衛星レーザー通信端末機の追跡・照準精度測定装置の研究
2009年10月29日
王建民(Wang Jianmin):北京大学 情報科学技術学院 量子情報・測量教育部重点実験室准教授
1967年6月生まれ。
1998年ハルビン工業大学卒業。博士号取得。主に衛星レーザー通信、精密測定及び画像処理分野の研究に従事。これまでに国家863、国家自然科学基金、国防予備研究基金、国防背景プロジェクト等の多くのプロジェクトを主宰。
1 前書き
衛星レーザー通信はデータ速度がはやく、セキュリティに優れ、電力消費が低く、コンパクトで軽い等の長所を備えているため、世界の多くの国々から重視されている[1][2][3]。衛星レーザー通信の中核技術はPAT技術、即ち照準・捕捉・追跡技術である。特に難しいのはマイクロラジアンの測定レベルにおける追跡・照準技術であり、これは国内外の各研究機関が追求する努力目標となっている。衛星レーザー通信端末機の開発に成功したら、正式な送信に先立ち、その性能について試験と評価を行う[4][5]必要があり、その中で端末機の追跡・照準精度は重要な項目となる。一般的な衛星レーザー端末機の追跡・照準精度は数マイクロラジアンに到達しなければならないが、試験を繰り返す基準に基づき、追跡・照準精度試験装置の精度は1マイクロラジアン以内とすべきであり、試験装置は高い要求を突き付けられることになる。現在、わが国は衛星間リンクに関するレーザー通信システムの開発を進めており、開発完成後の通信端末機の追跡・照準性能について試験を行うことは重要な実用的価値を持ち、これには疑問を差し挟む余地がない。
国内では、上海光学精密機械研究所の衛星レーザー通信研究チームが文献[6]と[7]の中で追跡・照準精度試験の数理モデルを論述するとともに、文献[8] と[9] の中でコリメータと光ビームスキャナーの組合せに基づく通信端末機の追跡・照準性能試験装置を提案した。この装置は衛星軌道シミュレーション走査機構、精密光ビームスキャナー、二重焦点距離レーザー送/受信コリメータで構成される。その試験方法はコリメータの走査鏡を用いて衛星プラットフォームの振動をシミュレートし、バイプリズムの回転によって光ビームのスキャニングを行い、CCDデバイスを通じて光スポットの位置を検出し、追跡・照準精度の指標を得るというものだ。一方、国外を見ると、欧州はSILEX計画の中で、システム全体の様々な特性を検証するため、幾つかの専用試験プラットフォーム[10][11][12] を開発した。例えば、STB試験プラットフォームは光学ヘッドの段階における照準・捕捉・追跡性能検証システムであり、OHTS光学ヘッド試験システムは光学式バックプレートの試験に用いられる。また、TTOGSE端末試験設備は、空気又は真空条件下での集積化された端末の光学性能試験に用いられる。端末機の追跡・照準精度の試験を行う時は、STBプラットフォームを採用するが、これは光学アンテナを取り去る状況下で行うものであり、本体に対する大口径光ビームの試験を行うことができない。文献[13]を見ると、日本のNASDA技術スタッフは有名なOICETS衛星レーザー通信プロジェクトの中で、その通信端末機のLUCEシステムに着目し、GOALと呼ばれる検出システムを開発した。このシステムは多くの端末機性能指標の試験を行うことができ、追跡性能の試験もその中に含まれる。この試験システムは光学アンテナ、レーザー光源及び検出器等から成り、相手方の通信端末機から来る光ビームをシミュレートし、その追跡・照準性能について試験を行うことができる。しかし、試験の具体的なプロセスと原理が文献の中に詳しく記述されていない。日本のKeizo I Inagakiは文献[14]の中で長焦点距離レンズを採用した追跡・照準試験案を打ち出した。その原理はレンズの焦点面における変位を射出光ビームの振動に変換し、光電センサによって相手方の通信端末機からフィードバックされる光ビームの偏向を確定し、追跡・照準精度を得るというものである。しかし、文献には原理案が示されているだけで、この試験案の具体的な実験データはない。
