世界で加速する 新型コロナワクチン開発競争(その2)
2020年11月09日 彭丹妮/『中国新聞週刊』記者 江瑞/翻訳
( その1 よりつづき)
効果とスピードのバランス
18世紀、英国の医師エドワード・ジェンナーは牛痘を接種する方法で天然痘の予防に成功し、「ワクチンの父」と呼ばれた。その1世紀後、科学者らは、不活化処理を施したウイルスに人体をさらすことで免疫系にウイルスへの対処法を教えることが可能なのではないかと気づいた。1980年代からは、ワクチン大手企業がこぞって組換えサブユニットタンパクワクチンを採用した。一方、RNAワクチンはここ30年あまりで発展してきた第3世代ワクチン技術だ。いずれも目的は、いかにヒトの免疫系を「欺き」、病原体の姿を記憶させるか、ということにある。ワクチンを接種するということは、健康に害を及ぼさずに、人体をウイルスに疑似感染させることなのだ。
中国が年初に公表した5つの新型コロナワクチン開発のテクノロジー・ロードマップも、不活化ワクチン、組換えサブユニットワクチン、アデノウイルスベクターワクチン、弱毒インフルエンザウイルスベクターワクチン、そしてmRNA及びDNAに基づくRNAワクチン、と、新型コロナワクチンの主な技術を網羅している。
米ウィスコンシン大学マディソン校のウイルス学者デイヴ・オコナーによると、ワクチンがほぼ同レベルの免疫原性を持つ場合、生産の簡便性、コスト、副作用、納品の頻度などの他の要素がより重要になってくるという。複数種のワクチンの開発を同時進行させる必要があるのはそのためだ。この点から見ると、いずれのワクチンにも長所と短所があると言える。
香港大学李嘉誠医学院エイズ研究所所長・陳志偉(チェン・ジーウェイ)の率いるチームは、現在、新型コロナウイルスのDNA/RNAワクチンを開発中だ。陳志偉曰く、最先端技術であるヒト用RNAワクチンは、いまだ実用化されたことがないため、産業化の点で未成熟であり、今後大規模応用が可能か否かは未知数だという。しかし、この点をクリアできれば、RNAワクチンは製造スピードが速く、獲得免疫応答がないという長所があることから、将来的にワクチンを牽引する技術となると見られている。
余力の説明によると、mRNAワクチンは機械生産も大腸菌内での生産もできず、試験管でPCR法を用いて生産するしかないため、量産が難しい。現時点で、この分野の世界最先端を走るモデルナですら、大規模生産の経験はない。ましてや中国は、mRNAワクチン分野の技術的特許もなければ、大量生産できる能力もない。
しかもmRNAワクチンはDNAワクチンと異なり非常に不安定で、製品の安定性の保証が技術的ネックとなる。さらに保存や輸送の面でも技術的問題点がたくさんある。目下、ファイザー製薬のmRNAワクチンはマイナス70℃以下、モデルナのワクチンはマイナス20℃以下で保存しなければならない。
感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)ワクチン開発責任者であるMelanie Savilleは、ワクチンの保存条件がマイナス70℃かプラス4℃かというのは天と地ほどの違いがあると指摘する。もしRNAワクチンがマイナス70℃のコールドチェーンを必要とするなら、コストと状況の複雑性が大幅に跳ね上がるだろう。
『セル〔Cell〕』誌が7月末に伝えたところによると、中国軍事科学院研究員の秦成峰(チン・チョンフォン)らが地方企業と共同開発したmRNAワクチンは、室温で1週間、又は4℃で長期保存が可能で、コールドチェーンにかかるコストが低く、大規模接種が容易という長所があるという。
ただ、現時点では、中国で最も早く実用化されるのは不活化ワクチンだと見られている。国薬集団は、傘下の企業で開発中の不活化ワクチンは早くて今年末か来年初に実用化される見込みだとコメントしている。「ただ、生産コストや安全性の潜在的リスクなどを考慮すると、最初に開発されたワクチンが最良だとは限らず、別のワクチンが実用化される前のつなぎに過ぎない可能性もある」と秦遠は指摘する。
他にもMelanie Savilleは、ワクチンが1回接種で済むのか、それとも2回接種する必要があるのかというのは非常に大きな違いだと指摘する。理想はもちろん1回接種だ。人々をより早くウイルスから守ることができ、接種者のアドヒアランス〔治療への積極性〕も大幅に高まる。低所得国及び中所得国では、1回接種のほうがワクチン接種がうまくいく可能性が高い。コストがはるかに安く済むからだ。
