【20-01】日本企業の二つのサプライチェーン
2020年11月16日
大西康雄:
科学技術振興機構中国総合研究・さくらサイエンスセンター特任フェロー
略歴
1977年早稲田大学政治経済学部卒業。同年アジア経済研究所入所。在中国日本国大使館専門調査員、中国社会科学院工業経済研究所・客員研究員、アジア経済研究所地域研究センター長、ジェトロ上海センター所長、アジア経済研究所新領域研究センター長等を経て、2020年7月より現職。専門は、中国経済。
著書に『東アジア物流新時代』(共編著、アジア経済研究所、2007年)、『中国 調和社会への模索』(編著、アジア経済研究所、2008年)、『習近平政権の中国』(編著、アジア経済研究所、2013年)、『習近平時代の中国経済』(単著、アジア経済研究所、2015年)、『習近平「新時代」の中国』(編著、アジア経済研究所、2019年)ほか。
コロナ感染症の大流行は、世界経済の屋台骨を揺るがしかねない影響をもたらしている。本稿では、日本企業のグローバル・サプライチェーンへの影響に焦点を当ててその今後を予測してみたい。
まず取り上げるべきは、日本政府が、今年3月の補正予算で、コロナ感染症流行で混乱する在中国日本企業の支援策として、中国から日本回帰ないし第三国に移転する場合の補助金2,453億円を計上したことである。これは、「サプライチェーン再編に焦点を当てた政策資金」として日中双方で注目された。第1期の6月末までに補助金を申請したのは87社にとどまったが、第2期の7月末には1,670社となり、申請額を単純合計すると総額1兆8,000億円にもなる。日本政府としてそのすべてに応じることは難しいであろうが、予算も増額が予定されている。なお、当初移転に動いたのは、マスクや自動車部品製造企業等であったが、現在では業種も多岐にわたっているようだ。
次いで注目されるのは、日本経済新聞・日本経済研究センターが、センター会員企業の責任ある立場のビジネスマン3,000人余を対象に実施した中国ビジネスに関するアンケート(7月14~16日実施)である。その結果を見ると、上記した補助金政策を支持するとの回答が59.3%(どちらとも言えない20.5%、支持しない11.3%、わからない8.9%)に達した。加えてアメリカの対中政策については、支持する48.1%(支持しない36.9%、わからない15.0%)であったことから中国では警戒感が広がった。
警戒感の背景には、冒頭で紹介した日本の新政策に加えて政権交代があり、日中関係の行方が予測しにくくなったという事情があったと思われる。しかし、ここで見ておくべきは、在中国日本企業のサプライチェーンが二分化している現実である。
第1は、従来型のグローバルサプライチェーンで、中国と日本、第三国にまたがるネットワークによって中国で生産し、基本的に全世界向けに輸出するタイプである。しかし、近年において目立っているのは、第2の「地産地消」型サプライチェーンで、中国で中間財・部品を調達して生産し、中国国内市場向けに販売しているタイプである。
前者は、すでに中国国内でのコスト高によって第三国移転を模索しており(いわゆる「チャイナ+ワン」戦略)、激化する米中摩擦や今回のコロナ禍でその動きを加速しつつあったが、上記の補助金政策がさらに背中を押す作用を果たしたとみられる。一方、後者は、移転の必要性を感じておらず、中国国内の体勢合理化を図る動きを示している。
こうした二分化は日本貿易振興機構(ジェトロ)が毎年実施している海外日系企業実態調査でも確認されている。同調査自体は例年通りに2019年秋に実施されたため、米中摩擦への対応は反映しているが、コロナ対応の動きは反映できていない。それでもサプライチェーンの二分化が窺える結果が出ている。
同調査では、サプライチェーンの再編を考えている日本企業に対してその具体的内容を質している。在中国企業で①生産移管を考えている企業は159社、②調達先変更は170社、③販売先変更は83社である。その移転先はベトナム(①39社、②38社、③9社)、タイ(①23社、②14社、③7社)などアセアンが目立っており、日本回帰は①11社、②10社、③3社にとどまっている。サプライチェーン再編の方向性を占う上で有用な参考データといえよう。
以上、サプライチェーンのタイプ別に日本企業の米中摩擦・コロナ対応について分析してきたが、企業現場の対応は単純なものではない。本稿で見てきた「地産地消」、「(調達・販売先の)分散化」のほか、大多数の企業が「販売戦略の見直し」に取り組んでいる。筆者は、こうした企業努力の結果、グローバル・サプライチェーンは今後とも変化しつつ拡大していくと予想している。
住友商事が建設したベトナムの工業団地(ハノイ郊外)