第168号
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縫合不要、自然分解する新型人工皮膚が大きな傷修復の難題を克服

2020年9月04日 金鳳(科技日報記者)、周偉(科技日報特派員)

 人体最大の器官である皮膚は、体内の環境安定維持や細菌の感染から体を守るなどの面で重要な役割を果たしている。統計によると、中国でさまざまな程度の火傷をする人は毎年、数百万人に上り、皮膚再建手術に費やされる費用は総額1兆元(約15.4兆円)以上に達している。

 特に損傷した面積の大きな皮膚の再建は、世界的な難題となっている。この難題をめぐって、南京工業大学化工学院、材料化学工程国家重点実験室の陳蘇教授は、東部戦区総病院の王革非教授と共同で、新たな技術を開発中だ。具体的にはマイクロ流体エアブラストスピニング法を利用して、大きく、強度の高い人工皮膚を作る技術だ。同技術は損傷した腹壁の修復において大きなポテンシャルを示している。同研究成果は世界的な学術誌「アドバンスド・マテリアルズ」に掲載された。

傷口に直接接着できる人工皮膚

 現時点では、皮膚の修復に関する研究成果の多くが、小さな皮膚の傷の修復に集中している。一方、傷の面積が大きい火傷や腹部内臓露出の保護に関する研究は非常に少ない。その主な原因は、腹部内臓の露出は腸の感染を引き起こしたり、栄養素の輸送に障害が出るなどの問題の原因になりやすく、傷口の治癒の妨げにもなる。そのため、人工皮膚の製造と応用が、修復の過程で最大のハードルとなる。

 この課題をめぐり、陳教授率いる研究チームは、人工皮膚を製造する新しい方法を編み出した。それは、面積が大きい生分解性フィブリン密封剤を製造する方法だ。こうしたフィブリン質は、重量を支えるものとしてナノ線維性骨格を形成するとともに、これを基盤に皮膚組織が生成する。

 従来の方法で製造された人工皮膚は、力学的性能が十分ではない、通気性が悪い、繊維の直径が太い、比表面積が小さい、大量生産が難しいなどの問題が存在しているため、研究チームは、マイクロ流体エアブラストスピニング法を使い、面積が140センチ×40センチの大型ナノ線維性骨格材料を製造した。前出論文の筆頭著者で、南京工業大学の博士課程在学中の崔婷婷さんは、「このナノ線維性骨格は、極細のコアシェル構造のナノ繊維からなり、ポリカプロラクトン/シルクフィブロインを核とし、フィブリノゲンをカバーとして、繊維の平均直径はわずか65ナノメートルだ。そして、ナノ線維性骨格を基盤とし、その上にトロンビンを吹き付け、骨格の表面のフィブリノゲンと反応が起きると、ナノ線維性骨格の表面で、フィブリン糊と呼ばれる接着剤が形成され、直接傷口に接着するため再縫合の必要はない」と述べた。

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陳教授率いる研究チームが製作した大型ナノ線維性骨格材料(画像提供:同研究チーム)

 繊維の直径が小さく、比表面積が大きいため、フィブリノゲンと、トロンビンの反応効率も高く、フィブリン糊が繊維細胞の増幅を促進する。

 崔さんは、「この段階で形成される複合フィブリン糊-ナノ線維性骨格を、私たちは『人工皮膚』と呼んでいる。この種の人工皮膚は、一定の通気性があり、機械的強度が優れており、体内で速やかに分解する。傷口が完全にふさがった後、残った人工皮膚は自動的に分解される」と説明する。

再生した皮膚には毛包も

 皮膚組織が形成される過程で、研究チームは、サプライズにも遭遇した。前出論文の共同筆頭著者で、南京医科大学の修士課程在学中の余加飛さんは、「実験中、新しく生じた組織、肉芽、新しくできた血管を発見したほか、傷口もゆっくりと収縮していた。これは、皮膚組織の修復の過程ができていることを物語っている。これは主に、私たちが作ったフィブリン糊に、抗菌・抗感染の作用があり、新しい血管の形成を促進することができ、皮膚組織のために、栄養素を輸送するうえでも有利だからだ」と説明する。

 その後の実験で、研究チームは再生した皮膚に毛包ができていることも確認した。「これは新しい皮膚が最終的に形成されたことを物語っている。毛包は、皮膚において重要な付属器官で、表皮の5層全てがなくなると、自然治癒の過程で、いつも無毛包構造の結合組織ができ、そして、元々の組織の構造と機能がなくなり、不完全な病理的再生が形成されてしまう。毛包が再生するということは、皮膚組織と同じ構造、機能を備えた再生組織が形成されているということで、表皮の完璧な再生を実現する」と余さん。

 陳教授は、「生体研究では、私たちが開発した人工皮膚を使って、ネズミの腹部の面積が大きな傷を修復することができた。つまり、人工皮膚が、腹壁の大きな傷を迅速に修復し、傷口の組織再生を促進することを示している。この研究は、大規模な皮膚再生に非常に役立ち、腹壁の傷の修復などの分野に幅広く応用される見込みだ」と話す。


※本稿は、科技日報「無需縫合,自動降解 新型人造皮膚破解大面積損傷修復難題」(2020年8月25日付7面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。