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【09-015】中国の科学論文の質はどこまで向上しているのか

寺岡 伸章(中国総合研究センター フェロー)     2009年12月10日

 中国はGDPで日本に迫る勢いを見せている。ハイテク分野でも、宇宙開発では世界三番目の有人飛行を成功させた国になるばかりでなく、スーパーコンピューターの演算スピードにおいても、日本を抜き、米国、ドイツに継ぐ国となった。研究費が毎年約20%も増加していることを考慮すると、中国の科学技術力は急速に先進国に迫ってくるはずである。科学技術力もマラソンと同じで、抜くのは困難かも知れないが、追いつくのは比較的易しい。

 英国の一流雑誌『ネーチャー』の東京支局長が「掲載論文を見る限りにおいて、日本は化学分野の基礎研究ですでに中国に抜かれている」と発言し、日本の学術界に激震が走った。人口比から分かるように秀才が日本の10倍いるため、長期的には抜かれることはあっても、「こんなに早く追いついてくるとは」という驚きである。

 しかし、一方、中国で化学が最も強いと言われている科学院化学研究所の某研究者は、「中国は先進国に追いつこうとするあまり、独創的な研究課題に挑戦することがないため、当分の間ノーベル賞受賞者が出ることはない」とメディアに語っている。筆者がこの研究所を訪問した際にも、幹部らは同様の趣旨の発言を繰り返していたし、研究内容の説明を受けても、世界の流行を追っているという印象が否めず、独創的なテーマに挑戦しているようには感じられない。

 日本人研究者に訊いてみても、ある研究者は中国の科学を高く評価しているが、別の研究者はまだ低い位置にいるとみており、評価が一定でない。いったいどのように解釈すればいいのであろうか。中国は研究者数が多いため、玉石混交であり、誰を見るかによって、評価が大きく異なってくることが予想される。

 ここでは、まず中国側が発表している客観的なデータを基に分析してみたい。

1.中国の論文総数は世界第5位でシェアは7.5%

 中国科学技術情報研究所は2009年12月、「SCIデータベースによると、2008年に中国の研究者は科学論文を11.67万報発表し、世界シェアの9.8%を占め、アメリカに次ぐ世界の第2位となった。その論文数は、2007年に比べると13.4%も増加している」と発表した。また、SCI掲載論文における国際共著論文数では、アメリカが5,064報で、日本は1,360報の第2位だった。

 2009年までの10年間で、中国の研究者は論文を65万報発表し、世界第5位となる一方で、被引用回数は340万回で世界第9位に留まっている。発表論文の質の面でまだ遅れているが、科学はトップクラスの人材の競争であるので、被引用回数はあまり参考にならない。

 また、中国が発表した国際論文の中で発表数が多い研究分野は、化学、電子・通信・自動制御、物理学、計算技術、材料科学、数学、生物学、力学、地学、土木建築であったという。特に、『ネーチャー』の東京支局長は指摘するように、化学分野の強さがうかがえる。 

2.『サイエンス』と『ネーチャー』で論文数の増加は認められない

 『サイエンス』と『ネーチャー』は世界でレベルが最も高く、総合性を持つ科学雑誌であるが、これらの雑誌への中国の論文発表状況を見てみよう。

『サイエンス』と『ネーチャー』に発表した論文の経年変化
  2004年 2005年 2006年 2007年 2008年
『サイエンス』 20報 25報 23報 26報 18報
『ネーチャー』 32報 20報 18報 19報 35報
合計 52報 45報 41報 45報 53報
世界占有率 2.79% 2.28% 2.21% 2.58% 2.86%
第一作者割合 65.5% 46.7% 46.3% 26.7% 30.2%

 2008年の『サイエンス』と『ネーチャー』の合計53報は中国学術界の新記録であるが、2004年からこれら一流雑誌への掲載論文は安定しており、目立った増加が認められない。科学論文の総数が激増していることと比較すると奇妙な印象を受ける。トップ級の研究では、少なくとも『サイエンス』と『ネーチャー』を見る限りにおいて、あまり進展していないのではないのか。

論文には複数の研究者の名前が掲載されるが、最も主要な役割を果たすのは第一作者である。第一作者の割合が多いほど、オリジナリティーが高いと理解しても構わない。表を見ていただくと、驚いたことに、第一作者の割合が減少傾向になる。つまり、中国の研究者は一流の論文の発表においては、従属的な地位にあるとも理解できる。

 次に、これらの雑誌に論文を発表する研究機関はどこかを見てみよう。

『サイエンス』と『ネーチャー』に論文を発表した上位研究機関


これらの他、1報掲載の研究機関は27ヶ所だ。『サイエンス』や『ネーチャー』に論文が掲載されると、研究者の所属研究機関で大きな話題となり、その後中国政府から研究費を獲得するのが容易になるという。そのため、中国人研究者は優秀な海外の研究者との共同研究を強く望んでいるのだ。競争的研究資金を獲得しなければ、研究活動がまったく出来ない中国人研究者にとって死活問題である。

