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【23-42】全固体電池に狙いを定める未来の電池産業

陳 科(科技日報記者) 胡 健(科技日報通信員) 2023年08月18日

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(画像提供:視覚中国)

 過去10年間に液体リチウムイオン電池のエネルギー密度は2~3倍に上昇し、理論上の限界に近付きつつある。一方、全固体電池で使用される固体電解質は、従来のリチウムイオン電池の電解液とダイアフラムに取って代わるもので、より安全でエネルギー密度や循環性能が高いため、業界内では次世代動力電池の主要な研究開発の方向性になるとの見方が広がっている。

 中国四川省宜賓市でこのほど、「2023世界動力電池大会(World EV&ES Battery Conference2023)が「グリーンな新動力、世界の新原動力」をテーマに開催された。著名な院士(アカデミー会員)や専門家のほか、各業界のリーディングカンパニーや多国籍企業からの来賓300人以上が一堂に会し、次世代動力電池や全固体電池といった業界のホットな話題について話し合い、動力電池業界の動向や今後の発展の見通しなどを分析した。

 中国科学技術協会の万鋼主席は開幕式のあいさつで、「次世代動力電池技術の研究開発を強化し、その技術ロードマップを科学的に判断し、新材料や全固体電池などの新体系電池の基礎研究や技術開発を重視するとともに、新体系電池の鍵となる材料やシステムインテグレーションなどの技術的難題を体系的に解決し、産業化応用とモデル運用を推進しなければならない。また、市場および技術の評価を行い、次世代動力電池の大規模応用や産業化発展に向けて、先行的な経験を提供する必要がある」と指摘した。

 次世代動力電池とはどんなもので、なぜその研究開発を進める必要があるのだろうか?

限界に近づく動力電池のエネルギー密度

 電池の材料は動力電池のエネルギー密度や安全性、コストを直接決定づける。特にエネルギー密度は、動力電池の主要な指標となる。現時点で中国は、三元系リチウムイオン電池とリン酸鉄リチウムイオン電池を中心とする動力電池の開発ロードマップを作り出している。中国の三元系リチウムイオン電池のエネルギー密度は300ワット時毎キロ(Wh/kg)以上、リン酸鉄リチウムイオン電池は200Wh/kg以上で、いずれも世界トップレベルに達している。

 動力電池は、高エネルギーで電池の電圧が高く、作動温度の範囲が広く、貯蔵寿命が長いというメリットがあり、現在は小型電子機器で幅広く使われ、携帯電話やノートパソコン、ビデオカメラ、カメラなどの製品でも従来の電池に代わって使われている。大容量リチウムイオン電池も、電気自動車(EV)で試験的に応用され、EVの主要動力電源の一つとなっており、今後は航空宇宙やエネルギー貯蔵などの分野での利用も期待されている。

 しかし、動力電池の持続的な技術革新に伴い、従来の材料では電池のコスト削減や品質向上、エネルギー密度の向上というニーズを満たすのが難しくなっている。例えば、リン酸鉄リチウムイオン電池のエネルギー密度は既に限界に近づいており、比エネルギーも依然として低く、低温性能も向上の余地がある。また、動力電池市場はさらに細分化しており、電池製品の差別化レベルもさらに高まっている。電池技術の進化による技術路線の革新は、多様なシーンでの応用ニーズにより良く対応できるようになっており、そのため次世代動力電池が登場する必要性が生じている。

 LGエナジー・ソリューションの副総裁を務める次世代電池研究院院長の孫権男氏は「リチウムイオン電池と比べると、次世代動力電池は材料コストを30~40%削減できる。当社は現在のリチウムイオン電池のエネルギー密度の限界を超えるために、継続的に資金を投じて、液体電解質に基づくリチウム硫黄電池とリチウム金属電池を研究開発している」と述べた。

実現が一番近い次世代動力電池は全固体電池

 専門家は「過去10年間に液体リチウムイオン電池のエネルギー密度は2~3倍に上昇し、理論上の限界に近付きつつある。一方、全固体電池で使用される固体電解質は、従来のリチウムイオン電池の電解液とダイアフラムに取って代わるもので、より安全でエネルギー密度や循環性能が高いため、業界内では次世代動力電池の主要な研究開発の方向性になるとの見方が広がっている」と語った。

