高難度加工等の技術的問題である。現在、マイクロチップCE/CEC-ESI/MSの研究は主としてMSと適応する新型CE/CEC-ESIマイクロチップの開発に集中しており、同時に前記問題の解決方法が研究されている。最近、筆者はマイクロチップ型モノリシックカラムエレクトロスプレーエミッター(Electrospray emitter)の研究製作に成功しており、テイラーコーンのデッドボリュームを減少させ、ESIイオン化の効果を向上させることが可能となった[18]。図4に示すのはテイラーコーンのデッドボリュームを減少させるエレクトロスプレー図である
Figure 4 Taylor cone forms after hydrophobic surface modification at -3 kV.
The spacing between the spray tip to counter electrode is 1.5 cm (From Ref. 18)
(4)CEC-ESI-MSの応用研究
近年、活性多糖類[4]、ポリペプチド[11]、タンパク質[10]、キラル薬物分子[6、19]のCEC-MS分析応用について次々と報道されている。しかし、カラム技術及び界面技術等の制限を受けるため、CEC-MSが生物、薬物分析に用いられているという報道は依然として多くはない。筆者はナフィオン(Nafion)管接続設計を採用して電極反応のガス発生の影響を取り除き、ルパミン(Lupamin)修飾のオープンチューブキャピラリーカラム技術と結び付けて簡易シースレス(Seathless)フローCEC-ESI装置(図5に示すとおり)の研究製作に成功しており、すでにアミノ酸、小分子ポリペプチドのCE/CEC-ESI/MS 分離検出に応用が可能であることが実証されている[20]。図6が示すのはアミノ酸とポリペプチドのCEC分離とMS検出結果の図である。本研究で開発されたルパミン修飾のキャピラリー オープンチューブカラムはCEC-ESI-MS分析に応用されてさまざまな長所を有する。即ち、(1)大流量の方向が陰極から陽極に至る電気浸透流を発生して流動相を駆動するとともに安定したエレクトロスプレーを生ずることが可能である。(2)ルパミン自身が固定相の作用を示し、アミノ酸とポリペプチドの分離選択性を高める。(3)塩基性ポリペプチド、タンパク質のカラム体における吸着を抑制することが可能である。これらの長所はアミノ酸、ポリペプチド及びタンパク質の分離、分析においてその特別の優位性を示している[21、22]。
Figure 5 Schematic diagram of CEC-ESI-MS set-up and sheathless interface (From Ref. 20)
Figure 6 Overlaid ion electrochromatogram of m/z [M+H+] 166 (Phe),
132 (Leu), 246 (Leu-Gly-Gly), 223 (Gly-Phe) and 189 (Gly-Leu);
Running electrolyte: 1 M acetic acid, Lupamin-coated capillary column,
2.5 kV spray voltage, and -17.5 kV separation voltages (From Ref. 20)
感謝の言葉:国家自然科学基金(No.20775055、90817103、30973672)及び中央高校(大学・専門学校)特別項目基金、武漢大学ロカ特別招聘教授始動及び付帯基金が本課題チーム展開のCEC-ESI-MS技術及びその薬物及び生物試料分析における応用に関連する研究作業に与えてくれた資金援助に感謝いたします。
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