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【24-28】中国プラットフォーマーのテクノロジー戦略(第4回)

岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト) 2024年03月29日

スケール化を支える「つながりの質 」:データの真正性とスマートコントラクト

 本連載で、デジタル技術の進化の本質として「融合」という概念を提示し(第1回 )、中国政府のデジタル政策の柱である「数実融合」(デジタルと実体経済の融合)に対するアリババの取り組み(第2回)、「産業のデジタル化」におけるテンセントの取り組み(第3回)についてケース分析を行った。アリババ、テンセントのいずれも「 スケール化のメカニズム 」をビジネスモデルに組み込んでいることを明らかにした。

 本稿では、スケール化を支える「つながりの質」に焦点を当てる。世界のプラットフォーマーは、コネクティビティを高めるイノベーションを創出しながら、競争優位をつくってきた。アリババ、テンセントは最新の重点技術戦略として、「データの真正性」と「取引の信頼性」を担保するブロックチェーン・ソリューションをクラウドから提供して、エコシステムの に注力している。

1.スケール化と「つながりの質」との相乗効果:中国プラットフォーマーの成長プロセスを紐解く

(1)プラットフォーム戦略とスケール

 プラットフォーマーの競争優位確保において「スケールの実現」は重要な要素である。

 プラットフォーム戦略の基本に「ネットワーク効果」がある。プラットフォームのユーザーが増えるほどそのプラットフォームが提供する価値が増大するという原理であり、ネットワーク効果が働くサービスや製品では、品質や技術以上にユーザーの数によって得られる利益の大きさが決まってくる。

 また、収益化のためにもスケールの確保は不可欠だ。ネットワーク効果を働かせて「勝者総取り」(Winner-take-all)を実現するために、世界のプラットフォーム企業はプラットフォームの両サイドの数確保に向けた先行投資によるキャンペーン、技術開発・設備投資を競ってきた。先行投資による巨額の販売費や減価償却費をカバーして収益化するためには、事業規模の確保が必要となる。プラットフォーマーが クリティカルマス (商品やサービスの普及率が一気に跳ね上がる分岐点)に至るまで先行投資を続けることを、中国では「燃銭」(お金を燃やす)と称する。投資家の承認が得られず投資資金が途切れたら、市場から退出しなければならない。第一世代プラットフォーマーの百度、アリババ、テンセント、第二世代プラットフォーマーのバイトダンス、美団、滴滴出行のいずれも、「燃銭」による競合との激しい先行投資合戦に勝ち抜いて成長機会をつかんだ。

 加えて、プラットフォーマー自身やパートナー企業の技術開発、製品・サービスの「実験」の場としても、プラットフォームの規模や参加者の多様性は有効である。

「スケール化」をめぐる中国プラットフォーマーの進化プロセス

 アリババ、テンセントは2000年代からのインターネットの普及を機会として、大都市から地方都市、農村へと徐々に増えるネットユーザー(Cサイド)をプラットフォームに「集客」し、その"困りごと"を解決しながら「規模の経済」をつくることで成長した。さらに2010年代から4G通信、AIなどの技術進化を活かして、スマートフォンを入り口に様々なサービスを提供するエコシステムが形成された。支付宝(アリペイ)、WeChat(微信)などスーパーアプリにより消費者との接点を確保して、ネットとリアルをまたがる多様なサービスの組み合わせで「総合生活サービス」の提供が競われたのだ。

 ここまでの成長段階では、キャンペーンなどを通じた消費者とパートナー企業(プラットフォームの両サイド)の数の確保が競争戦略のキモだった。ネットユーザーの増加・需要創出(中国で「互聯網紅利」[インターネットボーナス]と称する)を源泉とするプラットフォーム経済の形成は、中国に限らず東南アジアなど新興国に共通して見られる成長モデルである。

 しかし、2010年代半ばにネットユーザーの増加率が減少に転じると、インターネットボーナスに依存する成長は限界を迎えた。中国プラットフォーマーは新たなブルーオーシャンを求めて、商品やサービスを供給する企業(Bサイド)の効率化支援に戦略転換した。日本でも知られるアリババの「ニューリテール(新小売)」は、消費者ニーズを起点に小売業を再構築する取り組みとして2015年にスタートした。テンセントの馬化騰CEOは「インターネット第2ラウンド」(中国語:互聯網下半場)というコンセプトを提唱し、「消費インタ-ネットから産業インターネットへの転換」を掲げて、日立,ホンダを含む企業と提携しそのDXを支援するポジショニングをした。このようなプラットフォーマーの戦略転換は、「量から質への転換」であると共に、それまでの2Cに加えて2Bを開拓し、生産地から消費者までを一気通貫でつなぐことにより 新たなスケール を確保する取り組みとして位置づけることができる。

(2)「つながりの質」による顧客提供価値のイノベーション

 プラットフォーマーのビジネスモデルの進化において、スケールの追及を支えてきたのが、つながりの「質」を実現するイノベーションである。

 2000年代からの中国プラットフォームの成長は、アリペイ(2004年~)に代表される決済ツールによって、低い社会信用(お互いが信用できる度合い)を克服したことを抜きには語れない。決済を通じて把握したデータを分析して売り手と買い手の信用を可視化することで、ネット上の経済取引が活発化。さらに短期・小口融資を可能にして、資金不足が取引成立のボトルネックになる中国経済の課題を改善した。

 2010年代からのエコシステム間の競争では、モバイル決済と位置情報システムがインフラの役割を果たして、ネットとリアルを貫通する経済圏が形成された。AI技術の進化による顧客理解は、レコメンドを通じて消費者と企業をより適切に「つなぐ」ことで、エコシステムの を高める役割を果たしている。

