システムバイオロジーの進展―国際動向と日本の展開
2010年11月 4日
八尾 徹(やお とおる):
理化学研究所 横浜研究所 研究推進部 GSC アドバイザー、(兼)産総研BIRC、JST/CRDS
1958年 東京大学工学部応用物理学科卒業後、三菱化成工業(株)に入社、コンピュータを用いた化学プロセス・化学製品の開発・設計に従事
1982年 総合研究所 システムセンター所長
1986年 蛋白工学研究所 研究部長
1991年 三菱化学横浜総合研究所 技師長
1998年 理化学研究所 ゲノム科学総合研究センター アドバイザー、バイオインフォマティクス・システムバイオロジーの調査・推進を担当
2004年 産業技術総合研究所BIRC, CBRCを併任
2007年 科学技術振興機構JST研究開発戦略センター特任フェローを併任
専門:
化学・バイオ研究開発へのコンピュータ利用全般、バイオインフォマティクス、計算化学・計算バイオ、コンピュータによる物質・材料開発技術
上記関連ナショプロ及び学界・産業界活動(蛋白工研・生物工研、ヘリックス研、アトムテクノロジー、計算機材料設計、医薬開発、NEDO, HSゲノム創薬ほか)
欧米のこの分野の先端動向を調査し、報告・啓蒙・提言。各種委員会委員。
東京大学・東京医科歯科大学・慶應義塾大学ほか多くの大学で講義
1.はじめに
21世紀の生命科学研究の大きな方向の一つとして、「システムバイオロジー」が注目されています。「システムバイオロジー」は生命現象(シグナル伝達、代謝、細胞周期、生体リズム、免疫、がん 等)をシステムとして理解しようとするアプローチです。生命を構成する個々の分子・タンパク質・細胞等がどのように相互作用しネットワークを形成してシステム機能を発揮するかを解明して行きます。
20世紀後半の輝かしい分子生物学の発展を踏まえ、21世紀初頭のゲノム解読・各種オミックスデータの奔流を受け、今や生命部品群をまとめてシステムとして統合的に理解しようとする時代に入ってきました。
このような背景をもって2000年頃から国際的にシステムバイオロジーが大きな流れとして発展し、各国が競って施策を講じ、プロジェクト・センター・学科などの新設が相次いでおります。ここでは、従来型の専門分野とは異なる融合分野が生まれてきています。またその過程で新しいタイプの人材が育ってきております。
これらは、生命科学の基礎研究の発展を加速するだけでなく、その応用として健康・医療、環境・エネルギー、及び 物質・プロセスの分野で大きな貢献が期待されています。
ここでは、先ず第1にシステムバイオロジーの国際的な動向を概観し、次にその中で日本のシステムバイオロジーの動きを詳しくご紹介致します。その上で最後に今後の展望を述べましょう。
2.システムバイオロジーの国際動向
(1)システムバイオロジー元年
2000年に、その後のシステムバイオロジーの発展にとって重要な3つのことがありました。一つは、米国NIHがシステムバイオロジーの支援策を系統的に出し始めました。NIH/NIGMS のM.Cassman所長が、「生命現象のシステム的理解の重要性」を謳い、AFCS (細胞情報伝達システム研究コンソーシアム)の認可を手始めに逐年 大型・中型のシステムバイオロジープロジェクトを認可し続けました。
二つ目は、ワシントン大のL.Hood 教授が自前でシステムバイオロジー研究所 (ISB) をシアトルに設立しました。生物学・コンピュータ解析・測定技術開発の3部門を備えたシステムバイオロジーの模範となるトップ研究所となりました。
三つめは、北野宏明博士の主導で、第1回システムバイオロジー国際会議ICSB が東京で開かれました。このICSBはその後毎年 欧米日を巡って開かれ、第10回は2009年米国Stanford大で開かれました。
いずれも、この10年にわたって世界をリードするものとなりました。そういう意味で2000年はシステムバイオロジー元年と言ってもよい年でした。
実は、これより前に日本では、システムバイオロジーの重要な動きが3つありました。慶應大の冨田グループによる E-Cell プロジェクト、京都大の金久グループによる KEGG 開発 及び ERATOの北野共生システムバイオロジープロジェクトの3つが動いていました。これらについては後述いたしますが、いずれも世界的に見ても先駆的な動きでした。
(2)欧米におけるシステムバイオロジーの展開
