第34号:大気汚染対策
トップ  > 科学技術トピック>  第34号:大気汚染対策 >  東アジア地域における汚染物排出量が地上オゾンに及ぼす効果

東アジア地域における汚染物排出量が地上オゾンに及ぼす効果

中国科学院大気物理研究所の大気境界層物理・大気化学国家重点実験室) 2009年7月16日

安俊嶺:博士、研究員、博士課程教員

1967年3月15日生。
1989年に南京気象学院大気物理学部を卒業し学士学位を取得。
1996年に中国科学院大気物理研究所で博士学位を取得。
2000年10月から2003年1月にかけて京都大学防災研究所および酸性雨研究センター(ADORC)において上級客員研究員を務め、東アジア地域における酸化剤、酸性沈着、メソスケール大気化学モデルといった研究に従事。また地域空気品質モデル RAQMを開発。モデルの比較計算を行う国際プロジェクトMICS-ASIAや中国、日本、韓国が共同で進める東北アジア合同研究プロジェクトLTPに参加。これまでに国家自然科学基金、国家863計画、中国科学院方向性プロジェクトなどを主宰。現在は中国気象学会大気化学委員会の委員を務め大気汚染物質の変質、輸送、沈着メカニズムといった分野での研究に従事。これまでに国内外の有名雑誌において40以上の論文を発表。


屈玉:博士、研究員

1979年5月31日生。
2002年に南京気象学院電子情報工学部を卒業し学士学位を取得。
2008年に中国科学院大気物理研究所で博士学位を取得。
目下、中国科学院大気物理研究所の大気境界層物理・大気化学国家重点研究室(LAPC)において大気化学や大気環境に関する研究に従事。これまでに10篇近くの学術論文を発表。

概要

 オゾン(O3)の生成には多くの因子が関わっており非線形性を示す複雑な過程となっている。一つの因子が別の因子に及ぼす効果は直接的効果と間接的効果に分けることができる。本論文では因子分離法や改良後の地域空気品質モデル(RAQM)を採用し人為起源の窒素酸化物(NOx=NO+NO2)、人為起源の揮発性有機化合物(AVOCs)、自然起源の揮発性有機化合物(BVOCs)が春・夏に東アジア地域の地上オゾン濃度に及ぼす間接的効果について分析した。結果が示すところによると、AVOCsとNOxおよびBVOCsとNOxの相乗効果により光化学反応におけるO3の生成が強化される。AVOCsとNOxの相乗効果は季節により大きく変化するという特徴があり、中国南部では概ね夏季に最小となる。BVOCsとNOxの相乗効果は中国南部と北部で大きな差が認められる。中国南部では概ね春季に効果が強くなり、北緯30度より北では概ね夏季に春季より強い効果が見られる。オゾン対策について検討する場合、排出量と共に地域的な差異や季節による変化も考慮する必要がある。BVOCsが及ぼす間接的寄与は日によって大きく変化する。個別の研究成果をO3対策に応用したとしても予期した効果は得られないであろう。中国北部(北緯30度以北)では人為起源を制御し、中国南部におけるBVOCsの排出量が高い場所では自然起源および人為起源の影響を共に考慮すべきである。

1. 序

 対流圏におけるO3は地球の大気を構成する重要な要素である。対流圏O3の中でも特に地上O3濃度の上昇は人体や動植物の成長に一連の悪影響を及ぼす。重篤な場合は生態システムにおけるバランスにとって著しい脅威となる。東アジア地域では急速な経済発展、旺盛なエネルギー消費、大都市または都市群における自動車排気ガスによる汚染などによってO3汚染が加速している。有効な対策を模索することは各レベルの政府や市民の関心の的となっている。

