第48号:新薬の研究・開発
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漢方薬に関する最近の研究と応用

2010年 9月27日

屠鵬飛

屠鵬飛(Tu Pengfei):北京大学薬学院教授、博士課程指導員

1963年4月に浙江省黄岩市で生まれる。現在、北京大学薬学院・天然薬物学部教授、博士課程指導員、学部主任、北京大学・新薬開発研究院の副院長などを務める。また第9回国家薬典委員会における煎じ用漢方薬材専門委員会の主任委員のほか、国家食品薬品監督管理局の薬品審査・評価委員も務める。さらに『中国医学』英語版や『新漢方薬と臨床薬理』誌の副編集長、『中国薬学雑誌』など10余の雑誌の編集委員も務める。浙江大学中国薬科大学など10余の大学や科学研究機関の客員教授でもある。国家傑出青年基金の獲得者である。
1985年に中国薬科大学を卒業し学士学位を取得。1988年から1989年の間、日本の富山医科薬科大学に留学。1990年7月に中国薬科大学において博士学位を取得。1990年9月から北京医科大学薬学院においてポストドクター研究に携わる。1997年から現在に至るまで北京大学薬学院の教授を務めている。2010年3月-4月の間、日本の九州大学薬学部の客員教授を務める。
専門は生薬の活性成分や新薬に関する研究、漢方薬の活性成分が体内に及ぼす影響に関する研究、漢方薬の品質評価などである。国家や省・部クラスのプロジェクト40余を担当する。第一類新薬1点および第五類新薬8点の開発に成功したほか、研究中の第五類新薬が10点ある。これらの成果により、国家科学技術進歩1等賞と3等賞を各1点、教育部1等賞を2点、国家漢方医薬管理局の科学技術進歩1等賞を2点、中華漢方医薬学会の李時珍医薬革新賞1点を授与される。SCIに掲載された120本を含め合わせて330本の論文を発表する。刊行著書9冊、申請中および取得済みの特許30余。

 中華民族の貴重な文化遺産である中国医学と漢方薬は、数千年にわたり中華民族の増加や繁栄に大きく貢献してきたほか、日韓や東南アジア諸国においても病気の予防や治療に応用されてきた。中国医学の臨床治療における物質的基礎とも言える漢方薬は、中国の医薬体系を構成する重要な要素であると同時に、中国の薬品体系を構成する三大要素の1つでもある。漢方薬は病気の予防や治療に重要な役割を果たしているだけでなく、中国の医薬産業を構成する重要な要素として経済発展を牽引してきた。中国政府は長年にわたって漢方薬の研究、開発、産業化を重視しており、漢方薬に関する研究と応用を重要な科学技術分野と見なし支援してきた。特に1998年から政府は、『漢方薬の近代化を推進するハイテク産業行動計画』を実施し、漢方薬の研究や産業近代化に対する投資を拡大してきた。中国における経済や科学技術の急速な発展に伴い、漢方薬に関する基礎研究、開発利用、産業近代化の面でも著しい進展が見られるようになった。本論文は、漢方薬に関する最近の研究や応用、および中国における漢方薬の発展の見込みについて系統的に紹介する。

1 漢方薬の化学成分に関する研究

 漢方薬には植物由来のもの、動物由来のもの、鉱物由来のものがあり、薬効作用の物理的根拠はそれに含まれる化学成分にある。このため漢方薬の化学成分に関する研究は、漢方薬の持つ病気の予防や治療といった効果の物理的根拠を明らかにし、中国医学の薬理理論を裏づける上で極めて重要である。また漢方薬の薬理、分析、製造、資源などに関する研究テーマの基礎ともなる。漢方薬の化学成分に関する研究は、日本などの外国において早くから行われている。特に1960年代から1980年代は、日本における漢方薬の化学成分に関する研究の黄金期であった。チョウセンニンジン、カッコン(葛根)、シャクヤク(芍薬)、サイコ(柴胡)、キキョウ(桔梗)といった一般的な漢方薬の化学成分が明らかにされ、現代における漢方薬の化学成分に関する研究のために良い土台が据えられた。中国における漢方薬の化学成分に関する研究は、1920年代に始まった。しかし研究経費、計器や設備、人材などが不十分であったため、1980年代までは目立った進展がなかった。1990年代になり中国経済が発展し、研究経費が大幅に増加するようになった。さらに重要な点として海外に留学していた多くの人材が帰国したほか、世界最先端の計器や設備の導入が始まった。もとより中国は豊富な漢方薬・生薬資源に恵まれていることもあり、中国における漢方薬や生薬の化学成分に関する研究は、いまだかつてない活況を呈するようになった。これまでにほとんどの一般的な漢方薬の化学成分が解明された。目下中国における漢方薬の化学成分に関する研究は、研究の水準や成果から見て世界最先端の域に達している。例えば世界的に有名な天然物の学術誌である『Journal of Natural Products』を例に取ると、2009年に同誌で発表された論文のうち、20.5%となる87本が中国大陸の学術機関からのものだった。この点からも中国における研究が高水準にあることが明らかである。

1.1 漢方薬の化学成分に関する研究を支える技術・能力面の底上げ

 漢方薬化学は、漢方薬学、有機化学、分析化学、生物学といった学科と関連する学科である。漢方薬の化学成分に関する研究は、主に最新のクロマトグラフィー、周波数スペクトラム、光スペクトルなどの技術を利用し、化合物の分離や構造鑑定を行うことによって進められる。このため技術体系や研究基盤の確立が、漢方薬の化学成分に関する研究に欠かせない要素となる。最近20年間に中国政府や各研究機関は、前述の分野に多額の資金を投入してきた。漢方薬における化学成分の分離や純化から化合物の構造鑑定に至る世界最先端の技術基盤を確立することにより、漢方薬の化学成分に関する研究を効果的に推進してきた。