上記文献の分析結果からわかるように、国内であれ国外であれ、追跡・照準精度の試験については、試験の原理、プランを記述するだけで、必要な実験データに欠ける。中には衛星からの送信角度に基づき、非常に高価で複雑な地上検証システムを開発し、性能諸指標の試験を行っている国もある。しかし現実には、構造が簡単で、操作しやすく、精度要求を満たすことのできる追跡・照準精度測定装置が必要となるケースが多い。
実際の必要に基づき、我々は衛星レーザー通信端末機の追跡・照準精度について試験を行うことのできる装置を設計・開発した。以下、試験装置の構造、原理及びパラメータの設計について詳しく説明する。
2 通信端末機の追跡・照準精度試験案及びパラメータ設計
2.1 通信端末機の追跡・照準精度試験案
図1 端末機の遠方からの追跡・照準精度試験案原理図
Fig.1 Schematic diagram of tracking and pointing accuracy measurement
図1は試験装置全体の原理図である。この装置は長焦点距離レンズ、点光源、PZTマイクロ変位デバイス及びその高出力駆動電源、信号発生器SG、4QD光電デバイス、キャパシティセンサ、半透過半反射鏡、データ取得カード、コンピュータ及びそのデータ処理システム、シーリングパイプ・ボックスで構成される。そのうち、点光源は半導体レーザーから射出される光ビームが単一モード光ファイバに結合することで形成される。試験の基本プロセスは次の2つの段階に分けることができる。①調整段階。この段階は主に点光源をレンズの焦点面に調整するもの。②試験段階では信号発生器を利用し、一定周波数の波形を生成し、PZTマイクロ変位デバイスの電源を制御し、出力増幅後の駆動信号を発生させ、PZTデバイスを駆動し、光軸に垂直の方向に沿って一定の変位振動を作り出す。単一モード光ファイバとPZTデバイスは1つに固定されており、このため、点光源は光軸に垂直の方向に沿って一定の変位振動が形成される。光ビームは長焦点距離レンズの視準を経て、平行ビームを形成し、被測定端末機に入射する。被測定端末機は振動する光ビームを受信した後、この光ビームを追跡し、1束の光をフィードバックする。この光は長焦点レンズを通って4QDデバイスに集束する。4QDデバイスは光スポットの位置を測定し、位置に関する電気信号をデータ取得カード経由でコンピュータに伝送し、処理が行われる。PZTデバイスはヒステリシス効果を備えており、点光源の変位を正確に評価するため、我々は高精度のキャパシティセンサを採用し、PZTの実変位値を測定するとともに、この変位値の信号をデータ取得カード経由でコンピュータに伝送した。4QD光電センサの測定結果と対比すれば、追跡・照準の誤差が得られる。
2.2 4QD光スポット重心位置調整アルゴリズム
一般の文献に示されている4QD光スポット重心位置調整アルゴリズムはいずれも光スポットを円形だと仮定している[15]。しかし、実験測定の過程で、我々は光スポットを完全な円形に調整するのが難しく、常に一定の楕円性を帯びることを発見した。即ち光スポットは実際には楕円形であり、伝統的な位置調整アルゴリズムは使うことができない。以下、光スポットが楕円形である時の重心アルゴリズムの公式を導き出すこととする。
光電検出の原理によれば、光強度が均一に分布している時、各象限から出力される電気信号(電流)の強さとこの象限検出器の感光面が受信する光エネルギーの量は一致する。このため、4QDの楕円光スポット位置調整に対する重心座標(X、Y)の計算式は次のようになる。
誤差信号を規格化すると次のようになる。
式の中のa、bはそれぞれ楕円光スポットの長軸と短軸の長さである。4QDによる楕円光スポットの受信状況は図2に示す通りであり、Kx、Kyの値を以下の手順で導き出した。
図2 4QDによる楕円光スポットの受信
Fig.2 Elliptical spot accepted by 4QD
図2に設けたoは4QDの中心であり、4QD検出器の座標系をxoyとした。重心の実際の偏移量を(m,n)と仮定する。議論上の便宜のため、我々は1~9の単位を設けた。図からわかるように、各象限の光照射面積は次のようになる。
