【07-09】中国における高成長が続くハイテク産業の現状及び動向(下)~日本における中国研究へのアプローチ~
張 輝 (株式会社技術経営創研社長、経営コンサルタント、博士) 2007年8月20日
1.糖度16度以上!北海道の山部メロンからの連想
2007年8月7日午後、筆者は経済産業省北海道経済産業局が主催した「第6回大学発バイオベンチャーネットワーク交流会」において、「中国におけるバイ オ産業の現状と日中ビジネスのポイント」と題する講演の機会を頂いた。北海道の大学発バイオベンチャー企業の方々はもちろん、北海道経済部商工局、札幌市 経済局、産総研北海道センター、北海道大学TLO等の方々も出席された。
講演会の後には、賑やかな意見交換・懇親会が行われた。多彩な方々との多様な話題になかなか話が尽きないのと同時に、ベンチャー各社からご提供頂いたチー ズケーキ、ハム、そして山部メロンなど、その美味しさには筆者も思わず箸を何度も伸ばしてしまうほどであった。糖度16度以上、ヤマベ19というメロンを 試食すると言葉を失い、その豊かな甘みとジューシーな果肉感、ほとばしる程の瑞々しさに出会って、なぜこれほど美味しくなったかを探りたくなった。
日本において先端を走る北海道バイオクラスター、日本では特色のある北海道農業等の現状や課題について話しているうちに、筆者は中国54の国家ハイテク産 業開発ゾーンの中で唯一農業に重点を置き、1997年7月13日に国務院が決定した「楊凌農業国家ハイテク産業モデルゾーン」を思い出した。19の国家省 庁と陝西省政府の共同指導・支援の下で設立された同ハイテク産業モデルゾーンは、現代農業だけではなく、全国の「観光モデル地域」や「衛生地域」としても 認定されている。
楊凌農業国家ハイテク産業モデルゾーンは、中国でいう「産学研連携」を通じて、農牧良種、バイオ農業、グリーン食品、バイオ製薬といった四つの特色のあ る産業を形成してきた。1997年に比べて2006年の主な経済 指標として 、総工業生産高 は1.2億元から20億元に、国内総生産高は3億元から20億元に達しており、技術工業貿易収入は数百万元から68億元に、輸出は0から9322万米ドル に上った。まさに、それは年 20%から60%までの高成長振りを見せたことになる。
2.いわば「中国ではそうだから」という一歩が必要
拙稿(中)は、 ここまで中国国家ハイテク産業開発ゾーンの事例を通してその一角を紹介してきた。日本における中国研究が米国における中国研究ほど熱いかどうかは簡単に比 較できないが、日本における米国研究と比較すると異なる面も少なくないように感じられる。その一つは、研究アプローチにあるように思われる。すなわち、日 本における米国研究は「米国ではそうだから」という最初のステップがあって、次に「だから日本 はこうすべきである」となるものが多い点である。
一方、日本における中国研究に関しては、「中国ではそうだから」という最初のステップが欠けたまま、「日本ではこうだから」という考え方から「中国はそ うすべきだ」」と主張するものや、「中国はなぜそうはなれないのか」と直球的に指摘するものが少なくない、と筆者は指摘する。しかし、このような考え方か らは本当の中国が見えてこなくなるといわざるをえない。もともと、日本と米国は同じ資本主義体制を採っていてもなお異なる面 が多く存在するが、それ以上に、中国 と日本に 異なった面 が存在しているのは容易に想像が付くであろう。
一例を挙げよう。近年、日本における大学発ベンチャー事業が大きく前進し続けているが、それと同時に、直面している課題も少なくない。そのような中、海 外における同種の経験等 で何か参考になるものはないかという意味 から、中国における一部の大学発ベンチャーの躍進振りが注目され、紹介されてきた。