 対流圏下部におけるO3は主に光化学反応によって生じる。NOxと揮発性有機化合物(VOCs)は光化学反応によってO3を生成する上で主要な前駆物質となっている。O3の生成量や生成速度はNOxやVOCsの濃度と関係しているだけでなく、両者の比率(VOCs/ NOx)と密接な非線形関係がある。中国国内外の研究結果によると、NOxの低い環境下(NOx規制区)においてO3濃度はNOxの増加に伴い上昇するが、VOCs濃度の変化はO3に大きな影響を与えない。またNOxの高い環境下(VOCs規制区)ではNOxの増加がO3濃度の低下を、VOCsの増加がO3濃度の上昇を引き起こす。O3対策を確定する過程において、NOx規制区あるいはVOCs規制区の区分は地形、汚染物の排出状況により決めるだけではなく、気象条件も十分に考慮すべきである。EKMA(empirical kinetic modeling approach)オゾン等濃度曲線は、1つの地区がNOx規制区であるかVOCs規制区であるかを分析する常識的な手法である。しかし同手法では異なる排出源による効果や気象条件の変化といった要素の影響を把握することができない。

 NOxやVOCsの発生には人為起源と自然起源がある。これら二つの排出源がO3生成量に与える影響を正確に把握すれば適切なO3対策を実施することが可能となる。IPCCの報告によると、欧米のNOx排出量は比較的安定しているが、東アジアでは毎年約4%増加している。アジアにおいて化石燃料の燃焼に伴うNOxの排出は21世紀も引き続き大幅に増加すると予想される。数百種類に及ぶVOCsは物質によって光化学O3生成に対する効果がさまざまであるためO3対策を複雑にしている。当初、VOCsに関する研究では工業や交通といった人間活動によって引き起こされる汚染に注目していた。しかし1970年代から自然起源が地上O3に及ぼす影響について論議が繰り広げられている。一部の学者によると、都市における自然起源の排出量は人為起源の排出量に比べて少ないため、自然起源がO3生成に及ぼす効果は無視できるという。後に欧米の一部の科学者は数値モデルを利用し自然起源のVOCs(主にイソプレン)が地上O3の生成に及ぼす作用について研究を行った。同研究によりイソプレンの排出量が人為起源のVOCs排出量よりも多く、生物起源の効果がO3生成に多大な影響を及ぼすことが分かった。この分野における研究はアジアでは比較的少ない。

 これまでの研究には二つの問題が存在する。第一にO3の個別例(数日から数週間)を分析することによって結論を導き出している点である。個別例に基づいた対策は長期的な有効性という面で疑問を抱かせる。観測結果もO3濃度が最も高くなる日が最も制御が困難というわけではないことを示している。以上のことから比較的長期(季節)にわたる数値シミュレーション研究が有効なO3 対策を制定する上で非常に重要であることが分かる。第二に汚染源の制御に関し多くの研究者が次の公式を用いて汚染源の地上O3濃度に及ぼす効果を計算している点がある。

 式において、C0はすべての排出源を考慮した地上O3の仮定濃度、Ciは第i類の排出源を無視した地上O3の仮定数値、Giは第i 類の排出源がO3濃度に及ぼす効果を指す。この方法で得られるのは特定の排出源による総合的な効果である。同物質による単独の効果(直接的効果)と異なる排出源との相乗効果(間接的効果)を分けて考慮することはできない。

 因子分離法は一連のシミュレーション結果の一次方程式の解を求めることにより、非線形過程において特定の因子が及ぼす単独の作用(直接的効果)および異なる因子との相乗効果(間接的効果)を切り離すことができる。また異なる排出源がO3生成に及ぼす影響における毎日、毎月、季節ごとの変化を明確にすることができる。本論文では因子分離法や改良後の地域大気品質モデル (RAQM)を採用し人為起源の揮発性有機化合物(AVOCs)、自然起源の揮発性有機化合物 (BVOCs)、人為起源のNOxが春・夏に東アジア地域の地上O3の生成に及ぼす間接的効果について分析する。また有効なO3対策の制定に役立つ新しい見解を提供する。

