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【21-24】日本製造業供給網混乱に拍車 中国、インドの電力不足で

2021年10月18日 小岩井忠道(科学記者)

 石炭の供給力不足により中国とインドで深刻化している電力不足が、日本の製造業に起きているサプライチェーン(供給網)の混乱に拍車をかける恐れがあるとする報告書を日本総合研究所が公表した。日本の製造業はすでに新型コロナ禍により東南アジア諸国の工場稼働が大きく制限されたことで、必要な部品の供給が得られないという打撃を受けている。報告書の筆者の一人、野木森稔日本総研主任研究員は「引き続き自動車産業が大きな影響を受けるだけでなく、電子機器産業などさまざまな製造業にも影響が広がる可能性がある」と、厳しい見通しを示している。

内需回復中の電力不足深刻

 13日公表された報告書「中国・インドの電力不足によるグローバル・インフレ懸念―冬場にサプライチェーンが混乱する可能性も―」は、野木森氏と佐野淳也主任研究員によってまとめられた。両氏はまず、中国とインドで石炭不足が急速に進み深刻な電力不足を招いている状況を、発電所での石炭在庫が減少していることを示すグラフで明らかにした。中国の主要7省とインド全国の火力発電所で平均すると、昨年5月には30日分を超す石炭の在庫があったのが、現在は中国で10数日分、インドでは数日分にまで激減している。

 この原因について報告書は、豪雨などによって中国・インド両国の石炭採掘量が減少していることに加え、中国政府による脱炭素のための急激なエネルギー構造変化推進政策が、供給が細った背景にある、と指摘している。一方、新型コロナ対応として課されていた規制が緩和されたことに伴い両国とも内需回復が進む。電力需要も伸びつつあることから、電力供給の不安定が両国社会を直撃する結果となった。

 

発電所における石炭在庫日数

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(野木森稔、佐野淳也氏提供)

 中国の対応は早い。国務院常務会議が10月8日に電力会社向けの税制優遇や融資、電力料金の引き上げなども盛り込んだ電力供給の安定化策を明らかにしている。電力会社を支援しながら、発電量の増加を狙った対応だ。

 

中国:エネルギー安全保障とサプライ チェーン安定のための「6つの確保」

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(野木森稔、佐野淳也氏提供)

インフレ圧力高める恐れも

 今後の見通しはどうか。暖房需要の高まる冬場にかけて石炭需要がひっ迫する可能性は大きい。中国、インドとも、国内での石炭生産を今後加速し、当面は輸入拡大で対応しようとしている。両国の石炭需要の増加はすでに石炭価格の上昇も招いており、オーストラリア・南アフリカ平均で石炭価格は現在、1トン当たり160ドル超。2015年の60ドルに比べると2.5倍以上に上がっている。石炭輸入額もすでに中国は大幅に増えており、インドも同様の状況が見込まれる。世界の石炭消費1位と2位の両国の石炭輸入増は、世界の石炭価格をさらに押し上げ、世界的にインフレ圧力を高める恐れがある、と報告書は指摘している。

 

中印の石炭輸入と石炭価格

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(野木森稔、佐野淳也氏提供)

影響は自動車から製造業全般に

 日本への影響はどうか。報告書は、日本の製造業がサプライチェーンをどの程度、中国、インド、東南アジア諸国に依存しているか、対産業別GDP(国内総生産)比でみたグラフで示している。インドへの依存度は低いが、中国、東南アジア諸国にサプライチェーンを依存している製造業が電気・電子機器を筆頭に多岐にわたる実態が分かる。電気・電子機器の依存度は対GDP比で13%を超す。次いで一次金属、化学製品、輸送機械、繊維製品と7~9%程度の業種が続き、製造業平均でみると、中国、東南アジア諸国、インドに対するサプライチェーン依存度は対GDP比で6~7%程度であることが読み取れる。

 東南アジア諸国の経済停滞により一部の製造業でサプライチェーンがすでに混乱しているなか、中国・インドの電力不足がこれに拍車をかける可能性に注意が必要だ、と報告書は指摘している。

 

日本の製造業のサプライチェーン 依存度(対産業別GDP比)

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(野木森稔、佐野淳也氏提供)

 野木森主任研究員は、9月末に「コロナ禍の東南アジアから広がる供給網の混乱」という報告書も公表済み。この中で、ワクチン接種率が伸び悩む東南アジア諸国の工場稼働制限など厳格な活動規制による供給遅延が深刻化し、サプライチェーン全体に混乱をもたらしている現状を明らかにしている。日本に対する影響としては、自動車製造に使われるワイヤーハーネス(車用組電線)をベトナムに、マイコンなど車載半導体をマレーシアに依存している自動車産業への打撃を特に強調していた。

「生産管理が厳しく、簡単に部品の代替などができない自動車産業が引き続きサプライチェーンを通じた悪影響を受けやすいとみられるが、東南アジア諸国の供給減が続き、中国での電力不足が大きな問題となれば、電子機器産業などさまざまな製造業についても注意が必要だ」。野木森氏は今後の日本に及ぼす影響についてこのような見通しを明らかにした。

関連サイト

日本総研経済・政策レポート「中国・インドの電力不足によるグローバル・インフレ懸念 ― 冬場にサプライチェーンが混乱する可能性も ―

同「コロナ禍の東南アジアから広がる供給網の混乱

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