日本における外来植物の実態とそのリスク評価
2009年8月10日
藤井義晴(ふじいよしはる):
独立行政法人農業環境技術研究所上席研究員外来生物生態影響リサーチプロジェクトリーダー
1955年1月18日生まれ。1981年 京都大学大学院農学研究科博士後期課程中退、食品工学専攻博士(農学)。昭和52年農林水産省農業技術研究所、四国農業試験場を経て、平成7年農業環境技術研究所他感物質研究室長、平成17年より現職、2005-2008まで国際アレロパシー学会会長、著書「アレロパシー-他感物質の作用と利用」、2009年度文部科学大臣賞(研究部門)受賞。
1. 研究の背景
貿易や人間の世界的な交流の増加に伴い、外来植物の侵入・導入が増加している。これらの中には蔓延して人間の健康や農業に直接被害を与えるだけでなく、日本固有の生物多様性あるいは生態系に対する撹乱要因にもなるものがあると懸念される。侵略的な外来植物の防除対策は世界的な緊急課題であり、日本においても外来生物による生態系影響の排除を目的として、2004年6月に「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(略称:外来生物法)が公布され2005年6月から施行された。日本は独自の生態系を有する島国であり固有植物種が多い。日本の維管束植物の固有率は36%であり、インドネシアの60%、中国の56%よりは低いが、1%以下のドイツやイギリス、8%の韓国に比べて高く、世界でも固有植物の多い国のひとつである。
外来生物法では、「特定外来生物」を指定し、飼育、栽培、保管、運搬、輸入、譲渡、引き渡し、販売、野外へ放つこと、植えること、および播くことなどを原則禁止している。違反すると、個人の場合懲役3年以下もしくは300万円以下の罰金、法人の場合1億円以下の罰金という重い罰則が課せられる。植物では現在二次指定まで行われ、合計12種が挙げられている。表1に特定外来生物に指定された植物のリストを示した。
外来生物法では、この法律による規制の範囲内ではないものの、一部の外来生物については「取り扱いに注意が必要である」との観点から、「要注意外来生物」のリストを作成・公表して注意を喚起している。要注意外来生物は、「被害の恐れはあるものの科学的な知見が不足しているため現在は危険性が適正に判定できない」、とされているものである。
そこで、外来生物法に貢献する目的で、科学技術振興機構(JST)の科学技術振興調整費重要課題解決型研究において、「外来植物のリスク評価と蔓延防止策」の課題名で2005年7月から2008年3月まで外来植物の実態とリスク評価に関する研究を実施した。特定外来植物と要注意外来植物の実態、および将来導入される外来植物のリスクとその防除に関する研究を実施した。本研究は、独立行政法人農業環境技術研究所が研究代表となって実施し、独立行政法人農業・食品産業技術研究機構(畜産草地研究所と近畿中国四国農業研究センター)、国立大学法人岡山大学、雪印種苗株式会社(千葉研究農場、北海道研究農場)、財団法人植物化学調節剤研究協会が参画した。
表1 特定外来生物に指定された植物1) |
オオキンケイギク(Coreopsis lanceolata)、ミズヒマワリ(Gymnocoronis spilanthoides)、オオハンゴンソウ(Rudbeckia laciniata)、ナルトサワギク(Senecio madagascariensis)、オオカワヂシャ(Veronica anagallis-aquatica)、ナガエツルノゲイトウ(Alternanthera philoxeroides)、ブラジルチドメグサ(Hydrocotyle ranunculoides)、アレチウリ(Sicyos angulatus)、オオフサモ(Myriophyllum aquaticum)、スパルティナ・アングリカ(Spartina anglica)、ボタンウキクサ(Pistia stratiotes)、アゾラ・クリスタータ(Azolla cristata) |
