第30号:日中の再生可能エネルギー
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リチウムイオン電池およびそのキーとなる材料

2009年3月24日

黄学傑

黄学傑(Huang Xuejie):中国科学院物理研究所研究員
クリーンエネルギーセンター常務副主任

1966年生まれ。
1993年 オランダのデルフト工科大学工学博士取得、専門は無機材料。デルフト工科大学卒業後、1994~1995年ドイツのキール大学博士課程修了。
現在、中国科学院物理研究所研究員、博士課程学生の指導教官、クリーンエネルギーセンター常務副主任を兼任。固体イオン学専門家会議議長、蘇州星恒首席科学者。1996年から物理研究所にてリチウムイオン電池およびキー材料の研究・開発と産業化事業を担当。中国科学院科学技術進歩2等賞および求是傑出青年賞を受賞。この数年間で国際学術定期刊行物に発表した学術論文数は100件余り、特許取得数は27件にのぼる。中国ハイテク技術研究発展計画の「863計画」や「973計画」におけるリチウムイオン電池材料および自動車用ハイパワーリチウムイオン電池に関する多くの課題に取り組み、自動車用リチウムイオン電池および一部のキー材料の産業化を果たしている。

1.序

 電気自動車とハイブリッドカーの発達は、現在、全世界の自動車産業に大きな変革をもたらしている。電池は電気自動車のコア部品であり、自動車用リチウムイオン電池はこれまでの数年間で比エネルギーは100Wh/Kg以上になり、比出力は最高で3000W/Kgを達成することができた。今後数年間で性能はさらに高まり、コストも徐々に下がる見通しである。2020年までに全世界で多くの自動車にリチウムイオン電池が搭載され、ハイブリッドカーまたは電気自動車になると予想される。

 リチウムイオン電池は負極にグラファイトなどのリチウム貯蔵材料を、正極にリチウムを含む遷移金属化合物のLiMn2O4 、LiFePO4などを使用し、電解質は通常リチウム塩の有機溶媒を用いる。充電時には、リチウムイオンが正極材料から分離し、電解質を通って負極に取込まれ、放電時にはこれと逆の作用となる。他の電池と比較すると、リチウムイオン電池は電圧やエネルギーが高く、メモリー効果もない上、自己放電率が低いなどの長所がある。1990年代初めにソニーが世界に先駆けて産業化に成功した後、急速に発達して、情報化時代を迎えた現在では電子製品や小型製品に広く応用されるようになり、近い将来、電気自動車分野に広く普及するだろう。

 日本はリチウムイオン電池の分野で首位に立っており、三洋やソニー、パナソニック、NECなどの有名企業はいずれも大規模なリチウムイオン電池の製造ラインを立ち上げている。マンガン酸リチウムを正極材料に用いたリチウムイオン電池はすでに「R1e」や「MiEV」などの電気自動車やハイブリッドカーに大量に応用されている。アメリカではこれに追いつくべく、オバマ政府が先週成立させた経済刺激策に20億米ドルを盛り込み、米自動車用リチウムイオン電池産業の発展を支援している。

 中国のリチウムイオン電池研究開発プロジェクトは一貫して「863計画(中国ハイテク技術研究発展計画)」の重点プロジェクトであるが、現在モバイル電子機器用リチウムイオン電池はすでに年産10億個以上の製造能力を確立し、材料の大半が中国産で、市場競争で善戦している。動力用電池の研究ではやや遅れを取っていたものの、現在では著しく進展している。

2.マンガン酸リチウムおよびリン酸鉄リチウムの正極材料の研究

 動力用電池および二次電池は単体の電池セルもバッテリーパックも、携帯電話やノートパソコンの電池をはるかに上回る容量があるため、安全性にはより高い要求が出されている。一般に、同一材料体系のリチウムイオン電池の安全性は貯蔵するエネルギー総量と反比例しているが、一部の携帯電話に用いるリチウムイオンバッテリーの重量は約20グラムなのに対し、電動自転車のリチウムイオンバッテリーパックの重量は3~4キログラムと、携帯電話用電池の百数十倍~二百倍にもなる。ハイブリッドでない電気乗用車には300~400キログラムのバッテリーが用いられるが、電動式大型バスあるいは電動式大型トラックでは電池の重量は1500~2000キログラムであり、携帯電話用電池のさらに1万倍近くにもなる。自動車用電池の安全性の問題については、「第10次5カ年計画」の期間において十分な解決策が得られている。