2. モデルの説明と検証

2.1 地域空気品質モデル

 RAQMモデルによる研究では東アジア地域(北緯0~55度、東経75~155度)をシミュレーション地域としている。水平解像度は1°×1°、垂直方向は地形に沿う座標系を採用している。地表面から対流圏最上部を12層に分けておりシミュレーションにおける最下部は約50mである。RAQMモデルには汚染物の排出過程、移流拡散過程、乱流拡散過程、湿性・乾性沈着過程、気相化学過程が含まれている。乾性沈着についてはWeselyのパラメータ化改良法を採用している。湿性除去過程は湿性除去率に基づき計算している。垂直方向の乱流拡散係数については地域酸性沈着モデルRADM2.6版の計算方法を採用している。これまでに実施されたRAQMモデルを用いた数々のシミュレーション研究によると、同モデルが汚染物の長距離移流を適切にシミュレーションすることによって気候変動における主な特徴を反映できることが分かっている。

 本論文における研究に合わせてRAQMモデルに三つの改良を施した。(1) 気象場の変更。光化学反応によって生成されるO3は日変動特性が顕著であるため、本研究ではメソスケール気象モデルMM5を応用している。6時間毎のNCEP再解析データに代わり1時間ごとの温度、相対湿度、風速といった一般的な気象場データを採用している。MM5の水平格子間隔は81km、垂直方向は23層である。積雲パラメタリゼーションはAnthes-Kuo方式、境界層パラメタリゼーションはMRF方式を採用する。また混合相を陽の水蒸気スキーム、雲の冷却を放射過程とする。MM5モデルを運用するに当たり6時間毎に欧州のメソスケール気象予報センター(ECMWF)による1°×1°データと一致させる。(2)降水時間の非均等性を反映。広域にわたる汚染物質の長期(月、季、年)シミュレーション研究において、降水シミュレーション数値の信頼性は低い。一般的に月の平均降水量が用いられるが1時間ごとの実測降水量のデータは限られているため、本論文では特定の格子点における1時間当たりの平均降水量Rを次のように定義する。

 当該格子点における月の平均降水量Robsを示すと共に降水が時間によって非均等であることを反映できる。式においてRhrはMM5モデルによって計算された1時間当たりの平均降水量、Rmonは月の平均降水量、Robsは月の平均降水量実測値を指す。観測ポイントがある場合(中国大陸には700の観測ポイント、日本は8つの観測ポイントのみ選択・使用)、格子点における降水量は観測ポイントにおける降水量の補間値から得られる。観測ポイントがない場合、格子点における降水量はNCEPのデータから採用する。(3) 気相化学メカニズムの変更。本論文における重要な研究テーマの一つは自然起源のVOCs排出量がO3生成に及ぼす影響を検討することである。このため東アジア地域に幅広く応用されているLLA(Lurmann Lloyd Atkinson)化学メカニズムを従来の簡易CBIV(Carbon-Bond IV) 化学メカニズムに代えて採用している。LLAメカニズムには84の物質と178の化学反応が含まれており、有機物とフリーラジカルおよび両者の反応について十分に考慮されているという特長がある。例えば自然に由来する炭化水素の反応や夜間の化学反応に大きな影響を与えるNO3ラジカルやN2O5が含まれている。

 2000年における人為起源のNOxおよびVOCsの排出源はStreetsたちに基づいている。また総炭化水素源の程度や東アジア諸国の経済状況に基づき人為起源のVOCsを一定の割合でエタン、プロパン、エチレン、アルカン、オレフィン、芳香族、酸化物に分けている。昼夜や季節によって変化する自然起源のVOCs(主にイソプレン)は日本の酸性沈着・酸化剤研究センターから得た。人為起源および自然起源の排出源データにおける空間解像度は1°´1°とする。人為起源および自然起源のVOCsやNOxを体積混合比の単位に換算し、VOCsを各物質における炭素数に応じて変換する。図1はVOCsとNOxの分布状況を示す数値比である。中国北部の大部分、台湾、北朝鮮、韓国北部、日本では春季にVOCsやNOxが少ない。同時期に広西チワン族自治区や広東省の南部といった中国南部ではVOCsやNOxが多い。夏季になると自然起源のVOCs排出量が増加するため中国北部でVOCsやNOxが4未満になる部分が縮小する。中国南部では概ね8以上であり広西、湖南、江西などの多くが15を超えている。

