【21-01】第12回 中国の農業用ドローンの開発者―ベンチャー企業から世界トップ企業まで
2021年01月20日
高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)
略歴
愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般
1、農業用ドローンの主な開発者
世界をリードするドローン企業は、まぎれもなく今の中国に集中している。しかし昨今はアメリカによる干渉から、華為製5Gと同じような攻撃を受ける懸念が生まれてきている。2020年12月19日付け読売新聞(電子版)によると、アメリカトランプ政府が、本稿でも取り上げるDJIなどを輸出規制リストに追加すると伝えた。そうなると、政府の許可なくDJIに対し、製品や技術の輸出ができなくなるという。それでなくとも現在は世界的な半導体不足の問題が起き、日本の自動車メーカーさえもが減産に追い込まれるなどの厳しい状況のなか、DJIはじめ中国を中心とするドローンメーカーなどもある期間、大きな影響を受けることは避けられないかもしれない。
しかしこうした措置によって悪影響を受けるのはDJIなどメーカーのみならず、農業の自動化が世界先端を行くアメリカ農業そのものでもある。ある工業技術が農業をはじめ、多くの産業に直接・間接に浸透している「技術サプライチェーン」の世の中が現実である。
いずれにしても、中国がドローンに関しては今後も世界をリードし、中心である続けることに影響はないであろう。
その中国に於ける農業用ドローン産業はAIを駆使して、航空学、植物学、栽培管理学、昆虫学、気象学、土壌学など多方面の知見の応用として発展している。農業用ドローン産業が独自に発展してきたわけではなく、軍事、工場管理、教育活動、環境保護活動、資源調査、輸送、遊興など多くの局面で利用される中で経験を積んで技術的な発展を実現してきたものだが、背景には、農業用ドローン固有のハード・ソフトの技術の発展があった。
それを具体的に担い、産業として成立させたのが農業用ドローン企業や大学、研究所、そして個人研究者である。産業全体で特許権を取得した部門は、中国では企業、次いで大学などとなっているが、農業用ドローンの場合も同様である(日本の場合、特許権取得者の割合は圧倒的に企業が多い)。
こうした理由から、本稿では企業に焦点を当て、農業用ドローンを送り出しているのはどのような企業なのか、例を挙げて考察してみよう。その場合、企業の業態をベンチャー企業と大手企業の二つに分けてみたい。また、農業用ドローン企業といっても完成品メーカーと部品メーカー、アプリ開発者など裾野は広いが、ここでは完成品メーカーを中心に考察する。ただし、ベンチャー企業の特性から一部、部品メーカーも含めることにした。
農業用ドローン開発や製造に携わる主な企業・大学等については、筆者調べのURLとともに、表1としてリスト化したので参考にしていただきたい。なお企業によってはホームページのない場合があるので、URL記載の無い場合やあっても信用調査会社による断片的な内容に留まることがある点はご了解頂きたい。
資料:中国国家知識産権局及び筆者百度から検索。
注:緑色は本稿で取り上げたドローンメーカー。
2、ベンチャー企業
まずはベンチャー企業であるが、ここで取り上げる企業は次の4社である。
(1)保定知飛航空科技株式会社、(2)広東飛翔達科技株式会社、(3)無錫覔叡恪科技株式会社、(4)簫県(安徽省)華野農業科技株式会社。
(1)保定知飛航空科技株式会社
同社は2016年に設立され、河北省保定市に本社を置き、登録資本金は2,050万元(約3億円)で、ドローンや農業機械設備の研究開発、製造、販売を行っている。農業機械サービスと統合された経営資源を持つ同社は、中国で昨今流行となっているイノベーション企業であり、独立した研究開発を経営の理念としている。完成品メーカーとしてのベンチャー企業に分類できる企業である。
農業用ドローンの分野で10以上の国内ソフトウェア特許権を取得し、ISO9001国際品質システム認証にも合格している。2017年に発売した「知飛技農」ブランドの多くの農業用ドローン(植物保護ドローン:中国では農業用ドローンを「植物保護ドローン」として分類)は、国家検査品質認定製品および中国の主要な科学技術促進ブランドとして評価されている。2018年には中国民間航空局によって「デバイスビジネスライセンス」、河北省科学技術局からは「河北省科学技術中小企業」及び「国家ハイテク企業」として認定されていることからも窺えるように、高度なハイテク集約企業である。