最近 システムバイオロジーの研究は国際的にますます活発化してきました。ここ数年第2フェイズへ移行しており、対象分野が急速な広がりを見せています。
1)米国の動向
米国では 2000年以降 系統的なプロジェクト・グラントが出され、大学には 学科・センターの設立が相次ぎました。その上で、2005年には、欧州及び日本への調査を踏まえ、その後の新たな方策が打ち出されました。
一つは、NIHが国立システムバイオロジー研究センターを逐次設立し始めたことです。2010年までに12センターが出来ました。まだ拡大の予定とのことです。
もう一つは、分野別のシステムバイオロジープロジェクトの支援です。NCI が 2005年以降 がんシステムバイオロジーセンターを次々と支援し、2010年までに11センターになりました。NCI はこれらを背景に欧州及び日本との連携を進めるべく、2008年以降3回の国際合同ワークショップを開きました。このセンターの一つのリーダーであるDr.T.Deisboeck (MGH) は、がんコンピュータモデルのコンソーシアムCViT.org を結成し、国際的に呼びかけをしています。
また、 NHLBI は心臓・肺・血液・睡眠研究関係のシステムバイオロジープロジェクトを2006年から始め、 NIAID は免疫・感染症のシステムバイオロジープロジェクトを2007年から始めています。
一方、DOE はGTL (Genome to Life) プロジェクトの中で環境・エネルギー問題に対しシステムバイオロジーを中心に据えています。3つのバイオエネルギーセンターの一つ JBEI Berkeley では、合成バイオロジーによるエネルギー生産微生物の研究を進めています。
またNSF は植物システムバイオロジーを推進しています。更に、全省にまたがるMulti-scale Modeling の手法開発のグラントを推進しています。
シアトルのシステムバイオロジー研究所(ISB) は、これまでに数々の研究成果を挙げてきており、全米トップの研究所との評価を得ています。今年設立10周年を迎え研究所倍増計画(PI 数およびスペース)を発表しました。
2)欧州の動向
欧州では、米国に数年おくれてシステムバイオロジーが活発化しました。
EUは、FP-6(第6次科学技術研究フレーム計画)の後期 (2005-) に、システムバイオロジーを推進し始め、FP-7 (2007-2013)ではシステムバイオロジーを重要施策として計画的に取り上げることにしました。2007年に募集を始め、2008年から数多くの研究プロジェクトが開始されています。From Systems Biology to Systems Medicine を合言葉にしています。
ドイツは、肝臓細胞システムバイオロジーHepatoSys プロジェクトを進めており、3年間のパイロット期を経て、2007年から本格展開に入っています。最近はその成果が発表されています。第3回哺乳類細胞のシステムバイオロジー学会が2010年6月3日~5日にフライブルグで開かれ、その中でコンピュータシミュレーションを用いて「肝臓の再生機能」のメカニズム解明が進んだことが報告されました。前回のこの会では、「肝臓の薬物代謝機能」のメカニズム解明の報告があり、その後も成果発表が続いています。
更にドイツでは、別に2008年に4つのシステムバイオロジーセンターをHeidelberg,Berlin ほかに設立しました。
スイスは、国家プロジェクトSystemsX.ch を2007年にスタートさせ、Baselほか各地に研究基盤を整備した上、それらを使うシステムバイオロジー研究のボトムアップ提案を募集し、2008年に 8 テーマをスタートさせ(応募82件)、2009年には 6 テーマを採択しました(応募57件)。
イギリスは、 6 つのシステムバイオロジーセンターを2005-2006年に設立しました。センターごとに異なるテーマが設定されています(例.Nottingham 植物根圏、New Castle 加齢)。 2008年には、日英ワークショップを開催しました。
スペインには、Dr. L.Serrano率いるCRG (Center for Genomic Regulation) が発足し、異分野融合体制による細胞創製の野心的な計画を進めています。最近3つの成果を同時に発表しました。(Science, Nov. 2009)
