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細胞膜で「偽装」し免疫系を「騙した」ナノ薬物担体

2019年7月2日 謝開飛(科技日報記者)

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視覚中国より

 組成あるいは合成されたナノ薬物担体は、サイズが小さく、選択性が高く、毒性や副作用が小さいなどの特徴があり、担持薬物による腫瘍治療の面で良好な臨床効果を上げている。しかし、こうした薬物担体は生物の体内で免疫系に妨げられ、往々にして薬物の体内における輸送が妨げられてしまう。

 長年にわたる絶え間ない探求を経て、中国科学院化学研究所の李峻柏プロジェクトチームは一連の細胞膜「偽装」を基にしたナノ薬物担体を発展させてきた。このアセンブリはバイオニック偽装理念を取り入れ、まるで迷彩服を着て草むらに身を隠す「兵士」のように、生物体内免疫系の排除を逃れ、薬物分子の体内における送達効率と腫瘍の光線治療効果を著しく改善することができる。

 このほど、同プロジェクトチームは中国内外の関連研究分野の発展状况に基づき、「国家科学評論」上に要約文章を発表し、細胞膜「偽装」ナノ薬物担体の研究進展を総括し、人工合成ナノ薬物担体と天然細胞膜との組み合わせの優位性と重要性を説明し、将来的な臨床医学における応用の潜在性を展望した。

免疫系のバリアが薬物の送達効果を制限

 リン脂質は生物との適合性に優れ、毒性の低い生物材料である。長期にわたって、リン脂質によって形成された脂質体は医薬界から良質の薬物担体・密封材料として認められ、現在では大量に臨床医学研究や疾病治療に用いられ、特に先端の抗腫瘍薬物に適用されている。しかし、リン脂質は生物体内で酵素分解されやすく、安定性が相対的に劣っていた。

 そのため、研究者はナノ技術と材料、生物医学を組み合わせて、生物体内での薬物輸送に用いることのできる一連の新型ナノ薬物担体を発展させてきた。それには主に合成もしくは組み立てのナノ粒子あるいはメソ多孔性二酸化ケイ素や金ナノ粒子、金ナノ棒および有機重合体(ポリマー)ナノ粒子などの複合体が含まれており、それらはサイズが小さく、高効率の薬物担体能力を持ち、機能性が高く、さまざまな客体機能分子と結合しやすいといった特徴を持っている。

 免疫系は生物の体内における天然の防御バリアであり、ウイルスや細菌、微小生物など体外からの侵入物を識別し、免疫・排除の任務を遂行し、生命体の正常な活動を保障している。事実、上記のような新型ナノ薬物担体は多くの特長を併せ持っているが、生物体内輸送においては同様にいかにして免疫系による防御を逃れるかという問題に直面する。つまり、薬物担体も体内に侵入する外来物と同様に、いったん生物体内に進入すると「免疫反応」を引き起こし、体内の各種生物バリア、例えば免疫排除や内皮組織粘着・滞留、器官堆積などの要因が薬物に対する効果的輸送を制限し、そのため治療効果に影響するのである。

 同プロジェクトチームの専門家は、「臨床医学においてすでにナノ薬物担体は密封インシュリンに応用されており、静脈注射で血液内に注入する時、しばしば免疫系による薬の阻害現象が引き起こされる。そのため投与量を増やす形で治療効果を高めるしかないが、それによって副作用も起こる。また、化学治療法でがん患者を治療する際、さらに顕著な薬の阻害現象が見られる。病変部位に対する治療効果を改善する必要がある場合、薬物投与量を増やして治療効果を高めるしかなく、しかし過剰な量の薬剤を投与するとしばしば患者の臓器の損傷や、脱毛や内臓機能低下などの後遺症を誘発する」と例を挙げて説明した。

 したがって、いかにしてナノ薬物担体が人体の免疫排除から逃れることを助け、生物体内における循環時間を延長させるかが、研究者の重点的研究開発方向となっている。

細胞膜表面抗体がその「偽装」を助ける

 生物体内の天然赤血球は血管バリアを越えて血液組織の間を行き来することができ、免疫から攻撃されない。プロジェクトチームの研究者は取材に対し、「これは主に赤血球膜の表面に大量の免疫識別抗体が分布しており、免疫系の識別をパスすることができるからだ」と語った。では血細胞膜でナノ薬物担体を「偽装」して、生物体内における輸送と循環を改善することはできないか?

