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【13-004】中国の草の根NGO(下)―NGO発展の方向性

2013年 9月11日

麻生晴一郎

麻生 晴一郎(あそう・せいいちろう):ノンフィクション作家

略歴

1966年福岡県生まれ。東京大学国文科在学中、中国ハルビン市の格安宿でアルバイト生活を体験し、出稼ぎ労働者たちと交流。現在はルポライターとして中国の草の根の最前線を伝える。また、東 アジアの市民交流のためのNPO「AsiaCommons亜洲市民之道」を運営している。主な著書に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『 こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)など。

登記簡素化の動き

 中国では土地問題や現地警察の横暴に対する抗議などの抵抗運動が年間15万件に上ると言われている[1]。経済格差や環境汚染、地方政府の汚職など問題が山積し、経済発展からなおざりにされた不満を持つ人たちもいる中、草の根NGOはなおざりにされた人たちの受け皿として政府を補ってきた面がある。

 四川大地震の被災地や先進的地域の広東省など一部の地方政府は草の根NGOを積極的に活用するようになった。とは言え、団体の閉鎖や集会の禁止など規制が目につく地域も多く、河南省鄭州市の弁護士・常伯陽(チャンボーヤン)が「弁護士やNGOの活動は政府を補って国の問題に取り組むものだ。けれども政府は私たちと発想が違うのかもしれない」と語るように、全体として見れば、地方政府が草の根NGOを有効に活用してきたとは言い難い。

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図1 四川省の地震被災地の村、NGO職員(右)と復興を進めている。

 草の根NGOに対し、政府の中では、体制の脅威として抑えつける考え方と、活用して社会を安定化させる考え方の2つがあると言える。後者としては(上)で述べた未登記NGOが圧倒的多数を占める現状に対し、主な原因である煩雑な登記方法を民政部門に一本化する動きが出てきた。11年7月の民政部の会議で、李立国部長は一部の民間組織の登記管理部門と業務管轄部門を一体化する方針を示し[2]、今年3月の全人代では業界団体、科学技術、公益慈善、地域サービスの4部門について登記を一本化・簡素化することを盛り込んだ「国務院機構改革・職務転換プラン」が提出され、登録の簡素化の動きが進んでいる[3]

 ただし、規制も強い中、簡素化の動きが必ずしも草の根NGOの活性化につながるとは限らない。今年7月18日、北京伝知行(チュアンチーシン)社会経済研究所が民政局の捜査を受けた[4]。伝知行は公務員の財産の公開を求めるなど政治・社会問題で政府の監視活動を行なうNGOだが、民間団体として登記せずに社会活動をしてきたことが問題視された。だが、そもそも登記できないのは煩雑な登記方法に問題があるわけで、最初から伝知行を狙った行動だと言えよう。

 草の根NGOを取り込む動きは、公民社会の活性化につながる可能性もある一方で、これまでは未登記という形で放置されたからこそ活動できた団体を潰すことにもなりかねない。どちらの方向に向かうかはわからぬが、確実に言えるのは、公民社会がうまく活用されないことにはなかなか安定した社会になりにくく、政府と草の根NGOが互いに助け合う関係を築くのが望ましいことだ。

草の根NGOの課題

 一方、NGOの方から見れば、政府から完全に独立する限り発展には限界がある。草の根NGOの集会は日本人が知りえない場合が多い。集会開催の情報が広まることで規制を受けることを心配し、一般告知せず、限られた人へのメーリングリストや携帯メールだけで伝えるからだ。これでは内輪しか集まらず、活動を浸透させることも、他の団体と交流することも難しい。

 NGO活動の各々は盛り上がっていても、それが大規模になっていかない。ネットワーク化が不足していることは草の根NGOの大きな課題である。政府と完全に対立する限り、放送・新聞・出版などのメディアでの紹介には限界があるし、参加者も限られてくる。政府と多少なりとも関係作りをしていかないことには前に進むこともできない。

