【07-06】世界最大の日本語学校~北の港町大連で育つ日本語人材~
2007年6月20日 今井 寛(筑波大学大学院教授・中国総合研究センター特任フェロー)
大連外国語学院訪問
大連は、中国東北部の遼東半島の先端にある港町だ。
日本とのつながりは深い。1905年日露戦争に勝利した日本は、ロシアに代わって遼東半島を租借した。その時以来、大連と日本の関係は続いている。
今年の冬、中国を代表する外国語の大学である大連外国語学院を訪問した。中国の大学、しかも日本語の学校の今について、今回は紹介したい(なお文責は筆者にある)
空は晴れ上がっていたが、まだ先週降り積もった雪があちこちに残っている。大連の中心の中山広場から車で5分くらいで行ける便利な大連外国語学院キャンパスだが、既 に冬休みに入っているせいか静かであった。
同学院には、日本語、英語など9つの学院が設けられている(日本風に言えば学部)。そのうち日本語学院は最も古く、また規模も大きい。
日本語学院の劉利国院長は、大連外語の卒業生である。日本へは交換留学生として札幌の北星学院に1年間留学された経験をもつ。また、岡山商科大学で中国語の教鞭をとったこともあり、(当然のことながら)そ の日本語はとても流暢であり、インタビューは全て日本語で行っている。
学院の歴史
1964年、日本語専科の大学として発足している。1972年の日中国交正常化の8年も前の時期だが、当時の周恩来首相が、日中両国が将来国交をもつようになると日本語人材が必要になるとの見通しから、学 院の設立を指示した。
その場所として大連に白羽の矢が立ったのは、やはり日本語を理解する人が多い土地柄だったことが大きい。その後、遼寧外国語専科大学となり、1 978年には4年制の本科大学である現在の大連外国語学院となった。
学院の構成
大連外国語学院の中核たる日本語学院の規模は大きい。学部生は、4学年合わせて約2千6百人いる。大学院は3年のコースで、約150人の院生が在籍している。
授業は日本語で行うのが特色である。劉院長の学生時代は、専ら日本語を語学として学習していたが、現在は日本語の他に、国際留学、ビジネス、観光などの実務的なコースを設けている。単 に日本語が話せるだけでなく、日本語を駆使して専門的な仕事ができる人材を育成することを目標にしている。
このような教育方針を更に発展させたのが、日本語学院の兄弟学院とも呼ぶべきITソフトウエア学院である。約2千人の学生が学ぶIT学院は、大連と旅順の間に新たに設けられたキャンパスにある。ソ フトウエア開発の勉強をしながら、日本語を習得することを目的としている。
大連には、数多くの日本企業の工場があるが、特に最近はIT・ソフトウエア関連企業の進出が顕著である。このため、大学へは、日本語が話せるITソフトウエア技術者の求人が多く来る。その数は年間およそ 5千件。IT学院は、このような企業のニーズに応えようとするもの。
これら二つの日本語コースの学院の学生数を合計すると約5千人となる。この他、社会人向けの日本語教育コースで約3千人の社会人が学んでおり「世界最大の日本語学校」と自負される所以である。
日本語学院への入学者たち
以前とは違い、高校時代に日本語を勉強したという学生は減っており、ほとんど学生は、大学入学後初めて日本語を学習する。日本語が学習できる高校が少なくなってきているし、高 校時代は英語の勉強で手一杯なのだ。
入学者の出身地を見てみよう。大連外国語学院は遼寧省所属の公立大学のため、同省出身者が8割を占める。そして、残り2割の省外出身者は、中国の大学入学統一試験において、各 々の出身省にあるエリート大学に入れるくらいのスコアを上げることが要求される。一次採用なら重点大学の基準ラインをかなり上回る得点が必要だし、二次採用だと北京大・清 華大を一次採用で落ちた者が入学してくる者が多いそうだ。
学費は独立採算制のため高く、年間8千元(1元=約16円)と、北京大や大連理工大などの有名大の倍くらいかかる・・・
ここまで話をうかがうと、「入試は難関」「学費は高い」でも受験生にとっても人気があるのは何故?との疑問が湧いてくる。
その答えは、卒業生の就職にある。
今、中国の大学卒業生数は激増している。日本も高度成長時代以降、大学の学生数が増加したが、中国のそれはもっとすごい。報道によれば、2002年の大学卒業生は145万人だったのが、4 年後の2006年には415万人と3倍近くとなっており、例えば北京で開かれた企業の就職説明会には大勢の学生が押しかけ、ブースに座ることはおろか関係者に声をかけることもできなかったとのこと( 2007年2月27日朝日新聞朝刊)。
このような状況において、日本語を勉強すると就職に有利と考え、受験者が増えるのは自然なことだろう(ちなみに英語を身に付けることは当然のことなので、逆に特別なスキルとはみなされない)。実際、日 本語学院へは、学生1人に対して3件くらいの求人があるそうだ。日本語人材の需要は高く、特に中国南部では不足しているし、比較的人材豊富な大連でも足りない状態が続いているそうだ。