ベルギーのゲント大には 200人規模の植物システムバイオロジーセンターが出来ています。根の形成・成長、葉形成・成長、樹木形成(ポプラ)、植物-微生物相互作用などを研究しています。
欧州6ケ国による微生物システムバイオロジーコンソーシアムSysMoが最近拡大されました。
以上のように、米国・欧州ではともに、システムバイオロジーの活発な動きがありますが、更にこれらの統合バイオロジー学科やシステムバイオロジーセンターの設立を通して、いずれもこの新しい分野の人材育成に熱心です。
3)国際協調と標準化
これらの過程で、世界的な協調や標準化が進みました。
システムバイオロジーの基になるパスウエイデータベースでは、代謝パスウエイデータベースKEGG をはじめとして多くのデータベースがありますが、これらの相互利用を容易にするためのBioPax プロジェクトが2005年から始まり、2010年にはその第一報告がなされました。
モデリングソフトの標準化は、SBML (Systems Biology Markup Language) を中心に進んでおり、多くのモデルがSBML に準拠して作られるようになってきました。
世界で作られる様々な生物システムモデル(シグナル伝達、代謝、生物時計など)を登録する制度 BioModels が2005年に始まり、すでに300種ほどのモデルが登録されています。このための標準言語がSBML となっています。
以上のようなデータベース及びツールの国際標準化・共有化以外に、分野別国際研究ネットワークの形成も数多く見受けられます(RTKC, SysMo ほか)。分野別国際学会も多くなってきました。システムバイオロジーの学会誌も数種類が発刊されています。
4)成果発表
これらの様々な施策や動きを受けて、研究成果の発表が相次いでいます。
- MIT D.Laufenbergグループのシグナル伝達システム、
- Caltech-ISB グループのSea Urchin発生分化過程、
- Germany HepatoSys の肝臓細胞 再生過程,
- Japan FANTOM/GNP グループの遺伝子制御ネットワーク
等の解明は、正にシステムバイオロジーによる成果の代表例でしょう。
これらの基礎研究に加えて、産業界では、大手医薬会社が内部にシステムバイオロジーグループを持ち、さらに外部のベンチャー会社を活用することを併用して、医薬開発や治験への応用を進めています。
3.日本のシステムバイオロジーの展開
(1)全般動向
前述の通り、日本はシステムバイオロジーの分野で、世界に先駆的な役割を果たしてきました。すでに1990年代後半に、北野がERATOのシステムバイオロジープロジェクトを始め、冨田がE-Cellプロジェクトを始めていましたし、金久が代謝パスウエイデータベースKEGGの開発を進めていました。更に、2000年の第一回ICSBの東京開催、第一回のRTKコンソーシアムの横浜開催(2002)、第一回メタボロミクス国際会議の鶴岡開催(2005)、第一回FCSBの東京開催(2008) など、次々と新しい分野を切り拓いてきました。更に2004年末には、米国WTEC (World Technology Evaluation Center) のシステムバイオロジー調査団を迎えています。
このような国際的な活躍にも拘わらず、欧米のようにシステムバイオロジーを国家的な重点施策としては取り上げられませんでした。その中で、この間どのような動きがあったかを列挙してみましょう。その上でここ2~3年で急速に出てきている新しい動きをご紹介いたします。
(2)先駆的研究グループ
①北野グループは常に世界をリードする活動をしてきました。ERATOプロジェクト(1998-2003)に続き、2004-2009のCRESTプロジェクトで研究を続け、その間 システムバイオロジーツールSBML, Cell Designer, SBGN(Graphical Notation) などの国際共同開発を推進し、また ロバストネス理論の構築、各種大規模ネットワーク図の作成、がんシステムバイオロジーの研究(乳がん細胞の薬剤抵抗性ネットワークの動態解析)など多くの研究成果を発表して来ました (Science 2002, Nature Review Cancer 2003, Nature Review Drug Discovery 2007, PLoS 2010 他)。並行して第7回ICSB(2006)の横浜開催、システムバイオロジーの将来を討議するFCSB(2008) を東京で開催しました。この間、北野は常にICSB の世界各国での開催に尽力し、第10回(2009,Stanford)ではその長年の功績を顕彰されました。北野グループの特長は、国際性と自由な研究の奨励で、これまでに優秀な人材を輩出しています。北野はその功績で、2009年のNature Mentor 賞を受賞しました。
