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【11-009】中国WTO加盟十周年を迎えた昨今:何が変わっているか?(上)

範 雲涛(亜細亜大学アジア・国際経営戦略研究科 教授)     2011年11月24日

 「十年一昔前」といわれるが、急激な経済成長で世界経済を今や牽引する程の勢いでひた走る中国経済の十年を振返ってみることにする。

 2001年12月11日付けで、中国が143カ国目の加盟国としてWTO加盟を果たした当時の様子が今でも目の前に鮮やかによみがえる。約十五年に及ぶ長い紆余曲折を経て、よ うやく実現できた国際交渉の成果だったことを、当時の朱鎔基首相が満面に笑みを浮かべながら人民大会堂でテレビカメラを前にして述べていたシーンがそれである。ところが、中 国にとってはWTO加盟が文字通りもろ刃の剣以外の何ものでもなかったことをそれ以降の学習体験で味わってきた。

 WTOコンプライアンスとグローバル化要求は多次元・国際経済貿易法制の多分野にわたる広範囲な遵守を突きつけていること;直接的,間 接的にはまだ計画経済体制のさなかにある発展途上国たる中国の経済社会システムを全般的に法治主義への体制移行を求める包括的な圧力を及ぼしてきたと言えよう。すなわち、①リーガリズム(貿易政策をはじめ、金 融政策、関税制度、産業労働政策等の法治主義:法適用の統一・公平・平等・当事者自治原則)②加盟国相互間の無差別原則;③透明性原則;④民主化原則という複数デシプリングによって総括できる。か かる複数にわたる包括的な国際条約法ルールと実体的規範コンテンツを一括して受諾し、全面的に受け入れることは日本の明治維新を迎えるほどの大事件であった。

 つまり、中国の社会経済制度をはじめ行政官僚制/司法システム/立法体制/租税制度/貿易/為替/銀行/金融/証券/保険/土地使用/知財保護制度/労働雇用制度/会社法商法制度/産業政策/環境・エ ネルギ--資源法制/気候変動対応の国際交渉枠組みに至るまで,中国史上未曾有のダイナミックな構造改革を迫られる勢いの黒船襲来であった。WTO協定第15条における条項では、加 盟後15年間にわたる過渡期(2011年12月−2016年12月)に,低レベルの途上国に指定され、「非市場経済」国家と定められているところが現在でも多大な障碍となっている。す でに貿易輸出入統計上では世界最大の貿易大国(29,737万億USD) へと躍進しており、貿易取引高の伸び率は34.7%にも達する。2 010年5月段階で中国のGDP総額が日本のそれを超えてしまった現在でも変更がない。国際貿易面で生じた出来事は、2001年ではまだ資源や生産材等の輸入国であった中国が、10年後の現在、世 界最大の貿易大国にまで成長を極めたのである。喜びも束の間で、最大の輸出入貿易大国がアンチダンピング提訴被害大国に転落してしまったという厳しい現実が横たわっている。

 1994年から2011年10月現在まで、16年にわたり中国は世界でもっともアンチダンピング調査をうけてきた被害国に。2005年から連続5カ年間、反政府補助金提訴を受けてきた。2 010年度だけでも貿易救済をめぐる調査案件が66件を数え、案件目的金額 が71億米ドルにのぼる。世界銀行の統計によると、47%相当の新規貿易救済調査および調査済み案件の標的がいずれも中国。2 001年12月から2011年10月にかけての10年間で貿易救済調査対象になった案件数が602件、合計金額389.8億米ドルに上った。欧 米諸国や新興国との比較では極端に安価な労働人件費コストが対外輸出ドライブの強い誘因として働く労働賃金メカニズムがある。(時間当たり産業平均労賃ではアメリカ21米ドルに対してドイツが30米ドル、中 国が平均0.8米ドル)2009年1月から9月まで僅か9ヶ月間だけでも合計19カ国貿易相手国や相手地域から発動された貿易救済提訴が88件もあり、案件金額が百億米ドルを超えている。すなわち、不 公正貿易慣行の根強い途上国という悪玉イメージが定着し、アンチダンピング訴訟ではほとんど被疑者または被告の立場にまわってしまう。W TO加盟十年にしてほぼすべての主要な貿易相手国から不公正貿易をめぐる法的摩擦を激化させている。いよいよ中国経済はその成長モデルを過度な貿易依存度から、構造改革を思い切って実行し、外 資系企業の輸出ドライブに頼らず、中国企業が市場競争力を強めてグローバルの波に乗せて、受け身的な経営手法から脱却して国際経済との協調と協力関係を発展させなければならない時期にきている。

 そこで、中国の指導者が意識し始めたのが、中国企業の海外進出戦略である。以下に掲げる図表は、1990年から2010年まで20年間にわたる中国企業の対外投資FDI伸び率を示したものである。こ れが中国の産業集積度の異常な高まりを緩和させ、貿易収支バランスの均衡化と資源・エネルギー供給面の安定化、外貨準備の有効活用にも一役買って行けるものと期待がかけられている。

図1

※単位:億(米ドル)


範雲涛

範雲涛(はん・うんとう):
亜細亜大学アジア・国際経営戦略研究科教授/中国人弁護士

1963年、上海市生まれ。84年、上海 復旦大学外国語学部日本文学科卒業。85年、文部省招聘国費留学生として京都大学法学部に留学。9 2年、同大学大学院博士課程修了。その後、助手を経て同大学法学部より法学博士号を取得。東京あさひ法律事務所、ベーカー&マッケンジー東京青山法律事務所に国際弁護士として勤務後、上海に帰国、日 系企業の「駆け込み寺」となり、日中関係や日中経済論、国際ビジネス法務について、理論と現場の両方に精通した第一人者。著書に、『中国ビジネスの法務戦略』(2004年7月日本評論社)、『やっぱり危ない!中 国ビジネスの罠』(2008年3月講談社)、『中国ビジネス とんでも事件簿』(2008年9月 PHPビジネス新書)など。