アルテミシニンによるSLEの治療、その将来性は?
2019年7月18日 黄宇翔(知識分子)
屠呦呦氏のチームは6月17日、ジヒドロアルテミシニン(DHA)による全身性エリテマトーデス(略称SLE)治療の臨床1期の安全性検査結果を発表し、この治療について「慎重かつ楽観的」との姿勢を表明した。この情報は直ちに社会から広く注目を集めた。
アルテミシニンはSLE治療のもうひとつの突破口になるのだろうか。画像出典: 黎潤紅
SLEとはどのような疾患なのだろうか。SLEには現在、どのような標準的治療法があるのだろうか。これらの治療法にはどのような制限があるのだろうか。アルテミシニンによるSLEの治療は将来性が高いのだろうか―。「知識分子」はこれらの疑問を携え、北京大学医学部リウマチ免疫学科長、北京大学人民病院臨床免疫センター・リウマチ免疫科主任の栗占国教授のもとを訪問し、SLE治療の現状と未来について取材した。
01 SLEとは何か、現在の主な治療手段
全身性エリテマトーデス(SLE)は慢性自己免疫疾患で、免疫系が自身の細胞を外からの物質と誤解し攻撃を仕掛ける。SLEは臨床上、患者の皮膚の広く赤い発疹(蝶々の形に似ている)として現れ、狼に噛まれた痕を連想させることから「Lupus」と呼ばれる。SLE患者の免疫系は、心臓、腎臓、関節、血液、中枢神経などを攻撃するため、「全身性」とされている。発熱、痛み、発疹、内蔵損傷などの症状が長期化し、患者に大きな苦しみを与える。
栗氏によると、SLEの発症率は10万人あたり70人で、女性の発症率は男性の7−9倍。中国の患者数は100万人弱である。残念ながら、SLEの発症メカニズムについては、多くの未知の部分が残されている。栗氏は筆者に「SLEの免疫異常の複雑性により、長年に渡る研究でもその発症メカニズムが十分に明らかになっていない」と話した。
SLEの発症メカニズムに対する理解の不足から、指向性の備わった標的が不足している。研究者は当初、非特異的に免疫系の活性を抑制し、炎症反応を和らげる薬に注目していた。アスピリン、糖コルチコイド、シクロホスファミドが20世紀中、SLEの治療に用いられた。これらの薬のうち多くが今日もSLEの臨床で使用されている。ところがその非特異性により臨床上の使用量が増えやすく、副作用のリスクをもたらしている。例えば糖コルチコイドは各種感染症、骨粗鬆症、白内障、高血糖、高血圧などの副作用を引き起こす。そのため研究者は特異性を持つ薬品の登場を待ち焦がれている。
20世紀中頃に登場したヒドロキシクロロキンは、本来、マラリア治療のキニーネ類似クロロキンの進化版の産物であり、第二次大戦中には関節炎や紅斑性狼瘡(エリテマトーデス)の治療に効果的であることが分かった。米国の軍医J.C.Sheeは1953年にランセット誌の中で、ヒドロキシクロロキンが米兵の関節炎や紅斑性狼瘡の治療を和らげる不思議な効果を発揮したと初めて報告した。1955年にはクロロキンを元に改良されたヒドロキシクロロキンが、米食品医薬品局(FDA)から発売を認められた。ヒドロキシクロロキンは現在も臨床上、SLEの主要治療薬の一つとされている。
ヒドロキシクロロキンが「まぐれ」を起こした一方で、研究者は過去20年にわたりSLEの発症メカニズムの基礎研究を掘り下げ、特異標的に基づく新薬を模索してきた。例えばSLE患者の一部のB細胞が過度な分泌により自身の分子を攻撃するが、基礎研究の進展によりその過度な分泌を抑制するスイッチとなる多くの分子が見つかった。これらのB細胞のスイッチ分子を標的とする薬が開発されれば、SLE患者の症状を和らげることができるのではないだろうか。そこで近年、B細胞を標的とするSLE治療の臨床試験が行われた。DC20やBLySなどを標的とする薬には治療効果があるが、大規模なサンプルの対照・研究の結果は理想的なものではなかったため、さらなる研究が必要になった。
B細胞のほかに、研究者はより川上のT細胞の活性の調節に目を向けた。近年CD40LやICOSLなどの分子の臨床研究にも急展開があり、一部が臨床試験段階に入っている。うち栗氏のチームとその協力者は、SLE患者のインターロイキン-2の水準が低いことが、T細胞の安定が打破される原因であることを発見した。Nature Medicineは2016年8月に、少量のインターロイキン-2によりT細胞のバランスを調節することで、SLE患者の効果的な治療が実現できる研究成果を報じた。また同治療プランの海外SLE患者に対する応用をけん引した。
02 アルテミシニンは別の突破口か?