 漢方薬における化学成分の分離の面では、シリカゲル、酸化アルミニウム、ポリアミド、活性炭、巨大網状樹脂、イオン交換樹脂といった従来のクロマトグラフィー充填剤が数多く使用されているものの、基本的にはサンプルの初歩的な分離のために用いられている。逆相シリカゲル(Reverse phase silica gel、RP-2、RP-8、RP-18)、セファデックス(Sephadex G)、ヒドロキシプロピル化セファデックス(Sehadex LH-20)といった新しいタイプのクロマトグラフィー充填剤が、化合物の分離、純化、大規模な調合を目的として幅広く応用されるようになっている。中圧液体クロマトグラフィー装置(MPLC)、高速液体クロマトグラフィー装置(HPLC)、高速向流クロマトグラフィー装置(HSCCC)といった高速で分離度の高いクロマトグラフィー装置が、実験室における一般的な計器となっている。これらの計器は、水溶性成分など漢方薬における複雑な成分を分離する上で大きな役割を担っている。注目すべき点としてY. Ito教授が発明し、Y. Ito教授のパートナーでもある中国人学者の張天佑教授が改良を重ねたHSCCCは、分離の早さや分離量の多さに加えて、サンプルを完全に回収できるというメリットがある。このため中国において広く使用されており、近年世界的なクロマトグラフィー学術誌で発表されるHSCCCに関する論文の多くが中国人研究者のものである。

 漢方薬における化学成分の構造鑑定の面では、ほとんどの研究機関に核磁気共鳴装置(NMR)、質量分析器(MS)、紫外分光光度計(UV)、赤外分光光度計(IR)、旋光分散計(ORD)、円二色性分散計(CD)などが備えられている。最新の光スペクトル、周波数スペクトル、X-ray計器が構造鑑定において広く応用されている。例えば北京大学薬学院は、NMR6台(600MHzが1台、500 MHzが2台、400MHzが3台)と分解能質量分析器(HR-MS) 1台を持つ。これらの先端機器を化合物の構造鑑定に応用することにより、漢方薬の化学成分に関する研究が大いに促進されている。近年になって液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)の応用が進むに伴い、漢方薬の化学成分をオンラインで分離したり鑑定したりすることが可能となった。漢方薬の化学成分に関する研究は、目標のない系統的分離から目標のある高速分離へと変化した。特に液体クロマトグラフィー・質量分析・データシート(LC-MS-DS)技術を用いた漢方薬成分の高速鑑定、LC-MS技術を用いた漢方薬における微量成分の鑑定は、世界的に見ても最先端の水準に達している。LC-MSの幅広い応用によって、漢方薬の化学成分に関する研究の効率が向上したほか、人や物資の大幅節減が可能となった。

1.2 漢方薬に関する化学研究の進展

 前述したように中国における漢方薬の化学成分に関する研究は、1980年代までにバイモ(貝母)、エンゴサク(延胡索)、ボウイ(防己)、ヒトツバハギ(1つ葉萩)、ジャコウ(麝香)、ユウタン(熊胆)といった漢方薬の化学成分を解明するなど幾らかの成果を上げていた。しかし研究内容は依然として低水準であり、ほとんどが海外の研究を模倣するだけで独自性に欠けていた。1990年代になり中国における漢方薬の化学成分に関する研究は急速に発展した。毎年数多くの漢方薬の化学成分が解明され、さまざまな新化合物が発表された。『中国薬学年鑑』の統計によると、1999年に中国の学者が発表した漢方薬の化学成分に関する研究論文は280本に上り、279種類の薬用植物から267の新化合物を含む1411の化合物を分離また鑑定した。また2005年に中国の学者が発表した論文は800本余で、1322の新化合物と253の活性化合物を含む5000余の化合物を分離また鑑定した。1999年および2003年から2005年の4年間に中国の学者が発表した漢方薬化学に関する論文、分離した化合物や新化合物の数を図1に示す。図1から明らかなように、中国の学者が発表した漢方薬の化学成分に関する研究論文および化合物や新化合物の数は、いずれも急速に増加している。また2006年におけるJournal of Natural Productsへの引用率が最も高かった20本の論文のうち、7本が中国人学者の論文であった。さらに2007年に中国の学者が発表した新化合物のうち40余が、Nature Product Reportsの選ぶ注目すべき化合物に含められた。以上のことから中国人学者が漢方薬の化学成分に関する研究において優れた成果を収めており、国際的に認められていることが分かる。

図1

図1 1999年および2003-2005年に中国人学者が発表した漢方薬の化学成分に関する研究論文、化合物や新化合物の数量比較

 『中国薬典』2010年版第1部には593種類の一般的な漢方薬について記載されている。このうち90%以上については、化学成分に関する研究報告が含められている。また60%以上の化学成分および20%以上の有効成分が概ね明らかにされている。例えばチョウセンニンジン、デンシチニンジン(田七人参)、ダイオウ(大黄)、テンマ(天麻)、タンジン(丹参)、カンゾウ (甘草)、ビャクシャク(白芍)、セイヨウニンジン、ニクジュウヨウ(肉蓰蓉)、カシュウ(何首烏)、クチナシ(山梔子)、コウボク(厚朴)、キキョウ(桔梗)、オウゴン(黄苓)、オウギ(黄耆)、オウバク(黄柏)、マオウ(麻黄)などの漢方薬における有効成分が概ね明らかになっており、一般的な漢方薬の臨床応用、品質管理、いっそうの開発利用のための物的土台となっている。