しかしここで指摘されるべき点は、中国でいう「大学発企業」は日本でいう大学発ベンチャーに相当する用語ではなく 、中国における一部の大学発ベンチャーの成功は、中国 の大学発産業政策というより、中国 のハイテク産業の振興や集積に関する基本政策に大いに依拠しているということである。これまでの解釈・考察には、これらの視点が欠けているといわざるをえ ない。
拙稿で触れてきたように、中国国家ハイテク産業開発ゾーンは「技術」開発でなく、「産業」開発をミッションとすると同時に、ハイテク「事業所」の集積だけ でなく、ハイテク「新都市」の構築も視野に入れた限りない空間として位置づけられており、既存の何かの枠内に嵌るような存在ではない。そのような意味から でも、中国ハイテク産業論/研究はもう一つの実学であると思われるし、その存在はハイテク産業だけではなく、中国の技術、経済、ひいては社会の持続的な発 展に連鎖的な影響を及ぼし続ける、と筆者は見ている。
3.実態に近い立体像を得るには多層的な把握が必要
拙稿では基本的な用語の整理から、寧波、張江、楊凌といった国家ハイテク産業開発ゾーンに触れながら、西安、広州、ウルムチといった国家ハイテク産業開発 ゾーンの一角を例示的に紹介してきた。周知のように、上記に限らず54の国家ハイテク産業開発ゾーンはいずれもインターネット上に公式サイトを公開してお り、日本語バージョンは設けられていなくても、中国語バージョンに比べ情報量は減るものの、英文バージョンが設けられているケースが多い。これにより最も 基本的な情報についてはある程度得られるであろう。
しかし、もともとこれらのサイト情報は基本的に中国国内の一般向けに作成されたものであり、どこまで内容が本質的に網羅されているかは、海外から見ている限り不明であると思うときがある。対象の研究にはそのようなレベルの情報だけでは不足といわざるをえない。
そこで、実際に現地を訪問し、その結果、すなわち「足で得た情報」を加えたうえで整理や分析をし、結論を導き出す過程が重要となる。すなわち、情報の濃 度を強化し、結論を得るためのサンプルデータを増やすことによって、高成長が続くという客観的な認識や判断に資するためである。ネットで得た情報に対する 判断も、現地を歩くだけで実感が沸くものである。
ところで、現地訪問はその設定や事前調整、進め方によって得られる結果が大きく変わる、という点には留意が必要である。形式的な訪問で産業開発ゾーンの 紹介ビデオを観て、一般的な説明を聞き、立派な高層ビル群などの形に驚いている限りでは、その目的の数パーセントも達せられないであろう。
中国が1990年代初頭 に全国各地に本格的に国家ハイテク産業開発ゾーンを設立し始めてからの、①ハイテク産業開発ゾーン、ソフトウェア基地、イノベーション・サービス・セン ター、ハイテク企業、ハイテク製品の輸出基地等についての認定方法や管理政策、②技術管理、技術移転、技術契約等についての技術市場政策、及び③ハイテク 産業の開発や集積、またイノベーションの創出に関わる基金政策に関する一般的な内容については文献情報レベルである程度把握可能である。
しかし、既に(中)で 触れたように、ハイテク産業の振興策の下で各地で具現化された「中国光谷」(中国の光バレー:米シリコンバレーを模して、集積地「谷」を「バレー」と命 名。以下同)、「中国薬谷」、「中国医谷」や、「中国ソフトウェア城」、「中国新材料産業基地」、「虚擬大学園」(バーチャル大学サイエンスパーク)、 「国際バイオ島」、「グリーンバレー」、「動画と漫画の都市」などにおいては、現地訪問しない限りその創造的プロセスの根底を知る機会はない。