 マンガン酸リチウムは製造方法が単純で、製造コストも安く、従来の材料であるコバルト酸リチウムに比べて環境にやさしく、より安全性が高いため、今なお動力リチウムイオン電池の正極材料の第一候補である。マンガン酸リチウム材料の欠点としては、高温における反復特性が劣ることと、高温下では劣化が特に著しいことが挙げられる。1998年にリチウムイオン電池の自動車用への展開を決定した際、直ちにマンガン酸リチウム材料の基礎研究が強化された。まず、クロムドープとフッ素ドープしたマンガン酸リチウムの正極材料についての研究を行い[1、2、3]、ドープにより反復特性について一定の改善を得ることができたが、自動車用電池の必要条件を満たすことはできず、クロムドープでは電池充電時に六価クロムをより多く発生させた。アルミドープの正極材料の研究により、我々は非常に早い段階でコバルト酸リチウムの表面を被覆するナノ酸化アルミニウム層を発見し、広い電圧領域で材料の反復特性を大幅に向上させることができた。2001年、豪ケアンズで開かれた固体イオニクス国際学会において、この研究成果[4]を発表して、高い注目を集めた。その後、米ブルックヘブン国立研究所の楊暁青博士の協力を得て、In-situシンクロトロン放射光XRDの酸化アルミニウム被膜コバルト酸リチウム材料に対する作用のメカニズムについて研究を行い、酸化アルミニウム被膜材料では、高電圧条件下で優れた充電反復特性を維持することが明らかになった。これは、充放電過程における材料の可逆的な相転移特性の保持に基づくもので、従来一般的に必要と考えられていた充電過程における構造変化の抑制ではない。一連の基礎研究を通じて我々は、マンガン酸リチウム材料の表面改良により材料の反復特性を高める方法を発見した[5、6]

図1 表面改質を行ったスピネル型マンガン酸リチウムの55℃条件下における反復特性曲線

 我々はナノ酸化アルミニウムを用いてスピネル型マンガン酸リチウム材料に対し表面改良を行い、55℃の条件下で汎用のLiPF6/EC:EMC:DMC電解液で200回の充放電を行ったところ、容量維持率はなお90%近くを保った(図1)。中国初のハイブリッドカー用電池として、2004にハイパワーリチウムイオン電池を開発したことは1つの難題を克服し、また自動車用のマンガン酸リチウムイオン電池の産業化を果たす礎となる材料を獲得したといえる。

 リン酸鉄リチウムの正極材料の熱安定性はマンガン酸リチウムに比べ一段と優れており、将来的にはリチウムイオン電池と二次電池のキー材料となるものである。我々は2000年にこの研究に着手し、2001年に「863」計画の新材料分野における重点課題へ支援申請して、問題なく承認された。理論計算による予測と実験を組み合わせて研究し、リチウムサイトでドープした高原子価陽イオンクロムがリン酸鉄リチウム材料の電子コンダクタンスを明らかに高めることを発見した[7]。しかし理論計算では[8]、オリビン型リン酸鉄のリチウム材料ではリチウムイオンが拡散する経路は1次元であり、コバルト酸リチウム中の2次元経路あるいはマンガン酸リチウム中の3次元経路と異なり、リチウムサイトの高原子価陽イオンはイオン経路が塞がれることが明らかとなった。後に我々は、鉄サイトのアルカリ金属ドープおよび酸素サイトの窒素ドープ材料について重点的に研究し、これらに関する特許を出願した[9、10、11]。アルカリ金属ドープのリン酸塩正極材料についての基礎研究と応用研究は現在も進めており、材料性能がより一層改善される見通しである。

3.ナノ負極材料の研究

図2ハードカーボン球材料の形

 現在は、商品電池の負極材料にはグラファイトを用いるのが主流であるが、ハードカーボンを負極に用いる電池のほうがハイブリッドカーにはより一層適している。そこで我々は非常に簡便な水熱法を用いて、ショ糖をハードカーボン球に転換した[12]。製造方法は簡便で、かつ原料価格が抑えられる。これにより得られた材料は独特な球形構造を有し(図2)、外観の直径が5~10ミクロンのカーボン球である。球内は単層のグラファイトで構成された孔径0.5~3nmのホールまたはチューブで、高容量のナノホールリチウム貯蔵特性を有しており(図3)[13]、これがカーボンナノチューブ材料の高容量リチウム貯蔵特性と球形炭素材料の優れた加工特性を結び付けている。

