第96号
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中国の農地―その量、質、制度(その2)

2014年 9月30日

白石和良

白石 和良:元農林水産省農業総合研究所海外部長

略歴

1942年生れ
1966年 東京大学法学部政治学科卒、法律職で農林省入省
1978年~1981年 在中国日本大使館一等書記官
1987年 研究職に転職、農業総合研究所で中国の農村問題、食料問題等を研究
2003年 定年退職 以降フリーで中国研究を継続

その1より続き)

3.農地の制度

 量、質については問題が少なくても、そのような農地を利用する制度に問題があれば、折角の好条件も生かせなくなる。人民公社制度で抑圧されていた農民の生産意欲を解き放って短期間で飛躍的な生産増をもたらしたのは農業生産責任制の導入であった。以下では、所有制度、利用制度、農地の転用について紹介する。

(1)所有制度

 農地の所有制度は、①国有制、②集団所有制の2種類のみである。蛇足ながら、私有制の農地は皆無である。

① 国有制の農地は、国営農場が所有するものであり、2012年末で全国の1786の国営農場の農地面積は612.37万haとなっている(『中国統計年鑑2013』)。

② 集団所有制の農地は、農民が構成員である「農村集団合作経済組織」と称される組織の所有である。この「農村集団合作経済組織」は、人民公社制度の生産大隊、生産隊の経済部門の末裔と理解されておかれるのが良いと思われる。1949年の新中国建国後の農地制度は、農家の私有制→初級合作社所有制→高級合作社所有制→(人民公社化)→生産隊(一部は生産大隊)所有制→(人民公社制度廃止)→農村集団合作経済組織所有制という経過である。農地は国有と思い込んでいる方がまだおられるが、このような認識では現在の中国の農業、農村問題の正しい理解は不可能である。因みに中国の現行憲法はその第10条第2項で「農村及び都市郊区の土地は、法律の規定によって国家の所有に属するものを除いて、集団の所有に属する。農家の宅地、自留地、自留山も集団の所有に属する」と規定している。

(2)利用制度

 前述のように、農地は「農村集団合作経済組織」が所有しているが、その構成員である農民はこの集団所有制の農地の利用収益権を持っており、「農村集団合作経済組織」と間で請負契約を締結することによって、その権利を実体化することができる。このような農地の利用制度を中国憲法はその第8条第1項で「農村集団経済組織は農家請負経営を基礎とし、統一経営と分散経営が結合した双層経営体制を実施する」と規定している。ここで憲法が言う「農村集団経済組織」は上述の「農村集団合作経済組織」のことである。中国憲法が言うこの「双層経営体制」という概念を理解するのがなかなか難しい人が多いようであり、中国の研究者でも間違えている人が散見される。参考までに「双層経営体制」の概念図を掲げておく。

図1

 

 さて、「農村集団合作経済組織」の構成員である農民はこの集団所有制の農地の利用収益権を持っており、「農村集団合作経済組織」と間で請負契約を締結することで、その権利を実体化することができると前述したが、それを法制化したのが「農村土地請負法」である。同法の要点は、①農村集団合作経済組織の構成員はその属する集団の農地を請負する権利を有すること、②集団と農民との間で請負契約が成立すると、農民は「農地請負経営権」(中国では「土地承包経営権」)を取得すること、③農地請負経営権は自ら行使しても良いし、他人に譲渡、貸与することができること等である。

 この「農村土地請負法」は、農民の耕作権を保護するのが目的であるが、他方で農業経営の規模の拡大の阻害要因にもなっている。この両者の兼ね合いが難しく、一方に偏っては問題を惹起させ、そして修正するというパターンを繰り返している。特に最近では、企業がこの権利移動制度を悪用して農地を非農業用途に供しているのが問題となっている。

 農地請負経営権の所有農家数、対象面積、他者への譲渡、貸与等の移動の実績は表6のようである。権利の移動が21.2%にまで進展しているのは意外であった。

表6 農地の請負契約と請負耕作権の移動
出所:『中国農業発展報告』各年版。
  2009年 2010年 2011年 2012年
農家の請負耕作面積総計(万ha)A 8,421.2 8,494.1 8,515.7 8,736.3
うち請負耕作権の移動面積(万ha)B 1,010.3 1,244.5 1,519.5 1,855.6
移動率(B/A) 12.0% 14.7% 17.8% 21.2%
請負耕作契約農家総数C(万戸) 22,925.0 22,851.0 22,884.0 22,976.0
1農家当たり請負契約面積(A/C)(ha) 0.367 0.372 0.372 0.380

(3)農地の転用

 農地の転用は前述のように厳しく規制されているが、経済の発展や人口の増大に伴って転用が必要となってくるのも事実である。農地の転用で特に問題とされるのは、収用される農地に対する補償が低過ぎることである。農地の転用では、「農地所有者→転用農地使用者」という権利移動方式ではなく、「農地所有者→国有土地への転換→転用農地使用者」という方式を取っているため、多くの問題、特に転用農地使用者の支払額と農地所有者の受取額との間に大きな差があり、この差額が中間で不正着服されるという問題が生じている。中国の農村では、農村の支配層(共産党支部や村民委員会の役員)が農民の利益を守るよりも損なわせる場合が多く、農地の転用でも農村の支配層に対する疑惑が大きいので、ちょっとのことで村をあげての騒擾に発展する事例が多いのである。都市住民のマイホームの夢の実現や都市区域の拡大のためにも農地の転用需要は増大の一途である。なんやかんやと屁理屈を並べながら集団所有制の農地を農民から取り上げるための方策が仕掛けられているのが実情である。ただ利害関係が錯綜しているためか、完全な実行までには至っていないようである。「土地管理法」の改正作業が何年も継続しているのが一つの証左である。

おわりに

 中国語に「盧溝橋の獅子」という歇后語(掛け詞の類)がある。その心は「数不清」(はっきりと数えきれない、数をはっきりさせられない)である。この歇后語ができたのは、盧溝橋の欄干に石刻の獅子があるが、500そこそこの獅子を何度数えても同じ数にならないとされているからである。中国の農地面積統計を見ていると、この歇后語を思い出す。何度数えても一致しないのは、数えるたびに獅子に見えたり、獅子に見えなかったりするものがあるためというが、農地調査でもこのような事情があるのであろう。だいぶ前であるが、日本留学経験者の中国人研究者に「日本にも畦のある畑は有りますか?」と聞かれたことがある。この例で言えば、畦が付いている土地は確実に畑であるが、畦の付いてない土地を畑と見るか、見ないかは難しい判断となる。また、降雨量の多寡によって農地になったり、ならなかったりする土地はどのように判断するのか。このような解釈如何によるカウント結果の差を今後如何に縮小させるかが、中国の農地調査部門に求められるところであろう。このように考えるのは、第二次調査の各省別結果はほとんどが公報の形で公表されているが、こうした問題のありそうな内蒙古、新疆、黒龍江といった農地保有の大所の省の公報は入手できなかったためである。これらの未公表の省の調査結果の公表が待たれるところである。

 なお、「畦のある畑」とは、中国農史上では「区田法」といわれるものである。

(了)