②冨田グループは常に世界に先駆けた研究を続けてきました。非常に早い時期(1995-)に始めたインシリコ細胞モデルE-Cell の開発を発展させるために、2000年には各種実験グループを強化した先端生命科学研究所(鶴岡)を設立しました。ここで開発された革新的メタボローム測定技術(CE-MS)は、その後世界最大級の設備に発展し、バイオマーカー探索など多くの用途に使われています。その間 2005年には、第1回Metabolomics国際会議を開催しました。正に世界のメタボローム研究の中心の一つになっています。また大腸菌の網羅的遺伝子ノックアウトライブラリーの開発も大きな成果の一つで、これらを用いたシステムバイオロジー研究の成果を発表しています(N.Ishii et al, Science , 316, 593-7,2007) 。藻類を使ったバイオ燃料の生産技術の実用化に向けた研究(T.Ito, Metabolomics, 2010)や、ゲノム工学の新しい技術(M.Itaya et al. Nature Methods. ,5(1) , 41-43, 2009)の発表があり、今後の発展が期待されます。ホームページの研究ハイライト欄に46件の事例が紹介されています。冨田グループの最大の特徴は、若さでしょう。多くの学部生が優秀な論文を発表し、世界に雄飛しています。
③金久グループは早くから(1995- ) ポストゲノム時代におけるパスウエイ研究の重要性を認識し、先駆的な代謝パスウ エイデータベースKEGG の開発を始めました。 その後、代謝のみでなくシグナル伝達ほか各種パスウエイのデータを多くの生物種情報を重ねて収集・搭載し、今ではシステムバイオロジー研究のための最初の必須データベースとして世界中から認められています。最近は更に化合物情報・医薬との連携の部分のデータベースを強化しています。このグループからは、内外に多くの人材を輩出しています。
④林崎グループは、理研ゲノム科学総合研究センター設立(1998年)以前からマウス完全長cDNAの機能同定を目指し、FANTOM (Functional Annotation of Mammalian Genome) という国際的なコンソーシアムを結成し、次々と成果を挙げてきました(Science, 2005)。その基盤の基に2004年から始まった国家プロジェクトGNP (Genome Network Project 2004-2008) に参画し、細胞の分化過程における遺伝子制御ネットワークの解明に成功し、その成果を発表しました (Nature Genetics 2009, Cell 2010)。これはシステムバイオロジーの大きな成果といえましょう。このグループは更に国家プロジェクトCell Innovation Project (2009-2013) の中核基盤研究拠点として活躍しています。FANTOMは多国籍研究者の集団で、世界約120研究機関、約1000人規模のコンソーシアムに拡大しております。
⑤細胞生体機能シミュレーションプログラム(2005- 2008)このプログラムは文部科学省の下、5大学連携(慶應・京都・大阪・神戸・東京大)で始められました。その中で、野間グループの心筋細胞用の「京都モデル」は大きな発展を遂げました。また、循環系での薬物作用モデル 及び 代謝疾患について病態モデル・治療薬作用モデルが開発されました。この研究者の多くは、後述の次世代スーパーコンピュータプロジェクトの生命統合シミュレータ開発グループ他へ移って発展的に活躍しています。
⑥上田泰己は、大学院生時代に生体時計の研究で成果を挙げ(2002 Nature)、その後理研発生再生研究センターにシステムバイオロジーグループを作って数々の成果を挙げています。生体時計に関与する朝昼夜の遺伝子群の同定とそれらの相互関連解析、更には温度補償性の解明など常に先端的な研究を続けています。