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(出所)公開情報等に基づき筆者作成

 

2.ブロックチェーン技術によるデータの真正性と取引の信頼性

(1)シーン、チェーンの融合とブロックチェーン

 コロナ禍を経て、世界のデジタル化競争は「技術の 融合 を活かす価値創出」が主戦場となっている。中国におけるキーワードは、第2回「デジタルと実体経済の融合(数実融合)の現在地点:アリババの戦略転換」で解説した「数実融合」に加えて「互聯互通」、「全真互聯」が挙げられる。

「互聯互通」(相互接続)は、中国政府が2021年9月に発表した、自社・競合を問わずサービスを利用できるようにせよという通知が起源である。それまでアリババ、テンセントやバイトダンスなどプラットフォーマーは、自社で様々なサービスを揃えたうえで競合他社のサービスを「排他」して顧客が流れないように囲い込みをしていた。これが互聯互通により、例えば、アリババのTmallの支払いにテンセントのWeChat Pay(微信支付)が対応し、WeChatのミニプログラムでアリババのタオバオなどのミニプログラムが起動できるようになった。その後、プラットフォーマーなど企業が、政府政策の尊重と「つながり」に貢献する自社の技術、エコシステム価値を訴求するキーワードとしても「互聯互通」を用いるようになった。

「全真互聯」はテンセントが提唱した、様々なデバイスを通じてリアル世界を感知しリアルタイムに接続する技術体系である。デジタル・ツイン、遠隔インタラクション(物理的な距離を超えて双方向のインタラクションを実現する技術)、ユビキタスなインテリジェンス、信頼性のあるプロトコル(TPM)、コンピューティング・パワーから構成される。「全真互聯」はこのようにデジタル世界とリアル世界を融合する技術体系を起源とするが、独立していたエコシステム、チェーンがつながり、シーンが融合していくコンセプトとしても用いられている。

アリババ 「Ant Chain」

 シーン、チェーンの融合を支えるのが、ブロックチェーン技術によるデータの真正性の確保である。異なるチェーン間でのデータ価値とデジタル資産の相互流通・共有、信頼できる資産価値管理、トレーサビリティが、アリババ、テンセントの最重要の技術戦略の一つになっている。

 アリババは、ブロックチェーン・ソリューション「螞蟻鏈」(Ant Chain)を 産業インターネットにおけるアリペイ と位置付けて、企業間取引における信用の課題解決への貢献を掲げている。Ant Chainは、基盤となるBaaS(Blockchain as a Service)のオープンプラットフォーム、アセットのデジタル化、デジタル化したアセットのサーキュレーション(循環)の3つの層で構成される。2016年にブロックチェーン事業を開始して以降、Ant Chain上で、サプライチェーン・ファイナンス、クロスボーダー送金、慈善寄付金の追跡・透明化、プロダクトプロベナンス(製品追跡)をはじめとする商用アプリケーションが提供され、 つながりの質 に取り組んでいる[1]

(2)テンセント「万能コネクター」の質を担う「チェーン間の融合」とスマートコントラクト

 第3回 「テンセントは「産業のデジタル化」をいかに実現しているのか?:数値化とコネクティビティ」で解説したように、テンセントは自らのポジションを、「消費者と企業、政府とをつなぐ 万能コネクター 」と定義している。コア事業であるWeChatの進化は「つなげる機能」の進化であり、2012年に朋友圈と公式プログラム(中国語:公衆号)、2013年にWeChat Pay、2017年にミニプログラム(中国語:小秩序)を順次リリースして、コネクティビティを高めてきた。

 そのテンセントが目下、産業のデジタル化および「全真互聯」を推進するうえで重点技術戦略と位置付けているのが、様々なプラットフォーム、チェーンが接続する中での 包括的な接続性、効率性、契約の安全性 のレベルアップである。ブロックチェーン技術を「信頼関係のベース」として位置付け、産業エコシステムに残る"サイロ"の解消に向けて、特に「チェーン間の融合」(中国語:跨鏈服務)とスマートコントラクト[2]に注力している。

 異なるチェーン間でのデータ価値とデジタル資産の相互流通・共有、トレーサビリティを司る「TBISプラットフォーム」を開発。長安鏈(テンセントなど中国企業連合によるブロックチェーン技術体系)に加えて、Hyperledger Fabric、FISCO BCOSなどブロックチェーン・プラットフォームの相互接続を可能とする。さらに、スマートコントラクトの実用を進めるために、顧客企業と開発者から成る開発プラットフォームを構築して、適用シーンの開発と実装に取り組んでいる。

 テンセントは、データの真正性を確保するためにテンセントクラウドをOne Stopで活用することのメリットを訴求している。中国政府の「互聯互通」はプラットフォーム間の開放・共有を促すものだが、この政策に貢献しつつ、同時に自律した経済圏を志向しているのだ。

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(出所)公開情報等に基づき筆者作成

 

 以上みてきたように、中国デジタルの進化において、信用課題や既存の境界を克服するための技術・ソリューション開発が下支えをしてコネクティビティを高めてきたことは、日本企業のプラットフォーム戦略においても着目する価値があると考える。スケール化と「つながりの質」の相乗効果--デジタル戦略を考えるうえでの一つの切り口になるだろう。


1 アントグループ「AntChain」ホームページに基づく(https://www.antchain.net/home

2 契約のスムーズな検証、執行、実行、交渉を目的として、あらかじめ設定されたルールに従って、ブロックチェーン上のトランザクション(取引)またはブロックチェーン外から取り込まれた情報をトリガーにして実行されるプログラム

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