2 漢方薬に関する薬理学研究

 漢方薬に関する薬理学研究は、漢方薬の伝統的な効能の解明や中国医薬理論の解説に関する重要な研究であるだけではなく、漢方薬の新たな薬理作用や臨床用途の発見、漢方薬の有効成分解明に関する重要な研究でもある。このため中国の政府や学者は、漢方薬に関する薬理学研究を極めて重視している。1990年代までの漢方薬に関する薬理学研究は、典型的な動物実験を通して行われることが多く、主な研究対象は1種類の漢方薬または複合漢方薬の湯液か粗抽出液であった。実験に長時間を要し研究進度が緩慢であるばかりか、作用メカニズムや有効成分の解明は困難を極めた。生物学の急速な発展に伴い、多くの先進的な実験方法や生物モデルが相次いで漢方薬に関する薬理学研究に導入された。遺伝子改変動物に加えて細胞レベルや分子レベルの動物実験が、漢方薬に関する薬理学研究において広く応用されるようになった。その研究対象も漢方薬の湯液や粗抽出液から化学成分や単独化合物へと進化し、漢方薬の作用メカニズムや有効成分に関する研究が効果的に進められるようになったことも、漢方薬に関する薬理学研究の水準向上につながった。

2.1 漢方薬の薬理研究における方法や技術の発展

 漢方薬と西洋医学で用いる薬剤は、化学物質や理論体系の面で大きな違いが存在する。西洋医学で用いる薬剤の多くは、一種の純粋化合物である。これに対し漢方薬には、たいてい数十種類から数百種類の化学成分が含まれており、複合漢方薬になるといっそう複雑な成分構成となる。このため漢方薬に関する薬理学研究は大きな挑戦となってきた。西洋医学で用いる薬剤に対する薬理学研究では、単一または純粋な目標化合物について、薬力学および薬物動態学に基づく研究を行うだけで済む。しかし漢方薬の薬効は、含まれている成分の1つによって生じる場合もあれば、異なる成分との相乗作用によって生じる場合もある。漢方薬に関する薬理学研究は、複雑さや難易度において、化学薬剤や生物薬剤に関する研究に比べはるかに困難である。このため漢方薬に関する薬理学研究に特化し、漢方薬の薬効特徴に合わせた大規模な研究基盤が必要である。

 漢方薬の薬理メカニズムや作用メカニズムを徹底的に解明するため、最先端の生物学や医学研究における方法や技術を継続的に導入する必要がある。例えば漢方薬の薬理研究において動物実験モデルや細胞の体外培養に加えて、近年のオミックスに関する研究基盤(メタジェノミクス、プロテオミクス、メタボノミクスなど)を確立する必要がある。同時に新たな研究モデルの模索も続けるべきである。例えば血清薬理学や中国医学における証候薬理学の研究モデルの確立は、漢方薬の薬理研究を効果的に促進してきた。

2.1.1 近年における薬理実験の方法と技術の応用

 昨今の漢方薬に関する薬理研究は、近年における薬理研究の方法や技術を応用して行われている。典型的な動物モデルは、長年にわたって漢方薬に関する薬力学および薬理学研究に応用されてきた。しかし典型的な動物モデルは、モデル準備の時間や作用メカニズムの分析の面で問題が存在するだけでなく、ヒトの病気とは異なる面も多い。このため漢方薬に関する薬理学研究においても新たな実験方法やモデルが相次いで導入されている。すでに細胞、標的酵素、受容体などの体外試験が、漢方薬における有効成分の高速スクリーニングやメカニズムの研究において広く応用されている。例えば心臓血管疾患の予防や治療に関する漢方薬の薬理学研究において、さまざまなモデルを用いた総合動物実験に加え、心筋細胞、血管内皮細胞、体外における血管拡張、血小板凝集、血液凝固、数十種類におよぶ標的酵素を用いた薬理作用や作用メカニズムの研究が確立されている。抗老化やヘルスケアは、漢方薬が得意とする分野である。抗老化効果のある漢方薬に関する薬理学研究には、ガラクトースによる老化モデルや酸化ストレスなどの体内外手法のほか、動物、細胞、分子の3分野から抗老化漢方薬の薬理作用や作用メカニズムを解明する研究がある。またヒトの疾患に近くなるよう遺伝子修飾を施した動物を用いた漢方薬の薬理作用や作用メカニズムに関する研究も行われている。例えばメタボリックシンドロームの研究に用いられるdb/dbマウス、高脂血症の研究に用いられるApoE(-/-)マウス、高血圧ラットなどがある。漢方薬の作用における総合性、多経路、多標的といった特徴に基づき、総合作用に注目したメタジェノミクス、プロテオミクス、メタボノミクスなどの最新の研究手法が、漢方薬の薬理作用や作用メカニズムに関する研究に取り入れられている。

 中国政府の科学研究に対する資金投入が増大するに伴い、薬理学研究に関する計器や設備も新しくなっている。核磁気共鳴撮像装置(NMR)、透過型電子顕微鏡、走査型電子顕微鏡、フローサイトメトリーといった最先端の生物学研究計器が、漢方薬の薬理研究に応用されており、漢方薬の薬理作用や作用メカニズムに関する研究に役立っている。

