最近の環境法政策-生態文明と環境保護法改正-(その2)
2014年 6月10日
北川 秀樹:龍谷大学政策学部教授
NPO法人・環境保全ネットワーク京都代表、博士(国際公共政策・大阪大学)
略歴
専門は環境法政策。1979年京都大学法学部卒業後、京都府庁勤務、地球環境対策推進室長を最後に12年前に研究者に転身。日本と中国の環境法政策と環境ガバナンスの研究に取り組んでいる。編著書『 中国の環境法政策とガバナンス(2011)』など。
( その1よりつづき)
環境保護法の改正
12期全国人大常務委員会の5年立法計画(2013年10月)により明確にされた68の項目のうち、土地管理法、環境保護法、大気汚染防治法、水汚染防治法等の改正、土壌汚染防治法、核 安全法等11の項目は前述の「生態文明」に関連している。
このうち環境保護に関する基本的な法律であり、環境政策の基本方針と厳格な責任追及を規定する環境保護法(1989年制定)の改正内容について紹介する。同法の改正については、早 くも1993年の8期全国人大環境資源保護委員会において意欲的に議事日程に取り入れられ、9、10、11期全国人大常務委員会も法律改正を立法計画に取り入れ、数十回に及ぶ調査研究・法 律執行の活動を展開してきた。また、法律専門家・官員を海外へ派遣し、環境分野の立法動向を調査させ、その育成訓練を実施した。北京大学の汪勁教授は、このような努力にもかかわらず改正が実現しなかったことは、問 題の困難性を表しているという。
2012年8月に改正案の草案第一次審議稿が公開されたが、改正内容としては小幅なものに留まっていた。その後大幅な修正が加えられ2013年7月に草案第二次審議稿が公開され一般の意見が聴取された。こ れを受け、内容の一層の充実強化が図られ、去る4月24日に改正案が全国人大常務委員会を通過、2015年1月1日から施行されることとなった。今回改正作業が早まった背景には、P M2.5をはじめとしたさまざまな環境問題の顕在化が影響したと考えられる。
改正法の主な内容・特徴について、新規に加わったものや現行法と比較しての改善点を取り上げる。
まず、「目的」について、社会主義現代化建設の促進という言葉がなくなり、「生態文明の建設の推進、経済社会の持続可能な発展の促進」という用語が加わった。また、従来から認知されていた「 環境の保護は国の基本国策」を明記した(4条)。「環境教育や環境保護」について、「教育行政部門、学校は環境保護の知識を学校教育の内容に入れ、青少年の環境保護意識を養う」「 ニュースメディアは環境保護の法律、法規及び環境保護知識のPRを行い、環境違法行為に対する世論の監督を行う」とし、教育機関やメディアの役割を盛り込んだ(9条2項、3項)。
また、「国の環境保護規劃」について新たに定め、規劃の内容は「自然生態保護と環境汚染防治の目標、主要任務、保障措置等」を含み、「全国の主要機能区規劃、土 地利用全体計画及び城郷規劃とリンクしなければならない」とし(13条4項)、開発関連の規劃との整合を図った。「環境影響評価」に 関して建設プロジェクト環境影響評価報告書は先に建設して後で承認を得るような場合が多かったため、「法により環境影響評価を行っていない建設プロジェクトについて、着工し建設してはならない」としたほか、開 発利用規劃の環境影響評価に対する事前承認も義務付けた(19条2項)。そして、この違反に対して、環境保護行政主管部門は「建設停止を命令し、過料に処するとともに現状の回復を命令することができる」と し(61条)、実効性を高める工夫をした。
次に、環境保護部門の責任を明確化し、「環境保護目標責任制と審査評価制度を実行し、国務院と地方人民政府環境保護目標完成状況」を地方人民政府の環境保護部門とその責任者の審査内容とし、結 果を公開することとした。また、県級以上の人民政府は環境保護目標完成状況を環境保護部門とその責任者及び下級人民政府とその責任者の審査内容に入れ、評価の重要な根拠とし、そ の結果を公開することとした(26条)。さらに、県級以上の人民政府は毎年、人大及び同常務委員会に環境状況と環境保護目標の完成状況を報告するとともに、重 大環境事件についても報告し監督を受けなければならないとし(27条)、人大の監督を強化した。
