第35号:生態系保全技術
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野生生物管理と自然再生

2009年8月11日

松田裕之

松田裕之(まつだ ひろゆき):横浜国立大学大学院教授

1957年福岡県生まれ。1980年京都大学理学部卒業、1985年に同大学院生物物理学専攻博士課程卒業(理学博士)、日本医科大学助手、水産庁中央水産研究所主任研究官、九州大学理学部助教授などを経て、2003年より横浜国立大学大学院教授。2007年に日本人初のPew Marine Conservation Fellowとなる。専門は数理生態学、環境リスク学,水産資源学。

自然を人為的に回復させる

 近年、日本では再生と言う言葉がさまざまな分野で用いられる。自然再生もその一つである。自然再生(Nature restoration)とは、人間活動によって損なわれた生態系またはその機能の一部を復元することである。生態系にはある程度の回復力(Resilience)があり、人間の負荷を取り除けば元に戻ることもあるが、人間の負荷を完全には取り除けない場合、限度を超えた影響を受けた場合には、放置しても自然が回復しない。

 半世紀前には、ニホンジカやクマ類など、日本の野生動物は激減し、絶滅の恐れさえあった。その後保護した結果、多くの鳥獣は個体数が回復した。ニホンジカは過剰になり、農作地や林業地が食い荒らされた。それだけではなく、国立公園の貴重な植物が食害に合い、激減した。農林業被害対策としては、シカの捕獲は1990年代になって本格化したが、国立公園内のシカ捕獲については、自然の遷移に任せるべきと言う意見も多かった。自然植生に激甚な影響が出ていることが指摘され、2008年になり、現在は人が定住していない知床世界遺産の最先端部である知床岬でも、シカの捕獲が始まった。

 いずれも、自然の回復力を生かしつつ、それに手を加えながら、生態系を維持しようという取り組みといえる。本稿では、野生生物管理と自然再生の例として、エゾシカと石西礁湖のオニヒトデの例を取り上げる。

ニホンジカの激増と野生生物管理の新たな課題

 ニホンジカにはいくつかの亜種があり、エゾシカ、ホンシュウジカ、ヤクシカなど日本国内に5亜種、台湾、中国大陸にもいくつかの亜種がいる。大陸の亜種は個体数も少なく、分布も狭いとされている。日本でもかつては乱獲などにより個体数が減り、保護されていたが、近年、日本各地でニホンジカが増加し、分布域も拡大している。以前は日本国内でも乱獲により激減し、保護されていたが、近年は狩猟圧の低下、土地利用変化により増加したと見られている。ニホンジカに限らず、多くの野生鳥獣が、かつては個体数の減少による保護が課題であったのに対し、近年では増えすぎが問題となっている。

 世界遺産と生物圏保存地域に指定されている屋久島では、もともとシカの天敵であるオオカミがいなかったが、急峻な地形と狩猟圧により、シカ個体数は抑制されていた。現在では、西部の世界遺産登録地域で1km2あたり70頭以上となるほど激増し、農林業被害のみならず、世界遺産地域の固有植物など自然植生に激甚な被害を与え始めている。南九州でも、シカの増えすぎにより一部の植物が激減し、絶滅の恐れがある。そのため、日本植物分類学会は2003年3月にシカ食害の対策を求める要望書を提出した。

 北海道でも、明治時代に乱獲と豪雪による大量死により激減していたエゾシカが増え始め、農林業被害額が50億円を超えるに至った(図1)。1998年より始めた北海道東部(道東)における道東エゾシカ保護管理計画により、おそらくアジアで初めて、野生動物管理において順応的管理を導入した。そこでは、管理計画を実施しながら1993年度の個体数を100とする相対個体数指数を毎年推定し、最新の個体数指数をもとに捕獲圧を調節し、捕獲数と個体数の増減傾向から個体数を推定しなおす作業を進めた。捕獲によって個体数を調節するためには、自然に増える数以上に捕獲する必要がある。それも、子供を生むのは雌だから、雌の捕獲が重要である。最初は、個体数を推定し、個体数と自然増加率の積を上回る捕獲数を設定しようとした。けれども、個体数推定値にはかなりの推定誤差が伴う。また、過去の推定値の多くは過小推定だったとみられる。多くの推定法では、ある区画内の個体数を数え上げ、それを生息地全体に外挿する。その際に区画内の発見率を100%などと過大に仮定するためである。

図1 北海道のエゾシカ捕獲頭数と農林業被害額の推移(北海道資料)

図1 北海道のエゾシカ捕獲頭数と農林業被害額の推移(北海道資料)