2.1.2中国医学の証候に基づく動物モデルの研究と確立

 「弁証論治(体の状況を把握した上で治療を行う)」が中国医学の神髄である。中国医学における疾患の臨床治療は、多くの場合「証(体質や病状をを含む体の状況)」に対する治療である。「病気」のモデルに基づく漢方薬の薬理作用の研究では、漢方薬理の実質的な作用を正確に捉えることはできない。このため中国医学の証候に基づく動物モデルを確立し、漢方薬の薬理作用や作用メカニズムに関する研究に応用して初めて、真の意味での漢方薬に関する薬理学研究が成立する。最近20年間に中国政府は国家自然科学基金や「973」といった重大プロジェクトにおいて、中国医学の証候モデルを確立するための研究を支援し、幾らかの成果を上げてきた。例えば中国医学では、情志(情緒)異常が心臓血管疾患や癌の一般的な原因だと考えられている。すなわち「肝鬱気滞血瘀(情緒異常による気や血の流れの停滞)」である。実験動物に異常な刺激(電気ショックなど)を長期間繰り返し与えるモデルにおいて、動物に「気滞血瘀」が現れる。同モデルを採用し、「行気化瘀(気の巡りを良くし、生命エネルギーの停滞を解く)」や「疏肝解鬱(肝気の流れをよくし、鬱結を除く)」の効果を持つ漢方薬の薬理について研究することができる。寒や熱は、中国医学の臨床における一般的な証候である。研究結果によると、長期間にわたり実験動物に対してチモ(知母)-石膏といった寒涼性の漢方薬を投与することにより、寒証モデルが得られる。またブシ(附子)-カンキョウ(乾姜)-ニッケイ(肉桂)といった温熱性の漢方薬を長期間投与することにより、熱証モデルが得られる。しかしこれらのモデルが、中国医学の臨床における証候と合致するかどうかについては、いっそうの検証が必要である。このように中国医学の証候モデルの確立は、非常に膨大な作業であり、幾世代にもおよぶ継続的な努力が必要である。

2.2 漢方薬に関する薬理研究の進展

 中国における漢方薬の薬理研究は、初歩的な水準から段階的な発展を遂げてきた。

 当初、漢方薬に関する研究には、西洋医学や同薬剤の研究における方法や技術が採用されていた。加えて西洋医学や同薬剤に基づく思考パターンがそのまま流用されていた。代表的な例として清熱解毒(熱邪や熱毒を解除する)の漢方薬を西洋医学における抗生物質と比較する体外抗菌実験を挙げることができる。当たり前のことであるが、多くの漢方薬が体外抗菌の面で抗生物質より劣っていた。

 その後、多くの体外実験において芳しい効果を発揮できない漢方薬が、総合実験において優れた治療効果を示すようになる。例えば清熱解毒の漢方薬が主に内源性の免疫系統に作用することが実験によって明らかになった。また「腎」に活力を与える漢方薬は、体内において視床下部-脳下垂体-副腎皮質、性腺、甲状腺に作用し正常な状態に近づける。人々は「西洋医学に基づく薬剤は病気を治すが、漢方薬は病人を癒す」という微妙な違いに気付くようになった。

 生物医学に関する理論や技術の発展に伴い、疾患に対する理解が深まった。漢方薬の作用に関する多成分、多経路、多標的といった特徴についても良く知られ、受け入れられるようになった。漢方薬の薬理研究の面においても、単一の成分や標的作用に対する研究から多くの成分や標的作用に対する研究へと変化した。例えば「補陽還五湯」は、虚血性脳卒中の治療に用いられる最も一般的な漢方薬である。長期にわたる研究を通して、同薬に含まれるオウギ(黄耆)のフラボン系成分に顕著な血小板の凝集抑制、血栓防止、酸化防止といった作用があることが明らかになった。またオウギ(黄耆)のサポニン系成分には、顕著な抗炎症や神経細胞の保護といった作用がある。セキシャク(赤芍)に含まれるペオニフロリンには、抗炎症作用がある。コウカ(紅花)に含まれるカルコン配糖体系成分には、顕著な血栓防止や酸化防止といった作用がある。複合漢方薬の薬効作用は、単一の薬剤や化合物よりもはるかに優れており、多成分、多経路、多標的作用の利点が裏付けられている。化学薬剤には薬剤誘発性疾患や薬剤耐性といった問題が付きものであるため、一薬多標的または多薬多標的の化学薬剤を模索する傾向が強まっている。これは実際のところ、中国医学や漢方薬が従来から実践してきた理論である。

 漢方薬の薬理研究が進むに伴い、単一漢方薬から複合漢方薬の研究へと移っている。多くの典型的な処方薬や著名な臨床薬剤における薬理作用や作用メカニズムが徐々に解明されている。例えば当帰補血湯、六味地黄丸、四君子湯、丹心方といった複合漢方薬の薬理作用や作用メカニズムが概ね明らかになっている。