(3)研究機関、大学、研究会などの動き
上記以外にも数多くのシステムバイオロジー研究グループがあります。
(研究機関)
①理研発生再生研センターの、発生ゲノミクス研究チーム(杉本亜砂子)では、細胞分裂・形態形成の遺伝子ネットワーク解析を進めています。
②理研免疫アレルギー研究センタ-の細胞システムモデル化チーム(岡田真理子)は、細胞運命決定の分子ネットワークの解明で成果を挙げました (Cell 2010)。
③理研植物科学研究センターでは、メタボローム機能研究(斉藤和季)、メタボローム情報(有田正規)、代謝システム研究(平井優美)などのグループが植物機能のメカニズム解明にかかっています。
④理研イノベーション推進センターでは、生物基盤チーム(横田秀夫)で、ヒーラ細胞の実測データと連動したライブセルシミュレーションモデルの開発、細胞シミュレーションチーム(安達泰治)で、細胞骨格システムダイナミクスモデル開発が進められています。
⑤その他、理研の中では、理論生物学研究(望月敦史)、粒子系計算生物物理研究(杉田有治)、線虫発生・分化研究(大波修一)、粗視化シミュレーション研究(高橋恒一)ほか多くの研究が進んでいます。また、後述の次世代生命体統合シミュレーションには、姫野・泰地・横田ほか多くのリーダーが参画しています。
⑥産業技術総合研究所CBRC(生命情報工学研究センター)には、生体ネットワーク解析チーム(堀本勝久、福田賢太郎)及び、細胞機能設計チーム(藤渕航)があり、またBIRC (バイオメディシナル情報解析センター)には、細胞システム制御解析グループ(夏目徹)があり、活発な研究を進めています。
⑦基礎生物学研究所では、長谷部グループが中心となって、植物の分化全能性メカニズムの解明に向けて総合的なアプローチを始めています。
(大学関係)
①東京大学先端研児玉龍彦グループでは、早くから「システム生物医学」の旗印の下、血管システム・がんシステム・代謝内分泌システムの3分野を対象に、時間・空間・情報を結ぶ研究グループを構築し数々の成果を挙げてきております。
②東京大学宮野研究室では早くから(1999-) 生体分子ネットワークモデル言語 Cell Illustrator の開発を進めて来ました。がんへの応用の研究成果が出ています。後述の生命統合シミュレータの開発に参画し、更なる発展を目指しています。
③東京医科歯科大学田中博グループは、医科系大学の中に早くから生命情報学講座を開設し人材育成を進めてきましたが、更に最近はオミックス医療・システム医療への展開を図り、2008年には世界初のオミックス医療学会を発足させました。
④東京大学黒田真也研究室では、シグナル伝達系の解析で成果を挙げています。
⑤東京大学合原一幸研究室では、複雑数理モデルプロジェクトを推進しています。
⑥東京大学金子邦彦研究室では、複雑系生命システムの研究を進めています。
⑦大阪大学四方哲也研究室では、共生ネットワークデザイン学を進めており、2010年からERATOグラントによる動的微小反応場プロジェクトを開始しました。
⑧九州大学システム生命科学府の岡本正宏研究室では、代謝パスウエイ、神経情報処理ネットワークの研究を進め、細胞周期の解析で成果を挙げました。
⑨岡山大学の松野研究室では、PetriNet による生命システムのモデル化を多数進め、生物学・医学研究者へのシステムバイオロジー・モデル化技術の普及に貢献してきております。
(学会・研究会・講座)
①日本バイオインフォマティクス学会では、システムバイオロジー研究会(松野、岡本、堀本他のお世話)を開催しており、システムバイオロジーの若手研究者の交流・研鑽の場を提供しております。
②CBI学会(神沼他)では、バイオインフォマティクス・医薬開発など数多くの研究会を毎月開く中で、早くからシステムバイオロジー関係のテーマは度々取り上げて来ました。
③KAST(神奈川科学技術アカデミー)では、理研の協力を得て2007年から「システムバイオロジー講座」を開設しております(八尾企画、講師8名)。これは、企業や研究機関の幹部・リーダーにシステムバイオロジーのことを総合的に知ってそれぞれの場で研究施策・計画に役立ててもらうための3日間集中コースです。これまでに医薬・食品・化粧品その他の数十人の研究リーダーが受講され、いくつかでは内部的な動きを始められています。
(4)最近のトピックス
