第52号:植物科学
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中国における水稲分子育種の研究

2011年 1月19日

銭前

銭前(Qian Qian):
中国水稲研究所 水稲生物学国家重点実験室 主任、研究員

1962年3月生まれ。1995年、中国農業科学院研究生院作物遺伝育種専攻。農学博士。長期にわたり水稲遺伝育種とバイオテクノロジーの研究に従事。12件の成果が国家・省・部級の褒章を受ける。『水稲遺伝学と機能ゲノム学』、『水稲遺伝子設計育種』の2冊の編集を主幹。かつて日本北海道大学、JIRCAS、岡山大学、名古屋大学に相次いで学び、勤務。

1. 水稲分子育種の生まれた背景及び範疇

 水稲は中国の最も重要な食糧作物の一つである。全国の水稲栽培面積は食糧作物の30%、生産量は食糧総生産の40%を占め、全人口の主食の半分以上に相当する。したがって、水稲生産量を引き上げることは、食糧総生産を増やし、食糧の安全を保証し、国民経済を発展させる上で、きわめて重要な作用を有している。20世紀60年代の半矮性遺伝子(sd1)の発見と応用は、水稲生産の第一次緑の革命を実現し、長稈矮化の草型創造は、水稲の単位面積産量のレベルを大幅に高めた。1970年、我が国は「野敗」型細胞質雄性不稔遺伝子及びそれに対応する稔性回復遺伝子を発見し、「三系」交雑水稲を発明し、水稲生産量における二度目の突破口を開いたが、これは水稲生産の第二次緑の革命ということができる。だが、近年出現している水稲品種の収量性に関する潜在能力が上下している局面では、我が国の農業生産の持続可能な発展のための需要を満たすことが難しい。同時に、耕地面積の減少、地球温暖化などの環境の変化も水稲の正常な生産を脅かしている。したがって、単位面積産量を伸ばすことは食糧総生産を増やすための根本的方法であり、一方、水稲の単位面積産量の増加は、ほとんどが品種の潜在能力によって決まってくる。我が国の水稲単位面積産量の三度目の飛躍を一日でも早く実現するために、我が国は1996年、スーパー稲育種構想の実施を提起し、理想的草型の創造とインディカ・ウルチ雑種の優位性利用を結びつけた技術路線を採用し、水稲の単位面積産量を大幅に伸ばし、水稲生産の第三次緑の革命を実現した。長年にわたる努力の結果、我が国のスーパー稲育種は大きな突破口を開いたが、しかし生産量、耐性、米質の全面的に向上したスーパー稲を育成するには、現有の通常の技術ではすでに不十分に思われる。分子生物学やゲノム学など新興の学問分野の急速な発展、水稲ゲノムシークエンシングの完成、多数の有利な遺伝子機能の鑑定、クローニング、遺伝子組み換え技術の日増しに進む整備にともない、水稲分子育種が機運に乗じて生まれてきた。したがって、分子育種と通常育種の結合が、今後の中国における水稲育種の趨勢である。

 分子育種は現代のバイオテクノロジーの発展にともなって誕生したものであり、伝統的な遺伝育種学、分子生物学、機能ゲノム学など多分野の融合の力を借り、現代のバイオテクノロジーと通常の育種方法の総合的活用に基づき、表現型・遺伝子型選択の有機的結合を実現することによって優良新品種を育成するものである。遺伝子組み換え育種(Transgenic breeding)と分子マーカー支援選抜(Molecular marker-assisted selection, MAS)はともに分子育種の範疇に属している。遺伝子組み換え育種は一般に、すでにクローニングされた、機能の明確な単一または少数のいくつかの遺伝子を、遺伝子銃またはアグロバクテリウム媒介などの手段によって受容体品種のゲノムに導入し、それに所期の形質を発現させる技術である。遺伝子組み換え育種は、機能遺伝子の異なる種間の交流における障碍を打ち破ることができる。分子マーカー支援選抜は標的遺伝子とある分子マーカーの緊密に連鎖(すなわち共分離)した関係を利用し、交雑後代の中でそれぞれ異なる個体の遺伝子型を正確に鑑別し、それによって標的形質の直接的選択を行う。この技術は遺伝子型・表現型の鑑定を効果的に結びつけることができ、選択の正確性と育種効率を著しく高めることができる。また、交雑組合せにより、雑種後代に対する選択の過程で分子マーカーを利用して多くの標的遺伝子を同一の個体の中に集積することにより、所期の遺伝子型を得るピラミディング育種もまた、分子マーカー支援選抜の範疇に属している。