3 漢方薬の品質管理に関する研究と応用

 漢方薬の原材料や物理的根拠は複雑であるため、漢方薬の品質管理は従来から医薬業界における挑戦また関心事となっている。効果的な漢方薬の品質管理基準や評価体系を確立することは、漢方薬を用いた臨床治療の効果や国際化を保証するために不可欠である。漢方薬は中国人の医療や健康に関する事業や産業において特別な地位と影響力を有しているため、中国政府は漢方薬の品質基準に関する研究や改善を極めて重視している。改革開放の始まった第6次五ヵ年計画から現在に至るまで、漢方薬の品質基準に関する研究が重要プロジェクトの1つとなっている。最新の分析手法や計器が漢方薬の分析研究において広く応用されるようになり、漢方薬の品質に対する分析能力が大幅に向上した。『Journal of Chromatography A』、『Chromatographia』、『Journal of Chromatography Sciences』、『Separation Science Technology』といった近年評判の国際誌が発表した漢方薬の品質分析に関する記事によると、中国の学者による同分野の研究が世界最先端の水準に達していることが分かる。また中国における薬剤基準の最高権威である『中国薬典』も従来から漢方薬に関する品質基準の改善に努めてきた。同書には漢方薬の品質分析に関する新しい手法や成果が収められており、中国における漢方薬の品質基準の引き上げに大いに貢献してきた。

3.1 漢方薬の品質に関する分析研究の進展

 前述した通り、漢方薬の成分が複雑であるため、漢方薬の品質に関する分析研究は、分析化学や薬剤分析の研究分野において注目を集めてきた。漢方薬の品質を全面的かつ効果的に管理するため、中国の学者は漢方薬の化学成分を系統的に解明することを念頭に置き、HPLC、GC、HPCEといった方法を採用し、漢方薬に含まれるさまざまな成分の含有量測定法を確立した[1-6]。例えば姜勇らはHPLCを採用し、ハクセンピ(白鮮皮)に含まれるジクタミン、オバクノン、フラキシネロンなど7つの成分の含有量測定法を確立した。万剣波らはHPLCを採用し、チョウセンニンジンに含まれる9つのサポニン系成分の含有量測定法を確立した。白長財らはHPLC-CADを採用し、デンシチニンジン(田七人参)に含まれる7つの成分の含有量測定法を確立した。劉愛華らはHPLCを採用し、タンジン(丹参)に含まれる6つの主要なフェノール酸系成分の含有量測定法を確立した。羅国安らはHPLCを採用し、複合漢方薬である「清開霊」に含まれる9つの成分の含有量測定法を確立した。陳肖家らはHPCEを採用し、インヨウカク(淫羊藿)に含まれる15のフラボン系成分の含有量測定法を確立した。これらに加えて化学フィンガープリント(chemical finger-print)分析技術が、漢方薬における化学成分の分析に広く応用されるようになっている[7-8]。例えば金偉らはHPLCを採用し、タングートダイオウ(唐古特大黄)のフィンガープリントを確立したほか、異なる産地、海抜高度、生育年数、加工方法のダイオウ薬剤におけるフィンガープリントを分析し、ダイオウ薬剤の栽培、採取、加工に関する参考資料を提供した。劉愛華らはHPLCを採用し、タンジン(丹参)薬剤に含まれるフェノール酸系成分やジテルペン系成分のフィンガープリントを確立したほか、異なる産地のサンプルに対して系統的分析を行い、タンジン(丹参)の産地選択のための根拠を提供した。これまでに中国の学者は、200種類余の漢方薬に関するフィンガープリントについて研究を行い、これらの漢方薬の品質管理に関する効果的な方法を提供した。

 液体クロマトグラフ質量分析(LC-MS)には、定性鑑別における特異性が強く、測定感度が高いというメリットがあり、特に複雑な有機物の分析に適している。中国の高等教育機関や研究機関においてLC-MS装置の普及が進むに伴い、漢方薬における化学成分の分析や品質管理に関する研究においてLC-MSが広く用いられるようになった。漢方薬における化学成分の高速オンライン鑑別が可能となり、漢方薬の品質分析における測定感度や確実性が向上した。特に紫外線吸収機能のない成分を含む漢方薬において、HPLC-UVをはるかに上回る効果を発揮する。例えば金偉らはLC-MSを採用し、タングートダイオウ(唐古特大黄)の化学成分に対して分析を行い、これまでに41の化学成分を鑑定したほか、LC-MSによるフィンガープリントを確立した。劉愛華らはLC-MSを採用し、タンジン(丹参)薬剤のフィンガープリントを確立したほか、34のクロマトグラフピークについて鑑定を行った。姜勇らはHPLC-MSを採用し、基原の異なる4種類のニクジュウヨウ(肉蓰蓉)薬剤を比較し、18のフェニルエタノイド配糖体系成分を鑑定した[8-10]。

 薬効に関する品質管理の手法を確立するため、中国の学者は生物活性とクロマトグラフィー分析を合わせた漢方薬の分析方法を模索し、幾らかの成果を収めた。例えばLiang Mingjinは細胞膜クロマトグラフィーとGC/MSを合わせた方法を採用し、センキュウ(川芎)に含まれる2つの有効成分であるリグスチリドとブチリデンフタリドを分離また鑑定した。Sheng Lianghongらはイムノリポソーム・クロマトグラフィーを採用し、当帰補血湯に含まれる3つの主な有効成分であるリグスチリド、アストラガノサイド、フォルモノネチンを鑑定した。Su XingyeらはDNAを固定相としたアフィニティークロマトグラフィーによって、オウレン(黄連)やショウヨウダイオウ(掌葉大黄)の生物フィンガープリントを分析した。その結果、オウレン(黄連)に含まれるベルベリン、パルマチン、ジャトロリジンなど7つの成分が固化したDNAと結合することを発見した。またショウヨウダイオウ(掌葉大黄)には、アロエエモジン、パリエチン酸、エモジン、クリソファノール-8-O-配糖体、フィスシオン-8-O-配糖体、など14の成分が固化したDNAと結合することを発見した。Wang Yunはアルブミンを化学結合で固定化したシリカゲルやRP-18で構成する二次元クロマトグラフィーによって、龍胆瀉肝丸に対して生物フィンガープリント分析を行い、最終的に19の生物活性成分を鑑定した。