現時点で1回接種として設計されているワクチンは、オックスフォード大のチームとカンシノの2つのアデノウイルスワクチンだ。専門家によると、不活化ワクチンはT細胞の免疫反応を刺激する力が弱いが、T細胞の免疫反応は再感染を防ぐために重要な免疫機能だ。そのため、不活化ワクチンは複数回接種する必要があるという。
アデノウイルスベクターワクチンにはこうした短所はないが、「獲得免疫応答」といういかんともしがたい欠点がある。ヒトアデノウイルス5型はヒトに広く感染し風邪を引かせるウイルスだが、アデノウイルスに感染したことのある人にこのウイルスをベクターとするワクチンを接種すると、免疫反応が生じる前に、既に体内で獲得されたアデノウイルス抗体がウイルスベクターを中和してしまい、ワクチンの効果が減少してしまう。「海外では基本的に5型アデノウイルスベクターは使われていない。メルクのHIVアデノウイルスワクチンが獲得免疫のせいで失敗に終わった例を筆頭に、他の研究でも、人々の5型アデノウイルス抗体の陽性率が非常に高いこと、特に黒人と黄色人種ではその割合が最高で90%以上にも達することが示されている。これではワクチンの効果が得られないばかりか、有害事象の発生率も高くなる」と秦遠は指摘する。
Melanie Savilleは言う。「マイナス70℃で保存する必要があるが有効性90%のワクチンと、2℃~8℃で保存できるが有効性は10%しかないワクチンがあったら、私なら前者を選ぶ。すべての要素を同時に考慮し、性能と効果のバランスが最も良いものを選ばなければならない」
競争は競争でも、マラソンレース
では、現在開発中のワクチンのうち、業界内で有望視されているのは一体どれなのか。
「オックスフォード大のワクチンは有望。モデルナと比べて免疫効果の面では大差ないと思われるが、製造コストを考えると、オックスフォード大のほうにアドバンテージがある」と秦遠は言う。余力も、抗体ができ、T細胞の反応もよく、何より開発の進展が速いことからこのワクチンを有力視している。
徐建青(シュー・ジエンチン)もオックスフォード大が同ワクチンの動物実験の結果を公表したときから、潜在力に期待していた1人だ。一方、中国の新型コロナワクチンについても、まだ開発途中で、開発レースの先頭グループに属してはいないものの、密かに期待を寄せているものがいくつかあるという。
2017年にビル&メリンダ・ゲイツ財団、英国のウェルカム・トラスト、ダボス会議〔世界経済フォーラム〕、ノルウェー政府などの支援の下発足した多国間協力機構CEPI〔感染症流行対策イノベーション連合〕は、今回の新型コロナワクチン開発で、有望だと認めたワクチンに資金援助をおこなうなど重要な役割を果たしている。CEPIの研究開発責任者Melanie Savilleは言う。「スピード、規模、そしてアクセシビリティの3つの重要基準を柱に、最も将来性のあるワクチンの開発を支援している」
それらのワクチンは、次のものだ。米Inovio〔イノビオ・ファーマシューティカルズ〕のDNAワクチン、米モデルナのmRNAワクチン、独キュアバックのmRNAワクチン、メルクの関わっている麻疹ウイルスベクターワクチン、オックスフォード大とアストラゼネカのチンパンジーアデノウイルスベクターワクチン、香港大学の弱毒生ワクチン、米ノババックスの組換えタンパクワクチン、中国・三葉草生物製薬〔クローバー・バイオファーマシューティカルズ〕の「S‐三量体」タンパクワクチン、豪クイーンズランド大学の分子クランプワクチン。
金侠は次のように指摘する。現時点でよさそうに思われるワクチンも、半年経ち、1年経ち、フェーズⅢのデータ次第では違う結果が出てくるかもしれない。開発スピードだけを見て「虎の子」を全額賭けるのはリスキーだ。
米ベイラー医科大学のワクチン学者ピーター・ホッテズも、第一陣のワクチンは最良のワクチンでない可能性が高く、何らかの部分的な予防効果があるだけで、時とともによりよいワクチンに取って代わられる可能性がある、と述べる。「競争は競争でも、マラソンレースに近いのである」
(本人の希望により、文中の秦遠は仮名)
8月31日、インド・ニューデリーで新型コロナウイルスの検査を受ける市民。米ジョンズ・ホプキンス大学が発表しているウイルス感染状況によると、北京時間9月7日12時28分の時点で、インドの累計感染者数は420万人を突破、1日あたりの感染者数は世界最多となっている。写真/人民視覚
(おわり)
※本稿は『月刊中国ニュース』2020年12月号(Vol.106)より転載したものである。