2. 中国における水稲分子育種の現状

 近年、中国政府の支持の下で、水稲の新遺伝子発掘、遺伝子組み換え育種、分子マーカー育種などの分野が重要な進展を見せてきた。

(1)分子育種のための確固たる基礎となる水稲新遺伝子の発掘

 我が国は水稲遺伝資源が豊富で、現在、各種の自然群及び人工群を利用して、大量の優良遺伝子をマークし、定位している。大まかな統計によれば、現在までに、我が国の科学研究者は作物形質関連の遺伝子計300個余りを定位し、さらに一部の重要な遺伝子と主効果QTLについてファインマッピングとクローニングを行った。我が国は、生産量、稔性、発育、品質、病虫害耐性、非生物的ストレス耐性等の関連遺伝子を含む、計100個余りの関連遺伝子をクローニングしてきた。

 水稲生産量に関連するいくつかの重要な形質遺伝子がクローニングされ、我々が中国科学院遺伝研究所と共同で水稲直立穂を制御する中枢的遺伝子―DEP1について研究し、クローニングしたところ、突然変異後のDEP1遺伝子は細胞分裂を促進し、稲穂を密にし、枝梗数を増やし、穂ごとの穀粒数を増やし、それによって水稲の増産を促すことができた。華中農業大学は、水稲の穂ごとの粒数、出穂期、株高を同時に制御する一つの遺伝子Ghd7をクローニングすることに成功したが、この遺伝子は水稲増産と生態適応性にとって重要な役割を具えている。中国科学院植物生理生態研究所と華中農業大学は、水稲粒重を制御する遺伝子GW2とGS3をそれぞれクローニングした。何祖華の研究チームは、水稲穀粒の発育におけるスクロース輸送・アンローディング及び乳熟を制御する中枢的機能遺伝子GIF1をクローニングすることに成功した。林鴻宣の研究チームはポジショナルクローニングの方法によって、耐干ばつ、耐塩性の遺伝子DSTとSCK1をクローニングし、水稲の耐非生物的ストレス性分子育種のために基礎を築き上げた。耐病虫害遺伝子の発掘において、水稲の耐白葉枯病遺伝子Xa21とXa26はすでにポジショニング法によってクローニングされ、また初の耐トビイロウンカ遺伝子Bph14もクローニングに成功した。

 MOC1遺伝子のクローニング成功のあとに続いて、我々のテーマチームは中国科学院遺伝研究所との数年にわたる共同研究の結果、理想的草型の特徴を具えた水稲素材を利用し、系統的な遺伝学的分析とポジショナルクローニング等の手段によって、水稲の理想的草型を制御する主効果量的形質遺伝子IPA1(Ideal Plant Architectire 1)を分離鑑定した。IPA1遺伝子の突然変異は水稲分蘖数の減少、茎稈の頑丈さ、穂粒数と線粒重の著しい増加をもたらし、理想的草型の典型的特徴を具えており、水稲の高収量分子設計育種のために一つの新たな選択肢を提供した。

 以上の事実が示しているように、水稲新遺伝子の発掘は我が国においてすでに急速な発展段階に入っており、大量の優良遺伝子のクローニングにともない、水稲の超高収量分子育種のために、重要な応用価値を有する新遺伝子が直接提供されようとしている。

(2)急速に発展する水稲の遺伝子組み換え育種

 遺伝子組み換え水稲は中国においてすでに20年余りにわたる歴史があり、水稲遺伝子変換技術の急速な発展という前提の下で、現在すでに大量の遺伝子組み換え水稲の研究が報告されており、主として耐病虫害、抵抗性(干ばつ、塩など)、耐除草剤、品質、高収量などのいくつかの方面に集中している。

 その際立った象徴は、2009年11月、耐虫害性遺伝子組み換え水稲「華恢1号」と「Bt汕優63」が農業部の交付した湖北省での生産応用の安全証書を取得したことであり、現在もさらに一群の遺伝子組み換え水稲が生物安全性評価試験を申請している。耐病害性遺伝子組み換え水稲の方では、すでに一群の農業形質の優れた組み換えXa-21、Xa-23、Xa-27など、耐白葉枯病の回復系統、維持系統及び新しい組合せを育成しており、イモチ病、イネ紋枯病及びその他の病害に対し安定した耐性をもつ新素材が得られている。耐除草剤性水稲の方面では、黄大年らは1998年、bar遺伝子を水稲品種の中に移すことに成功するとともに、耐除草剤回復系統を育成し、これらの回復系統と培矮64s、珍汕97Aを用いて調製した交雑組合せF1代(雑種第一代)は耐除草剤特性を具え、交雑水稲の純度のスピーディかつ正確な鑑定に用いることができる。