①次世代計算科学研究開発プログラム(茅 幸二 )の中に、次世代生命体統合シミュレーション研究推進グループ(姫野龍太郎 )の下、次の6チームで2012年のスーパコンピュータ稼働開始に向けてソフトウエアの開発が進められています。
- 分子スケール(木寺 詔紀)
- 細胞スケール(横田 秀夫)
- 臓器全身スケール(高木 周)
- 脳神経系(石井信)
- データ解析融合研究(宮野 悟)
- 生命体基盤ソフトウエア開発・高度化(泰地 真弘人)
図1に示すような長期的な構想で計画が進み、研究が始まっております。その進展状況については、公開報告会が毎年行われています。
このような先端的研究拠点の形成と、さらにERATO及びCREST の応募・採択テーマの内容を見ると、ここ数年にシステムバイオロジーのテーマが急増していることが伺えます。その主なものを表1~表3に示します。
次世代スーパーコンピュータ
生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発
②近年の、先端研究拠点(COE-Center of Excellence)形成の認可内容の中に、システムバイオロジー関連のセンターが数多く認められるようになってきました。
たとえば、東京大学医学部宮園研究室を中心に、TGFβを中心とするシグナル伝達システムの解明を基に血管系細胞の機能調節とその異常を解析し、がんメカニズム解明と治療を目指した研究が始まりました。
また、慶應義塾大学医学部末松誠研究室は、2007年度に Invivoヒト代謝シテム生物学のCOE拠点に選ばれ、2009年度ERATOの研究領域「ガスバイオロジー」の推進を始めています。
このような先端的研究拠点の形成と、さらにERATO及びCREST の応募・採択テーマの内容を見ると、ここ数年にシステムバイオロジーのテーマが急増していることが伺えます。その主なものを表1~表3に示します。
2007 | 生体調節シグナルの統合的研究 | 群馬大学小島至 | |
生体シグナルを基盤とする統合生物学 | 東京大学宮下保司 | ||
生命時空間ネットワーク進化 | 東京工業大学濡木理、白髭克彦 | ||
システム生命科学の展開:生命機能の設計 | 名古屋大学近藤孝男 | ||
高度生命機能システムノダイナミックス | 大阪大学柳田敏雄 | ||
InVivoヒト代謝システム生物学 | 慶應義塾大学末松誠 | ||
2008 | NetworkMedicine創生 | 東北大学岡芳知 | |
疾患のケミカルバイオロジー | 東京大学門脇孝 | ||
ゲノム情報に基づく先端医療 | 東京大学清木元治 | ||
オルガネラネットワーク医学創成 | 大阪大学米田悦啓 | ||
次世代シグナル伝達医学 | 神戸大学東健 | ||
2009 | ゲノム情報ビッグバンから読み解く生命圏 | 東京大学森下真一 | |
自然共生社会を拓くアジア保全生態学 | 九州大学矢原徹一 |
また、世界トップレベル研究拠点プログラム WPI の次の二つのセンターは、更に大きな規模でのシステムバイオロジー研究を含んで展開されるでしょう。
- 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(審良静男)
- 京都大学物質細胞統合システム拠点(中辻憲夫)
2009 | 末松ガスバイオロジープロジェクト | 慶應義塾大学 末松誠 |
動的微小反応場 | 大阪大学 四方哲也 | |
2008 | 生細胞分子化学 | 理化学研究所 神岡幹子 |
感染宿主応答ネットワーク | 東京大学 川岡義裕 | |
2007 | 統合細孔 | 京都大学 北川 進 |
2006 | 生命時空間情報 | 理化学研究所 宮脇敦史 |
2005 | ヒト膜受容体構造 | 京都大学 岩田 想 |
植物分化全能 | 基礎生物学研究所 長谷部光泰 | |
複雑系生命 | 東京大学 金子邦彦 | |
複雑数理モデル | 東京大学 合原一幸 |
2009 | 神経細胞ネットワークの形成・動作の制御機構の解明(小澤静司) | |
神経回路構成素子の形成メカニズムの解明 | 東京大学 後藤由希子 | |
2009 | シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築(土居範久) | |