 『サイエンス』と『ネーチャー』に論文を発表した研究機関は44ヶ所だが、その中で第一著作機関は13ヶ所のみだった。これらの研究機関は実力があると判断しても構わない。

『サイエンス』と『ネーチャー』に第一著作機関として論文を発表した中国の研究機関

  • 中国科学院生物物理研究所・・・3報
  • 中科院古代脊椎動物・古代人類研究所・・・2報
  • 中国科技大学、南京大学、中科院地質・地球物理研究所、南京師範大学、中国医学科学院、中科院紫金山天文台、蘭州大学、深圳華大遺伝子研究院、雲南大学、中国農業科学院、科学院大連化学物理研究所・・・1報


中科院古代脊椎動物・古代人類研究所が2報掲載しているのは、中国は恐竜遺跡大国であることが影響していると思われる。"現物"が豊富にあれば、研究レベルも自然と高くなる。

 2008年にこれらの雑誌に発表した53報の論文のうち、48報は国際協力によって完成した論文で、41ヶ国に関わっている。

『サイエンス』と『ネーチャー』で発表した論文のうち国際協力相手国

  • アメリカ・・・40報
  • ドイツ・・・16報
  • イギリス・・・14報
  • オランダ・・・8報
  • カナダ・・・8報
  • オーストラリア・・・6報
  • フランス・・・6報
  • 日本、イタリア・・・5報
  • 以下省略


中国研究者から見た国際雑誌掲載の論文における共同研究では、別のデータによると、日本は米国に次いで多いが、『サイエンス』と『ネーチャー』のような一流雑誌では8位に低迷している。この理由はよく分からない。日中間の国際共同研究は盛んになってきているが、トップサイエンスでの交流は比較的少ないと言える。

3.『PNAS』掲載の論文数は増加している

 次に、『PNAS』(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America、『米国科学アカデミー紀要』)における、中国人の発表論文を分析して見よう。

 一覧表を見ると、2004年から2008年にかけて増加傾向にあることが分かる。第一著作者の論文も基本的に増加している。

『PNAS』に発表した論文の経年変化
年次 発表した
論文数
第一著者
とする論文数
総数に占める
割合
国内協力で
完成した論文数
総数に占める
割合
2004 39 14 35.9% 4 10.3%
2005 44 22 50.0% 6 13.6%
2006 66 26 39.4% 7 10.6%
2007 110 53 48.2% 19 17.3%
2008 91 45 49.5% 11 12.1%

 先に分析した『サイエンス』と『ネーチャー』では、近年明確な増加傾向が認められなかったが、『PNAS』では論文は増加している。これは何を意味するのであろうか。大胆な仮説を言えば、世界に伍するトップサイエンティストはまだ少ないが、それより少し低いレベルの研究者は着実に増えていると言えるのではなかろうか。中国全体のレベルが上がってくると、世界レベルの研究者の層も厚くなり、『サイエンス』と『ネーチャー』への掲載論文数も増加してくると予想される。増加傾向が見えてくると、研究者数の多さから、急激な進展も期待される。

『PNAS』に論文を発表した中国の研究機関


 『PNAS』に論文を発表した73ヶ所(大学47ヶ所、科学院17ヶ所、その他9ヶ所)の中国研究機関のうち、27ヶ所の研究機関だけが第一著作機関として論文を発表している。

『PNAS』に第一著作機関として論文を発表した中国の研究機関


 以上のリストに北京大学清華大学といった超一流大学の名前が見えないのは面白い。中国は日本と違って、研究のレベルは研究機関に依存しているのではなく、研究者個人に依存しているのであろう。中国では有名大学という理由で、研究レベルが高いとは限らないようだ。

『PNAS』に発表した論文のうち国際協力相手国

  • アメリカ・・・60報
  • スウェーデン・・・9報
  • イギリス・・・8報
  • 日本・・・6報
  • ドイツ・・・5報
  • カナダ、スイス・・・4報
  • 以下省略


 アメリカとの共同研究論文が圧倒的に多い。『PNAS』がアメリカ発行の雑誌であるというのが色濃く出ている。

4.生命科学関連雑誌の掲載論文数も増加している

 中国の生命科学の進歩は著しい。2009年夏、中国の二つの研究グループがiPS細胞から世界で初めてマウス個体を生成したと発表し、世界を驚かせた。

 2007年、中国大陸科学研究機構が生命科学分野の研究レベルを把握するため、2007年、中国研究機構が『セル』、『ネーチャー』、『PLoS』などの生命科学関連雑誌で発表した論文状況を分析してみよう。