 耐塩、耐干ばつ性遺伝子組み換え水稲の新系統育成の面では、研究者はそれぞれmtlD(マンニトール-1-リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子)とgutD(ソルビトール-6-リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子)などの単一遺伝子、またはCMO/BADH(コリンモノオキシゲナーゼ遺伝子/ベタインアルデヒド脱デヒドロゲナーゼ遺伝子)などのダブル遺伝子を水稲に導入し、いずれも耐塩性能力を増強した遺伝子組み換え株を得ている。郭龍彪らはアグロバクテリウム法及び遺伝子銃法を利用して、5つの耐塩関連遺伝子CMO、BADH、mtlD、gutD、SAMDC(S-アデノシルメチオニンデカルボキシラーゼ遺伝子)を通常ウルチ秀水11、中花 11、インディカ特青、交雑回復系統明恢63などの品種に導入し、さらに通常の交雑選育と結び付けて、5価耐塩遺伝子を集積し、9種類の遺伝子型の秀水11株系統を選育するとともに、これらの株系統について浙江省南部地区において総合評価と合理的利用の研究を行った。Xiaoらは、7つの既知の耐干ばつ性遺伝子変換水稲品種中花11について、大規模耕作田の条件下で、遺伝子組み換え水稲の耐干ばつ性検査を行い、大規模耕作田の条件下で耐干ばつ性が良好な効果を表している株系統を鑑定したが、この研究は実用的価値を有する遺伝子組み換え耐干ばつ性水稲の育成にとり、高い参考価値をもつものである。

 このほか、水稲の栄養摂取の高効率(窒素、リン、カリウム等肥料の吸収利用)、優れた品質(外観、味、栄養、機能性など)、C4型高光合成効率遺伝子組み換え水稲新素材、新系統の創出育成等の方面でも重要な進展を示した。

(3)実用段階に入った水稲分子マーカー支援選抜

 2002年、我が国で初の、分子マーカー支援選抜技術によって育成した協優218が江西省の審査にパスし、続いて「中恢218」シリーズ、「国稲」シリーズ、「蜀恢」シリーズなど、Xa21遺伝子をもった耐白葉枯病水稲新品種が育成された。中国のスーパー稲育種プロジェクト研究チームは、分子マーカー支援選抜と交雑育種によって、一群の耐病害性の、品質の比較的良い高配合力回復系統の中恢8019、中恢161、R281、R658、中恢8025、R458、高級上質米回復系統の珞恢379、珞恢989、大粒大穂回復系統のR6046、R6050、R6068、R6082、R6106、R6172、R8117、RB207-1、ウルチ回復系統春恢350を創出したが、そのうちR8117は稲穂が巨大で、結実率が高く、穀粒がふっくらと充実し、千粒重が大きく、外観品質が優れ、イモチ病耐性があり、株葉形態が非常に理想的である。我が国の科学者はまたMAS技術を利用して、インディカ・ウルチ中間型回復系統R9308を選育し、さらには超高産・耐イモチ病の交雑稲組合せ協優9308を調製した。

 現在、MAS及び分子集積技術によって、大量の育種中間素材と新系統が創出されている。劉士平らはPi1と連鎖した、11染色体にあるSSRマーカーを用いて、維持系統珍汕97の改良を行い、BC3F1代においてスクリーニングを行い、Pi1を含む17株のホモ接合株を得た。王忠華らはPi-ta共優性分子マーカーを応用して、350個の交雑F3代株系統について早期スクリーニングを行い、118個の耐病害遺伝子Pi-taホモ接合株を得た。劉洋らはイモチ病耐性遺伝子Pibと緊密に連鎖したマーカーを開発し、四川省の主要栽培水稲品種の耐性について分析を行いことにより、結果として、耐性の比較的優れたいくつかの素材を選び出した。

 国家交雑水稲工学技術研究センターは、マレーシアの普通の野生稲の中から2個の高収量の主効果QTL yld1.1とyld2.1を鑑定し、さらにそれを優良晩稲回復系統 測64-7及び中稲回復系統9311、明恢63の中に導入することに成功した。倪大虎らは耐白葉枯病遺伝子Xa21と耐イモチ病遺伝子Pi-9(t)を1個の素材の中に集積し、二重耐性遺伝子を含む株系統を得た。米の品質改良は水稲育種の重要な方面であり、我々は米粒の糊化温度を制御する主効果遺伝子ALKを利用し、単一遺伝子の分子設計によって、一連の様々な糊化温度の早生インディカ系統(ALK遺伝子を含む)を選育し、工業用米のニーズに応えることができるようになった。

