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【20-038】《中国全人代》先行的試行改革措置について―発改委の報告から

JST北京事務所 2020年6月23日

1. 概要

 中国における1年を通じて最も重要な政治イベントである全国人民代表大会が、5月22日午前に開幕し28日午後に閉幕した。大会初日、「国家発展改革委員会(以下、発改委」)」から「2019年度国民経済・社会発展計画の執行状況と2020年度国民経済・社会発展計画についての報告」[1]がなされた。これは主に内政に関する前年度施策の実績報告と、今年度計画している施策の説明であり、科学技術イノベーション政策についても数多く言及されている。

 今回の2019年度報告の中で、「自主イノベーションのペースを加速した」という発言があり、月探査機「嫦娥4号」による月の裏側への着陸成功、北斗3号による衛星測位システムの中核ネットワーク構築完成、長征5号ロケットによる5G通信衛星の打ち上げ成功、国産初の空母「山東」の正式就役等が述べられたことに続き、「全面的なイノベーションに向けた改革試験を着実に推進し、169の先行的試行改革措置が基本的に完了した。」との報告がなされた。

 中国の中央政府及び各地方政府が科学技術イノベーションを積極的に推進していることは、近年日本においても多く報道されるようになってきているが、個別の研究開発課題に対する支援だけではなく、研究開発成果を社会に迅速かつ円滑に実装するための社会システム改革に関する施策も数多く実施されている。今回報告された先行的試行改革措置もそれらの1つであり、以下に概要を紹介したい。

1.背景

 2015年9月、中国共産党中央弁公庁、国務院弁公庁は「一部地域における全面的なイノベーション改革措置を促進するための全体案(以下、「全体案」)」[2]を発行し、地方政府にそれを本格的に実施するよう通知した。

 国家主導の地域開発戦略を中心としたイノベーション主導型開発を主導するため、党中央・政府により以下4つの主目標を設定し、各地方政府により改革措置を実施する施策である。

(1)主な目標

①市場と政府の役割を果たすための効果的なメカニズムを探求すること

②科学技術と経済の深い統合を促進する効果的な方法を探求すること

③イノベーターの力と活力を刺激する効果的な対策を探求すること

④オープンイノベーションを深めるための効果的なモデルを探求すること

(2)実施機関
  原則、3年間。各改革措置は、1年以内に展開・引用可能な経験を形成する。

(3)承認までの流れ

①地方政府は、改革試験計画を策定し、国家発展・改革委員会及び科学技術部(省に相当)に申請。

②国家発展・改革委員会及び科学技術部は、各政府部門と調整の上、改革試験計画を共同で検討し、試験勧告を国務院に提出する。

③国務院にて承認される。

2.先行的試行改革措置について

(1)スケジュール

①2015年
京津冀(北京・天津、河北省)、上海市、広東省、安徽省、四川省、武漢市、西安市、瀋陽市の8地域が改革措置を申請し。国務院に承認された。

②2016年
改革措置実施地域における実施状況の段階的評価(筆者註:中間評価)を実施し、成熟した改革案を全国に展開。

(2)2015年(第一陣)実施地域について
 以下の理由により、選択された。

①東部、中部、西部、北東部の地域発展の優先度を結びつける。

・ 京津冀(北京、天津、河北)の協調発展を促進

・ 揚子江デルタ中核地域におけるイノベーション変革を加速

・ 広東、香港、マカオ間のイノベーション協力を深化

・ 東部から西部への産業移転と統合を促進

・ 軍民の統合を深化

・ 新型工業化プロセスの推進

②省を跨る行政区域を選択

・ 省級に跨る区域:京津冀(北京、天津、河北)

・ 4つの省級行政区(上海市、広東省、安徽省、四川省)

・ 3つの省行政区(武漢、西安、瀋陽)を選択

・ 経済、社会、科学、技術分野における改革の結束と調整の促進、およびシステム改革における効果的なメカニズム、モデル、経験の探求に焦点を当てたシステム展開を実施。

・ そのうち、以下の区域は、それぞれ以下の都市において、先行的試行改革措置を展開する。改革案提出後、方案の成熟度により、それぞれ国務院による承認を経て実施する。
河北省:石家荘、保定、廊坊
広東省:珠江デルタ地域
安徽省:合肥、蕪湖、蛙埠
四川省:成都、徳陽、綿陽