図1  2000年における春・夏季のVOCsおよびNOx排出量の数値比

図1 2000年における春・夏季のVOCsおよびNOx排出量の数値比

 本論文におけるシミュレーション期間は2000年3~8月とする。春季の地表面からモデル最上部におけるO3の初期濃度は北端で40~85 ppb、南端で15~65 ppbの範囲内で変化する。モデル最上部は100 ppbとする。また夏季における北端の数値は15~45 ppb、南端の数値は10~30 ppb、モデル最上部は55 ppbとする。NOxやVOCsを含む物質の濃度は垂直方向に変化するものとする。

2.2 モデルの検証

 長期間に及び信頼性の高い観測データはモデル検証のための基盤である。中国、日本、韓国などの10カ国を含む東アジア酸性雨モニタリングネットワークEANET(Acid Deposition Monitoring Network in East Asia, http://www.adorc.gr.jp)には厳格かつ一貫したモニタリングデータの品質管理システムがあり、モデル機能を評価するための優良データを提供している。東アジア酸性雨モニタリングネットワークや同観測ポイントに関する詳細についてはAn et al.[2002、2003]やHan et al.[2006]を参照する。本論文では6カ国に分布する20の観測ポイントにおけるデータとシミュレーション結果を比較した。各ポイントにおける空間位置の分布は図2で示すとおりである。

図2  東アジア酸性雨モニタリングネットワークにおける20の観測ポイント地理的分布

図2 東アジア酸性雨モニタリングネットワークにおける20の観測ポイント地理的分布

 図3は日本の観測ポイントであるHedo、Oki、Tappi、Sado、Happoの2000年春・夏季における1日の最高O3濃度と平均NOx濃度の観測値とシミュレーション値を対比している。同図からNOxの日変化の特徴、最高O3濃度が得られる時間や濃度レベル、光化学反応によるO3生成の主要過程が分かる。多くの場合、春季におけるオゾンシミュレーション結果が夏季よりも良い。これは主にオゾン境界値の設定に起因している。図3によるとクリーンエリアに位置するHedo、Oki、Tappi、Sadoといった観測ポイントではNOxに対するシミュレーション効果が良好である。しかしHappoにおけるNOxシミュレーション濃度は高くなっている。原因としてHappoが排出源に近く、モデルで採用されている低い空間解像度(1°´1°)がNOxの排出量を高く見積もったことに関係している。またHappoの海抜が高く(1850m)、気象場のシミュレーション値が不確定であることも影響している。全体的に見てRAQMはO3とNOxの変化における特色を十分に反映していると言える。

図3  2000年の春・夏季における1日の最高O3濃度と平均NOx濃度のシミュレーション値と観測値の対比 図3  2000年の春・夏季における1日の最高O3濃度と平均NOx濃度のシミュレーション値と観測値の対比 図3  2000年の春・夏季における1日の最高O3濃度と平均NOx濃度のシミュレーション値と観測値の対比

図3 2000年の春・夏季における1日の最高O3濃度と平均NOx濃度のシミュレーション値と観測値の対比

 図4の縦座標は月間NO3-湿性沈着量に関するシミュレーション値と観測値の対数である。ほとんどの観測ポイントにおいてシミュレーション値と観測値の差は概ね2倍までであり許容範囲と言える。水園、洪文、Metro Manilaといった観測ポイントではシミュレーション値が異常に低くなっている。これは恐らく排出量を低く見積もったためである。日本の排出量データは比較的信頼性が高くシミュレーション効果も良好である。