アルテミシニンをSLEの治療に用いるというアイデアは昔からある。ヒドロキシクロロキンの例により、人々は抗マラリア薬を自身の免疫疾患の治療に利用できると意識した。そこで屠氏をはじめとする中国人科学者はアルテミシニンの抗マラリア効果を発見すると、より割安で副作用の少ないアルテミシニンをSLEの治療に使えないかと考えた。
中国人科学者は1980、90年代にSLE動物モデルによるアルテミシニンの効果の検証を開始した。安徽蚌埠医学院附属病院の余其斌氏と高玉祥氏は1997年、アルテスネイト(アルテミシニンの1類ラクチビシン)による紅斑性狼瘡の治療の臨床研究を発表した。その結果は非常に喜ばしいものだった。ホルモン剤の治療を受けたが症状が大きく好転しなかった30人のSLE患者のうち、アルテスネイトの治療によって16人に大きな効果が、8人に一定の効果が確認され、有効率が80%に達した。うち皮膚損傷が生じていた25人の患者に顕著な効果があり、16人の皮膚損傷が完全に回復した。この臨床研究は、アルテミシニンのSLE治療の潜在力を示した。
2000−10年、北京市の屠氏のチームと上海市の左建平氏のチームは、BXSB、MRL/lprなどのSLEマウスモデルを使い、数種類のアルテミシニンラクチビシンの薬効を研究した。その結果、アルテミシニンラクチビシンがSLEマウスの症状を和らげる効果が確認された。
2015年、屠氏はノーベル生理学・医学賞を受賞し、アルテミシニンによるSLE治療を基礎的な科学研究から臨床・実用化に進展させるペースを大きく上げた。今年6月17日以降、DHAによるSLE治療の効果がメディアによって広く報じられるようになった。
栗氏は感慨深げに「屠氏の成功は非常に得難いものだった。彼女は当時、アルテミシニンによるSLE治療の臨床研究に取り組み、企業にサポートを求めようとした。私自身も複数の製薬メーカーとの連絡と交渉のため尽力したが、当時の国情により適した投資家を見つけられず、臨床試験の展開を実現できなかった。新薬の発売がどれほど難しいかが分かる」と振り返った。
しかし栗氏は屠氏のチームによる「SLEは慎重かつ楽観的」という評価に同意する。「アルテミシニンによるSLE治療は1期臨床試験で理想的な結果を手にしており、この方向性の正しさが証明された。慎重かつ楽観的にという表現は非常に正確だ。今後はさらに2・3期臨床試験をパスする必要がある。私はジヒドロアルテミシニンの臨床研究が順調に進み、中国さらには全世界のSLE患者に幸福をもたらすことを願っている」
アルテミシニンはSLE治療で、マラリア治療のように異彩を放つことはあるだろうか。その答えは数年後に明らかになるかもしれない。栗氏は、アルテミシニンがSLE治療で効果を発揮する具体的なメカニズムについては、さらなる研究を待つ必要があると述べた。
アルテミシニンが大規模臨床試験を乗り越え、その安全性と有効性が証明されれば、SLE患者にとっては間違いなく朗報だ。また免疫学のメカニズムに対する理解の深まりにつれ、将来的にSLE治療に使用できる多くの薬が登場し、患者に利益を与えることになるはずだ。
関連リンク
「知識分子」微信公式アカウント「治療系統性紅斑狼瘡,青蒿素的前景如何?」
※本稿は、JSTが参加する国際科学技術メディア連盟に提供された記事「治療系統性紅斑狼瘡,青蒿素的前景如何?」(知識分子、2019年7月3日付)を日本語訳/転載したものである。