3.2 漢方薬に関する品質基準の現状

 漢方薬の品質基準には、『中華人民共和国薬典』(略称は中国薬典)、『中華人民共和国衛生部薬品標準』(1989~1998年)、『国家薬品標準』(1998年~)の3つがある。煎じ用漢方薬材については各省・市・自治区の公布する地方基準も適用される。中国において最も権威のある薬品基準である『中国薬典』には、一般に臨床応用されていると同時に、効能が確実で安全性や品質の高い煎じ用漢方薬材や漢方薬製品について記載されている。漢方薬の品質基準は、煎じ用漢方薬材、漢方薬抽出物、漢方薬製品の3つに分けられている。煎じ用漢方薬材に関する品質基準は、名称、原材料、性状、鑑別、検査、抽出成分、含有量の測定、性味(寒・熱・温・涼の性質と辛・甘・酸・苦・鹹の味)や帰経(どの内臓や経絡に影響を与えるか)、効能と主な標的疾患、用法と用量、注意、貯蔵などを規定している。漢方薬抽出物に関する品質基準は、名称、原材料、製法、性状、鑑別、検査、特徴図解書、含有量の測定、貯蔵などを規定している。漢方薬製品に関する品質基準は、名称、処方、製法、性状、鑑別、検査、抽出成分、含有量の測定、効能と主な標的疾患、用法と用量、注意、規格、貯蔵などを規定している。漢方薬注射剤についてはフィンガープリントに関する規定もある。

 漢方薬に関する品質基準を構成する重要な要素の1つである鑑別には、顕微鏡鑑別、一般理化学鑑別、クロマトグラフィー鑑別がある。漢方薬の成分は複雑であるため、一般理化学鑑別やクロマトグラフィー鑑別では、特異性が十分ではなく、漢方薬の鑑別にはめったに使用されなくなっている。煎じ用漢方薬材の鑑別では、主に顕微鏡鑑別と薄層クロマトグラフィー(TLC)鑑別が採用されている。漢方薬製品のうち原末のままの薬剤が含まれた薬については今でも顕微鏡鑑別が採用されているが、その他については主にTLC鑑別が採用されている。煎じ用漢方薬材の検査には、主に水分、総灰分、酸不溶性灰分、重金属、残留農薬、漢方薬自体に含まれる有毒・有害成分の許容値に関する検査が含まれる。漢方薬製品については、さまざまな製剤に関する検査も含まれる。抽出成分測定には、水溶性抽出成分、アルコール可溶性抽出成分、エーテル可溶性抽出成分の測定が含まれ、漢方薬に含まれる大まかな成分を制御する面で有効である。ほとんどの煎じ用漢方薬材や一部の漢方薬製品について、抽出成分測定が確立されている。含有量の測定は、漢方薬の品質基準における重要な要素である。ほとんどの煎じ用漢方薬材について、有効成分や指標成分の含有量測定が確立されている。漢方薬製品における主な薬剤についても含有量測定が確立されている。

 2010年10月1日から施行される『中国薬典』2010年版第1部では、記載された漢方薬の品種が大幅に増加しているほか、品質基準における測定方法や管理水準も著しく向上しており、画期的な薬典となっている。新しい薬典の第1部に含められている漢方薬の品種は2165種類に達する。そのうち593種類が漢方薬材、461種類が煎じ用薬剤、47種類が抽出物と植物油脂、1064種類が漢方薬製品となっている。1019種類が新たに加えられたほか、634種類について修正が施された。同薬典における測定項目については、顕微鏡鑑別633項目、TLC鑑別2492項目、HPLC含有量測定1138項目、GC含有量測定16項目が新たに加えられた。幾つかの新しい分析方法が漢方薬の品質基準における特定品種に関して応用されている。例えば初めてICP-MSを採用したクコシ(枸杞子)などの漢方薬に含まれる重金属の許容値に関する検査、およびLC-MSを用いたセンリコウ(千里光)に含まれるピロリジジン系(pyrrolizidines)アルカロイドの許容値に関する検査が確立された。またDNA分子鑑定技術がウショウダ(烏梢蛇)の鑑定に、図版クロマトグラムが漢方薬抽出物や一部の漢方薬製品の定性鑑別に、フィンガープリントが漢方薬注射剤の品質管理に応用されている。さらに「1つの項目において複数の測定を行う」 (One for more)手法が多成分の含有量に関して応用されているほか、一部のカビやすい漢方薬材に含まれるアフラトキシンの許容値に関する検査が確立された。新しい技術や手法の応用により、漢方薬に関する品質基準の水準が大いに向上し、漢方薬を用いた臨床治療をいっそう効果的に進められるようになった。新しい薬典に載せられている漢方薬の数や品質基準の水準は、世界をリードしていると言って間違いない。

3.3 漢方薬の生産過程に対する管理の現状

 漢方薬の原材料はほとんどの場合に生物であり、植物由来のものと動物由来のものがある。化学成分が複雑なため品質を適切に管理するのは困難である。加えて産地、生態環境、栽培、採取、加工などによって品質が変化する。このように漢方薬の体系が複雑であるため、最終製品に対する品質検査だけでは効果的に品質を管理することはできず、原材料や生産の全過程に対する管理が必要である。最近10年間、中国における一部の大手漢方薬企業は、設備改善や漢方薬材の生産拠点整備に尽力してきた。漢方薬生産の全過程をオンラインで管理することにより、薬剤生産の規範化のほか、抽出、濃縮、乾燥、製剤といった生産過程のパイプライン化やプログラム化を概ね達成している。例えば天津天士力、江蘇康縁、河北神威、江西江中、承徳頸復康と言った企業が、漢方薬の生産過程に対するオンライン管理を導入している。これら大企業における生産設備や管理水準は世界トップレベルであり、漢方薬の品質を均一かつ一定に保つことに寄与している。