図4  2000年における月間NO3-湿性沈着量のシミュレーション値(Wm)と観測値(Wo)の比較

図4 2000年における月間NO3-湿性沈着量のシミュレーション値(Wm)と観測値(Wo)の比較

3. 試験方法と結果

3.1 因子分離法

 因子分離法はO3生成における非線形過程に対して感度分析を行い各種排出源がO3生成に及ぼす影響を定量的に算出できる。近年多くの学者が因子分離法を大気化学分野に応用している。

 本論文では人為起源のNOx(因子N)、AVOCs、BVOCs(因子AとB)について表1で示すように因子分離法に基づく八つの試験方法を検討した。

表1 因子分離法によるシミュレーション試験の設計
試験コード 排出源コントロール シミュレーション結果
NOEM すべての排出源を閉鎖 f0
ROON NOxのみ考慮 fN
ROOA 人為起源のVOCsのみ考慮 fA
ROOB 自然起源のVOCsのみ考慮 fB
RONA NOxと人為起源のVOCsを考慮 fNA
RONB NOxと自然起源のVOCsを考慮 fNB
ROAB 人為起源のVOCsと自然起源のVOCsを考慮 fAB
RNAB すべての排出源を考慮 fNAB

 モデル運用の結果に対する処理:RNAB試験を実施しモデル最下部(50m)の各格子点において最高O3濃度に達する時間と濃度を毎日記録する。次いで他の7種類の試験を実施しモデル最下部の各格子点において対応する時間のO3濃度を記録する。最後に方程式の解を求め各排出源の直接的効果と相互間の間接的効果を算出する。結果は次のとおりである。

 式においてf¢は各排出源の直接的効果および相互間の間接的効果を指す。

3.2 地上O3最大値の空間分布に関する季節的特徴

 図5は制御試験RNABのシミュレーション結果を示している。すなわち人為起源のNOx、AVOCs、BVOCsを考慮した場合における日中の最大O3濃度の空間分布である。シミュレーション区域における北緯35度以北、東経110度以西のO3高濃度エリアはモデル西端の設定と関係している。O3観測結果が不足していたため西端の数値はCarmichael et al.[1998]を参考として設定された。モデル上部において境界値を高く設定した場合、季節性の長期シミュレーションにおいてO3の累積が生じやすくなる。今後、中国西部における観測データが充実すれば同問題は解決できる。

図 5  2000年春季における日中の最大地上O3濃度に関する季節平均値(单位:ppb)

図 5 2000年春季における日中の最大地上O3濃度に関する季節平均値(单位:ppb)

 東アジア地域における1日の最大O3濃度には顕著な季節変化が認められる。春季は概ね高く、中国の中部や北部にある一部の省・区、韓国中部、日本の一部で特に数値が高い(>90 ppb)。夏季になっても中国の北緯30~35度および35~42度の間に高O3帯が残る。北京、天津、唐山におけるO3濃度が著しく上昇するのは気温上昇や日照時間の増加によって光化学反応が活発になることと関係している。Cardelino and Chameides [1990]の研究によると、大気温度は人為起源および自然起源の排出量や化学反応に大きな影響を与え、温度が上昇するとO3生成量が明らかに増加する。中国の北緯30度以南、韓国、日本におけるO3濃度が春季に比べて著しく低下する原因は気象条件である。夏季には南風や南東の風が強く吹き比較的クリーンな空気が低緯度の地域や海洋上から補充されるため当地のO3濃度が希釈される。晩春から初夏にかけてアジアモンスーン循環により当該地区に多くの雲が発生し降水量が増える(図6)。これらの気象条件によって汚染物質の形成や累積が抑制される。東アジアの太平洋沿岸における都市から遠く離れた観測ポイントでは夏季に数値が低くなる。Wang et al. [1998b]も香港のO3濃度が夏季に最も低くなることを発見した。

