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【11-010】中国WTO加盟十周年を迎えた昨今:何が変わっているか?(下)

範 雲涛(亜細亜大学アジア・国際経営戦略研究科 教授)     2011年12月20日

 前掲の記事では、1990年から2010年年末にかけての中国企業による海外直接投資(FDI)の急増ぶりを示す図表が載せたが、そこで確認できた事実をもう一度まとめてみる。2001年12月11日付けでの中国WTO加盟実現に加えて2002年11月末中国共産党第十六次総会にて採択された国家戦略方針たる「海外に打って出る」政策の本格導入が相まって、翌年から中国政府が海外直接投資にかかわるマクロ経済統計モニタリング制度が確立された。それ以降、2004年当たりから投資金額面での倍増傾向が現れ、2008年度のFDI出来高が559.1億米ドルの大台に一気に跳ね上がり、対前年比では111%の伸び率を達成した。これが全世界の対外直接投資額の資金ボリューム上ではわずか3%しか占めてはいないものの、世界各国ランキング順位では11位に躍り出た。2009年度の世界金融恐慌の直撃を受けて、世界的に対外直接投資規模が軒並み43%もの急降下が見られたにもかかわらず、中国の対外FDI伸び率がプラス1.1%の微増、金額にして565億米ドルというパフォーマンスを見せていた。世界ランキングでは第五位となり、アメリカ、フランス、日本、ドイツに次ぐ規模であった。そのうち金融ファイナンス分野を除くFDIが478億米ドルを記録した。その海外投資手法もグリーンフィールドモデルからM&A取引を含む多様なインベストメントスキルが駆使されるようになったのである。例えば、JPモルガンは、2010年に中国が買収側となったM&A取引額は740億米ドルに達し、米国の3,160億ドルに次ぐ世界第2位となっていると報告している。一方では、中国政府(商務省統計)が取りまとめた公式数字データによると、中国企業による対外FDIが129カ国および地域にわたる3125社の海外法人企業に向けられており、金額にして金融業を除いて590億米ドルに上っていた。前年比では36.3%の増加ぶりを見せた。2011年11月時点では、中国の年間FDI増幅の勢いは、世界全体のそれを遥かに凌いでいるものとなった。WTO加盟以降の足取りと対応するかのように、2001年から2011年までの10年間だけのデータを見ても明らかなように、平均伸び率35%から45%になるという推移で行けば、2013年ともなれば、中国の対外FDI規模はあっさりと1,000億米ドルを突破し、累積残高が5,000億米ドルに迫ることも十分予想できよう。

 中国(香港を含む)の企業や投資ファンドの出資を入れたM&A案件は今年1月末時点で前年より11件多い37件。米国勢によるM&Aは35件と1件増に止まり、データを比較できる1985年以降で初めて中国勢が首位に躍り出た格好となる。2001年度における中国の海外直接投資総額が7億754万米ドルであったこと、投資先地域分布が主に香港、マカオ、シンガポール、東南アジア地域であって、対日投資が僅か0.02%と比べれば、まるで隔世の感があろう。続いては近年に実現されている中国企業による対日M&A案件の代表事例をいくつか身近なケースを御紹介させていただこう。

『事例その一』 中国企業のひとつ、佳華(仮名)集団公司の対日M&A案件にまつわる話をしてみよう。

 佳華集団は、ニューヨーク証券取引所の上場企業で、液晶デスプレイ技術の中核部品や、モジュール技術を生産する大手メーカーである。

 その震尚集団が、小里電子株式会社が20%の株式を所有する、子会社である小里電子液晶株式会社を、突如、買収したのである。小里電子液晶株式会社は、液晶のセルを、国内の他社から購入し、液晶セルを、モジュール化するメーカーであった。佳華集団の経営トップは、すでに、佳華集団が、大型の液晶セル技術を完成させていたことにより、液晶セルのモジュール技術に関して、喉から手が出るほど、欲しい技術であった。