 これをヒントに、研究者は天然赤血球膜を用いてナノ薬物担体の表面を覆うことでこの目標を達成した。まず天然赤血球膜を分離して小泡化し、さらにそれをナノ薬物担体表面上に再構築する。こうして生成した天然赤血球膜を「偽装」して合成あるいは組み立てられたナノ薬物担体は、天然赤血球膜の外来複合担体を継承し、簡単に人体内の免疫系を「騙し」、免疫識別をすんなりパスすることができるため、薬物の血液中の循環時間を延長し、薬物の投薬効率を高めることに成功した。

「赤血球膜を応用して『偽装』したナノ薬物担体は、迷彩服を着て草むらに身を隠す『兵士』のように、細胞膜表面に大量に分布している免疫識別抗体という『偽装』を利用して、血液中の免疫細胞のチェックを通過し、免疫系の排除を逃れることに成功している」と研究者は分かりやすく説明してくれた。

 このほか、さらに研究を進めると、細胞膜の「偽装」技術に助けられて、ナノ薬物担体は簡単に免疫排除を逃れ、血液中の循環時間を長くできるだけでなく、生物適合性を高め、内臓器官への濃縮と毒性や副作用を低下させることが明らかになった。

複数の細胞を模倣し、「標的」通りに投薬

 天然細胞膜「偽装」ナノ薬物担体という構想が提起されると、たちまち研究者たちから広く注目された。事実、細胞膜「偽装」材料研究の出発点は、病変体内の細胞膜で薬物担体を偽装し、そうすることで免疫系の識別を通過し、治療の目的を達することだった。ではナノ薬物担体は機能の必要性に応じて相応の細胞膜を選択して「偽装」できるかについては、関連医学研究を行っているのだろうか?

 同プロジェクトチームはここ数年来、赤血球膜偽装材料の研究に基づいて、白血球やマクロファージ、好中球など一連の免疫細胞膜を用いて「偽装」したナノ薬物担体を開発している。「このほかにも、腫瘍細胞や細菌も同様に細胞膜偽装ナノ薬物担体を作ることができ、腫瘍細胞と細菌膜表面の特性タンパク質を用いて免疫系を活性化し、人体の抵抗と病原体排除の能力を高めることもできる」。

 従来のナノ薬物担体と比べ、こうした新型薬物担体は機能面でより多様化しており、血液浄化や薬物輸送、腫瘍光線力学治療の探求など潜在的応用研究に用いることができ、病変部位の治療効果を著しく高めるために、細胞膜上の特異性識別蛋白を用いて病変部位に対する標的投薬を実現することもできる。

 なかでも光線力学的治療の面で、同プロジェクトチームは外部磁界を通じて、赤血球膜偽装をした光増感剤を担持した磁性ナノ薬物担体が高効率で腫瘍部位に濃縮することができ、光照射のもとで、もとの部位に発生した活性重項酸素によって細胞内毒素が腫瘍細胞の増幅・繁殖を抑制し、腫瘍組織を壊死させる結果となり、治療効果を高める目的に達した。

 現在、天然赤血球膜で偽装したナノ薬物担体研究はまだ実験室研究段階にとどまっており、実用上の飛躍的進歩を遂げるには素材分野と医学分野の研究者が共に努力する必要がある。そのうち技術的な難点の一つは健康で新鮮な天然細胞膜の入手方法と、抽出、薬物担体の同時処理過程である。この方面の研究はまだスタートしたばかりであるため、多くの技術的改善が依然として必要である。

「しかしこれだけは予言できる。将来の医学研究において、このような思想は極めて大きく研究者を啓発し、破損した組織や器官を治療する際に、人体の正常な細胞を利用して損傷組織を再生し、組織と器官の再生が実現できる」と関係の専門家は語った。


※本稿は、科技日報「靠細胞膜"偽装術"納米載体"騙過"免疫系統」(2019年6月4日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。