 当初、北海道では道東のシカ個体数を8.6-16.4万頭と推定していた。シカは一夫多妻制のため、成獣は雄より雌が多い。しかし、過去の雌雄別捕獲頭数は角のある雄が多く、12万頭では雄成獣は獲り尽されているはずである。そのため、上記推定値は過小推定と考えられた。真の個体数が不明である以上、できるだけたくさん獲る方針(緊急減少措置)で臨んだ。それでも、30万頭以上の場合、捕獲数は自然増加を下回り、増え続けると予想された。実際に捕獲した結果、複数の継続監視によるシカ個体数指数は減少に転じた。このことから、シカ個体数も20万頭程度と推定された。その後、エゾシカ個体数の推定には、夜間目視調査による個体数指数と捕獲数から絶対数を推定する「ベイズ推定法」が用いられている(Yamamura et al. 2008)。

 日本において、野生鳥獣による農林業被害が増えている。日本の狩猟免許保持者は年々高齢化し、人口が減っている。野生鳥獣が増えていても、それを捕獲する人がいなくなりつつある。そのため、2007年に鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律(特別措置法)が制定され、罠猟などの手続きが簡素化された。

 ニホンジカだけでなく、カモシカ(日本固有種、同属が中国に分布)、ニホンザル(下北半島個体群はサル類の最北端の生息域)、イノシシ、ツキノワグマ、ヒグマも、農林業被害など人間との軋轢が増えている。それらの国内での個体数はよくわかっていないが、上記のように、およその自然増加率と増減傾向さえ継続監視できれば、管理することができる。

自然再生事業

 先に述べたとおり、機能が損なわれた自然に手を加えて回復させるための事業を行うため、自然再生推進法が、2003年1月より施行された。この法律は、「自然再生に関する施策を総合的に推進し、もって生物の多様性の確保を通じて自然と共生する社会の実現を図り、あわせて地球環境の保全に寄与することを目的」としている。この法律において、「自然再生」とは、「過去に損なわれた生態系その他の自然環境を取り戻すことを目的として、関係行政機関、関係地方公共団体、地域住民、特定非営利活動法人、自然環境に関し専門的知識を有する者等の地域の多様な主体が参加して、河川、湿原、干潟、藻場、里山、里地、森林その他の自然環境を保全し、再生し、若しくは創出し、又はその状態を維持管理すること」と定められている。

 これに対して、自然再生事業が新たな環境破壊となることを危惧する声もある。そのため、日本生態学会生態系管理専門委員会(2005)では「自然再生事業指針」を策定した。

図2 石西礁湖におけるサンゴ被度とオニヒトデ出現地点頻度の年次変化(上野光弘ほか、未発表)

図2 石西礁湖におけるサンゴ被度とオニヒトデ出現地点頻度の年次変化(上野光弘ほか、未発表)

 南西諸島の石垣島と西表島の間に位置する石西礁湖は、生物多様性が非常に豊かな海域として知られている。石西礁湖では1960年代からオニヒトデによるサンゴの食害が懸念された。1989年のオニヒトデ大発生の際、オニヒトデ駆除事業が行われたが、低密度に抑えることができずにサンゴ被度が低下した。その後回復したものの、2004年ころから、再びオニヒトデは増え始めている。

 石西礁湖自然再生事業では、上記「自然再生事業指針」も参考にしつつ、地域協議会を組織し、オニヒトデ対策を実施している。1980年代に失敗した際には、できるだけ多くのオニヒトデを駆除する目標を掲げ、ヒトデの高密度域で駆除したが、分布が拡大して被害を防ぐことができなかった。自然再生事業では、重点的に保護すべき場所を設定し、他が増えても、その場所に駆除努力を集中し、その場所のサンゴだけは守るよう目指している。そのうち、海洋環境の変化により、オニヒトデは自然に減ると期待される。そのときまでに、最低限のサンゴを守るため、保護重点区を設けている。

 このように、自然の生態系の変動様式を理解し、実現可能な目標を設定し、費用効果の高い実効性ある方策を科学者が提案し、地域の担い手が合意することが、自然再生事業では重視される。石西礁湖では、漁民と観光業者(ダイバー)が協力分担して駆除事業を行っている。

引用文献:

  1. 日本生態学会生態系管理専門委員会 (2005) 自然再生事業指針. 保全生態学研究. 10: 63-75
  2. Yamamura K, Matsuda H, Yokomizo H, Kaji K, Uno H, Tamada K, Kurumada T, Saitoh T, Hirakawa H (2008) Harvest-based Bayesian estimation of sika deer populations using state-space models. Population Ecology 50:131-144