 その意味で、11年4月、12年4月と2年続けて開催が中止させられた安徽省臨泉県の「常坤の家」のシンポジウムが、今年4月には県公安局の麻薬汚染取り締まり活動に協力する形で実現にこぎつけたのは興味深い。現地政府と完全に良好な関係を築くことが難しくても、結べる点では結びつく態度が必要かもしれない。

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図2 鄭州市での環境・教育関連のNGOの会議。民間活動家も政府関係者も参加している。

社会の潤滑油になりうる草の根NGO

 北京や深圳のような大都市と違い、農村でのNGO活動は政府との関係作りが必須になる。「政府職員以外に村のことを考える人がいないケースが大多数」(北京緑十字のスタッフ)だからだ。

 農村では長らく政治や公共のあらゆることを現地政府が取り仕切る上意下達方式が行なわれてきた。しかも内陸部では農村と言っても主要な収入手段が大都市での出稼ぎ労働である村ばかりで、日ごろ村に壮年期の男女がいないことが珍しくない。こうした環境下で環境や教育など村全体に関わることに取り組む場合、政府との協力なしでは協力者が誰もいないことになりかねない。

 ただし、政府と協力関係を築けばスムーズに進展するとは限らない。現地政府と提携してNGO活動を行なっても、成果が村民に還元されないことは珍しくない。大勢が出稼ぎ労働に出た村では、長い間現地政府と村民との間にコミュニケーションがないケースも見られる。村民抜きで環境や教育などの活動をしたとしても、その成果は一過性のものにすぎず、本当の意味での成果は望むべくもない。

 環境改善を中心に村作りを担うNGO「北京緑十字」の活動は、村政府・村民との全体会議を何度も重ねた上で進行していく。村民に積極的に関わってもらうために、環境事業をメインにしながらも村民の家作りや村の産業作りにも力を入れる。環境以外の事業を行なうのは環境にやさしい建材を用いた家作りや、エコ農業を進めていくことが環境対策になるからでもあるが、何よりも家と仕事こそが村民の最大の関心事であり、彼らの関心を惹くところから村全体の問題を話し合うやり方を通じて、公共事業に対する意欲を引き出したいからだ。03年に最初に活動を行なった湖北省堰河(イエンフー)村では、当初は路上にゴミが散らかることにすら関心を持たなかった村民の中から少しずつ協力者が出て、ゴミの回収を村民が自主的にボランティアで行なうまでになった。

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図3 北京緑十字が関わる村作りのための村民の全体会議(山東省費県)

 河北省の農村を中心に活動するNGO「北京新時代致公教育研究院」の活動もユニークだ。民主的な地域社会を構築する上でのモデルとなる村を作ることを目的としており、 その手段として現地政府とのトラブルを抱える農民の声を積極的に聞く。政府と村民が対立している村は、政府もトラブル解決に頭を痛めているケースが多く、村民のインタビューを元に現地政府に掛け合い、村政府・村民が一体となってトラブル解決にあたりながら、村民の社会参加意欲を高め、村民自治を促進していくのである。代表者の周鴻陵(チョウホンリン)は長年河北省で中国農業銀行に勤めていた経歴の持ち主で、農村の実情を熟知している彼だからこそ実行できているとも言える。

 両者の活動に共通するのは、政府と関係を保ちながら村民の社会参加を促している点にある。従来村民が村のことに関心がなく、村民と村政府の間も良好な関係とは言えなかった村で、NGOが潤滑油として機能している。中国の草の根NGOの活動はごく一部の動きであるが、このように着実に成果を積み上げてきている。今後も長い目で見つめ、関わっていきたいと思う。


[1]暴動など抵抗運動の数は諸説あるが、2012年12月出版の辻康吾『中華万華鏡』(岩波現代文庫)では15万件以上、2013年3月出版の沈才彬『大研究!中国共産党』(角川SSC新書)では十数万件となっている。

[2]新華網11年07月11日「三类社会组织将可直接登记 300万NGO有望转正」(京華時報記事の転載)

[3]公益時報(ネット版)13年4月16日「聚焦社会组织管理制度变革

[4]BBC中文版13年7月18日「“传知行”遭取缔 公民运动受压制