図6  2000年における春季と夏季の降水量差(mm)

図6 2000年における春季と夏季の降水量差(mm)

3.3 NOxとAVOCsおよびNOxとBVOCsの間接的効果に関する季節変化

 図7はNOxとAVOCsおよびNOxとBVOCsが1日の最大O3濃度に及ぼす間接的効果に関する季節平均の空間分布である。NOxとAVOCsの間接的効果f¢NA(図7a、図7b)はNOxやAVOCsの排出量が大きい中国東部、朝鮮半島、日本などに集中しており季節変化も著しい。春季に中国における北緯30度以北の東部沿岸地区、福建東部の沿岸地区、台湾北部、広州、湖北中・東部、韓国北部、日本の一部などの平均値が5 ppb以上となる。長江デルタではf¢NAが50 ppbを超える。北緯36~42度にある北京、天津、唐山では夏季に間接的効果が増大し60 ppb以上に達する。同様に朝鮮地区でも間接的効果が増大する。河南南部、安徽北部、江蘇地区におけるf¢NAは春季と夏季が同程度である。また長江デルタでは若干減少する。中国の北緯30度以南における大部分の地区では夏季f¢NAの影響力が著しく縮小する。中心部の強度も5~20 ppb低下する。これは前述したようにアジアモンスーン循環の活発化が関係している。

 NOxとBVOCsの間接的効果に関する空間分布(図7c、図7d)でも春季と夏季に著しい差が認められる。春季に中国の北緯30度以北における大部分の地区で間接的効果f¢NBが小さくなる。河南省南西部にある桐柏山付近では例外的に増大し効果が5 ppbに達する。これは桐柏山にある広大な原生林によって自然起源の排出量が増加するためである。NOxとBVOCsの間接的効果はO3生成量を著しく増加させる。北緯30度以南におけるf¢NBは東経105度以東にあるすべての省・市に影響している。特に湖南の衡山付近には大きな広葉樹林が広がっておりf¢NBは15 ppb以上となる。また広東省湛江市には豊富な農林畜産資源がありf¢NBは17 ppbを超える。これらはNOxとBVOCsの間接的効果(図7a)を超えており自然起源の排出量が大きく関わっていることが分かる。夏季には気温の上昇に伴って北緯30度以北における自然起源の排出量が増加するためf¢NBの影響も増大する。黒竜江省のハルピン市や鶏西市を中心とした地区でf¢NBが約6 ppbにまで達する。東経110~130度、北緯40度付近に比較的影響力の大きいエリアが広がっており中国の渤海海域や朝鮮半島にも影響が及んでいる。これらは春季とは明らかに異なる現象である。特に遼東半島の瓦房店市地区でf¢NBが高く15 ppbに達する。北緯30~35度にある河南桐柏山のf¢NBは15 ppbにまで増加する。安徽北部や湖北東部におけるf¢NBも春季より増加する。長江デルタ、日本の九州や四国、台湾海峡と同沿岸地区におけるf¢NBも夏季に春季より増大する。以上のことからBVOCsが温度に対して非常に敏感であることが分かる。温度上昇に伴いBVOCsの排出量が増加し反応も活発化する。例外は湖南衡山および広西の一部や北部湾の大部分は夏季に東アジアモンスーンの影響でf¢NBが若干減少する。

図7  2000年におけるNOx、AVOCs、BVOCsが1日に最大地上O3濃度に及ぼす間接的効果(ppb)

図7 2000年におけるNOx、AVOCs、BVOCsが1日に最大地上O3濃度に及ぼす間接的効果(ppb)

( a 春季におけるNOxとAVOCsの間接的効果、b 夏季におけるNOxとAVOCsの間接的効果、c 春季におけるNOxとBVOCsの間接的効果、d 夏季におけるNOxとBVOCsの間接的効果)

