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【07-07】大都会北京の風情

今井 寛(筑波大学大学院教授・中国総合研究センター特任フェロー)  2007年7月20日

ホットスポット北京

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 先日北京の渡辺JST北京事務所長から、人民日報市場版の記事(2007年7月2日版)の紹介があった。近頃中国から海外へ留学することの価値が、以前より低下しているという内容だった。

記事の中では、進学先として北京大と香港大の選択で迷った学生に対して、北京大を選択することのメリットが挙げられている。すなわち、北京大を選ぶことによる学者、企業家、政府高官として将来成功する可能性。更には、「北京という世界で最も速く発展しているこの地区」にいると、起業など様々なチャンスが得られやすいことをアドバイスしている。そして、将来北京へは「西側諸国の留学生がハチのように中国へやって来るのを見る日が来るかもしれない」と結んでいる。

確かに「チャンス! 起業! 儲け!」 というビジネスの世界においては、北京は世界有数の魅力的な都市であることは、門外漢の私でも想像はつく。発展する中国の中心に、躍動感あふれる北京が位置している。

都会の風情

 でも別のメンタルで文化的な「都会の風情はありやなしや」という観点から、北京を眺めるとどうか。手元の辞書で「風情」という言葉を調べてみると「風流な味わい。おもむき。」とある。

 人を惹きつけるのは、金や成功だけではない。しっとりした情緒、知的で文化的な雰囲気、センスの良さや落ち着きといったものに、都会の魅力を感じる人もいる。このような「都会の風情」というものを、具体的に見てみよう。

 例えば、私はウォーキングが趣味ということもあり、特に散歩していて楽しい町に魅力を感じる。

  • 治安が良くて、交通事故にもあわず、道を安心してぶらぶらと歩ける
  • 色んなお店が出ていて、露店など見ていても楽しい
  • 疲れたらお茶でも飲みながら休める
  • 歴史的な建築、緑が濃いきれいな公園、ギャラリーや美術館がある
  • 同じように散歩を楽しむ人が多く、住んでいる人の顔が見える

 こんな町は「都会の風情」が自然と表れる。

過去の北京

 私が駐在していた1980年代の後半の北京は、現在程ビジネスチャンスの都市ではなかった。改革開放を始めてからまだそれ程時間が経過していなかった北京。まだ自家用車を所有している人は少なく、道路に車が溢れていることもなく、歩いていてもさほど危険を覚えることはなかった(闇夜に疾走する無灯火の黒い自転車は脅威だったが、車程こわくはない)

 エアコンも一般家庭には普及しておらず、夏の夕方など、仕事から帰ってから、夕涼みにお店を冷やかしながらぶらぶらと散歩している人が大勢いた。そして公園には、体操したり、カードをしたり、雑談したりしている人達もいた。駐在員として赴任する前に東京から出張で来ていた私は、朝から深夜までの丁稚奉公をしていた我が身にひきかえ、何て豊かな生活をなんだろうと、うらやましく感じたものだ。

 「これではどっちが先進国か分からない」

 町の中に、質素な暮らしではあるが、落ち着いて知的な雰囲気をもつ大人もいた。いつも中国語が完全に理解できた訳ではないが、伝統的な知識分子(知識人)は話し方に品があった。ここは清の時代からの厚みがある文化の集積地なんだと思ったりもした。

 その頃、講談社から「世界の都市の物語」というシリーズが出版された。これは世界中から魅力的な都市を選び出し、その都市の歴史と文化面・生活面での楽しさを紹介するという企画だった。ニューヨーク、パリ、ロンドン、ウィーンなど「風情のある大都会の1部リーグ」の観があったが、中国を代表する古都でもある北京が取り上げられたことは自然であり、また誇らしいことでもあると思った。

 私はそんな北京が大好きで、中国の他の土地で「どこの人?」ときかれた時は、しばしば「北京人(北京っこ)」と答えたものだ。

現在の北京

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 今は生活者ではなく出張者として眺めているだけなので、これは間違った印象なのかもしれないが(それなら嬉しい誤解なのだが)、現在の北京からは「都会の風情」は徐々に消えていっているようだ。胡同など古い横町は開発され、高層のマンションが次々建てられた結果、北京らしさは崩れ、どこの街並みなのか見分けがつかなくなっている。昔と同じように仕事が終わった後に車で通っても、気のせいか散歩している人は以前程目につかない。

 道を渡る時も、本当に神経を使う。右折車(日本だと左折車に当たる)は、歩行者が歩いていようといまいと無関係に突っ込んで来る。このこと自体は昔も同じだったが、今は走っている車の数が増えたので、とても緊張させられる。道路も拡張され、のんびりそぞろ歩きを楽しむ状況ではなくなっている。とにかくビジネスと成功を求める人が集まる都市なのである。

 もしかしたら私が日本人だから、現代中国にある都会の風情を理解できないのかもしれない。でも中国国内の他の都市、例えば、上海、成都、重慶、大連などは北京よりずっと都会の風情というものが残っている。街も歩きやすいし、道路もずっと横断しやすい。

未来の北京

 さて、これから北京はどうなるのか。生活のゆとりと豊かな風情は復活するのか。北京は、現在来年のオリンピック開催へ向けてばく進中である。都市の構造も、改造に次ぐ改造を続けている。東京も1964年開催の東京オリンピックの前に、大規模に改造されている。その改造の影響の大きさは、震災や戦災より大きかったとも聞いている。 でも、現在の東京には、銀座、浅草、渋谷、下町・・・など散歩したくなるような町がたくさんある(東京の散歩の専門誌が発行され、多くの読者がいるくらいだ)。忙しくはあるが、大都会の風情というものも確実にあり、それが人々を惹きつけている。

 現代はコミュニケーション技術が発達したことにより、必ずしも人と人とが実際に会わなくとも、仕事を進めることは可能になってきた。けれども都市の風情というものは、いかに通信技術が発達しても、その場で体感しないと味わえない。 

北京に、夕方のそぞろ歩きを楽しめるような都会の風情が復活し、そのようなことを尊ぶ雰囲気が戻れば、それこそ海外から「ハチのように中国へやって来る」人が増えるのではないか。 

北京人を自称する私は、北京に豊かな風情が復活することを願っている。