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【24-32】一枚の膜でがんの分子診断が可能に(その2)

張 曄(科技日報記者) 呉 奕(科技日報通信員) 2024年04月08日

 血中循環がん細胞(CTC)は、臨床において重要なリキッドバイオプシーのマーカーとして機能し、初期段階のがん診断に用いることができる。しかし、体内ではその数が非常に少なく、正常な血球数の10億分の1しかない。それを見つけるのは、干し草の山から針を探すようなものだ。

 中国を含む世界の科学者は近年、血液の中からCTCを高い精度で見つけるよう工夫してきた。そんな中、江蘇大学材料科学・工程学院、新材料研究院の研究員である劉磊氏率いる研究チームが最近、多機能バイオニック柔軟膜を開発した。この膜は、CTCを見つけ出す「鋭い目」と「優れた脳」を持ち、それを高精度で「捕捉」できる上に、人体の環境に匹敵するバイオニックメカニズムを備えており、CTCを無傷で捕捉し、実験室で回収してさらなる検査に用いることができる。

その1よりつづき)

スマートかつ効率的にがんの病理学的類型を識別

 チームは、多機能バイオニック柔軟膜の開発に成功した後、まず、乳がんの検出実験を実施した。

 女性において罹患率が最も高いとされるのが乳がんだ。ヒト上皮細胞増殖因子受容体2(HER2)は、現時点で最も研究が進んでいる乳がん遺伝子の一つだ。乳がん患者のHER2が高発現か低発現かを見極めることは、HER2陽性かどうかを医師が判断する助けとなる。臨床的には、HER2陽性の乳がん患者の50%は脳転移が非常に起こりやすい。そのため、さまざまな表現型のCTCを捕捉することで、医師に術後の重要な治療根拠を提供することができる。

 劉氏率いるチームは、標的上皮細胞バイオマーカーとHER2タンパク質という2種類のがん細胞の表面バイオマーカーである特異性ポリペプチドを膜の表面に固定し、多重動的生理活性表面を有する二酸化チタンナノチューブ/シルクタンパク柔軟膜を作成した。

 劉氏は「江蘇省人民医院や鎮江市第一人民医院の協力により、この膜を乳がん患者の血液サンプル検査に利用した。これまで患者10人の血液サンプルを検査したほか、健常者3人の血液サンプルを採取し、二重盲検法を実施した。実験結果によると、多機能バイオニック柔軟膜を使った診断は、患者の組織片を使ったIHCデータに基づく診断結果と高度に一致しており、検査の正確率は100%に達している」と紹介した。江蘇省人民医院の徐建教授は「今後、がん患者の予後とがんの分子診断に根拠を提供するようになる」と期待を述べた。

 実験室で劉氏は、多機能バイオニック柔軟膜を使った検出方法を紹介した。まず、血液サンプル1ミリリットルを希釈して4ミリリットルにし、それを4つに分ける。次に、膜を0.5ミリの四角形にカットし、それぞれ4つの希釈した血液に入れる。2時間後に膜を取り出し、蛍光顕微鏡を使って、膜上にCTCが存在するかを確かめる。

 捕捉した細胞がCTCやHER2高発現腫瘍であるかを見極めるために、研究者は3色染色法を使って細胞を染色した。そして、特異的プローブを使って、CTCと白血球、HER2の高発現と低発現の腫瘍を見分け、患者がHER2陽性であるかを判断する。

 劉氏によると、チームは現在、関連医療機関と検査実験を引き続き実施している。実験サンプルが増加することで、チームはさまざまな種類の乳がんの病理学的分類に対する全面的で迅速な検出と判断を実現することになる。

 劉氏は「この膜は、腫瘍を検出できるだけでなく、外傷の薬物送達にも用いることができる。特異的な形により、薬物を界面に添加し、病理学的微小環境の刺激下で、位置を定めて薬物を放出し、治療効果に達することができる。臨床とさらに結び付けることで、この多機能バイオニック柔軟膜はより一層最適化し、実用性を高めることで、患者に非侵襲的かつ迅速で手軽な診療法を提供できる」と強調した。


※本稿は、科技日報「仅靠一张膜就能实现癌症分子分型诊断」(2024年2月20日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

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