2. 外来植物の実態
2-1) 外来植物蔓延の実態把握
蔓延実態を、全国レベル、流域レベル、群落~遺伝子レベルの3段階で評価した。全国レベルの評価は、農林水産省農村振興局の農業農村環境情報整備調査データ(平成14-17年)を用い、農環研で開発したRuLIS(景観調査情報システム)により外来植物の蔓延実態を調査した。全国規模で蔓延している種、気候的な制限のある種、分布拡大傾向にある種が明らかになった。ナガエツルノゲイトウが今後分布を拡大する可能性のある要注意種であることが判明した。流域レベルでは、RuLISを用いた解析で群落タイプ別の出現頻度を解析することができ、A)高被度で優占する危険植物として、コカナダモ、ホテイアオイ、ナガエツルノゲイトウ等、B)広範囲に生育する危険植物として、ナガエツルノゲイトウ、セイタカアワダチソウ、コセンダングサ、アメリカセンダングサ等、C)特定立地に結びつき生育する危険植物として、コカナダモ、アメリカミズキンバイ、コセンダングサ等を選定した。外来植物が侵入しやすい場所は、高度に圃場整備された水田の放棄地、新たに整備された水路、河川、客土された畑地の放棄地等の人間による土地改変や施肥などの攪乱を受けた場所であることが判明した。これらの研究は主に農環研で実施した。
2-2) 外来植物の非意図的な侵入
輸入穀物への種子混入による経路を調査し、輸入穀物にはアキノエノコログサ、セイバンモロコシ、イチビ、オオクサキビ、ヒルガオ類が含まれること、特に輸入コムギには除草剤抵抗性雑草が含まれる可能性があることが判明した。年間2000万トンの輸入穀物には平均で0.2%の雑草種子が混入しており、最大の非意図的侵入経路であることが判明した。この研究は主に農環研で実施した。
2-3) 外来牧草類の侵入実態の評価
外来牧草類の非意図的導入の侵入経路の評価については、分子マーカーを用いた集団遺伝学的手法により、蔓延集団と各侵入経路との関連性を明らかにした。この研究は主に畜産草地研究所と農環研で実施した。
2-4) 水生外来植物の実態
現在指定されている特定外来植物12種のうち8種は水生植物と多い。また、水系であり除草剤の利用が制限されるので駆除にも特殊な技術が必要である。また、水生植物の繁茂は西日本に多いので、これまで研究の進んでいる岡山県南部の水系を中心に水生植物の外来種と自生種の繁茂状況を調査した。また、駆除法に役立てるため、冬季から春季に生態的な防除法を考案し、生物多様性への影響調査を行った。この研究は主に岡山大学で実施した。
2-5) メリケンカルカヤの侵入実態と分布拡大状況の評価
既に侵入した外来植物のリスク評価法を策定するため、既に侵入した植物の侵入経路の特定と定着・分布拡大予測を行った。とくに、アメリカ合衆国でアレロパシーによる生態系への影響が報告され、日本に近縁種がなく、外見から区別が容易な外来植物であるメリケンカルカヤに対象を絞り、侵入途上にある岡山県内を詳細に調査するとともに、全国調査を実施して侵入実態を明らかにするとともに、分布拡大状況を明らかにした。この研究は主に岡山大学で実施した。
2-6) 外来種タンポポ類(セイヨウタンポポ)の実態
セイヨウタンポポは、ニホンタンポポの遺伝子を取り込んで雑種を形成し、一見セイヨウタンポポの9割が雑種であること、雑種は定着能が高く日本の環境に適応する進化をしていることが明らかとなった。この研究は主に農環研で実施した。
3. 外来植物のリスク評価用データベースの開発
3-1) すでに日本に侵入している外来植物のリスク評価用データベースの開発
現在まで日本に非意図的に侵入した外来植物と、意図的に導入した植物が逸出・帰化状態になった種類を加えた帰化植物一覧表を作成し、渡来年代などを明らかにした。外来植物の種子を収集し保存する事業を行い、標本、種子標本のデータベースを構築し、輸入穀物などに含まれる雑草種子を判別するためのデータベースを構築した。検索機能がついた64科554種の植物情報をもつ世界屈指のデータベースとなった。この研究は主に岡山大学で実施した。