 2007年、中国研究機構が上記のトップジャーナルの生命科学雑誌で発表した論文は112本で、2006年より19%増え、世界でのシェアも増加している。その割合は2.29%であり、2005年、2006年の割合はそれぞれ1.61%、1.80%であった。

 その中に、第一著作機構として発表した論文は54報で、2006年より6報増え、第一著作機構の論文数はこれらの雑誌の論文総数の1.1%を占め、2006年の0.92%より高かった。第一著作機構論文数は中国の発表論文数の48.2%を占め、その割合が2006年よりすこし減った。国内で完成した論文(国内研究機構独自で完成した論文及び国内協力で完成した論文)は24本で、論文総数の21.4%を占め、2006年より減った。オリジナリティーのある論文が一気に増加しているわけではなさそうだ。

中国研究機関がトップクラスの生命科学雑誌に発表した論文の経年変化
年次 中国の
論文数
第一著作 機構の
論文数
第一著作機構の
論文数の割合
国内で完成した
論文
国内で完成した
論文の割合
2003 44 19 43.2% 6 13.6%
2004 47 20 42.6% 8 17.0%
2005 79 32 40.5% 8 10.1%
2006 94 48 51.1% 27 28.7%
2007 112 54 48.2% 24 21.4%

 生命科学分野であっても、中国の研究機関が異なる雑誌で発表した論文数の成長速度はかなり違う。例えば、セル系雑誌及びネーチャー系雑誌(生命科学分野雑誌のみ)で発表した論文数の成長が速く、2006年にセル系雑誌で発表した論文は27報で、2007年は36報まで増え、2006年ネーチャー系雑誌で発表した論文は18報で、2007年は33報まで増えた。しかし、New England Journal of Medicine 及びJAMA-Journal of the American Medical Associationで発表した論文数は逆に減った。

 2007年、中国大陸の60ヶ所の研究機関がトップクラスの生命科学雑誌で論文を発表している。

トップクラスの生命科学雑誌に発表した論文数の上位研究機関
順位 研究機構 論文数
1 中国科学院上海生命科学研究院 22
2 中国科学院生物物理研究所 10
3 北京生命科学研究所 8
4 中国科学院大学院 8
5 北京大学 7
6 上海交通大学 7
7 中国科学院遺伝・発育生物学研究所 6
8 中山大学 6
9 復旦大学 5
10 華中科技大学 5
10 中国農業大学 5
10 中国医学科学院 5

 データによると、中国科学院上海生命科学院はトップクラスの生命科学雑誌で発表した論文総数及び第一著作機構として発表した論文数が第1位で、中国科学院上海生命科学研究院が高いレベルの論文を発表する能力が高いことを反映している。ただし、この研究院は神経科学研究所など約10ヶ所の研究所を擁しているので、その規模も考慮に入れる必要がある。

トップクラスの生命科学雑誌に第一著作機構として論文を発表した上位研究機関
順番 研究機構 論文数(報)
1 中国科学院上海生命科学研究院 10
2 北京生命科学研究所 5
3 中国科学院遺伝・発育生物学研究所 4
4 中国科学院生物物理研究所 3
5 北京大学 2

  国際協力論文は26ヶ国に関係している。上位4ヶ国は以下のとおり。

  • アメリカ・・・64報
  • イギリス・・・7報
  • カナダ・・・7報
  • 日本・・・6報
  • 以下省略


 アメリカとの協力が多いのは、アメリカが生命科学分野で圧倒的な強さを誇っていることを裏付けている。中国政府と北京市制府が共同で設立した北京生命科学研究所のPI(教授クラス)はほとんどすべてアメリカからの帰国者で占められている。研究所の運営方法までアメリカ方式を採用しているという。

5.理研と中国との比較

 主要雑誌掲載の論文数で、理研と中国を比較すると以下のとおりになる。


  理研 中国
  07年 08年 07年 08年
『ネーチャー』 13報 17報 19報 35報
『サイエンス』 13報 10報 26報 18報
『PNAS』 36報 27報 110報 91報
『セル』 5報 5報 6報 不明

  このデータからは経年変化を読み取ることはできないが、どの雑誌においても、中国の発表論文数の方が上廻っている。理研は研究者約3,000人の研究機関であるが、中国全土と比較してこれだけのパフォーマンスを示しているのは、世界トップ10に入る実力を遺憾なく示しているとも言える。

  日本政府の財政事情から考えると、理研の研究者数や研究費が今後伸びる可能性は低いが、中国はまだ"青年"の段階であるので、今後も著しい成長が期待できる余地が多い。今後とも、中国の論文数の傾向を注視していきたい。

主要参考文献:

  1. 『中国基礎科学』(中国科学武術部主管)