その中で、直線x=m、y=nとし、楕円を4つのブロックに均等分割した。
また次の式がある。
従って次のようになる。
これにより、誤差信号を規格化すると、次のようになる。
規格化した誤差信号(Ex Ey)と実際偏移量(m,n)の関係を比較し、光スポットを均一にすると、係数Kx、Kyの値は次のようになるはずだ。
2.3 パラメータ設計
2.3.1 レンズ焦点距離の確定
通信端末機の追跡・照準試験精度dθは以下の簡単な公式で推定することができる。
式の中のdlは光スポット位置調整の精度であり、fは長焦点レンズの焦点距離である。上記の式からわかるように、追跡・照準試験精度と焦点距離は反比例しており、言い換えるなら、焦点距離が長くなるほど、試験精度は高くなる。しかし、焦点距離が長過ぎると、ランダムな誤差による影響が大きくなり、且つ実験場所に対する要求も高いものとなる。光電センサの光スポット位置調整精度は1μmより優れている。この点を考慮し、試験精度を0.1μradに到達させるため、レンズの焦点距離は10m前後とするのがよい。さらに実験場所の問題を考慮して、最終的に焦点距離f≒9.5mとした(実際の仕上げ結果は9.47mとなる)。通常、衛星レーザー通信の光学アンテナの口径は100mm~250mm前後であるが、加工コスト及び収差等の要素を考慮して、光を通すレンズの有効口径を240mmとし、Fの数値は39.6とした。波長は800nmの帯域で、視野設計は±0.25°となる。軸上の点における球面収差をなくすため、非球面の平凸レンズの構造形式を採用した。ZEMAX光学設計ソフトを用い、構造パラメータの最適化を進めた。設計の結果が示すように、波の収差は1/20波長より優れている。レイリーの判断基準に基づき、結像品質は試験要求を完全に満たすことができる。
2.3.2 点光源の寸法確定
実際の所、点光源は常に一定の大きさがあり、それぞれの点から発せられる光は長焦点レンズの焦点面で1つの独立した回折スポットを形成する。このため、観察した像はもはや理想的なエアリースポットでなく、互いにずれた無数の回折スポットが重なり合っている。点光源の寸法がある数値より大きくなり、各回折スポットのずれ量が一定の限度を超えたなら、像の回折リングの細部が消えてしまうだろう。回折リングの幅に基づく理論的推定と実験結果によれば、点光源の最大許容角直径αmaxはエアリースポット第1ダークリングの角半径θ1の2分1に等しくなるはずだ。
エアリースポットの光強度分布から次のような式になる。
従って次のようになる。
上記のDは光学入射ひとみの直径であり、λは光源の波長である。
点光源は焦点距離fの長焦点レンズの焦点面に置かれており、このため、点光源の最大許容直径は次のようになる[16]。
波長850nmの光源について試験を行うため、我々は単一モード光ファイバを用いて点光源を作り上げた。即ち単一モードの半導体レーザーから射出される光ビームを単一モード光ファイバに結合したのである。公式(13)に基づき、口径がD=100mmの時、点光源の最大寸法は49.2umとなり、D=50mmの時は98.3umとなる。最終的に選択した光ファイバのコア径は5umである。
2.3.3 その他素子のパラメータ設計
実験用の平面反射鏡(後で説明)については、その面精度を
とした。キャパシティセンサについては、その試験の分解能を0.01μmとした。レンズの焦点距離が長く、口径が大きいことから、気流の外乱が試験に与える影響は無視できないものであり、気流の影響を出来るだけ少なくするため、我々は光路用ロングパイプ及びシーリングボックス全体を密閉した。
3 実験結果