3-2) 新たに導入される外来植物のリスク評価用データベースの開発
新たに園芸や牧草として導入する外来植物のリスクを評価し水際での防除に役立てるため、海外より緑化や園芸の目的で新たに導入する可能性のある植物を購入し、これらを播種し、その特性を調査した。とくにその生育特性や日本での夏や冬越しの状況を栽培試験によって把握し、これらを記載したデータベースを作成した。この研究は雪印種苗が農環研と協力しながら実施した。
3-3) 外来植物のアレロパシー活性評価用データベースの開発
特定外来生物、要注意外来生物に新たに導入・侵入する可能性のある外来植物を加えた合計800種の外来植物のアレロパシー(他感作用)活性を3つの生物検定法で検定しデータベースを作成した。その結果、特定外来生物に指定されている植物はアレロパシー活性が強いことが明らかになった。アレロパシーの強い植物80種において、すでに報告のあるアレロケミカルをデータベース化した。新たに、アレロケミカルとして、アカギからL-酒石酸を、コンフリーからロスマリン酸を、ギンネムからL-ミモシンを同定した。
4. 外来植物のリスク評価手法の開発
4-1) オーストラリア方式の雑草リスク評価法を元にした日本型リスク評価法の開発
既に定着している外来植物の防除判定ならびに新たに導入しようとする外来植物の導入可否判定を適切に行うために、外来植物の生態系影響リスク評価法を開発した。既往の知見を基に、外来植物の生態系影響リスク(在来植物・希少種への影響、近縁種との交雑性、競合性、人畜加害性等)を類型的に明らかにしようとした。オーストラリアで開発された未導入植物の雑草性リスクを評価する手法を改良し、49の評価項目からなる日本型の評価法を完成させた。この研究は主に農環研で実施した。
4-2) FAO方式の雑草リスク評価法を元にした日本型リスク評価法の開発
13項目の評価項目からなるFAO方式の雑草性評価法において、これらリスクの発現に関連する植物の生態的特性(定着性、分布拡大能力、種子生産性、栄養生殖性等)を整理し、特性ごとにリスク発現にかかわる寄与率を係数化して外来植物のリスク評価項目を提示することを試みた。さらに,外来植物の原産地と日本の環境、病虫害および競合する植物群集等の違いなどを評価項目として加えて、日本独自の外来植物の評価システムを開発した。FAO方式の雑草性評価法を日本に既に侵入している外来植物に当てはめて評価した。また、評価項目のそれぞれの寄与率を計算してこれに基づく評価を行った結果、含まれる有毒成分やアレロパシーによる影響の寄与が大きいことが明らかとなった。日本において外来植物の雑草性判定上重要な項目を表2に示す。これらの項目を使ってFAO方式を改良し、10項目からなる雑草評価法を策定した(新FAO方式)。その結果、二次指定された特定外来植物はいずれも点数が高く、とくに、ボタンウキクサ、アレチウリ、ブラジルチドメグサ、ミズヒマワリおよびナガエツルノゲイトウの5つが高得点であった(表3)。ナガエツルノゲイトウ以外の4種は、現在河川や河川敷で爆発的に広がって問題となっている。ナガエツルノゲイトウは、今後の蔓延が懸念され、速やかな防除が望まれる。このほかに、要注意外来生物に挙げられているホテイアオイやセイタカアワダチソウの得点が高いことが明らかになった。今回新たに、シツノアイアシ、ナギナタガヤ、ナンバンアカアズキ、アメリカネナシカズラ、ナガミヒナゲシ等の雑草性リスクが高いことが明らかとなった。
項 目 | 重み |
水生植物である、あるいは水に強く河川敷で広がる | Y=3 |
同じ種に雑草になっているものがある | Y=2 |
意図的・非意図的を問わず人間活動で広がる | Y=2 |
刺(とげ)や針をもつ | Y=1 |
人や動物に対して有毒か忌避される | Y=1 |
アレロパシー活性(他感作用)が強い | Y=1 |
蔓性であったり、他の植物を窒息させるほど被覆力が強い | Y=1 |
