第77号
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現地調査報告・中国の世界トップレベル研究開発施設(その10)放射光施設・上海光源

2013年2月28日

岡山 純子(おかやま・じゅんこ):(独)科学技術振興機構エキスパート(研究開発戦略立案担当)、研究開発戦略センターフェロー

早稲田大学理工学研究科応用科学専攻修了、工学修士。日本総合研究所を経て2005年12月から科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センターに勤務。
著書:JST研究開発戦略センター海外動向ユニット編「グローバル競争を勝ち抜く韓国の科学技術」(丸善プラネット)2012年6月

1.「世界一利便性の高い」放射光施設

 上海の浦東国際空港から車で走ること30分、中国の一大バイオ拠点でもある上海・張江ハイテクパークには、第一三共、ロシュ製薬など世界の名だたるバイオ関連企業や中国科学院をはじめとする研究機関、大学病院等、ライフサイエンスに関連する機関が多数立地している。この張江ハイテクパークの一角に、アンモナイトを模した美しい施設がある。中国最大の放射光施設、上海光源(上海同歩輻射光源、SSRF = Shanghai Synchrotron Radiation Facility)である。

 放射光施設は精密さが厳しく求められる。このため、地盤の固い場所に立地するのが業界の常識である。ところが、中国は敢えてこれに挑戦する形で様々な工夫を凝らし、地盤の緩いデルタ地域に建設した。その結果、上海光源は世界一交通利便性の高い立地を誇る施設となった。

写真

上海光源の全景(上海光源提供)

2.なぜ放射光施設は重要なのか?

 ライフサイエンスやナノテクノロジーなどの先端分野では、従来の探索的研究に代わって、物質の構造を原子・分子レベルで設計し、より効率的に医薬品や新材料の開発を行う方法が志向されるようになってきている。これはひとえに、物質を原子・分子レベルで分析する手段が発展したお陰である。その手段の一つが放射光施設である。例えば、インフルエンザ特効薬のタミフルは、放射光施設を活用して開発された成果として有名である。

3.日本の技術者の提言で最新鋭の施設に

 上海光源は2004年に正式着工し、2010年に本格供用を始めているが、1995年から建設に向けた様々な検討が行われてきた。上海光源を所管する中国科学院上海応用物理研究所では、各国の放射光の専門家を集めた国際委員会を組織し、施設の設計方針についてアドバイスを求めた。1990年代の中国はまだ途上国と認識されていたため、この国際委員会は一旦、最新鋭の施設を中国に建設することは難しい、と結論付けた。

 その時、敢えてこれに立ち向かったのが日本人委員である。この日本人委員は「施設は完成時点でどうしても陳腐化したものになる。だからこそ、ナノテク・ライフサイエンスの最先端研究に活用できるような難易度の高い技術導入に挑戦すべきだ」と主張した。この提言を受けて、上海光源は第三世代と呼ばれる最新鋭の放射光施設として整備されることになり、見事に方向転換したのである。この施設を活用して書かれた論文はすでに多数、「Science」や「Nature」といった一流の学術雑誌に掲載されている。

 このような背景から、上海光源では、日本の理化学研究所を中心に、日中協力が活発に展開されている。また、上海光源の他でも、放射光をはじめとする高エネルギー物理の分野で様々な日中協力が実施されており、日中両国の研究者コミュニティーに存在する太い絆を感じることが多々ある。

4.施設の性能も世界トップクラス

 上海光源は、世界トップレベルの他の放射光施設と比較しても、遜色がない。下の図は、世界の主要な第三世代放射光施設について、施設ごとの性能を示す指標(エネルギーとエミッタンス)を2軸にプロットしたものである。図の右下方向に行くほど、施設の性能が優れている(観測精度が高い)ことになる。これで見ると、日本の理化学研究所(SPring-8)等、日米仏の施設がトップ拠点群を形成し、上海光源(図ではSSRFと表記)は英国(DIAMOND)、豪州(ASP)とともに第2位グループを作っている。

図

世界の主要第3世代放射光施設の比較

出典:北村英男・理化学研究所上級研究員提供資料

5.「夢のレーザー」施設は実現できるか?

 上海光源では今後、夢のレーザーと呼ばれるX線自由電子レーザー(XFEL)施設の建設を進める予定である。本稿で述べた放射光施設では、観測対象が「結晶化」した物質でないと、構造解析を行うことができない。ところが、生命活動をつかさどるタンパク質には、結晶化できないものが多い。そこで次世代技術として期待されているのが、XFELである。このXFELを実現したのは、現時点では米・日の2カ国のみであり、日本では、SPring-8(所在地・兵庫県播磨科学公園都市)に隣接する形でXFEL施設・SACLAが稼働している。

 中国にこの「夢の光」が灯るまでには、まだしばらく時間を要すると考えられるが、今後とも中国の最先端技術へのチャレンジに注目していきたい。

参考文献:

  1. 詳細については、報告書「中国の科学技術力について~世界トップレベル研究開発施設~」の第10章参照。