自然資源については、「合理的に開発し、生物多様性を保護し、生態安全を保障」すると規定し(30条1項)、「外来種の移入と生物技術の研究、開発、利用についての措置」をとり、生 物多様性の破壊を防止することとした(同2項)。この点、現行環境保護法には、自然保護に関する規定が不充分であったため充実強化が図られている。また、生態保護補償制度の確立について規定し、受 益地区と生態保護地区の人民政府が協議や市場規劃に基づき生態保護補償を進めることについて国の指導を規定したが(31条)、これは現在起草中の生態補償条例の動きを反映したものと思われる。
「廃棄物・リサイクル」に関して、国などは省エネ、節水、省資源などの環境にやさしい製品、設備、施設を優先して購入、使用しなければならないとした(36条2項)ほか、地方人民政府の「 生活廃棄物の分類措置、回収利用の推進措置」と住民の分別義務について規定した(37条、38条)。
その他、「総量抑制」について規定し、国の重点汚染物排出総量抑制基準を超えた地区については、暫時新増設の建設プロジェクト環境影響評価書の審査を停止することとし(44条2項)、実効性を高めた。ま た、農薬、化学肥料などの農村の農業面源汚染防止を規定し、生活廃棄物の処理についての県級人民政府の責任を明記した(49条)。
今回、筆者が特に注目しているのは「情報公開と公衆参加」及び「法律責任」である。前者について、国と並んで省級以上の人民政府環境保護部門は定期的に環境状況公報を公布することとした(54条1項)。地 方レベルでの環境情報の公開促進が期待される。また、環境影響評価手続きにおける公衆参加について、「環境影響報告書を作成しなければならない建設プロジェクトは、建設機関が作成時に公衆に状況を説明し、十 分意見を求めなければならない」とした。環境保護部門が報告書を受け取った後、国家機密と商業秘密にわたる場合を除き、全文公開が義務づけられたほか、建 設プロジェクトについて十分住民の意見を聴取することを義務付け、実質化を図った(56条)。また、公益訴訟については、「環境汚染、生態破壊、社会公共利益に害を与える行為」について、法 に基づき区を設けた市級以上の人民政府民政部門に登記していること、かつ環境保護公益活動に連続して5年以上従事し違法な記録がない公益組織(NGO)に訴訟の提起を認めた。北 京の研究者によれば全国で300あまりの組織が対象になるとのことである。
後者の法律責任については、「企業事業単位やその他生産経営者が違法に汚染物を排出する場合は過料の処罰を受けるとともに期限内の改善を命ぜられる。改善を拒む場合は、法 により処罰決定を行った行政機関は改善を命じた日から元の処罰額に応じて日割りの処罰をすることができる」とし(59条)、有識者が強く求めていた「日罰制」を規定した。さらに、地方性法規で、地 域の実情に応じて対象の違法行為の種類を増加することができることとした。これに加え、環境影響評価を行わず着工し、建設停止を命じられたにもかかわらず実施しない場合や違法な汚染物の排出など、悪 質な行為について公安機関に案件を移送して直接の責任者を10日-15日間の拘留ができることとした(63条)。このほか、企業の環境情報の不公開や虚偽の情報公開について、県 級以上人民政府の環境保護部門は公開を命じ、過料に処し公表するとし、企業の責任を強化した(62条)。
以上から特徴として以下の点を指摘できるだろう。①従来、環境汚染中心であった法律を自然保護、廃棄物の領域まで広げたこと。②政府や企業の情報公開を義務付けたこと。③住民やメディアの監視・監 督機能を重視し公衆参加を充実したこと。④法律責任を強化したこと。特に④については、草案第二次審議稿より一層強化されており立法者の並々ならぬ強い決意が窺える。現在、来年の施行に向け、改 正内容の周知に努めているが、地方からは経済発展との関係で施行の困難さを指摘する声も聞かれる。環境法の実効性を上げるには、前 述の生態文明や生態補償を前面に出した環境政策の確立とともに執行面でのガバナンス強化が不可欠である。と りわけ共産党一党指導の現行体制の中でいかにチェック機能を働かせられるかが改正法の実効性に影響する重要な要素となるであろう。
(おわり)