同社は技術開発力に優れ、これまで、民間航空機および産業用ロボットの研究開発、製造、販売、リース、電子製品販売、インテリジェント設置プロジェクト、ソフトウェア開発、情報技術コンサルティング、工業デザイン、航空・宇宙科学技術研究、写真印刷、広告制作、公開、代理店サービスの各種事業を営んでいる。中国のベンチャー企業に特有なハード・ソフトの一体型企業といえる。
同社の主力農業用ドローンは下図のZF610K 10Lで、6つの回転翼を持つ液体農薬散布ドローンである。作業能力は1日当たり約200ヘクタール、農薬積載量能力は10kgである。作業能力が非常に大きい点に特徴の一つがある。
ZF610K 10L
保定知飛航空科技HPから。
以下にスペックの概要を示す。
①ホイールベース:1,440mm、②飛行速度:15/s、③回転翼:ラックタイプX6回転翼、④ ブレードサイズ:26インチ/66cm、⑤相対飛行高度距離作物1-3m、⑥飛行制御システム:K3A地上局サポート、⑦ソフト:アンドロイド/Windows、⑧ワイヤレスリモコン、⑨バッテリー:リチウムポリマー電池 222.2V/6S/25C/22000ミリアンペア、⑩位置誘導:GPS、⑪レーダー機能により夜間作業可能。
(2)簫県(安徽省)華野農業科技株式会社
同社は安徽省宿州市萧县に本社を置き、技術振興・応用サービス業を元々の主力事業とする资本金3万元(約45万円)の典型的な零細規模のベンチャー企業である。ドローン製造が主力ではないが、農業用ドローンの技術開発に取り組み始め、特に需要の多い液体農薬を噴霧する装置の開発を行い、特許権申請まで行った企業である。
同社のベンチャーぶりを示す先般特許権を申請した以下を紹介したい。
中国国家知識産権局資料から。
この技術開発は、従来使われている噴霧装置における以下の難点を改良した点に優位性がある。①噴霧中に薬剤を十分に攪拌できない、②噴霧中に噴霧粒子の大きさを実際のニーズに応じて調整できない、③異なる散布ニーズに応えることができない。
こうした噴霧装置(上図のAが改良の中心)の問題点について、以下の改良を加えた。①上部外壁にモーターをネジ止めし、②モーターの出力軸をカップリングを介して回転ロッドを連結した混合タンクを設け、③ターンバーの外壁を等距離分布のジグザグ攪拌ロッドをネジで固定、④ノズル内の水は噴射機構内に入り、羽根を吹き付け、噴霧機構を回転させ、⑤噴霧機構内の薬液はそれぞれ直射ノズルと霧化ノズル内から噴出、実際のニーズに応じて噴霧粒子の大きさを調整、異なる噴霧ニーズを満たし、⑥薬液噴霧装置は三角形の屋根及びソーラーパネルを備えているので良好な迂回機能を果たし、⑦降雨時には雨水がドローンの上に来るのを防ぎ、⑧ソーラーパネルは太陽光発電を行い、発電した電力をバッテリーで貯蔵し、新しいエネルギーを開発、エネルギー節約による環境保護にも配慮できるようにした。
(3)広東飛翔達科技株式会社
同社は2009年に設立、本社は広東市、事業範囲は無人航空機(農業用ドローンを含む)製造、農業機械、自動制御機器の製造・加工・販売、玩具製造、プラスチック製品製造、工芸品製造、農業用ドローン噴霧装置開発・製造、播種、受精サービス、無線データ伝送システム、電子部品デバイス、コンピュータソフトウェアの製造および応用に関する技術開発、技術情報コンサルティングなどと幅広い。 同社は全国に5つの支店を持ち、7社に対する外国企業投資を行っている投資家でもある。
農業用ドローンについては、業界の中でも歴史を持つ複合部門に取り組むベンチャー企業である。
同社が開発した農業用ドローンのうち「神農号FXD1-15」は、やや円形をした傑作の一つとして評価も高い。このドローンは、同社長年の専門調査を通じて設計された全自動農薬噴霧ドローンで、地形や高さなどの複雑な地域に於いても作業する能力を持ち、完全に自動化された噴霧装置である。農薬積載容量も大きく、飛行速度および飛行高度にも優れ、農薬在庫が減ると、自動的に地面に戻ることができる。
神農号FXD1-15
広東飛翔達科技HPから。
(4)無錫覔叡恪科技株式会社