日本への留学
実際に日本を体験して、大学で習った日本語を使ってみることが日本語習得の近道である。このため日本語学院では、日本の大学と協定を結び、積極的に学生達を日本へ留学させている。
期間的には、以前は1年くらいの短期留学が中心だったのだが、現在は3年後期に送り出し、日本の大学の3年生に編入させるのが主流である。年間150人くらいの学生が日本の大学へ入る。そ して日本の大学を卒業すれば、大連外国語学院と日本の大学の両方の卒業資格が得られる。
その他、ホテルや旅行社など日本企業での1年間の研修コースも人気がある。研修が終われば、同学院の卒業生となる。
劉院長のお話によると、少子化のため日本の大学も優秀な学生を欲しがっており、この点、日本語ができて優秀な同学院の学生は評価が高いそうだ。以前はそれ程積極的ではなかった日本の国立大学も、こ こ10年くらいで意識が変化しており、協定を結ぶことに前向きな大学が増えている。逆に、学生達は自分のキャリアアップを考えて、以前より留学先を厳しく選別するようになっている。留学には大金がかかるし、そ の後の就職のことを考えると、慎重な選択が行われるのは自然なことだろう。
参考までに、日本の大学のWEBサイトの中に、中国語のサイトがどれくらい設けられているか調べてみた(2007年4月現在)
まず、日本全国の大学のWEBサイトとして750サイトが確認でき、このうち英語のサイトを設けているのは約半数の392サイトだった(トップページのみ確認)。英語があれば、一 応国際対応をしていると言えようが、加えて中国語のサイトがあるのが1割弱の65サイトある。内訳としては、京都大、筑波大などの国立総合大、小樽商科大、大阪教育大などの国立単科大、岩手県立大などの公立大、早 稲田大、明治大などの私立総合大、フェリス女学院などの女子大等多種多様な大学が中国語のサイトを持っている。
いずれにせよ、中国との関係を構築していきたいとの積極的な姿勢が見え、とても興味深い。
最近の学生生活
中国の学生達は、原則学生寮に住まなければならない。これは自宅が地元であるか否かに関わらない。けれども、近頃はリッチな学生達は大学の寮を出て、自分でアパートを借りているとも聞く。筆 者は昔駐在していた頃、中国人の友人に連れられて、天津の某大学の男子寮の一室(4人部屋)に小一時間くらい滞在した経験があるが、そ の時の経験からするとチャンスがあれば外に出たいという気持ちも分からなくもない(今の寮はずっと快適になっているのかもしれないが)
大連外国語学院でも、正当な理由があり、親の許可があれば寮を出られるということで、最近はアパートを借りて通学する学生もいる。
また、アルバイトする学生も出てきており、中学生や高校生の家庭教師という定番から、外語大生の特長を活かした日本人の中国語教師や日系企業の事務などの仕事があるそうだ。
卒業後の進路
卒業後は、主に三つの進路がある。
まず、日本への留学を含む大学院への進学。これはもっと日本語を勉強して、教育職を目指すものだ。なお、この分野において中国の大学で教員になるためには、10年前なら修士卒でも大丈夫だったのだが、今 は博士号取得者でなければ難しいそうだ(その場合は、学部で4年間、修士で3年間、博士で3年間と、合計10年間にわたって日本語の勉強を続けることになる)
次に事務系公務員(すなわち役人)になるケース。中国ではここ数年就職難もあり、公務員試験の受験者が急増しており、「公務員熱」という言葉もあるくらいで、昨 年11月に中国各地で実施された国家公務員試験では、約1万2千7百人の採用枠を目指し、その43倍に当たる約53万人が受験したとのこと(2006年11月27日東京新聞朝刊)。公 務員の人気が下降気味の我が国とは異なる。
それから日本企業や中国企業に就職するケース。日本語学院の卒業生は、従来大連を中心としたエリアで就職することが多かったが、近頃は上海の企業は給料が高いし、ま た広東だと良いポストが提供されることから、南部で就職する学生も増えてきているとの由。
今後の計画
最後に、今後のプランについてうかがった。学院としては、以下のような計画である。
- 教育の質を維持するため、学生数はこれ以上増やさない。
- 企業などからのニーズに対応して、日本語に加えて、国際貿易、ビジネスなど、引き続き語学以外の教育にも力を入れていく。
- 日本語学院を新キャンパス(百万平米)へ移転させる。
- 日本の大学との連携を強化する。中国で3年間日本語の基礎を学んだ後、日本の大学学部で半年間勉強し、その後大学院へ進学させる。
劉院長のお言葉から、中国を代表する日本語教育のトップランナーとしての自負と、常に教育の質を向上させたいという強い意欲を感じた。
また、日本で活躍している日本語学院の卒業生達にも会ってみたいと思った。