3. 中国の水稲分子育種に存在する問題と対策

(1)相対的に不足している使用可能な遺伝子資源と重要な育種価値を有する遺伝子(QTL)

 我が国の水稲は遺伝資源が豊富だが、各遺伝資源に含まれている遺伝子と対立遺伝子の変異は今なおはっきりしておらず、それぞれ異なる対立遺伝子の頻度、分布、効果はなおのこと知る方法がなく、すでにマーカー開発、遺伝子クローニングのボトルネックとなっている。このほか、育種目標を満たす実用的分子マーカー及び自主知的財産権をもつ遺伝子が非常に少ないことも、分子マーカーと遺伝子組み換え育種の持続的な発展を制限している。

 この問題について、我が国は分子育種に関連した基礎及び応用研究をさらに重視しなければならないが、それには実用的価値を有する機能遺伝子(QTL)を大量に発掘、分離するとともに、その生物学的機序を明確にし、利用に資する遺伝子源を大幅に開拓し、一群の重要形質遺伝子マーカーを獲得し、我が国の自主知的財産権を有する利用価値のある新遺伝子をすばやくクローニングすることが必要である。最近、我々は同業研究者と共同で、16の典型的水稲品種のデンプン合成における18個の重要遺伝子の遺伝子配列を分析し、各遺伝子のさまざまな遺伝資源における対立変異を明確にし、さまざまな対立遺伝子変異を区分することのできる51の分子マーカーを設計し、米品質の分子育種のために確実な拠り所を提供した。

(2)必要な分子育種新技術・新方法のイノベーション能力の向上

 現在、国際的に広く使用されている分子育種関連技術は基本的に外国で始められたものであり、彼らは多数の分子育種技術の特許をもっている。我々はまだ高効率の多形質多遺伝子集積技術、規模を具えた遺伝子型鑑定技術、多種作物の高効率変換技術を確立しておらず、しかも、水稲ゲノム学の研究課程で生まれた大量の情報の効果的な整理統合、集積イノベーションも行われていない。

 したがって、分子マーカー育種における多遺伝子集積技術、遺伝子組み換え育種における高処理能力の遺伝子クローニング、遺伝子の高効率発現、多遺伝子変換、安全変換等技術に突破口を開くことが必要である。我々はいくつかの有益な試みを行い、2005年、CMO/BADH遺伝子組み換え水稲の選育とSKC1耐塩系統の分子支援選抜を基盤として、遺伝子組み換えと通常育種を結びつけた方法により、水稲の中にこの2種類の耐塩遺伝子を集積し、それによって異なる耐塩手段を含む耐塩性水稲を得、2種類の耐性遺伝子の遺伝メカニズムと相互作用法則を探り、その環境ストレス耐性能力と商業化価値を高めた。現在、2種類の耐性遺伝子分子マーカー集積はすでに異なる耐塩手段を含む一連の耐塩性水稲系統、越光-SKC1/BADH-12、秀水11-SKC1/BADH-23を得ており、それらは1.0%のNaCl濃度のストレスを受けた後でも正常な成長を回復することができる。このうち、耐塩性遺伝子組み換えBADH/SKC1の水稲新系統 越秀T22-77は、すでに農業部に中間試験を申請している。

 最近、韓斌らは全ゲノム関連研究(Genome-wide Association Study, GWAS)技術を水稲に応用し、500余りの地方品種の全ゲノム配列を測定し、それによって1枚の高密度の水稲ハプロタイプ地図を構築した。これを基盤として、インディカ米の14の農業形質(草型、生産量、穀粒品質、生理等を含む)について分析を行い、これらの農業形質に関わる候補遺伝子部位が確定された。これらの発見は水稲分子育種のために重要な基礎データを提供し、新たな研究の道を切り開いた。

(3)不十分な水稲分子育種体系の確立

 現在、我が国の水稲分子育種に従事する集団は分散し、効果的に力を合わせることができずにおり、いくつかの分子マーカー育種と遺伝子組み換え育種の多くは小規模な実験的研究の状態にあり、同時に大規模、高効率の国家レベルの分子育種プラットフォームが不足しているため、分子育種の効率はかなり低くなっている。したがって、我が国が良好な水稲分子育種体系を確立するには、現有の基盤の上に、資源の整理統合を通じて、優位性の相互補完を実現し、分子育種条件プラットフォーム、人材集団、技術開発及び産業応用の体系的建設をいっそう強化し、上位・中位・下位の緊密な結合を実現し、分子手段と通常育種の緊密な結合を実現し、基地、人材、研究開発の緊密な結合を実現し、水稲分子育種の組織体系と実施メカニズムを革新しなければならない。