(3)各地域での実施状況の例
 地区によっては、先行的試行改革措置の具体的なプロジェクトが公開されており、例として紹介する。

①上海[3]

1.イノベーション創業を奨励する普遍的な優遇税制の研究探索

2.投融資連動等の金融サービスモデルの展開探索

3.株式信託取引センター市場制度の改革

4.ハイテク企業認定範囲の拡大

5.株式持分インセンティブメカニズムの完備

6.新型産業技術研究開発組織の発展探索

7.海外人材の永住サービス便宜等の試行展開

8.外国商務投資管理の簡略化

9.薬品登録と生産管理制度改革

10.科学的に規律の取れた国家科学センター運営管理制度の確立

②深圳[4]

1.民営・公立の病院・学校の待遇同等化

2.現代サービス業等の分野におけるネガティブリスト制度の率先確立

3.公務員年金制度と社会養老保険制度の段階的実現

4.前海における「香港人の香港資本による香港サービス」の実現の加速

5.原農村土地建物の有望な分類と段階的な権利獲得

6.学校・病院等機関の行政級別の段階的取消

7.新任指導者幹部関連事項の試験公開

8.社会資本援助・公益文化活動管理規程公布

9.出稼ぎ労働者の差別なき公共就業サービス享受の段階的実現

10.非戸籍常住住民の秩序立つ吸収、居民委員会選挙及びコミュニティ自治への参加

11.指導者幹部離任時の天然資源資産監査の実施

③四川省[5]
公開情報からは、上海市や深セン市のような具体的な措置名が不明であるが、30件を実施しており、そのうち軍民両用分野に15件、財政・税制による創業・イノベーション支援、科学技術者刺激、知財保護等の分野に15件が実施されたことが公開されている。

(4)2016年以降の実施状況について
 2015年に開始された第一陣の改革措置に加え、2016年から全国で改革措置が実施され、合計169の改革措置を国務院が承認した。

3.先行的試行改革措置の実施成果について

 公開情報から確認できる先行的試行改革措置の実施成果[6]について、以下紹介する。

(1)北京市労働保険所:科学技術成果の移転に伴う収益分配改革

 2016年7月、北京市労働保険所は「博物館安全モニタリングと緊急指揮専門技術」の知的財産権を保有しており、北京北労科安全科学技術公司を設立した。そのうち無形資産の評価額は500万元(約7,800万円)で、そのうち70%(5,400万円)が、このプロジェクトチームのコアメンバー10人に帰属し、残り30%が北京労働保険所に帰属された。新会社が発展した際には、科学研究員は毎年配当を受けることが可能。また新会社を設立して一年経ち、営業収入は3,000万元(約4億7,000万円)を超えることとなった。※2017年11月時点

 改革措置実施以前は30%の収益のみが中心となる研究開発者に帰属するとされていたところ、収益分配改革の成果により、科学技術の成果移転により得られた収益は、70%以上の割合で科学技術の成果の完成者に帰属されるよう引き上げられ、担当部門は上級主管部門への報告・承認が不要となった。

 2016年末までに、北京市には105の国有企業、大学及び科学研究機関のインセンティブ試行規程が承認され、405人の科学研究者と管理者が株式を獲得し、インセンティブ総額は約2.25億元(約35億円)に達し、平均金額は55.6万元(約862億円)である。※2017年11月時点

 当該先行的試行改革措置は、全国に普及し、科学技術の成果使用や収益管理改革を推進するためのグッドプラクティスとなった。そしてプロジェクトリーダーは益々多くの政策的メリットを享受することとなった。

