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【22-56】尽きることないイノベーションの原動力を刺激する基礎研究

操秀英 劉垠(科技日報記者) 2022年10月25日

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袁隆平氏のチームが開発したハイブリッド米の実験現場。撮影・陳振海(新華社記者)

 ここ10年、中国のテクノロジーへの資金投入は大幅に増加し、社会全体の研究開発費は、1兆300億元(1元は約20.3円)から2兆7900億元と、世界で2番目の規模にまで拡大した。研究開発の強度も1.91%から2.44%に上昇し、基礎研究費は10年前と比べて3.4倍と、過去最高に達している。

 第13次五カ年計画(2016‐20年)期間中だけを見ると、中央財政からの基礎研究に対する支出は2倍に増えたほか、応用数学センター13ヶ所を建設し、物質科学、量子科学、ナノテクノロジー、生命科学といった分野で複数の重要なオリジナル成果を挙げた。

物性物理学の分野で重要な難題を解決

 量子ホール効果は、物性物理学の研究において、極めて重要な位置を占めている。しかし、量子ホール効果ファミリーには、「量子異常ホール効果」と呼ばれるミステリアスなメンバーが存在する。それは、物質が磁性体の場合には磁性体が外部磁場の役割をし、無磁場でもホール効果が発生する現象で、発見されたのは近年になってからのことだ。

 清華大学と中国科学院物理研究所は2014年4月10日、北京で「共同で立ち上げた実験チームが、量子異常ホール効果研究において重要なブレイクスルーを実現し、磁性ドーパントがあるトポロジカル絶縁体薄膜において初めて量子異常ホール効果を確認した」と発表した。

 同実験をリードした中国科学院の院士で、当時、清華大学の副学長を務めていた薛其坤氏は、「物理学者は、量子ホール効果ファミリーの中にも量子異常ホール効果が存在するはずだと考えていた。しかし、どのようにそれが姿を現すよう促し、実験において確認すればよいのかというのが近年、物性物理学学者が模索する難題の一つとなってきた」と説明する。

 米国スタンフォード大学及び清華大学の張首晟教授がリードした理論グループは2006年に、2次元トポロジカル絶縁体における量子スピンホール効果の予想に成功するとともに、2008年に、トポロジカル絶縁体において磁性を導入して量子異常ホール効果を実現する可能性を提起した。そして、2010年,中国科学院物理研究所の研究員である方忠氏や戴希氏らが、張教授と協力し、理論と材料設計においてブレイクスルーを実現し、磁性イオンドーパントのトポロジカル絶縁体に特殊な強磁性交換メカニズムが存在し、安定した強磁性絶縁体を形成するのが、量子異常ホール効果を実現するベストな体系であると打ち出した。

 薛氏は、「実験において、量子異常ホール効果の量子化を実現するためには、トポロジカル絶縁体材料が、非常に厳しい条件3つを同時にクリアしなければならない。1つ目は、材料のバンド構造がトポロジーの特性を持つことにより、導電性のある一次元エッジ状態を備えていなければならない。2つ目は、材料が長距離磁気秩序を備えることにより、量子異常ホール効果が存在していなければならない。3つ目は、材料の中が必ず絶縁体であることにより、導電性にいかなる貢献があってはならない。実際の材料においては、3つのうちの1つを実現するのも至難の業で、3つを同時にクリアするとなると、実験物理学者にとってはさらに大きなチャレンジとなる」と説明する。

 清華大学と中国科学院物理研究所の研究者は2009年から、量子異常ホール効果の実験に果敢に挑むようになった。それからの4年間、チームは、1000サンプル以上を生長させ、それを測量し、磁性ドーパントトポロジカル絶縁体の高い品質の薄膜の生長や表面電子状態の観測を少しずつ実現し、特にその電子構造や磁気秩序状態、バンドトポロジー構造を高い精度で調整・コントロールし、2012年10月についに量子異常ホール効果の観測に成功した。

 ノーベル賞受賞者の楊振寧氏は、「この量子異常ホール効果の発見に関する論文は、中国の実験室から誕生し、ノーベル賞級の物理学論文だ」と評価する。

チョモランマの標高8千メートル以上地点における科学調査の使命を果たす

 第2回青蔵高原(チベット高原)総合科学調査研究(以下「第2回チベット科学調査)が2017年8月19日、西蔵(チベット)自治区拉薩(ラサ)市で始まった。同調査は水、生態系、人間の活動に焦点を当て、チベット高原の資源、環境のキャパシティー、災害リスク、グリーン発展ルートといった面の問題解決に取り組んでいる。

 同調査隊の隊長を務める中国科学院の姚檀棟院士は、「1回目のチベット高原総合科学調査では主に資源の状況をチェックしたが、2回目では主に変化をチェックしている。当チームは重要な科学研究におけるブレイクスルーを目指し、チベット高原の経済・社会の発展と生態環境保護の面の意思決定のために根拠を提供できるよう取り組んでいる」と説明する。