さらに、その舞台での主役である行政や企業などの責任者とは、日中双方がお互いに腹を割って話し合える機会、信頼関係を構築しなければ、その動向の把握 は困難となろう。そのためにも、単なる見学的な現地訪問ツアーではなく、事前に用意周到な調整を行った上で、かつお互いの立場、目的、文化、言語を理解し つつ円滑な「本音の交流」を仲立ちする「インタフェース」を介した現地訪問の実施が現在、日中双方の実務者に望まれる。
このように、実態に近い立体像を得るためには、
1. 多面的な文献・情報収集
2. 目的設定や事前/随時調整による現地調査
3. 現場の本音を引き出すための関係構築
といった多層的な把握が必要となろう。
4.横断的な観点から描く全体的な俯瞰図が必要
いうまでもなく、中国は広い!中国は日本と違う!中国は激動し続けている!このような前提で考えた場合、前述した「中国ではそうだから」という場 合も、「だから日本 はこうす べきである」という場合も、また戦略的な中国研究や実務的な中国進出を行う場合においても、判断のための基礎情報として「横断的な観点から描く全体的な俯 瞰図」が必須である、と筆者は考える。もしこのような視点がなければ、論旨や結論の位置づけが分からない内容となってしまう懸念がある。
たとえば、日本で言う「産学官連携」について、中国では「産学官連携」ではなく「産学研連携」と表記されることは、既に先行研究で指摘されている。しか し、そのステージに登場している関係者は誰なのか、それぞれの利害や資本、権力の相関関係はどのようになっているのか、日本ではこれに相当するものはある のか、といった点について考える際、複合的な現象・課題の全体像を視野に入れつつ、時空間の枠を意識し、かつこの枠を乗り越え、「産」および「経営戦略」 を意識した「横断する観点」をもつ全体的な俯瞰図を描くことが、研究の精度を向上させ 、裏づけを取る上で必要となろう。
現在、日本における中国研究に限らず、横断的な観点を持った俯瞰図を描くことから進める戦略的な研究は少ないといわざるをえない。10年前、筆者 は「国際的研究プログラムの動向調査」という業務を主担当する機会を得て、世界気候研究、国際人間次元研究、統合地球観測戦略、国連環境計画、国際学術連 合会等10余の国際機関や組織を対象にヒアリング等を実施した。そこで痛感したのがまさに現代社会における「横断的な観点」と信頼関係を構築し本音の情報 を引き出す「インタフェース」の重要さであった。
当時、「細分化され続けている各研究領域の間、理論と実務の間、自然科学と社会科学との間、法律と現実の間などでは、夢のような相乗効果の実現に繋げる 『接続』作業が必須であり、さもなければ、全体的な効果が現れないだけでなく、個が増えたことによってもたらされた新しい関連性が既存のシステムに新たな 関連要素を与え、そして全体的効果も、個としての機能自体の価値も失うことになる場合も生じうる」と書いた筆者は、これらの重要性は現在の中国研究にも当 てはまるのではなかろうかと考える。
5.巨大な宇宙かぼちゃ!日中間の多様な差への見方
近年、中国の南京、舟山、ハルピン、泰州、珠海等地にて行われた農産品展示会や野菜祭で、大人の視線も釘付けとなり、子供達も思わず手を広げて抱っこした くなるほど注目されているのは、あの巨大でかわいい「宇宙かぼちゃ」である(下図参照)。熟成後は一般に500〜600キログラムにも達するというこの宇 宙かぼちゃだが、その品種は普通の品種改良手法とは違い、中国初の有人宇宙飛行船「神舟5号」に持ち込まれ、宇宙環境で育種されたものであり、いわば宇宙 を旅したかぼちゃの遺伝子を持つものである。
産経新聞はその宇宙かぼちゃを例にしながら、日中の宇宙開発の歴史に触れつつ次のように述べた。「・・・中国はソ連寄り、日本は米国寄りと、日中の宇宙技 術は別の路線で進んできた。これまではほぼ互角の競争力。そこに今、思いがけない差が開きつつある」と。その具体例として「宇宙野菜が示す中国との差」を 指摘した。すなわち、技術研究目的主導の宇宙開発の姿勢と、すぐさま成果を目に見える形で実益に結び付けていく姿勢との差である。また、宇宙教育の専門家 がいう「日本の宇宙研究者や技術者に足りないのは宇宙への情熱と問題を発見する能力 である」という言葉 に、確かな懸念と 強い期待が込められている ように窺える。
