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【19-05】中国お一人様のとんでもない規模

2019年11月8日

青樹 明子

青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事

略歴

早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。

日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中

近著に『中国人が上司になる日』(日経プレミアシリーズ)

主な著作

「中国人の頭の中」(新潮新書)「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、「中国人の財布の中身」(詩想社新書)、「中国人の頭の中」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」 

 今年も11月11日、中国・独身の日がやって来た。

 ネット通販での売り上げが、この一日だけで3兆円から4兆円などと、その数字の大きさに、世界中が驚愕したのはすでに過去のこと。今では、開始後02分05秒で100億、04分01秒で200億(すべて人民元である。2018年の数字)というように、そのスピードにも注目が集まっている。

 独身の日、中国語では「光棍節」という。光棍とは「光る棒」という意味で、枝ひとつないところから「単身」の意味がある。11月11日は、そんな棒が1111と、一人が並んでいるみたいだというので「独身の日」とされるようになった。

 何故「独身の日」に独身者が買い物をするかというと「独り者は他に楽しみはない、ならば自分のためにお金を使おう」ということから始まったという。その後、独身者以外にも拡大し、今では「ネットショッピング」の日となって、すさまじいほどの額を売り上げている。

 いずれにしても、中国・単身者の影響力は、他国では見られないほどの大きさになった。家族重視のこの国で「お一人様」が、社会に拡大し、その影響力がここまで大きくなるとは、誰が想像したことだろう。

 90年代後半、中国で暮らして最も困ったのは、食事と旅行である。当時は今ほど外食産業が盛んでないうえ、一人でレストランに入ると、じろじろ見られてストレスになった。旅行も、長時間の鉄道旅行なら、コンパートメントを使いたい。しかし一部屋四つのベッドに女性が一人混じるとそれはなかなか不安である。

 中国は「一人」の文化がない、とその頃の私は思った。

 二十数年が経ち、まさか中国で「お一人様文化」が真っ盛りになるとは、思いもしなかったのである。

 中国のお一人様は、市場規模でいうと、とんでもないことになっている。2018年の統計によると、中国の独身人口は2.4億人で、これはイギリスとロシアの全人口を合わせた数字に匹敵するのだそうだ。(中国統計年鑑2018)

 大規模な独身者たちは、今後も増える一方と見られていて、彼らは中国人の人生方式を変えている。成年後、老後生活や死後にいたるまで、これまでの常識では通用しなくなっているようだ。

 旅行は、男女共に一人旅が増え、その際宿泊は中国版・カプセルホテルを選ぶ。大人数のカラオケは流行らず、その代わり「一人カラオケ」が隆盛である。日本のテレビ番組「孤独のグルメ」も人気だ。

 また日本のレストランの「一人席」についてネットでアップされると、アクセス数が急上昇すると言う。

 たとえば、日本のレストラン「ガスト」で展開されている「一人席」について、中国ではこのように紹介されている。

「席は半密閉ボックスになっていて、出入り口を除き、客には完全に独立した空間が提供されている。各座席には電源があり、WIFI,ナイフ・フォーク類のカトラリーが用意され、調味料類もすべて完備されている。これらは無料であり、時間制限もなく、いたいだけいてもいいのである」

 この情報に対して、中国人の反応がまたすごい。

「羨ましい!」「安心して食事ができる」「理想的なレストランだ」...等々である。

 中国の新聞社がネットで行った調査がある。「あなたは一人で食事するのが好きか、友達など大勢で食事するのが好きか」という問いに対し、2.3万人を超す人が「一人」を選び、友達との食事を選んだのは5千人にしか過ぎなかったそうだ。

 中国料理というのは、大皿に盛られた料理を大勢で囲むものだった。食事は家族や多くの友人と共有するものである。

 しかし「一人で食事」が、「孤独」「寂しい」などの代名詞だった時代は終わったようだ。仕事は忙しさを増し、生活のスピードはとんでもなく加速している。それに合わせて、「一人でいる快楽」が時代の趨勢となってきた。

 また、中国の出前アプリは想像を絶する規模で拡大している。「外買」と呼ばれるテイクアウト形式の食事は、すでに都会人の生活に欠かせない。

 この出前アプリも、単身者には欠かせないサービスである。

 食産業以外でも、お一人様が経済に及ぼす影響は、枚挙に暇がない。

 中国の不動産は、これまで男性たちが結婚前に購入することが多かった。家がないと結婚の条件が低くなるからである。しかし今は、独身の女性が購入する例が激増している。

 某26歳の女性の例。

 彼女は、一人の生活に充分満足していると言う。週に3回はジムで運動し、化粧品は高価なブランド品を順番に試す。季節に応じて服を新しく買い揃え、美容にかける費用は惜しまない。"美"と"快楽"は、何より優先である。休暇には、国内・海外に旅行し、読書の習慣も欠かさない。今後、絵画やピアノ、乗馬といった趣味も増やしたい。独身生活は充実していて、孤独感など感じることは一切ないのだそうだ。

 中国独身者の規模が拡大すればするほど、お一人様経済は、日本と違った形で発展していく。

 そんななか、こんな画像も、ネットで多く共有されている。

 人気の火鍋店・海底撈では、一人で来店する客が対面する席に熊のぬいぐるみを置いた。一人じゃないよ、というアピールで、店側も了解して、人形の前にも箸などをセットしている。

 私が昨年泊まったホテルのダイニングには、人間の子供ほどの大きさのぬいぐるみが、いくつかのテーブルに鎮座していた。食事のお伴らしい。

 孤独感と安心感、これらを巻き込みながら、中国のお一人様経済は、考えられない規模で拡大の一途を辿るようだ。