【14-03】反腐敗キャンペーン2
2014年 8月 7日
富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授
略歴
1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。
著書
- 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
- 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
- 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数
習近平政権の下で進められてきた反腐敗キャンペーンが、一つの大きな区切りを迎えようとしている。
7月26日、中国は元中国共産党政治局常務委員(常委)で中国共産党中央政法委員会書記として公安部門を統括していた周永康(本名は周元根)を正式に起訴することを公表した。
周永康の問題では、すでに昨年12月以降、当局により軟禁状態に置かれているため、その事実がいつ公表されるか、という点だけがメディアの関心を集めてきた。
3月の両会(全国人民代表大会=全人代と全国政治協商会議=政協)の前には、政協スポークスマンが、すでに周永康が当局の取り調べの対象となっていることを事実上認める発言をしたことで、国内メディアも周の周辺 ―主に周の息子と弟に関する疑惑― について堰を切ったように報じるようになっていたのだった。
ただ、周永康本人の疑惑については正式な公表を待っていたように触れてこなかった。
周永康の起訴が発表されると同時に、中国石油天然ガスグループのカナダ支社から二人の責任者が呼び戻されたことから、今後は国内メディアが書きたくても書けなかった周永康の妻の問題やその妹を通して行っていた不正についても徹底的に暴かれてゆくことになるのだろう。
だが、最終的に周永康が法廷に立つときには、メディアが暴き出したような内容がすべてさらされるとは限らない。これまでの例を考えれば、報道された収賄額を大きく下回る金額で起訴されることが予測されるのだ。
これは共産党の要職を務めた人間への配慮もあるが、それだけではない。政治局委員以上のポストにあった者は、国民の目から見れば共産党そのものにも映るからだ。
共産党が国民を指導する立場であるのだから当然のことだが、こんな外国人から見ればとっくに崩れてしまっているような建前も、広い中国では案外重要な意味を持っているのだ。
例を挙げればきりがないが、地方で権力とトラブルとなり土地を追われた人々が、北京に陳情に訪れるのは「中央の偉い人々なら自分たちの問題を理解してくれる」とイノセントに信じているからだ。つまり、自分の身近にいる官僚は腐っていても北京には〝水戸黄門様〟がいると信じているのである。
このことは意外なほど大きな社会の安定剤として役割を果たしてきた。この国民の期待を裏切らないためにも裁判では収賄額を抑えてきたことは、陳良宇元上海市党委員会書記や薄煕来元重慶市党委員会書記(ともに政治局委員を兼務)が裁かれたケースからも理解できる。
習近平体制下で厳しい反腐敗キャンペーンが展開されてきた裏側で、国民の目を強く意識してきたことは言うまでもない。
日本の報道では、党中央の周辺で繰り広げられたであろう権力闘争ばかりが強調されているが、それは反腐敗キャンペーンの一側面を説明しているに過ぎない。
しかも権力闘争についても、習近平の太子党、江沢民の上海閥、胡錦濤の共産主義青年団という3つのグループによるパワーゲームという見立てでは説明のつかない現実ばかりである。
そもそも周永康事件は薄煕来事件の続編である。つまり、前政権から習近平が引き継いだ宿題であるともいえる。習近平がこの宿題をうやむやにすることはできたかもしれないが、習近平はむしろ強硬な手段に出た。そこに習近平の個性を見ることはできるだろうが、周永康を追い詰めることがすべて習の仕掛けであるとして、これを単なる権力闘争として説明することはできないのではないか。
習政権の進めた反腐敗キャンペーンの実態は主に3つ。一つは権力闘争。もう一つは中央が派遣した中央巡視隊による摘発。そしてもう一つが密告を受けた摘発である。摘発された官僚の数は、圧倒的に後の2つを入り口にしたものが多いのだ。
これら一連の摘発の内訳を『北京青年報』が独自に分析しているのだが、それによれば大物幹部を意味する〝大老虎〟が最も多く摘発されたのが四川省。これは周永康事件に絡んで摘発された者が多かったことを反映した結果だ。一方で小物が最も多かったのは広東省、湖北省、福建省であった。
ちなみに2013年の実績では、中央巡視隊が訪れた全11省・市・自治区(湖北省、内モンゴル自治区、貴州省、重慶市、江西省、広東省、安徽省、山西省、湖南省、雲南省、吉林省)のうち、〝大老虎〟の摘発がなかったのはわずかに吉林省だけであったのだ。
また周永康の出身母体であることから注目された石油系企業だが、今回の反腐敗キャンペーンでターゲットにされたのは石油業界だけではなく、鉄鋼、電力、通信の各業界とかなり広い範囲に及んでいるのだ。
これほど大規模な反腐敗キャンペーンを仕掛けた習近平の考えを、単に権力闘争というだけで説明することなどできるのだろうか。
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