 全固体電池が「リチウムイオン電池」の「究極形態」と呼ばれる理由は、固体電池には液体やリチウムイオン電池と比べて格段に大きなメリットがあるからだ。

 まず、全固体電池は従来の液体電解質の代わりに固体電解質が使われている。固体電解質には高いイオン伝導性があり、より高い電池エネルギー密度を提供することができる。

 次に、従来の液体リチウムイオン電池と比べると、全固体電池は安全性が特に際立っている。従来の液体リチウムイオン電池の電解質は引火しやすく、揮発しやすいため、漏れやショートが発生すると、火災や爆発が起きる可能性がある。一方、固体電解質は固体材料で、高い耐熱性や防燃性を持っており、電池の漏れや熱暴走といったリスクを効果的に低減できる。

 さらに、全固体電池は寿命が長い。固体電解質は安定性が高いため、電池の失活や退化の進行が遅く、使用寿命が長くなる。そして、金属リチウム電極の樹枝状結晶の成長を防ぎ、電極の体積膨張や損壊を減少させ、電池サイクルの安定性を高めることができる。

 最後に、世代交代のコストが低いというのも、全固体電池が次世代動力電池の研究開発の主な方向性となっている重要な要因だ。リチウム硫黄電池やリチウム空気電池の技術革新を進めるためには、電池構造の枠組み全体を変えなければならず、実現の難易度が高い。

 一方、全固体電池の技術革新は、主に電解液の革新で、電池の正極と負極は現在使用している材料を引き続き使うことができるため、難易度は比較的低い。そのため「実現が一番近い次世代動力電池は全固体電池」というのが、科学界や産業界の共通認識となっている。

 中国科学院院士で、清華大学教授の欧陽明高氏は「世界のトップジャーナルに掲載されている全固体電池技術に関係する論文が現在、指数関数的に増加しており、同技術の商用化が目前に迫っている。世界では現在、数え切れないほどの業界関係者が全固体電池の研究開発に力を入れている。電池技術の継続的な改善と革新に伴い、新材料の模索効率が高まり続け、研究開発サイクルが効果的に短縮され、全固体電池は『概念』から『現実』へと進化しつつある」と説明した。

全固体電池は課題も多いが発展の見通しは明るい

 もちろん、次世代動力電池の実際の応用までには、まだ長い道のりが残っている。中国工程院の外国籍院士で、カナダ王立協会科学アカデミー会員、カナダ工学アカデミー会員である孫学良氏は「現在、全固体電池は正極、電解質、負極の物理、化学、力学的性質をさらに改善する必要がある。また、材料の互換性や界面の安定性の向上も必要で、電池全体の安全管理戦略や工学的調製技術も未熟だ。これら全ては克服しなければならない難関である」と指摘した。

 構造上のイノベーションと比べ、電池材料の改善は進展がより一層遅く、全固体電池の実現に向けて解決すべき主な難題となっている。

 世界を見ると、日本や韓国の企業が早くからスタートしており、硫化物系全固体電池のロードマップに期待を寄せている。しかし、硫化物系電解質は大気に対する安定性が低く、空気に触れると有毒ガスが発生する。また、それに伴って電解質構造が壊れ、電気化学的性能が衰退するため、硫化物系電解質の合成、貯蔵、輸送、後処理は、不活性気体や乾燥室に強く依存する。このほか、欧米諸国は現在、高分子全固体電池に注目している。しかし、高分子電解質は、室温環境下ではイオン伝導率が低いため、高分子全固体電池の充電は、高温環境下で行わなければならず、商用化の重い足かせとなっている。

 一方、中国の多くの企業は、酸化物全固体電池のロードマップを採用している。ほとんどの酸化物電解質は、電気化学的安定性や酸化安定性がより高いが、剛性酸化物電解質と陰極材料の界面での良好な接触を確保するためには、高温焼結が必要で、そうしなければ、界面で深刻な化学的副反応が起きてしまう。このほか、一部の酸化物電解質には、リチウムの樹枝状結晶の成長をめぐる問題が存在している。

 次世代動力電池の実現には、解決すべき技術的課題が多く残っており、産業化や大規模応用のためには乗り越えるべきハードルが多い。だが専門家は、依然として次世代動力電池は発展の見通しが明るいと考えている。EV電池の高い安全性、長い寿命サイクル、高いエネルギー密度という目標を達成するには、全固体電池の開発が必要だと考えられている。


※本稿は、科技日報「能量密度高、寿命长、更新换代成本低 未来电池产业瞄准全固态电池」(2023年6月27日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。