 科学調査隊員13人が今年5月4日、チョモランマの登頂に成功し、「頂点における使命--2022」チョモランマ合同科学調査を実施。チョモランマの標高8000メートル以上における研究の空白を埋めた。これは、チベット高原科学調査研究史上における画期的な成果となった。これにより、5年間続いた第2回チベット科学調査の科学研究は、新たなステージに入った。

 姚院士は、「『頂点における使命--2022』チョモランマ合同科学調査では、『登山して科学調査』から、『科学調査のために登山』へのスタイル転換が実現し、調査隊の登山のアプローチも『チョモランマに挑む』から『チョモランマを理解する』へと変わった。このほか、今回の科学調査では、ヘリコプターやドローン、飛行船、3Dレーザースキャナーといった新技術と新手段の応用にも成功し、国際的に影響力の大きな成果を上げた」と強調する。

 総じて言うと、第2回チベット科学調査はこの5年間、世界の先端分野と国家戦略に照準を合わせて、学科、分野、地域の垣根を超えて連携し、研究開発を展開してきた。また、重点地域にスポットを当て、科学研究やフィールドワークの幅を広げ、深みを増し、重要地域の戦略的空白を埋め、チベット高原のバックグラウンド状況をしっかりと把握している。

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チョモランマのベースキャンプでラジオゾンデを飛ばす科学研究者。撮影・姜帆(新華社記者)

触媒作用の「ブラックボックス」を開ける「カギ」を発見

 化学反応を加速させたり、減速させたり、化学反応の「副産物」を減らしたり、エネルギー消費を低減させたりという不思議な作用がある触媒作用は化学工業の生産においてカギを握る部分となっている。そして、触媒作用を通して、化学反応の過程を高い精度で調整・コントロールするというのが長きにわたり、科学者の目標となってきた。

 ところが、学術界では、多くの触媒作用のメカニズムが未だにはっきりと分かっておらず、長きにわたり「ブラックボックス」と見なされてきた。この「ブラックボックス」を開けて解析しなければ、さらに効果の高い触媒を作り出し、化学反応をさらに省エネ・エコなものにし、その精度、効果を高めることはできない。そんな中、「ナノ閉じ込め触媒作用」は、「ブラックボックス」を開けて、解析する「カギ」になると期待されている。

 中国科学院の院士である包信氏は1990年代、ドイツのマックス・プランク研究所から中国科学院大連化学物理研究所に戻り、チームを率いてナノ触媒作用の基礎研究、応用研究に取り組み、触媒作用のプロセスの正確な理解と触媒の合理的な設計を追求するようになった。

 包氏率いるチームはまず、カーボンナノチューブ内のロジウム・マンガン触媒合成ガスをエタノールといったC2酸素化物に転換すると活性がチューブの外より優れているという、カーボンナノチューブの独特の閉じ込め効果を発見した。現象から本質を発掘すべく、チームは、カーボンナノチューブのほか、金属--酸化物界面においても不飽和の活性中心を安定して配位できることを突き止めた。これは、広義での「閉じ込め」で、調整・コントロールするのは電子状態の一種で、触媒の「不飽和」状態を常に保ち、触媒作用をずっと繰り返すことができ、「ナノ界面の閉じ込め」と呼ばれている。

 包氏率いるチームは、「ナノ閉じ込め触媒作用」という概念に基づいて、メタノールを経て合成ガスを直接触媒に転換する設計に応用し、高選択性ワンステップ反応の軽質オレフィン獲得を実現した。

「フィッシャー・トロプシュ法」のプロセスは、石炭化学工業分野で重要な位置を占めている。この反応は、大量の水を用いて水素を製造する必要があると同時に、廃水が発生する。包氏が率いるチームは新しい道を切り開き、「ナノ界面閉じ込め」という概念を活用して、酸化物触媒の表面に不飽和の酸素欠陥活性中心を安定して配位し、合成ガスの中の一酸化炭素の解離と水素添加により中間体が形成される活性を向上する上、ナノポア閉じ込め作用を利用し、中間体の小分子のモレキュラーシーブにおけるカップリング反応の選択性を変調することにより、ターゲットの選択性を高い精度で調整・コントロールすることができるようにした。

 この触媒作用により、高活性と高選択性のウィンウィンを実現した。新しい概念の転換ルートにより、少量の水使用で石炭の転換を行うことができ、中国のエネルギー革命に強力なサポートを提供している。

 このイノベーション成果に基づき、研究チームは中国工程院の院士である劉中民氏率いるチーム及び陝西延長石油(集団)有限責任公司と提携し、世界初の1千トン級規模のメタノールを経て合成ガスから軽質オレフィンを作り出す工業試験設備を完成させた。そして2020年に全プロセスの工業試験を行い、技術の実行可能性と先進性を検証した。

実験室におけるでんぷんの人工合成に世界で初めて成功

 科学誌「サイエンス」は2021年9月24日、中国科学院天津工業バイオ技術研究所の科学研究者が、でんぷんの人工合成の面で成し遂げた画期的な成果をオンライン掲載した。研究者らは世界で初めて、実験室で二酸化炭素からでんぷんを人工合成した。これは、基礎研究の分野における重要なブレイクスルーとなった。

