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【23-11】極小個体群野生植物の「ノアの箱舟」 生物多様性保全をサポート

何 亮(科技日報記者) 2023年02月20日

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湖北省恩施土家族苗族自治州恩施市にある極小個体群の野生植物拠点 撮影・艾訓儒

「極小個体群の生物種の救済と保護」は、中国でここ10数年来、理念が行動へと移された。地方から全国へと広がりをみせ、極小個体群の生物種を保護をしなければならないことが共通の認識となってきた。そして、中国の極小個体群の生物種の保護における実践は、絶滅の危機に立たされていた数多くの動植物を救い、世界の種の喪失を効果的に抑制し、「2030年に世界の陸域・海域の少なくとも30%を保全・保護することを目指す目標」を達成するために、「中国の知恵」で貢献してきた。

 12月15日に開催された第15回締約国会議(COP15)第二部のメイン会場には「極小個体群の生物種と生物多様性保全」をテーマにしたチャイナパビリオンが設置された。

「極小個体群の生物種の救済と保護」という理念は、2005年に雲南省が初めて提起された。そして、中国ではここ10数年来、理念が行動へと移され、地方から全国へと広がり、極小個体群の生物種を救い、保護しなければならないということが共通の認識となってきた。また、中国の極小個体群の生物種の保護における実践は、絶滅の危機に立たされていた数多くの動植物を救い、世界の種の喪失を効果的に抑制し、「2030年に世界の陸域・海域の少なくとも30%を保全・保護することを目指す目標」を達成するために、「中国の知恵」で貢献するようになっている。

 中国の極小個体群の生物種の保護を見ると、中国の科学研究チームの極小個体群の野生植物保護・回復に関する研究と実践は、その代表例となっている。5年の模索を経て、中国ではBetula halophila(塩樺)、Cycas fairylakea(仙湖蘇鉄)、Paphiopedilum helenae Aver(海倫兜蘭)を代表とする絶滅危惧植物14種類の個体群が画期的な増加を実現し、いつ絶滅してもおかしくないという運命を根本的に変え、個体群の活性化と回復の基礎も築いている。

絶滅危惧種を救うために必須な科学のサポート

 中国の生態環境保護と回復の過程において、テクノロジーのウェイトが最も高い分野の一つが、生物多様性保全だ。絶滅危惧種が、科学研究者に「未解決の謎」を解くために残している時間は少なく、科学研究は時間との「戦い」に挑んでいる。

 その「戦い」に参戦している中国林業科学院の研究員・臧潤国氏は2016年から、第13次五カ年計画(2016‐20年)国家重点研究開発計画プロジェクト「極小個体群の典型的な野生植物の保護と回復技術研究」の責任者を務めている。そんな臧氏は12月16日、科技日報の取材に対して、「もたもたしていたり、方法を間違えたりすると、1つの種が絶滅してしまうことになる。絶滅危惧種の救済には科学のサポートが必須だ」との見方を示した。

 生物種が進化の過程で、絶滅の危機に瀕するようになる原因を知るためには、ゲノムシーケンシングを含む科学的な方法を通して、その過去の動的プロセスをさかのぼるほか、それに重なっている気候変動、人為的干渉といった要素も考慮して、各時代において影響を及ぼしていた可能性のある原因を探す必要がある。原因がはっきりすれば、方向性を定めて保護策を講じることができ、守ることのできる確率も高くなる。

 生物多様性の範囲は、生態系、生物種、遺伝資源などを含み、非常に幅が広い。生物種だけを見ても、植物の多様性保全は、大きな危機に直面している。しかし、植物は目立たない存在で、あまり価値がないという漠然としたイメージを抱いている人も多く、動物ほど注目されていない。そのため、人間活動の植物生存環境に対する干渉、破壊はより際立つようになっている。しかし、あまり「目立たつ」ことのない植物は、国家の経済・社会の発展と言う面において、実際には大きな価値を秘めている。もっとも有名なケースを挙げると、袁隆平院士が育種し、中国の食糧安全保障問題を解決したハイブリッド米がある。その成果を挙げることができた主な原因は、海南省のオリザ・ルフィポゴンの貴重な遺伝子資源を発見することができたからだった。

 臧氏は、「絶滅危惧植物の現状を目にした中国の植物界は『極小個体群の野生植物』という新しい概念を提起した。極小個体群の野生植物は、▽個体群が少ない(最小存続可能個体数をはるかに下回っている)▽生態環境が悪化している▽分布が断片化している▽人間の深刻な干渉を受けている▽絶滅のリスクが極めて高い‐‐‐といった特徴があり、中国の優先保護群系に指定されている」と説明する。

 中国国家林業局と国家発展改革委員会は2012年、共同で「全国極小個体群の野生植物救済保護プロジェクト・計画(2011--15年)」を発表し、「極小個体群の野生植物」120種類を確定したほか、それらの優先保護ランクも決定した。これにより、国家レベルで「極小個体群の野生植物の保護」を実施するようになったということで、絶滅危惧植物の保護は、新たな道のりを歩むようになった。

オールチェーンの的を絞った保全技術体制構築

 湖北竜感湖林場は、科学研究者が極小個体群の野生植物のために建造した「ノアの箱舟」だ。この保護・繁殖拡大拠点で、臧氏率いる研究チームは、中国の国家二級絶滅危惧保護植物「Sinojackia huangmeiensis(黄梅秤錘樹)」の生息域外保全と繁殖拡大に成功した。