 佳華集団は、日本の大手M&Aコンサルテイング企業に、その技術取得を依頼していた。そのM&Aターゲットと目されたのが、小里電子液晶株式会社であった。そもそも、その液晶モジュール化技術の発明特許は、親会社である小里電子株式会社が長年築き上げた特許技術であった。子里電子液晶株式会社として、分離独立し、子会社となった段階で、その特許も、技術移転化されていた。小里電子液晶株式会社は、大型化する液晶技術の量産化のために、莫大な資金を投下する必要があり、親会社である小里電子株式会社へ、資金負担の打診をしていたが、一向に引き受けを前向きに対応してくれる様子が見られなかった。ところが、小里電子液晶株式会社の大池社長は、中国出張時に、佳華集団の董事長と商談し、第三者割当増資を佳華集団が引き受けることとなった。その上、株式も取得する話へと進んでいった。その頃、ちょうど、日本政府は、外国企業に対して、株式交換方式での企業買収を解禁する新産業振興政策を打ち出し、大池社長は、まんまと乗ってしまったのである。その交渉プロセスは、親会社である小里電子株式会社にはタイムリーに伝わっておらず、ただ、第三者割当増資案を独自で実行したくらいのことだけが伝えられていた。佳華集団の董事長は、「佳華集団は、この度、先進的なモジュール化技術により、大型液晶商品化システムの設計能力、技術ノウハウ、そして、小里電子液晶株式会社の基本特許技術を獲得した」と発表した。

 すでに、このような、M&A取引は、エレクトロニクスの中国大手企業が、日本の大手印刷機械製造企業(アキヤマ印刷,葛飾区)や、大手工作機械メーカーを、いとも簡単に次から次へと買収している事例が続々、出ている。 日本企業は、職人気質から抜け出るように思い切った意識改革/マインドチェンジを図らないことには、自らの知財権プロテクテイングを有効に保障されないことは、目に見えてくるであろう。

 日本の製造業を支えてきた素材メーカーや部品メーカーについても、世界は、注目している。特に日本製造業の家宝と言える物作り分野で、強みとなっている、セラミック・コンデンサー技術とか、建築技術で大地震に堪えられる耐震、免震構造システムとか、リチウムイオン電池技術や、風力発電機器の技術とか、自動車部品の金型鋳造技術等のような部品パーツ分野の基本特許技術は強固な技術蓄積と産業基盤力によって代々の職人さんによって築き上げられたものである。しかし、この部品メーカーも、各社、過当競争をやりすぎて、一斉に増産態勢を敷き、全力疾走しているのが現状である。東日本大震災以降の景気低迷を極めている昨今において、東北地方をはじめ、多くの中小企業がその資金繰り、リコール、人事的管理や、主要得意先の経営戦略シフト等で経営停止状況の危機にさらされた時になれば、外国企業は見過ごすことはせず、あらゆる海外戦略オプションの可能性や角度から買収や営業譲渡を打診してくるだろう。小里電子液晶株式会社の買収事例がまさにその象徴的な事例にほかならない。21世紀のアジア経済統合枠組みがTPP条約であろうとFTA協定になろうと関係なく、正当な知財権防衛をしっかりとビジネス法務戦略を構築しなければ、企業の国際競争力はおろか、企業自身の存在自体も危ぶまれる時代にいやおうなく直面するに違いない。


範雲涛

範雲涛(はん・うんとう):
亜細亜大学アジア・国際経営戦略研究科教授/中国人弁護士

1963年、上海市生まれ。84年、上海 復旦大学外国語学部日本文学科卒業。85年、文部省招聘国費留学生として京都大学法学部に留学。9 2年、同大学大学院博士課程修了。その後、助手を経て同大学法学部より法学博士号を取得。東京あさひ法律事務所、ベーカー&マッケンジー東京青山法律事務所に国際弁護士として勤務後、上海に帰国、日系企業の「駆け込み寺」となり、日中関係や日中経済論、国際ビジネス法務について、理論と現場の両方に精通した第一人者。著書に、『中国ビジネスの法務戦略』(2004年7月日本評論社)、『やっぱり危ない!中国ビジネスの罠』(2008年3月講談社)、『中国ビジネス とんでも事件簿』(2008年9月 PHPビジネス新書)など。