【参考:中華人民共和国科学技術成果転化促進法】
 中国では1996年に制定された「科学技術成果転化促進法」において職務発明者に対する報酬の下限が規定されている。2015年に改正され、職務発明者への報酬の下限が引き上げられた。
 関連して、「2019年度国民経済・社会発展計画の執行状況と2020年度国民経済・社会発展計画についての報告」においても「科学研究者に職務科学技術成果の所有権もしくは長期使用権を附与する試行を行い、技術移転サービス体系を構築した」と報告された。

①1996年制定(抄)
第29条、科学技術成果を完成した機関は、他人に成果を譲渡した場合、同職務成果の譲渡によって得た純収入のうち最低20%を同成果の完成に重要な貢献をした者への奨励に充てる。
第30条、企業や事業単位が独自に又は他の機関と共同で研究開発した科学技術成果を移転して操業を始動した場合、3~5年間連続で、同成果の実施によって新たに得た利益のうち最低5%を同成果の完成へ重要な貢献をした者への奨励に充てる。

②2015年改正(抄)
第45条、科学技術成果を完成した機関に規定がなく、かつ科学技術者とも奨励と報酬の方法と金額に関して取り決めもない場合、以下の基準に従い職務科学技術科学成果の完成・移転について重要な貢献をした者へ奨励・報酬を与えるもととする。

 〔1〕同職務科学技術成果を他者に移転又は実施許諾した場合、同成果の移転又は実施許諾より得た純収入のうち最低50%。

 〔2〕同職務科学技術成果を値付けし投資に利用した場合、同成果により形成された株式又は出資比率の最低50%。

 〔3〕同職務科学技術成果を自ら実施又は他人と共同実施した場合、実施して操業を始動した後の3年から5年間連続で、毎年同成果の実施により得た営業利益のうち最低5%。

(2)知的財産権快速権利保護センター(広東省中山市古鎮鎮):知的財産権保護の迅速な取り組み
 中国の「灯りの都」として有名な広東省中山市古鎮鎮では、知的財産権の迅速な権利保護及び特許出願・承認制度を創設した。ここ5年の古鎮鎮における特許申請と承認数はいずれも二桁の伸びを見せている。
また、明らかな侵害事件が発生すれば、法律執行者が現場で検証し、是正命令を下すことも可能である。

 イルミネーション企業従業員によると、通常、国内の商標認定には3ヶ月要するところ、広東省中山市古鎮鎮知的財産権快速権利保護センターでは、花灯籠の商標申請から承認のスピードが驚く程速い。当該企業における新商品の販売周期は3~6カ月であるため、知的財産権の保護には、迅速な処理が必要であり、このようなスピードはイルミネーション企業のマーケティングサイクルに合致している。

 従来、市場で自社の商品に係る特許が侵害されていることを発見した際、法定の手続きによって告発、立証、起訴すれば、その最中に当該商品のシャンデリアの販売サイクルは終わってしまう。そのため特許審査さえ行われておらず、どうすれば知的財産権を保護できるか分からない状況であった。この問題は、知的財産権快速権利保護センターの設立により効果的に解決された。

 松偉照明社は、1,500件の商標と20以上の実用新案を保有しており、企業の急成長に伴い知的財産権が侵害される問題が絶えず発生している。会社には弁護士、デザイナーなどの専門チームがあり、一年を通じて侵害事件に対処するため多忙である。現在、電子出願を通じて最短で7日間で特許権を取得し、権利侵害への対処を大幅に加速している。

 現在、当企業は、毎年1千万元(約1億6,000万円)を超える設計とイノベーションのための資金を投入している。


1. 中华人民共和国中央人民政府2020年5月30日 关于2019年国民经济和社会发展计划执行情况与2020年国民经济和社会发展计划草案的报告

2. 中央政府门户网站 2015年9月7日 中共中央办公厅、国务院办公厅印发《关于在部分区域系统推进全面创新改革试验的总体方案》

3. 中国新闻网 2016年4月5日 上海将率先实施10项先行先试改革举措

4. 中国新闻网 2013年12月27日 深圳提出全面深化改革先行先试具体改革举措

5. 环球网 2016年7月12日 四川推出系统推进全面创改30项先行先试举措

6. 央广网 2017年11月23日 聚焦深化改革:169项创新改革举措启动 部分经验全国推广