 Sinojackia huangmeiensisは、世界で非常に希少な絶滅危惧種で、2007年になってようやく科学研究者によって湖北省黄梅県で発見された。当時は200株余りしかなく、自然災害と人為的破壊が原因でいつ絶滅してもおかしくない状況だった。臧氏チームのメンバーは、Sinojackia huangmeiensisの分布が比較的集中していることと個体群数が比較的少ないという特徴に合わせて、さまざまな方法を採用して繁殖拡大を試みた。

 科学研究者が構築したオールチェーン式の的を絞った保全技術体制は、Sinojackia huangmeiensisの遺伝資源保存、種苗繁殖拡大、生息域内保全、生息域外保全から、野生復帰までの全てのキーテクノロジーをカバーしている。オールチェーン式の的を絞った保全技術体制とは、簡単に言うと、まず、できるだけ速く植物の遺伝資源を確保してから、それを「温室の中の花」に変え、最後に、強く丈夫に改良して、大自然に返すことだ。

 しかし、極小個体群の野生植物の保護はたくさんの未知の難題にも直面している。例えば、Sinojackia huangmeiensisを救出する際は、技術チェーンの第一歩で壁にぶち当たった。

 研究者が、採集したSinojackia huangmeiensis種を繁殖拡大しようと試みたところ、その時は一つも発芽しなかった。研究者は大変困惑し、種の遺伝子に欠陥があるのではと考え、「挿し木」の方法に変えて繁殖拡大を試みたところ、成功したという。

 しかし、1年後、脇に放置され、長期にわたって全く反応のなかった種が突然発芽した。研究者はそれを見て、科学的な観点からして、Sinojackia huangmeiensisの種には休眠機能があるという特性があることを突き止めることができ、大感激したという。

 湖北省の拠点に数株しかなかったSinojackia huangmeiensisは少しずつ増え、1万株以上にまでなった。研究者はそれら繁殖した苗木を中国全土の10拠点に移植した。思いがけないことに、中国南方地域の固有種であるSinojackia huangmeiensisは、山東省煙台市でもすくすくと成長した上、多くの木が実を付けた。一方で、雲南省や海南省、北京などの拠点でも、育種、繁殖拡大したSinojackia huangmeiensisを通して、個体群数が増加し続けており、1ヶ所に固まっていた生育場所も、複数の場所へと拡散している。臧氏は、「絶滅危惧種の保護という観点からすると、数の増加や分布の拡散は画期的なことで、絶滅リスクは大幅に低減した」と強調する。

科学、技術、政策が一体となった取り組みを

 Sinojackia huangmeiensisの保護と回復は、中国の生物多様性保全をめぐる取り組みの縮図にすぎない。現時点で、「典型的な極小個体群の野生植物保護・回復技術研究」プロジェクトでは、さまざまなタイプの典型的な極小個体群の野生植物14種類を選出して、効果的に保護している。急速繁殖拡大技術体制を採用した栽培により、それら植物のいつ絶滅してもおかしくないという運命は根本的に変わり、個体群の活性化と回復の基礎が築かれている。

 今年4月と7月、中国国家植物園と華南国家植物園が正式に発足し、繁殖拡大拠点よりさらに大きな「世界の植物資源の箱舟」ができあがった。臧氏は、「これは、国の政策レベルによる極小個体群の野生植物の生息域外保全、繁殖拡大発展に対する支援で、希少な絶滅危惧植物の保護の面で大きな役割を果たすようになるだろう」との見方を示す。

 中国共産党第20回全国代表大会は、グリーン発展を推し進め、人と自然の調和のとれた共生促進の明確な方向性を示しており、生物多様性保全がこれまでになく重視されるようになった。

 臧氏は、「生物多様性は、生態系の骨格と基礎。生態系を回復させるためには、まず、生物多様性を保全しなければならない。科学、技術、政策の三者が力を合わせなければ、絶滅危惧植物の生物多様性保全を成功させることはできない」と説明する。

 そのため、「国は、テクノロジーのレベルで、生物多様性保全・回復の全面的な計画を制定すべきだ。そして、技術とモデルの役割を際立たせ、関連の権能を有する当局と共に、政策とのマッチング・協調を行い、効果的な技術成果をさらに広い範囲で推進・拡大しなければならない。また、生物種によって、生存の特徴も異なる。絶滅危惧植物は、一定のエリアでしか生育できないというのが特徴で、絶滅リスクが高い。しかし、繫殖の難題を一旦解決できると、一株が1万株にも増える。そのため、種類ごとに保全計画を制定すべきだ」と指摘する。

 取材では、極小個体群の野生植物の保護と回復の過程で、受動的な保護だけでは不十分で、保護区設置といった積極的な保護も同時進行させ、種苗拠点、育苗拠点、繁殖拡大拠点建設などを通して、生息域外保全を展開する必要があることも分かった。

 専門家は、「希少な絶滅危惧植物を保護すると同時に、その利用価値も開発し、さらに多くの人が保護活動に積極的に参加してもらい、絶滅危惧植物が身近な植物になるようにする必要がある」と呼びかけている。


※本稿は、科技日報「為極小種群野生植物建造"諾亜方舟"」(2022年12月20日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。