宇宙かぼちゃや宇宙開発に限らない話であるが、日中間の差は、「何を、どこへ目指すべきか」というそもそもの「志向」に差があったのも重要な一因ではな いかと筆者は思う。技術政策や産業政策の志向は中長期的なビジョンが描かれた上で、技術 、産業の段階やそのときの国内外の環境などに応じて調整されるべきものであるのはいうまでもないが、ビジョンを描く前の段階や年度ごとの調整に必要なグ ローバルな外部環境の把握にあたって も、拙稿で述べたアプローチ が有益ではなかろうか。
拙稿は(上)で 述べた「ハイテク産業」という用語の射程範囲を念頭に置きつつ、国家ハイテク産業開発ゾーンを中心に、基本的な用語の整理や多彩な現場の例示、中国研究へ のアプローチなどについてささやかな私見を述べてみた。これまで多くの人々により日本で述べられてきた先行的な調査や研究の中では、分かりやすいまた示唆 を与える内容が増えてきた。しかし、中国におけるさまざまな事象がまだ十分に立体的に描ききれていないことや、一部は問題提起に止まっているのは実に残念 でならない。拙稿を 以って少しでも日中協働の戦略的な展開や関係者の方々の実学的な研究 の一助になれれば幸いである。
中国総合研究センター長の馬場先生には、今回のように一連の状況を改めて整理する貴重な機会を与えて頂いて深謝するとともに、ますます多彩になってきたマンスリーレポートの継続にも大きな喜びを実感している次第である。
拙稿は今回を以って一旦締めくくりとさせていただくが、拙稿よりもう少し広く関連情報等を得たいと思われる方は毎月下記のコーナーをご参照ください。是非またお目にかかりましょう!
DND集中連載:「イノベーション25」特別コラム「中国のイノベーション」
張 輝 (Zhang Hui):
株式会社技術経営創研社長、経営コンサルタント、博士
略歴
1961年中国上海生まれ。88年留学に来日。
95年立教大学博士(国際的な技術ライセンス規制の研究)。体系的、実証的、比較的な中国ハイテク産業論の提唱者。
95年以降、科学技術政策シンクタンク主席研究員、経営戦略コンサルティング・グループMOT統括マネージャ、中国管理科学研究院総合研究誌国際編集委員、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科( MBA/MOT)兼任講師、NPOビジネスモデル学会運営委員、日中テクノビジネスフォーラム代表などを務め、DND「イノベーション25戦略会議」への提言連載コラム中国版編訳責任者、情報サイト「 中国ハイテク産業の窓」「東京博客」(中国語)等を主宰。
日本総務省、国土交通省、文部科学省関連機関(宇宙航空研究開発機構、産業技術総合研究所)、本田技研工業、NTT、富士通、朝日航洋などからの委託市場調査、事業開発、戦略策定、比較研究、日 中交流等に取り組む。
2003年から現職。
著書・論文
『中国知的財産権ハンドブック』(東京布井出版、共編著)1997年
『図解入門 テクノビジネス・ストラテジー』(LexisNexis&東京布井出版)2003年
『中国におけるハイテク・スタートアップス調査研究報告書』(産業技術総合研究所、共編著、非売品)2007年
米日中の科学技術政策の比較検討や知財ビジネス、テクノビジネスなどに関する論文多数発表。
受賞暦
1986年高品質新製品賞(前中国電子工業省、現中国情報産業省
1994年改革提言賞(中国管理現代化研究会等)
2006年世界傑出華人賞(中国外務省世界傑出華人大会組織委員会)