種子が多産である | Y=1 |
栄養繁殖(無性生殖)により再生する | Y=1 |
切断・耕耘・火入れに耐性か、むしろ広がる | Y=1 |
表3 特定外来植物およびその他の外来植物の新FAO方式による雑草性リスク評価(試行)
5. 成果の公表
本研究成果を国民に説明する公開セミナー等を全国各地で、合計9回実施した。参加者の総数は1425名であった。これらの内容は、下記のホームページに紹介している。
http://www.niaes.affrc.go.jp/project/plant_alien/index.html
また、外来植物とその種子に関して開発したデータベースの一部は、外来植物のリスクの研究に役立てたり、穀物などに混入した種子を識別する目的で利用していただくため、下記のホームページで公開している。このデータベース外来植物の学名、和名、渡来年代および種子画像から構成されている。また、とくに要注意植物種に関しては画像検索が出来るようになっている。
http://www.rib.okayama-u.ac.jp/wild/okayama_kika_v2/okayama_kika.html
さらに、これまでに報告のある外来植物の有害物質を文献等から調査し、環境省の提示した要注意外来植物を中心に、80種の植物の起源、日本における分布・生育特性、有害物質、他感作用に関する情報を記載したデータベースを作成し、「外来植物ミニ図鑑-環境に影響するおそれのある外来植物」、および、含まれる有毒・有害成分の情報を加えた「外来植物と化学成分-特異的に含まれる生理活性物質や有害成分」を作成した。この2冊の図鑑は公開セミナー等で配布したが、その一部は次のインターネット上でも公開している。
http://www.niaes.affrc.go.jp/project/plant_alien/index.html
6. 現在の研究状況と今後の問題
本プロジェクトの結果、今後さらに検討が必要とされる緑化植物については、2008年度から環境省の「地球環境保全等試験研究費・公害防止等試験研究費」において、「緑化植物による生物多様性影響メカニズム及び影響リスク評価手法に関する研究」が5ヶ年計画で開始している。これは、国立公園等における緑化植物による生物多様性影響評価を行うプロジェクトである。
しかし、本プロジェクトで、最大の外来植物の侵入源であることが明らかになった輸入穀物に含まれる外来雑草に関しては、農水省における防除体制が不十分であり、早急にリスクを評価する研究プロジェクトを開始し、規制を行うことが必要である。また、侵入したときの雑草化リスクが大きい水生植物についても、継続研究が必要であり、とくに今後急増すると予想されたナガエツルノゲイトウの水際での防除が必要である。ナガエツルノゲイトウは、日本では侵入が開始されたところであるが、中国ではすでに全土に侵入し蔓延しているので、その経験を日本での蔓延拡大と防除に役立てる共同研究を実施することが望まれる。
本プロジェクトでは3つの特色あるデータベースが完成した。これらに関しては、今後も継続してデータを蓄積する必要がある。とくに、岡山大学で開発した外来植物種子画像データベースは、この分野で世界最高水準のものとなった。また、外来植物図鑑は、外来植物のリスクとベネフィットを評価する基本資料として重要である。また、化学生態特性に関する有毒物質とアレロパシーに関するデータベースは、世界に類のない唯一のものであり、今後維持発展させたい。また、農環研では、アジア太平洋外来生物データベース(APASD)を作成して公開している。この内容の充実にも努めたい。
外来生物に関する研究には国際共同研究が必要であり、農環研ではこれまで2回モンスーンアジア諸国の研究者を招聘した国際ワークショップを開催した。2009年には中国とアメリカ合衆国(コネチカットとハワイ)で国際会議が開催される予定である。2010年には名古屋でCOP10が開催され、生物多様性に関して話し合われる。日本でも外来生物に関する研究の発展が期待される。