【15-003】中国の大気汚染防止の法制度および関連政策(21)
2015年 1月30日
金 振(JIN Zhen):
科学技術振興機構中国総合研究交流センター フェロー
1976年 中国吉林省生まれ
1999年 中国東北師範大学 卒業
2000年 日本留学
2004年 大阪教育大学大学院 教育法学修士
2006年 京都大学大学院 法学修士
2009年 京都大学大学院 法学博士
2009年 電力中央研究所 協力研究員
2012年 地球環境戦略研究機関(IGES) 特任研究員
2013年4月 IGES 気候変動・エネルギー領域 研究員
2014年4月より現職
2015年1月1日より、新規事業に係る汚染物質排出枠管理制度が正式にスタートした。この制度の導入によって、今後、すべての事業者は、新規事業(プラント、設備等の導入)の導入に際し、排 出枠の事前調達が求められる。調達できない場合、新規事業の着工は禁止される。本制度は外資系企業も規制対象にしているため、中国ビジネスに関わっている日本企業への影響は少なくない。
(6)汚染物質排出枠管理制度
(6.2)制度導入の背景
新規事業排出枠の決定プロセスの透明化、適正化
本制度の導入背景には、新規事業排出枠の決定プロセスの透明化、適正化がある。すでに シリーズⅢで 述べたが、中国では、汚染物質総量削減目標達成責任制度を導入しており、地 域ごとの汚染物質排出枠は制限されている。排出枠の制限は、地方政府や企業に削減努力を強いる一方、一定範囲の排出権利、つまり排出枠を保障するという側面もある。この排出枠を巡り、地 方政府と業界企業との間には複雑な利益の構図が生まれ、場合によっては環境政策の推進を阻害する原因になる。
送配電分離体制をとっている発電部門がその一例である。中国の場合、地方政府は発電事業者としての役割を果たしていると同時に、地域エネルギー計画の立案者、実施者でもある。産 業競争力振興の観点から見た場合、安価な石炭火力発電は最も理想的な電源となる。このような背景もあり、地方政府は火力発電所の規制にはあまり積極的ではなく、発電部門の排出枠を「優遇」す る動機が働くケースもある。ここで言う「優遇」には、主に二つの方法が含まれる。一つは、地方政府が業種ごとの排出枠配分計画を作成する際、特定の業種に対し排出枠を多めに配当する方法である。いま一つは、特 定業種に対し、新規事業排出枠を優先的に認める方法がある。このような「優遇」策の横行は、環境負荷や健康被害の著しい業種の継続的な排出増を助長する可能性もあるが(図1)、その根幹には、不 透明な排出枠の決定プロセスがある。
いままでは、新規事業排出枠の調達・取得に関する統一的なルールはなく、地方政府がそれぞれ運営方針を決め、裁量権の範囲内で制度を運用してきた。従前制度において、事業者は、排出権許可制度( シリーズ20 の図1の①を参照)を通じて新規事業排出枠を取得したが、削減量の調達義務は課されていなかったため、行政の裁量判断の余地は大きかった。また、新 規事業排出枠が確保できなくても着工が許されたため、排出権許可制度の新規事業の抑制効果には限界があった。
図1 制度導入前後における発電部門の排出枠の状況
典拠:国務院通達「建设项目主要污染物排放总量指标审核及管理暂行办法」(環発[2014]197号)に基づき、金が作成
http://www.mep.gov.cn/gkml/hbb/bwj/201501/t20150106_293856.htm
透明化、適正化に向けた具体策
従前制度の弊害を克服すべく、新しい制度は、まず、新規事業排出枠の取得手続を排出権許可手続から分離し、事業許認可の前置手続である環境影響評価プロセスに移行させた。今後、排 出枠が確保できない新規事業の着工行為は禁止される( シリーズ(19)を参照)。
つぎに、本制度は、事業者に削減相当量の調達を義務付けると同時に、以下のような調達ルールを確立した。
第一に、新規事業の将来排出量に関する算出ルールを明確にし、新規事業排出枠額の算定プロセスの透明化を図った。
第二に、業種間の削減量調達ルールを確立し、特定業種の「優遇」を制限した。本規則は、他業種が発電部門からの排出枠を調達することは認めるが、発電部門が他業種から排出枠を受け入れることを禁止した( 図1)。これは、特定業種に新規事業排出枠を優遇する地方政府の恣意性を抑制することにつながる。
第三に、地域間の削減量調達ルールを定めることによって、地方政府の削減責任を明確にした。本規則は、地域間の削減量の調達を認めている。しかし、大気汚染対策が急がれる47の重点規制地域に関しては、他 地域削減量の受入は認めず、提供のみを認めている。これは、比較的に経済が発展している重点規制地域が財政力を元に、その削減責任を経済後進地域に転嫁することを防ぐためである。
対策後進地域への制裁措置
以上のほか、環境対策が遅れた地域に対し、調達要件を厳格に運用する措置が紹介に値する。例えば、前年度の総量削減目標を達成できなかった地域、あ るいは前年度における年平均大気質が国の定めた濃度基準に達していない地域では、新規事業排出枠取得の要件として、他の地域の2倍相当の削減量の調達が義務付けられる。このような運用は、対 策後進地域の政府および事業者に対する制裁措置としての側面がある。
日本企業へのインパクト
本規則の公布が、中国にすでに進出して企業、あるいはこれからの進出を検討している企業に少なからず影響を与えることは間違いない。もっとも容易に考えられる影響は、環 境対策関連のコスト増による経営圧迫である。日本企業は、いままで以上に中国環境政策、とりわけ大気汚染政策の動向に関する情報収集に留意する必要がある。例えば、事業予定地が、石炭消費絶対量削減制度( シリーズⅦ )や「上大圧小」政策( シリーズⅨ )の規制対象地域であるかどうか、また、地 域における排出枠の状況や調達制限の有無など、検討ポイントは少なくない。中 国における今後の環境規制は、「漸進的に強化されることがあっても緩和されることはない」という認識をしっかり持ち、「的を得た」戦 略を練る必要がある。中国政府は、国 レベルの排出枠取引システムを構築することを宣言しているが、今後、中国に進出している、もしくは進出を検討している日本企業は、汚 染物質排出権取引制度のあり方についても注目する必要がある。
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