4 漢方薬の薬材資源や栽培技術に関する研究と普及

 豊富な資源は、産業の持続可能な発展を保証する土台である。漢方薬の原料となる植物や動物は1200種類余もあり、一般的な薬剤だけでも200種類を超える。これらの薬剤の多くは、古来より天然資源に依存してきた。しかし臨床需要の増大や漢方薬産業の発展に伴い、天然資源だけでは市場の需要を満たすことができなくなっている。漢方薬産業の発展を維持すると共に、天然資源を保護するためには、漢方薬材の栽培が不可欠となっている。中国政府の漢方薬資源に対する支援や漢方薬材の栽培事業における先端農業技術の応用により、最近20年の間に漢方薬材の栽培品種化や一般的な漢方薬材の大規模な規範化栽培に関する研究や普及の面で大きな進展が見られた。一般的な漢方薬材の人工栽培が概ね実現したことにより、枯渇の危機に瀕していた漢方薬材の資源問題は解決し、臨床用薬剤や漢方薬産業の持続的な発展が保証された。

4.1 薬用動植物の天然資源保護や絶滅の恐れのある動植物の人工栽培(飼育)に関する研究

 天然資源や生態環境を保護するため、中国政府は薬用動植物の天然資源に対して系統的調査を行った。また天然動植物資源の保護リスト作成、300を超える国家級自然保護区の整備、薬用植物の種子バンク設立などを通して、薬用動植物の天然資源を効果的に保護している。加えて絶滅の恐れのある動植物の人工栽培や飼育に関する研究にも力を入れている。試験管苗による高速繁殖、家畜化、天然栽培、擬似天然栽培といった技術により、枯渇の恐れのある漢方薬材の人工栽培や飼育が可能となっている。例えば中国医学科学院・薬用植物研究所は、長期間にわたる研究を経てテンマ(天麻)がナラタケ菌と共生することを発見した。培養やナラタケ菌への接種により、テンマ(天麻)の人工栽培が可能となった。また大規模な普及活動を行い、テンマ(天麻)の資源問題を解決した。北京大学の屠鵬飛プロジェクトチームは、中国農業大学の郭玉海プロジェクトチームを始めとする関連機関と協力し、長期にわたる研究を行った。同研究を通して、寄生植物である砂漠ニクジュウヨウや管花ニクジュウヨウの種子発芽の過程および寄主植物である梭梭やギョリュウへの寄生過程が明らかになった。また種子発芽促進剤や接種融合剤を開発することにより、種子の発芽率や接種成功率を向上させ、砂漠ニクジュウヨウや管花ニクジュウヨウの人工栽培を軌道に乗せた。大規模な普及活動を経て、砂漠ニクジュウヨウと寄主植物である梭梭の作地面積は48万ムー(1ムーは約6.667アール)、管花ニクジュウヨウと寄主植物であるギョリュウの作地面積は27万ムーに達している。こうして漢方薬であるニクジュウヨウ(肉蓰蓉)の資源問題が解決しただけでなく、砂漠に75万ムーもの栽培拠点を設けることができた。セッコク(石斛)、カンシュクバイモ(川貝母)、トウチュウカソウ(冬虫夏草)、ジャコウジカ、クマといった絶滅の恐れのある動植物の人工栽培や飼育も概ね成功している。

4.2 一般的な漢方薬材の規範化栽培技術に関する研究と普及

 漢方薬産業の発展や品質の高い漢方薬材に対する需要拡大に対応するため、1998年から『漢方薬の近代化を促進する行動計画』が実施されている。同計画により、国家は漢方薬材の規範化栽培技術に関する研究を大々的に支援するようになった。100種類を超える一般的な漢方薬材の規範化栽培技術に関する研究に対する資金援助が相次いで決定し、品質の高い漢方薬材の生産が可能となった。このうち50種類余の漢方薬材についてGAP生産拠点を設立したほか、その多くが国家食品薬品監督管理局の認証を受けた。中国政府が退耕還林(耕地を森に戻す)政策や退牧還草(牧草地を草原に戻す)政策を実施すると、全国で漢方薬材の栽培ブームが巻き起こった。漢方薬農業は、中西部地区における重要な産業となっており、カンゾウ (甘草)、オウギ(黄蓍)、タンジン(丹参)、キンギンカ(金銀花)、オウゴン(黄苓)、チョウセンニンジン、デンシチニンジン(田七人参)、コウカ(紅花)、キッカ(菊花)、シャクヤク(芍薬)、オウレン(黄連)などの作地面積は、いずれも数十万ムー(1ムーは約6.667アール)に達している。これまでに200種類におよぶ一般的な漢方薬材の人工栽培が概ね成功しており、漢方薬材の資源確保や天然資源の保護が実現している。

