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【21-28】中国、家庭排出のすす対策必要 日本の観測・研究結果から判明

2021年12月21日 小岩井忠道(科学記者)

 新型コロナウイルス感染拡大時期に中国から放出されたブラックカーボンの主たる排出源は家庭であることが、長崎県福江島での観測結果(図1参照)を基にした海洋研究開発機構など日本の研究機関と大学の研究で明らかになった。ブラックカーボンは化石燃料の不完全燃焼などによって大気中に放出されるすす(煤、黒色微粒子)で、大気汚染だけでなく地球温暖化の原因物質とされている。家庭の調理や暖房を石炭からガスに置き換えるのが、中国では低コストの温暖化対策として有効だ、と研究チームは提言している。

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図1 福江に流入した中国起源の空気塊の経路の分布図

長崎県福江島で10年超す観測

 長崎県五島列島の島の一つで福江島にある国立環境研究所福江島大気環境観測施設は、日本国内の排出源の影響を受けにくい観測地点という地理的特徴を生かし、東アジア域の大気環境を研究するため2002年以来、エアロゾルをはじめ各種の観測を続けている。ブラックカーボンは化石燃料の不完全燃焼のほかディーゼルエンジンの排気ガス、森林火災などにより発生する。太陽光を吸収して大気を加熱したり、雪面などに沈着して太陽光の反射率を下げることから大気汚染だけでなく地球温暖化の原因にもなるとみられている。

 これまでの観測・研究で、中国から放出されるブラックカーボンの量は2019年までの10年間で4割減少していることが分かっている。それでも、国民一人当たりの排出量でみるとまだ日本の約3倍高い。今回、新たに明らかにされたのは、2020年2~3月に観測されたブラックカーボン濃度の平均値。1立方メートルあたり0.471マイクログラムと、新型コロナ感染拡大が起きる前の2015~2019年に観測された結果(1立方メートルあたり0.416~0.648マイクログラム)に比べ大きな変化はない。

 ただし、福江島で観測される濃度は発生源である中国から吹いてくる風の影響に左右される。「モデル濃度」という風の影響を除いた計算法で算出した数値で比較すると、中国の排出量が変わらなければ、2020年は2019年よりも高い濃度が福江島で観測されるはずだった。しかし、「モデル濃度」で算出した中国の実際の排出量とみなされるブラックカーボン濃度は2019年より2020年の方が逆に18%減少していた。中国では新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、2020年2~3月にロックダウンという厳しい対策が全国的にとられている。この結果、化石燃料の消費量も減少し、ブラックカーボンの放出量もわずかながら減ったと考えられた。

排出量の64%家庭から

 では、放出量の減少は中国の主な排出源とみなされる「産業部門」、自動車などの「運輸部門」と「家庭部門」がそれぞれどの程度、寄与したのか。すでに、新型コロナ対策下で「産業部門」と「運輸部門」の活動度は50%低下したとする別の研究者たちによる結果が報告されている。この研究結果を織り込んで算出した結果、新型コロナ感染拡大前の2019年に排出されたブラックカーボン量は「産業・運輸部門」からが全体の36%で、残りの64%が「家庭部門」からだったことが分かった。2020年の排出量が2019年に比べて18%という低い減少率にとどまったのは、家庭での石炭消費量がロックダウン下でも影響を受けず、ブラックカーボン排出量に占める「家庭部門」からの排出が大きく寄与したためだった、と研究チームは結論付けている。

 研究チームは、「家庭部門」のブラックカーボンを減らす有力な方法と考えられる石炭ベースの調理・暖房器具をガスベースの代替品に置き換える排出削減策に要する費用も評価した。その結果、0.4テラグラム(1テラグラムは100万トン)という量までの削減なら、必要な費用は1キログラムの排出削減あたり20ユーロ(約2,600円)以下と、「家庭部門」以外の「産業部門」、「運輸部門」の対策にかかる費用より安く済むことが分かった。家庭でのこうした削減方法が中国では低コストの温暖化対策として有効と考えられる、と提言している。(図2参照)

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図2 中国の「家庭部門」と「産業・運輸部門」における、BC排出削減に関する限界削減費用曲線

 中国で排出されたブラックカーボンは、具体的には遠く北極域にも運ばれ、北極の気候変化へ与える影響などが懸念されている。排出総量に加えて排出部門ごとの寄与率を正しく現状把握することが、具体的で効果的な温暖化対策を導くために重要、と研究チームは見ている。今回の研究結果で得られた知見を、国連「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が次期(第7次)評価報告書用に構築しようとしている気候モデル計算のための排出データベースに反映されるようにしたい、としている。

石炭問題COP26でも活発な議論

 一次エネルギーに占める石炭に対する依存度をいかに減らすかは10月末から11月にかけて英国グラスゴーで開かれた国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)でも、活発な議論が交わされた。主催国、英国のジョンソン首相やシャルマCOP26事務局長などが成果文書に盛り込むことを強く望んだ「石炭火力発電の段階的な廃止を加速する」という表現が、「段階的な削減」に表現が弱められたことが関心を集めた。インド、中国、日本など石炭に大きく頼る国々の強い反対や消極的姿勢によると伝えられている。

 中国の一次エネルギー消費量に占める石炭の割合は2020年時点で56.8%を占める。中国政府は、主要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の排出ピークアウトを2030年に達成するという目標を掲げている。目標達成には電力部門と産業部門の石炭依存度を低めることが不可欠。第13次五カ年計画期間中(2016~2020年)では、石炭消費量の抑制目標を年41億トンとしており、実際に期間中の石炭消費量はこの目標以下に収まっている。さらに中国国務院は、COP26の直前10月24日に「2030年のCO2排出ピークアウトへの行動方針に関する通知」を発表している。

 自然エネルギー財団ホームページに掲載されている「中国が2030年のCO2排出ピークアウトに向けて行動方針を発表」と題する王嘉陽上級研究員執筆の記事(12月7日付)によると、国務院の新しい通知は数値目標を設定していないものの、2025年までに石炭消費量の増加を一層抑制し2025年以降に減少に転じる、としている(図3参照)。石炭消費の削減は主に電力部門と産業部門で実施し、電力部門では石炭火力発電の新設を厳しく制限した上で、エネルギー利用効率が低い発電設備の廃止を計画的に進め、CO2排出ピークアウト目標年を2025年に設定した。産業部門でも鉄鋼業で石炭を使わない電炉の利用拡大と水素製鉄などの技術開発により、電力部門と同様に2025年の排出ピークアウトを目指す。さらに2030年にはピーク時(2025年)の排出量からさらに30%削減するという目標を設定している。

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(自然エネルギー財団コラム「中国が2030年のCO2排出ピークアウトに向けて行動方針を発表」から)
図3 中国の1次エネルギー消費量の構成比

関連サイト

海洋研究開発機構、神戸大学、国立環境研究所、 国立極地研究所ププレスリリース「中国から排出されるブラックカーボンの主要起源は『家庭』COVID-19・パンデミック期の排出バランス変化を利用した観測データ解析から

国立環境研究所福江島大気環境観測施設ホームページ

自然エネルギー財団「中国が2030年のCO2排出ピークアウトに向けて行動方針を発表

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