我々が設計した端末機追跡・照準精度試験装置を異なる視点から検証するため、測定対象となる具体的なレーザー通信端末機がない状況の下で、以下の3つの実験を行った。これにより、我々の装置は一定の測定精度、帯域幅、測定範囲で追跡・照準精度の試験を行うことができると証明できる。その方法は高精度の平面反射鏡を用い、図1の通信端末機に代替させることである。光源から射出された光ビームは長焦点距離レンズの視準及び平面反射鏡の反射により、再びこのレンズを通って集束し、最終的に4QDが光スポット信号を受信する。PZTの信号発生器と駆動電源を調整すれば、点光源が異なる振幅と周波数で振動する時の光スポット位置調整状況を測定し、システム全体の試験精度を確定することができる。実験データは次の通り。
3.1 同じ振幅・異なる周波数での試験
信号発生器SGの出力正弦波の振幅を10Vとし、正弦波周波数を異なる値にして、口径が異なる状況の下、キャパシティセンサと4QDの測定結果を対比し、図3、図4に示す曲線が得られた。
図3 光ビームの口径を50mmにした時の測定結果
Fig.3 Measuring results of 50mm aperture
図3の中で、4QDの角度測定誤差の標準偏差はσ=0.1571uradとなり、角度測定誤差の最大値はerrormax=0.2811uradとなる。
図4 光ビームの口径を100mmにした時の測定結果
Fig.4 Measuring results of 100mm aperture
図4の中で、4QDの角度測定誤差の標準偏差はσ=0.1258uradとなり、角度測定誤差の最大値はerrormax=0.2681uradとなる。
3.2 同じ周波数・異なる振幅での試験結果
信号発生器の出力正弦波の周波数を100Hzとし、正弦波の振幅を異なる値に変え、口径が異なる状況下での測定結果を得た。図5、図6に示す通り。
図5 光ビームの口径を50mmにした時の測定結果
Fig.5 Measuring results of 50mm aperture
図5の中で、4QDの角度測定誤差の標準偏差はσ=0.0664uradとなり、角度測定誤差の最大値はerrormax=0.1248uradとなる。
図6 光ビームの口径を100mmにした時の測定結果
Fig.6 Measuring results of 100mm aperture
図6の中で、4QDの角度測定誤差の標準偏差はσ=0.0418uradとなり、角度測定誤差の最大値はerrormax=0.0939uradとなる。
3.3 正弦波のリアルタイム追跡・照準精度の測定実験
信号発生器SGを利用して一定周波数の正弦波を発生させ、衛星プラットフォームの振動をシミュレートした。4QD光電デバイスとキャパシティセンサの位置調整結果を対比し、誤差曲線が得られた。図7と図8は100Hz正弦波の測定結果であり、横座標は時間軸とする。
図7 光ビームの口径を50mmにした時の測定結果
Fig.7 Measuring results of 50mm aperture
口径D=50mmの時、誤差の標準偏差はσ=0.0722uradとなり、精度は標準偏差の3倍で0.2166μradとなる。誤差の最大値はerrormax=0.1943uradである。
図8 光ビームの口径を100mmにした時の測定結果
口径D=100mmの時、誤差の標準偏差はσ=0.1243uradとなり、精度は標準偏差の3倍で0.3729μradとなる。誤差の最大値はerrormax=0.2585uradである。
上記の実験データは選択した一部の実験結果にすぎず、何度も測定を行った。開発した試験システムの精度指標を以下に示す。
Accuracy (μm) | 0.22mrad(50mm) 0.38mrad(100mm) |
Band width | >250Hz |
Measurement range((μrad)) | 4.5 |
Wave length | 850nm |
4 結論
実験データからわかるように、本論文が提示した端末機の追跡・照準精度測定装置案は実行可能なものである。その測定精度は光ビームの口径を100mmとした場合、3σ=0.37uradに到達し、測定帯域幅は250Hz、測定範囲は4.5μradに及び、一般的なレーザー通信端末機の試験要求を満たすことができる。
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