 研究者らは、植物の光合成に頼らずに、二酸化炭素、電解から発生する水素ガスを原料として、でんぷんを合成するという画期的な方法を編み出した。それにより、でんぷんの生産は、従来の農業栽培スタイルから、工業の工場における生産スタイルへのモデル転換が可能になった。

 でんぷんは主に、緑の植物が光合成により二酸化炭素を変換して作られている。トウモロコシなどの農作物の二酸化炭素のでんぷんへの変換には、約60ステップの代謝反応と複雑な生理調整・コントロールが関係し、太陽エネルギーの理論的な利用効率は2%未満だ。農作物の栽培は通常、数ヶ月の周期が必要な上、広大な土地や大量の淡水、肥料などの資源が必要となる。

 論文の連絡著者で中国科学院天津工業バイオ技術研究所の馬延和所長が、「科学研究者は長きにわたり、二酸化炭素の転化速度と光エネルギーの利用効率を向上させるために、光合成という生命のプロセスを改善することにより、でんぷんの生産効率を高めようとしてきた」と述べた。

 この難題を解決するために、同研究所の研究者は、11ステップの主反応の非自然二酸化炭素固定と、人工合成でんぷんの新たなルートを初めからから設計し直し、実験室において初めて二酸化炭素からでんぷん分子を合成することに成功した。

 この人工的なでんぷん合成の速度はトウモロコシのでんぷん合成速度の8.5倍で、新機能の生物システム構築に新たな科学的基礎を提供している。

 エネルギーが十分に供給されることを前提に、現在の技術パラメータに基づいて計算すると、理論的には、1立方メートルサイズのバイオリアクターによる年間生産量は、約33.3アールのトウモロコシ畑の年間平均生産量に相当する。この成果は、二酸化炭素を原料として、複雑な分子を合成するために、新たなテクノロジー・ロードマップを切り開いた。

ハイブリッド米の新たな段階を切り開く二系法

 三系法(「細胞質雄性不稔系統」とその「維持系統」、子実の稔性を回復させるための「稔性回復系統」)ハイブリッド米が中国の「自活」時代を切り開いたとすれば、二系法(雄性不稔系統に、日長や温度条件によって、不稔→可稔の変動が起こる環境反応型の遺伝子を導入する方法)ハイブリッド米は、中国のために、生産量と品質がより高く、より効果的なハイブリッド米の新たな段階を切り開き、ハイブリッド米技術の面で、中国が世界の先頭に立つ立場を確立するとともに、世界のハイブリッド米の急速な発展を推進し、遺伝・育種学科の発展に多大な貢献を果たしてきたと言えるだろう。

 中国工程院の院士である袁隆平氏が筆頭となり開発した「二系法ハイブリッド米技術研究と応用」プロジェクトは2014年1月10日、国家テクノロジー進歩賞特賞を受賞した。

「三系法」と「二系法」は、一文字しか変わらないが、ハイブリッド米技術に飛躍的な進歩をもたらしている。

 湖南ハイブリッド米研究センターが筆頭となって、中国全土の複数の機関と学科が「三系法」に存在する組み合わせが不自由といった問題に対して、稲の日長や温度条件によって不稔から可稔への変動が起こる新材料を利用し、20年以上にわたって協力して研究開発を行い、光・温度感受性不稔系統の変換メカニズム、実用光・温度感受性不稔系統の確立、二系ハイブリッド米を組み合わせた選択育成技術、安全で効率的な育成・生産技術などを深く研究することにより、実用光・温度感受性不稔系統の選択育成理念、技術鑑定、中核種子・原種の生産技術を確立し、不稔系統の安定した育成、安全で生産量の多い種子育成体制を構築した。ハイブリッド米の高い生産量と良質・早熟が同時に成り立たないという技術的難題を解決した。二系ハイブリッドうるち稲の育種・種の生産をめぐる技術のボトルネックを打破した。両用不稔性170種類を育成し、二系ハイブリッド米の528の組み合わせを行い、大規模な推進・応用を実現した。また、整った二系法ハイブリッド米理論体制を構築し、三系ハイブリッド米の主な足かせを取り除き、ハイブリッド米の優位性の活用が新たな段階へと突入し、中国のアブラナ、コーリャン、綿花、トウモロコシ、小麦といった作物の二系法ハイブリッドの優位性活用研究・応用をリード・促進し、近代作物遺伝育種学科の発展のために多大な貢献を果たしてきた。

 技術移転や提携により、二系法ハイブリッド米技術は米国で既に広く推進・応用され、そして現地で主に栽培されている品種に比べて生産量は20%以上多くなっている。二系法ハイブリッド米は、中国の種子業界が、国際市場を開拓し、世界の種子業界のテクノロジー競争に参加するために、中核となる技術的サポートを提供している。


※本稿は、科技日報「基礎研究:激発創新不竭動力」(2022年9月13日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。