第184号
トップ  > 科学技術トピック>  第184号 >  中国国産ナノナイフで焼灼術のブレイクスルーを実現

中国国産ナノナイフで焼灼術のブレイクスルーを実現

2022年01月25日 洪恒飛、江 耘(科技日報記者)

image

初のナノナイフ焼灼術を行う浙江大学医学院附属第一病院超音波科の科長・蒋天安医師(画像提供:取材先)

1万ボルト級の高圧電場でがん細胞を狙い撃ち

マイクロ秒パルス高電界の細胞膜電気穿孔の原理を利用してがん細胞を死滅させる手法と違い、ナノナイフは、ナノ秒パルス高電界において、高電圧の電位勾配により、細胞膜に電荷を蓄積させ、圧電効果によりナノスケールの穴を開けて細胞核、核膜、ミトコンドリアなどの異なるアポトーシス効果を順次誘導するものだ。

 10月14日、鄭州大学第一付属病院(以下「鄭大一院」)超音波インターベンション科の董剛科長は、イメージング装置の誘導により、電極となる2本の針を肝臓がんを挟むように穿刺し、瞬間的に数万ボルトのパルス電流を流すことによって、細胞膜に穴をあけ、細胞核に進入し、がん細胞を急速にアポトーシスさせていく......こうして105回目のナノナイフによる手術を無事終わらせた。

 董科長は、「ここ1年余りにわたり、複数の臨床センターと共に努力して、ナノナイフを使って低侵襲治療でがん細胞を死滅させると、患者の傷を小さくとどめることができるほか、術後の回復が早く、血管や神経に覆われた病巣を取り除くうえで非常にメリットが大きいことを証明した」と話す。

 同プロジェクトの責任者を務める浙江大学の陳新華博士によると、オリジナルイノベーションであるナノ秒パルス高電界技術は、1万ボルト以上の高圧電場やナノ秒級の超短時間のパルス電流などを世界で初めて実現した。これにより発明されたナノナイフは、焼灼することに高いリスクを伴うため不可能と見なされてきた肝臓がんを焼灼することができ、中国国家薬品監督管理局により、イノベーション医療機器に認定されている。

ナノ秒パルス高電界でがん組織を狙い撃ち

 世界保健機関(WHO)が発表している「2020年世界がん報告」の統計によると、同年、中国の新規がん患者は457万人だった。うち、肝臓がんの新規患者は41万人、肝臓がんが原因で亡くなった患者は39万人で、がんの罹患率と死亡率はそれぞれ5番目と2番目の多さになっている。

 肝臓がんの治療法には現在、放射線療法、化学療法、手術、低侵襲治療の焼灼療法などがある。これまでの焼灼術は、病巣周辺の健康な細胞や組織を傷付けるため、肝門、胆嚢付近などは、従来の熱エネルギーによる焼灼はできないとされてきた。他の治療法にも、さまざまな程度で限界がある。

 陳博士は、低侵襲・プレシジョン外科の専門家として、2004年にいち早く米国に招かれ、ハイパワーのパルス電流技術の医療における応用の研究に参加し、パルス電場の分野で権威ある存在にまで成長した。

 ここ10年あまりにわたり、新興のパルス電場技術を使った革新的な製品が続々と登場している。ある研究によると、さまざまな物理パラメーター(パルス幅、電場の強さ、パルス周波数)のパルス電場は細胞を構成する細胞膜や細胞質、細胞核などに、さまざまな細胞生物学的影響を及ぼし、がんを焼灼することができるという。

 2011年に中国に帰国した陳博士は、医学工業情報チームを結成し、パルス電場を使った医療機器という先端の学際的分野に進出。現有の焼灼術設備のウィークポイントを改善し、ナノ秒級、1万ボルト級の高圧スティープパルス電流設備のオリジナルイノベーションという前代未聞の分野にいち早く進出した。

 マイクロ秒パルス高電界の細胞膜電気穿孔の原理を利用してがん細胞を死滅させる手法と違い、ナノナイフは、ナノ秒パルス高電界において、高電圧の電位勾配により、細胞膜に電荷を蓄積させ、圧電効果によりナノスケールの穴を開けて細胞核、核膜、ミトコンドリアなどの異なるアポトーシス効果を順次誘導する。

 陳博士は、「合同チームは、超高圧ナノ秒パルス電流発生器のために複数の電極を配置し、綿密に計画して焼灼の範囲を定め、がん組織を効果的に破壊するようにした」と説明する。

 ナノ秒パルス電流がん焼灼システムの先見性、マルチセンター臨床試験に基づくと、現有のデータは、ナノ秒パルス電流技術は、非熱エネルギー破壊を実現し、マイクロ秒パルス電流の強力電流がもたらす筋肉のけいれんや心電図に表れる副作用を克服し、これまで熱エネルギーで焼灼できなかったところを突破した。