3.4 NOxとAVOCsおよびNOxとBVOCsの間接的効果に関する日変化

 図8は中国の黒竜江省鶏西市、遼寧省瓦房店市、湖南省双峰県(衡山付近)、広東省湛江市などにおける3~8月のf¢NAやf¢NB の日変化を示している。四つの地区におけるf¢NAやf¢NB の日変化は共に大きい。また気象条件や人為起源および自然起源の排出量が毎日変化するため、時間や地区によってf¢NAやf¢NB の効果を示す数値に大きな差がある。

 北方に位置する鶏西市や瓦房店市では気温上昇が始まる5月からf¢NAやf¢NBの数値が上昇傾向となる。特にf¢NBの効果が増大することから夏季におけるBVOCsの影響に注意すべきことが分かる。鶏西におけるf¢NAの効果はf¢NB よりも大きいが豊富な森林資源が夏季に自然起源の排出量を増加させるためf¢NAとf¢NB の大きさは拮抗する。7月には多くの条件下においてf¢NB がf¢NAよりも大きくなる。瓦房店では夏季のf¢NAが目立っている。夏季にはf¢NBがf¢NAの約50%にまで増加する。

 南方に位置する双峰県や湛江市ではf¢NBの効果がf¢NAより高く自然起源の作用が顕著である。図が示すように夏季にf¢NAの数値が春季より低下する。一つの原因は季節風によって当地における汚染物質の濃度が希釈されNOxとAVOCsの反応によって生成されるO3が減少するためである。またf¢NBの効果を示す数値の変化から夏季に著しい低下は生じていないことがわかる。このことはBVOCsが温度に対して非常に敏感であり温度上昇に伴いBVOCsの排出量が増大し反応も活発化することを示している。結果としてOHラジカルに対する競争が激化し、BVOCsがより多くのNOxと反応しO3を生成する。双峰地区は衡山山脈に隣接しておりBVOCsの排出量も大きい。7月以降は多くの条件下においてf¢NBがf¢NAの約2倍となる。最高値は50 ppb近くに達する。湛江地区もBVOCsの影響が大きくf¢NBによる効果が目立っている。1日の最高値は60 ppbに達する。

図8  2000年の春・夏季におけるNOxとAVOCsおよびNOxとBVOCsの間接的効果に関する日変化

図8 2000年の春・夏季におけるNOxとAVOCsおよびNOxとBVOCsの間接的効果に関する日変化

4. 結論

 因子分離法や改良後のRAQMモデルを用いて春季におけるAVOCs、BVOCs、NOxがO3生成に及ぼす効果について検討し以下のような結論に達した。

  1. AVOCsとNOxによる間接的効果が大きい地区はAVOCsやNOxの排出量が大きい中国の東部沿岸地区、朝鮮半島、日本の一部に集中しており季節変化も著しい。春季に長江デルタにおける間接的効果は50 ppb以上に達する。夏季は東アジアモンスーンの影響で中国の北緯30度以南における大部分で間接的効果が春季より著しく低下する。
  2. BVOCsとNOxによる間接的効果は中国の南方と北方で大きな差がある。数値が高いのは主に中国の南方地区である。特に湖南、広西、広東の境目、広東省の広州や湛江、福建省のアモイ、台湾北西部などの数値が高い。BVOCsは温度に対して非常に敏感であり温度上昇に伴いBVOCsの排出量が増大し反応も活発化する。北緯30度以北の大部分の地区において夏季にBVOCsとNOxによる間接的効果が春季より大きくなる。
  3. AVOCsとNOxおよびBVOCsとNOxの間接的効果に関する日変化は顕著であり時間や地区によって大きな差がある。このため個別例に基づいた研究成果をO3対策の制定や実施に応用したとしても予期した効果を得ることは難しい。中国の北部(北緯30度以北)では人為起源を制御すべきである。中国の南部におけるBVOCs排出量が著しく高い場所ではオゾン対策を制定するに当たり自然起源および人為起源を同時に考慮すべきである。