図3.ハードカーボン球材料の充放電曲線

 ノーカーボン負極の研究は1996年に富士フィルム社が酸化スズ負極のリチウムイオン電池についての開発を発表した後、研究の焦点となり、10数年にわたる研究を経て一連の成果を挙げ、このうち一部はほぼ実用化レベルに達している。1996年、我々は中国で初めて酸化スズ負極材料の研究に着手し、1996~1997年の研究によりその本質はリチウムとの合金化反応であることが明らかとなった[14]。1998年には酸化スズのリチウム貯蔵過程におけるナノ構造化現象を発見した[15]。酸化物が可逆的にリチウムを貯蔵するのを記録したミクロ画像ではナノサイズのリチウムスズ合金が無定形酸化リチウムの媒質中に分散していた。この研究によって、ナノサイズの合金が媒質において分散するのは、この種の材料のリチウムインサーション反応であること、およびこの種の材料が比較的優れた反復特性を備えていることが明らかになった。これが後のナノ合金類リチウム貯蔵材料の構造設計に明瞭な道筋を示したのである。したがってその後の研究では、ナノ金属や合金、酸化物などに多くの関心を注ぐようになった。リチウム合金を形成する材料は大量のリチウムを貯蓄でき、グラファイト材料を大きく上回るリチウム貯蔵容量を有する。1999年に我々は分散部分のナノケイ素の負極材料が粉末材料に比べリチウムイオンの挿入・離脱過程において体積変化に対してより優れた耐性を有し、比較的優れた反復特性と1700mAh/gに達する比容量を有することを発表した[16、17](グラファイト類材料の5倍)。この結果を発表したことで、リチウム電池で用いられた素材のサイズ効果の優れた特徴が世間から新たに認められるようになったが、リチウムイオン電池の負極材料としての金属およびその合金材料は非常に大きな難題にぶつかることとなった。主な問題点は、これに大量のリチウムが貯蔵された際に体積がもとの何倍にも膨張することである。ナノ材料の利点は比較的大きな体積変化に耐えられることであるが、反復過程において、化合物が発生しやすく、ナノ材料の優れた性質が喪失するため、反復特性は大きく劣化する。このため、ナノ材料をその他の材料と組み合わせて、実用の際の反復特性劣化の問題を解決する必要がある。

4.自動車用リチウムイオン電池

 リチウムイオン電池業界ではこれまでに重大な構造変化があり、現在もなお続いている。自動車工業界ではリチウムイオン電池に対し、小型電池の2倍以上の寿命とコスト半減を求めているほか、電池容量に対する要求も数倍から数十倍に、また製造規模を数十倍から数千倍にまで引き上げている。動力用電池の産業化は材料および技術、設備の絶え間ない技術革新につれ、従来型のコバルト酸化物の正極材料はマンガン酸化物およびその他のリン酸塩材料に代わり、電池の安全性を大幅に向上させたほか、新たな負極材料を用いた電池も商品化の方向にあり、リチウムイオン電池も寿命延長およびコストダウンの方向に向かっている。小型電池に用いられる製造技術も、徐々に高効率かつ低エネルギー消費で環境に負担の少ない新技術へと代わっている。例えば、動力用電池の放熱性やハイパワー入出力に対する要求は、電池セルの設計モデルを今日の巻き付け式(円筒)から平板式に向かわせており、これにより相応しい材料の製造技術および電池の製造技術、設備に対する要求も絶えず刷新され、より向上している。大規模な産業発展は資源や環境に影響をもたらすため、これと同時に電池の回収処理技術を高め、材料のリサイクル化を図る必要がある。 高コストがリチウムイオン電池の弱点であることは周知の事実であるが、製造規模が大きくなければ、製品の成熟度も上がらず、コストも下がらないため、製品は売れず、十分な投資もなされず、自動車用リチウムイオン電池産業の規模は拡大できないという悪循環に陥ってしまう。だが、電動自転車産業の発展がこの悪循環を断ち切るものと見られる。中国における電動自転車の所有台数は1億台近くにのぼるが、これに用いられる電池のうち圧倒的多数が依然として鉛蓄電池である。しかし同業界では、持続可能な発展に向けて環境にやさしいリチウムイオン電池に期待を寄せている。電動自転車のリチウムイオン電池に対する需要が高まるにつれ、自動車用電池の製造・技術レベルもより一層高まっており、産業規模が拡大すればコストも急速に下がるものと見られる。中国の電動自転車産業の発展が電気自動車の発展を強力に支える礎となっている。現在リチウムイオン電池も急速な成熟化に向かっており、徐々にハイブリッドカーやハイブリッドでない電気自動車に大規模に応用されている。電気自動車の発展に向けて、2輪の電動自転車が4輪の電気自動車の礎となっている状態にある。最近、科学技術部等の省庁が「10大都市に1000台の電気自動車を普及する計画」をスタートしているが、これが自動車用リチウムイオン電池産業の急速な発展に向けて有利に働くものと思われる。

参考文献

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