中国実感
トップ  > コラム&リポート 中国実感 >  【20-030】眠れぬ北京の夜 ぐっすりから寝不足に急降下

【20-030】眠れぬ北京の夜 ぐっすりから寝不足に急降下

2020年12月21日

斎藤淳子(さいとう じゅんこ):ライター

米国で修士号取得後、北京に国費留学。JICA北京事務所、在北京日本大使館勤務を経て、現在は北京を拠点に、共同通信、時事通信のほか、中国の雑誌『瞭望週刊』など、幅 広いメディアに寄稿している。

image

写真提供: Maggie Wu

 北京の人はどんな眠りをしているのだろうか?90年代の北京の眠りで思い出すのは、板の上に布団を敷いただけの硬いベッドで眠る小一時間の昼寝の習慣だ。マットレス無しのベッドなど物ともせず、食と眠りは妥協しない中国式ライフスタイルに妙に感心したものだった。

 ところが、こんな素朴で健康的な北京の情景は昔話になりつつある。2019年の中国の平均睡眠時間は、OECD加盟国の31カ国内で一番睡眠が少なくて不健康な我が国、日本と同じ7時間22分まで激減してしまった(2019年「中国睡眠指数報告」)。

 また、睡眠の不調も増え、不眠などの睡眠障害を持つ人口は1億5,000万人以上に上るという。しかも、昔は中高年に多かった不眠が近年は若年化している。

 例えば、「2019中国青年睡商報告」によると、10年ごとの世代別で比較した際、睡眠の質が最も低かったのは、ほぼ現在の20代に相当する「九〇后」(90年代生まれ)世代だ。彼らの68%が夜中の1時以降に就寝し、8.9%が週3回以上不眠になると答えている。30~50代より若い20代の方が眠りの質が劣っているらしい。

 確かに、北京で社会人になって間もない20代の友人も「周りにも焦慮やプレッシャーで不眠になる人はいる。北京の競争は厳しいからね」という。最近は極度の競争が生む人間の軋轢や消耗を意味する流行語(「内巻」)が話題になっているとも教えてくれた。彼女の周囲には、地方の大学時代から不眠や鬱を抱える学生もいたそうだ。不眠は「軋轢」や「消耗」を感じている中国の若者にとって、身近な悩みのようだ。

 そして、彼らの切実な悩みを商機にした「睡眠経済」も伸びている。枕に吹きかける安眠スプレーや睡眠ホルモンサプリ、腕輪型睡眠モニターに安眠をうたう高級寝具などのニューアイテムが市場には続々登場している。

古くて新しい中国の睡眠習慣

 少し振り返ってみると、中国では元々、睡眠を大事にしてきた。その代表例が昼寝だ。文頭で触れたように、昼寝は90年代まで北京でも一般的だったが、その後の急速な経済発展とともに隅に追いやられた感がある。2013年の「中国睡眠指数報告」では昼寝の習慣は3割に減少している。

 しかし、よく見てみると、以前のように職場に隣接した家に戻って硬いベッドで悠々と昼寝という訳にはいかないが、中国の昼寝習慣は形を変えていまでも残っている。昔ながらの職場習慣が残る政府系や国営企業は仮眠室や簡易ベッドが完備されている。また、IT業界などの若くて近代的なオフィスでも、自分のデスクにうつ伏せになって寝る簡易昼寝は広く普及している。彼らはアイマスクから、首枕やうつ伏せ昼寝専用枕などさまざまな昼寝グッズを駆使してしっかり昼寝を取っている。

 世界を見回してみると、昼寝は欧米でもその効果が新たに見直されている。米国航空宇宙局(NASA)の研究によると、「26分間の昼寝で、認知能力は34%、集中力は54%向上する」という。「怠惰」のイメージが付いてまわる「昼寝(nap)」ではなく、「積極的仮眠(power nap)」と名を変えてイメージチェンジを図っている。確かに長すぎない仮眠は午後の「パワー」を育む濃い睡眠でもある。昼寝は古くて新しい習慣なのかもしれない。

 このように、北京の眠りのカタチは大きく変わった。街のネオンは輝き、ベッドは柔らかく立派になった一方で、睡眠時間は減り、眠れない若者が増えた。毎日の眠りからも、めまぐるしく発展するこの街の横顔が見えてくる。

image

経済発展と共に、中国の睡眠時間は急減している。若い人ほど眠りの質が落ちている。不眠で悩む人も増え、「睡眠経済」と呼ばれる新しい市場も登場している。一方、昼寝は世界的に見直されおり、中国でも形を変えて健在だ。


※本稿は『月刊中国ニュース』2021年1月号(Vol.107)より転載したものである。