システムバイオロジーのためのモデル化・シミュレーション環境の構築 | 慶應大学 冨田 勝 | |
2008 | 人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術 (須田年生) | |
精子幹細胞のリプログラミング機構の解明と医学応用の可能性の検討 | 京都大学 篠原隆司 | |
生殖系列におけるゲノムリプログラミング機構の統合的解明とその応用 | 京都大学斎藤通紀 | |
細胞リプログラミングと分化における転写調節機構 | 京都大学 西田栄介 | |
2008 | 生命システムの動作原理の解明と基盤技術(中西重忠) | |
シグナル伝達機構の情報コーディング | 東京大学 黒田真也 | |
行動を規定する神経回路システム動態 | 名古屋大学 森郁恵 | |
シアノバクテリアの概日システム | 名古屋大学 近藤孝男 | |
RNAサイレンシングが司る遺伝子情報制御 | 慶應義塾大学 塩見美喜子 | |
2007 | 代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御の基盤技術(中西正弘) | |
染色体分配メタボリズムの分子ネットワーク | 京都大学 柳田充弘 | |
タンパク質修飾の動態とネットワークの網羅的解析 | 理化学研究所 吉田 稔 | |
糖代謝恒常性を維持する細胞機能の制御機構 | 神戸大学 清野 進 | |
植物アミノ酸代謝のオミックス統合解析 | 理化学研究所 平井優美 |
終わりに
以上のように、システムバイオロジーは世界的にまた日本でも非常に活発に動いており、基礎生物学から応用へと広範な分野へ広がっています。この勢いは一時的なものでなく、今後の生物学・医学・植物学ほかすべての領域で必然のものとなって行くでしょう。そこには、新しい計測技術及びコンピュータ・情報技術の進歩が大きく寄与するでしょう。
今後の展開に当たって次の4点を特に留意しておく必要があると思われます。
(1)対象システムの選定
「テーマ」の設定が最も大切であります。重要且つ波及効果の大きいテーマの選定こそが成否の鍵です。明確な対象を定めないシステムバイオロジープロジェクト・センター・学科は、無駄であると言っても過言ではないでしょう。
(2)異分野研究者・技術者の融合体制
システムバイオロジーを推進するには、生物学、医学研究者だけでなく、情報・物理・化学・計測・工学の専門家が必要であり、これら異分野の研究者・技術者が同じ屋根の下で研究を進めるのが最も望ましいことです。そこでは、多分野をわきまえた次世代のシステムバイオロジー研究者が自然に育っていきます。このことは長期的にみて非常に重要であります。
(3)システムバイオロジーの研究基盤整備
システムバイオロジーを進めるに当たって大型の測定機器(シーケンサー、オミックス測定機器、MS他)やコンピュータが必要になることが多くあります。これらを個々の研究グループが揃えることは多くの場合難しいことです。この基盤整備は正に国の側で準備すべきことでしょう。それらを駆使して画期的な研究をする提案がボトムアップでなされることが望ましい姿です。(スイスの例)
(4)人材の育成
新しい学科・カリキュラムが必要です。世界に先駆的な大学 (Harvard, Princeton等) に出来たシステムバイオロジー学科には、良いカリキュラムが出来つつあります。自らが目標・課題を設定し、それに向かって多角的なアプローチを自ら学び・切り拓いて行くことを誘導・助力する必要があります。そのような姿勢と能力をもつ人材の育成こそシステムバイオロジー発展に欠かせません。また上述のような融合研究体制の所に若い学生を送り込むことは早期の人材育成にきわめて効果的であります。
システムバイオロジーでは、システムの理解から始まってシステムの予測可能な段階に至ることが期待されます。この段階に至ればシステムの合理的設計に役立てられことになり、正に合成バイオロジーにつながって行きます。
以上、世界及び日本のシステムバイオロジーの活発な動きを紹介しました。今後ますます対象システムが拡大していく中で、国際協調が求められていくでしょう。がんシステムバイオロジーの国際協力、ツールやデータベースの国際共同開発・標準化などいくつかの課題がすでにあります。国際的な中での協調と競争によって、システムバイオロジーが順調な発達をしていくことを願っております。