複雑な病症の治療にチャレンジ  臨床手術は100回ほど

 陳博士は取材に対して、「設備開発から臨床試験に至るまでに、8機関がナノナイフのオリジナルイノベーションに参加した」と説明した。

 現時点で、海外のマイクロ秒パルス電流技術を活用した輸入設備の価格は1千万元(約1億7,900万円)以上するため、1回当たりの焼灼手術にかかる費用も非常に高額になっている。高額の輸入設備の独占状態を打破し、肝臓がんの焼灼術に必要な設備の価格を下げ、患者の経済的負担を減らすというのも、合同チームが長年研究開発に取り組んできた理由の一つだ。

 臨床医がニーズを提起するとともに、設計に参加した。浙江大学の包家立教授が電磁気環境の安全評価を行い、北京科技大学の宋玉軍氏が率いるチームが「ナノナイフと薬」を組み合わせた治療設計を行い、工業・情報化部(省)の巫彤寧氏が率いるチームが穿刺ガイドシステムを開発した。また、杭州睿笛生物科技有限公司(以下「睿笛生物」)は、設計、改良、生産開始の計画を統一的に行い、2019年にナノナイフの試作機を検査に出した。2020年4月、浙江大学医学院附属第一病院(以下「浙大一院」)超音波科の科長・蒋天安医師は、初のナノナイフによる臨床手術を行った。2020年5月に、樹蘭(杭州)病院超音波科の黄志良氏率いるチームと新疆医科大学第一附属病院の吐爾干艾力氏率いるチームも、ナノナイフの臨床試験を展開し、がん患者の治療を行った。陳博士は、「医療機器のオリジナル開発は、マラソンのようであり、リレーのようでもある。最初は技術的基礎を築き、ここ2年近くになってやっと波に乗って来た」と感慨深く語る。

 ナノナイフの開発、応用のプロセスを整理すると、常に臨床が牽引していることがすぐに分かる。

 陳博士は、「研究開発の初期の頃は、ナノ秒パルス電流がん焼灼システムを全身の固形がんの焼灼に適応することを求めていた。特に、血管や胆管、尿管、神経などの近くにある、高いリスクが伴う固形肝臓がんに適応できるよう求めた。臨床試験期間中、その要求に基づいて参加する患者を選んだ」と説明する。

 鄭大一院感染科の任志剛教授は、「昨年5月、病巣の位置が胆囊に近かった年配の男性患者の馮さんが当院のナノナイフ臨床の初の適応者となった。手術から半年後の超音波による造影は、焼灼した部分と正常な肝臓組織にはそれほど違いが無いことを示していた。臨床では、ナノ秒パルス電流技術を活用すると、がん細胞の抗原組織を最大限残し、体内の特異免疫メカニズムを活性化させることができることを発見しており、さらに多くのがん患者に益をもたらすことができると期待されている」と説明する。

 合同チームがナノナイフのマルチセンター臨床試験を実施する過程で、新型コロナウイルス感染症などの影響を受け、患者の定期的な訪問観察が非常に難しくなるなどの問題が時々発生した。それでも、ここ1年余りの間、チームは、大血管の隣にできた腫瘍の焼灼術を100回以上こなし、ナノナイフの安全性と有効性を証明した。

表れ始めた集中的な基礎技術強化の成果

 2021年1月、浙江省科学技術庁の認証を受けた浙江省パルス電場医療転用重点実験室が、睿笛生物で発足した。

 陳博士は取材に対して、「これは中国初のパルス電場の医学応用分野の専精特新(専門性が高い製品、精密化管理で生産された優品、特色のある製品やサービス、技術のウェイトが高い製品)研究開発プラットフォームだ。浙江省科学技術庁は、ナノ秒パルス電流の医学分野のテクノロジー資源共有を促進するために、省級重点実験室・プラットフォームを通して、この分野の活動に対する強力なエンパワーメントを実現した」と説明した。

 そして、「ここ10年近くの間に積み上げてきた100件近くのオリジナル発明特許は、ナノ秒パルス電流技術の自信のよりどころだ。海外製品の模倣では長続きしない。独自のイノベーションの道を堅持しなければ、『一事が万事』を実現することはできない」との見方を示す。

 前期のナノ秒パルス電流技術に関する蓄積に基づいて、睿笛生物は心房細動のパルス電場焼灼システムの開発にも成功している。今後、上海復旦大学附属中山病院の葛均波院士が率いるチームと連携して臨床を展開することに期待が高まっている。

 このほか、睿笛生物が浙大一院の超音波科の蒋医師率いるチームと深圳先進研究院の龔小競氏率いるチームと共同で開発した光音響式内視鏡が誘導する膵臓がんパルス電場焼灼システムも昨年、国家自然科学基金重要機器プロジェクトのサポートを獲得した。

 陳博士は、「パルス電場の先端技術を幅広く応用することができる。会社の製品ラインのうち、新設備8台が既にラインオフしており、間もなく試験を行う提携機関に納入される。ナノ秒パルス電流のカギとなるコア技術を確立し、0から1へのブレイクスルーを実現した後、当チームは省重点実験室を活用して、基礎のメカニズムから、国産低侵襲焼灼医療機器研究開発設計をサポートし、中国の国産パルス電場医療機器のイノベーション、発展の開拓者になれるよう取り組む」と決意を語る。


※本稿は、科技日報「万伏高圧電瞬撃癌細胞 国産納秒刀突破消融治療禁区」(2021年10月21日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。