同社は2015年に設立、無錫錫山科学創造団地に本社を置くベンチャー企業である。主な事業範囲は、R&D、ドローン製造・販売、コンピュータ基板製造、スマホ自撮り機器製造、アフターサービス業等とするイノベーションをベースとするハイテク企業である。
同社のパートナーはヨーロッパ、米国、英国、東南アジア、中国、その他の地域に分布し、技術力の高さとそれを裏打ちとする販売網の広さを持っている。
同社が初めてドローン開発に成功した2016年には、航空写真ドローン「ミラマン」シリーズを発売、わずか1年で世界でも有数の量産4K航空写真ドローン企業となった。以後、一般の消費者向けドローン、企業向けドローンなど、さまざまな用途のドローンを開発してきた。農業用ドローンは、主に播種用を開発、これまで3件の特許権申請を行った実績を持つ。同社の農業用ドローンのブランドは「Mirarobot」であり、下図は代表的なものである。
無錫覔叡恪科技HPから。
3、大手トップ企業
次に、世界的にも著名なドローン大手企業をみよう。ここで取り上げる企業は次の2社である。(1)深圳大疆イノベーション科技株式会社(DJI)、(2)珠海羽人農業航空株式会社。
(1)深圳市大疆イノベーション科技株式会社(DJI)
同社はドローンの世界トップ企業であり、現在、社員数は世界で約11,000人、日本にも支社を構え、日本人にもなじみのある企業である。本社は深圳にあり、アメリカ、ドイツ、日本、北京、上海、香港に拠点を持ち、民生用のドローン市場では世界で7割のシェアを持っている。
2012年、同社は最先端のドローン技術を農業用に拡大した。2015年には子会社として、農業用ドローンの世界的需要を見込んだ「DJI Agriculture」を設立。その発想は、ドローンテクノロジーを通じて、インテリジェント・ソリューションを提供し、世界規模での農業の革新と開発を促進することにあったという。
現在に至るまで、同社は、MG-1、MG-1S、MG-1P RTK、T20、P4 Multispectral、Phantom 4 RTKなど、さまざまな作物防除ドローンを開発・販売してきた。さらに、「DJI農業データ管理プラットフォーム」と呼ぶ専用ソフトウェアも販売するなど、ハード・ソフト両面に力を注いできた。今では世界30か国以上で使われ、1,000万人を超える農業者が利用するに至った。
表2は、同社の子会社「DJI Agriculture」の略史である。興味のおありの読者は、同表を一瞥して頂きたい。農業用専門の子会社である同社は2012年の設立以来、大学や研究機関と提携して新技術の開発や市場に適した最適機種の製造・輸出に力を注いできた。その拠点となったのが2018年設置の「ドローン技術研究所」である。これは企業単独で幅広いソルーションに対峙することには限界があることを認識した対応であり、その成果は高い世界シェアに反映されてきたといえる。
日本の大手企業の中にも「産学連携」という日本式のコラボレーション形式があるが、資金を握る企業が結局は狭隘な判断をすることから突然貴重な関係を立ち切り、折角の体験と成果を無にする例が少なくない。ヘンリー・チェスブロウいうところのopen innovation意識の未熟さから生まれ来るものといえるが、DJIの場合には、この方式を非常にうまく活用しているといえるだろう。
(2)珠海羽人農業航空株式会社
同社は珠海航空産業ゾーンに本社があり、登録資本金1,428万元(約2億円)、企業設立や事業規模としてはベンチャー企業に近いが、その製品の豊富さと技術力の高さからドローン大手企業としてよいであろう。同社は農業用航空機の開発、製造、販売、サービスを行うハイテク企業でもある。同社は中国で初めてリモートコントロール・マルチロータープラント保護航空機の企業標準を確立、業界標準の策定に参加し、ISO9001品質管理システム認証を取得した。
また新疆羽人、山東羽人、羽人情報制御、羽人カーボンファイバーなどの子会社を設立し、業容や裾野の拡大に打って出るようになった。
同社の製品は、作物への農薬散布、ハイブリッド米種子生産の補助受粉、作物情報調査、播種、施肥などの農業分野で広く利用されている。とくに下図の「多機能農業ドローン」は5つの噴霧装置を装着した非常にユニークな製品である。通常、農薬散布農業用ドローンの噴霧装置は重量や浮揚力などの条件から単数であることが多い中にあって、注目される機種である。
参考までであるが、このドローンの実演動画は下記URLから、プラウザを通じて見る
ことができる。
珠海羽人の多機能農業ドローン