5 新しい漢方薬の研究開発

 中国食品薬品監督管理局が公布した『薬品登録管理規則』は、漢方薬や生薬の新薬を以下の6つに分類している。国内で販売されておらず、植物、動物、鉱物などから抽出した有効成分およびその製剤(第一類)、新たに発見した薬材およびその製剤(第二類)、新たな代替漢方薬材(第三類)、薬材における新たな薬用部位およびその製剤(第四類)、国内で販売されておらず、植物、動物、鉱物などから抽出した有効部位およびその製剤(第五類)、国内で販売されていない漢方薬や生薬の複合製剤(第六類)。またすでに販売されている漢方薬や生薬の製造方法や用法が変更した場合も新薬として管理する。

 伝統的な漢方薬は、複合製剤が中心であり、その主な形状は丸薬、粉薬、膏薬、練り薬などがメインとなっている。漢方薬の有効成分に対する研究が進むに伴い、さまざまな漢方薬の有効成分や有効部位が明らかになっている。このため近年になり有効成分や有効部位に基づく新薬が大幅に増加している。特に複合漢方薬の利点を生かしながら、近代的な特色を持つ漢方薬の有効部位を用いた複合製剤の研究開発が新たな方向性となっている。漢方薬製剤に関する研究が進むに伴い、漢方薬の形状も変化に富むようになっており、錠剤、カプセル、ソフトカプセル、口腔内崩壊錠といった近代的な形状の新薬も珍しくはなくなっている。徐放性製剤、標的指向性製剤、経皮製剤といった新型薬剤も漢方薬の新薬研究に応用されている。一般に流通している漢方薬の形状は、40種類余にもおよぶ。また製造方法や用法を変更した薬品も数多く登録されている。伝統的な漢方薬とは異なるタイプの新薬の登場は、漢方薬の製造水準が向上していることを意味している。統計によると、1985年に『薬品管理法』が施行されて以降、3000を超える新しい漢方薬が登録された。このうち60%は複合漢方薬、35%は製造方法や用法を変更した薬剤、5%は有効成分や有効部位の製剤である。中国政府による「重要新薬開発のための特別プロジェクト」が実施されたため、数多くの有効成分や有効部位に関する新薬が開発段階に入っている。将来的に技術的付加価値が高く、有効成分や作用メカニズムが明確で、品質管理の容易な有効成分や有効部位に関する新薬の登録が著しく増加すると予想される。結果として中国における新漢方薬の研究開発に関する総合力が向上することになる。

6 漢方薬の生産技術に関する研究と工業化

 科学技術の発展や漢方薬の近代化が進むに伴い、漢方薬製品の生産は、原末のままの製品から完全抽出へと変化した。このため現在における漢方薬の生産過程には、薬材の前処理、抽出、固液分離、純化精製、濃縮、乾燥、医薬品添加物の調合、成形製剤などが含まれる。中国における漢方薬生産の近代化を実現するため、最近20年にわたって漢方薬の生産技術に関する膨大な研究が行われた。新しい技術や設備を開発し、工業化生産に応用することにより、生産効率やプロセス化水準を向上する面で大きな成果が得られた。

 抽出工程においては、連続向流抽出、マイクロ波抽出、超音波抽出、二酸化炭素を用いた超臨界流体抽出といった抽出法や設備が開発された。固液分離工程においては、ディスク型遠心分離機、円筒型高速遠心分離機、膜分離などの設備が開発された。漢方薬成分の分離、純化、精製といった工程においては、クロマトグラフィー技術が有効成分や有効部位の分離や純化に応用され始めている。例えば巨大網状吸着樹脂やイオン交換樹脂が漢方薬成分の分離や純化に広く応用されている。またポリアミド、セファデックスLH-20 (Sephadex LH-20)、セファデックスG (Sephadex G)、逆相シリカゲルRP-18といったクロマトグラフィー充填剤が、付加価値の高い漢方薬成分の分離に用いられている。さらにタキソール(Taxol)など一部の単一化合物の生産において、工業液相が応用され始めている。乾燥工程においては、真空乾燥や噴霧乾燥が広く普及しているほか、ベルトコンベヤタイプ真空乾燥、冷凍乾燥といった技術や設備も抽出物の乾燥に応用され始めている。製剤工程においては、ワンステップ造粒、噴霧造粒、口腔内崩壊錠、ソフトカプセル、パップ剤などの生産設備が開発され、工業化生産において広く応用されている。また大蜜丸(生薬を蜂蜜で練って丸めた丸薬をロウで包んだもので一粒が0.5g以上のもの)、小蜜丸(大蜜丸より小さく一粒が0.5g以下のもの)、微丸(直径2.5mm未満の丸薬)といった伝統的な製剤の生産設備も改善されており、パイプライン化や自動化が実現している。

7 中国における漢方薬の発展余地

 中国の伝統的な薬品である漢方薬は、数千年にわたる臨床応用を通して、器質的疾患、慢性疾患、自己免疫疾患、ウイルス感染といった疾患の予防や治療に効果があるほか、抗老化、健康回復、ヘルスケアなどにも寄与することが明らかになっている。中国経済の発展や人口高齢化が進み健康意識が強まるに伴い、漢方薬に対する需要も長期的に増加し続ける見込みである。このため中国政府は、漢方薬に関する研究や産業の発展を極めて重視しており、第11次五ヵ年計画における「重要新薬開発のための特別プロジェクト」の中で、特別プロジェクト予算の三分の一以上を漢方薬関連の資金援助とすることを明らかにしている。同プロジェクトにより漢方薬に関する科学技術の革新が進み、産業の発展や漢方薬の国際化が促進されることだろう。今後10年の間に、中国における漢方薬の研究や産業のハイテク水準は、世界トップレベルに達すると予想される。

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