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【22-35】人工知能でW杯のオフサイド判定がより速く正確に

都 芃(科技日報実習記者) 2022年09月01日

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画像提供:視覚中国

 国際サッカー連盟(FIFA)は最近公式サイトで、今冬にカタールで開催されるFIFAワールドカップで初めて、「半自動オフサイド判定テクノロジー」を導入すると発表した。同技術は、人工知能(AI)を利用して主審がより正確にオフサイドの判定ができるようサポートし、オフサイドの誤審を最小限に抑えることができると期待されている。

 これまでのサッカーの試合では、審判員のオフサイド誤審が問題の一つとなってきた。試合結果に大きな影響を与える可能性があるからだ。しかし、最近は「AI」がサッカーの審判員の強力なアシスタントとなっている。FIFAは公式サイトで、今冬にカタールで開催されるFIFAワールドカップで初めて、「半自動オフサイド判定テクノロジー」を導入すると発表した。同技術は、人工知能(AI)を利用して主審がより正確にオフサイドの判定ができるようサポートすることができ、オフサイドの誤審を最小限に抑えることができると期待されている。

人間の目だけでは正確な判定が難しいオフサイド

 オフサイドのルールはあまり複雑ではないため、特殊な状況には触れずに、一般的に説明すると、攻撃側選手が、味方からパスが出されたボールに触れた時点で、守備側のゴールラインから2人目の守備側選手よりゴールラインに近い位置にいた場合、反則と判定されるルールだ。

 ルールを簡単に説明することができたとしても、実際の試合で、ミスすることなく正確にオフサイドの判定をするというのは至難の業だ。北京体育大学中国サッカースポーツ学院の教員でサッカーの国際審判員を努める艾堃氏によると、正確にオフサイドの判定をするために、審判員は最後のパスが出された瞬間に、パスを出した選手、受ける選手、守備側の選手の位置関係をしっかりと確認しなければならない。艾氏は、「選手は常に動き回っているので、パスが出された瞬間に、人間の目だけを頼りに、選手たちの位置関係を見定めるというのは、それほど容易なことではない。そのため、オフサイドかどうかをきっちり判断するために、サッカーの試合では、フィールドの両側のタッチライン外側に、アシスタント審判員が1名ずつ配置されており、最適な角度からチェックして、瞬時に正確にオフサイドの判定ができるようにしている」と説明する。

 しかし、プレーのレベルが高まり、試合のテンポが速くなる一方で、攻撃のバリエーションも増えている。そのため、アシスタント審判員が最適な位置で、鷹のように鋭い目で、試合の行方を見守っていたとしても、人間の目だけを頼りに、いつもパーフェクトにオフサイドの判定をするというのは、ますます困難となっている。そんな中、実況中継技術が急速に進歩し、特にハイスピードカメラが幅広く導入されるようになり、繰り返しプレイバックして映像を見ることができ、試合の公平性が向上するだけでなく、映像技術を利用した反則判定サポートが可能になり、ビデオアシスタント審判員(以下「VAR」)が誕生した。

 艾氏は取材に対して、「主催者は、試合会場にカメラを10~30台設置し、試合をリアルタイムで記録し、試合に影響を与えるカギとなる状況が発生すると、VARがビデオ映像をプレイバックして、フィールド上の主審に判定の参考を提供する」と説明し、オフサイドの判定の具体的な方法について、「審判員はまずVARを利用してビデオ映像を一コマごとプレイバックし、攻撃側の選手が最後にパスを出したキックポイントを特定する。その後、確定したタイムを基に、ラインを引き、パスを受けた攻撃側の選手と、守備側の選手の守備側のゴールラインから2人目の選手の相対的な位置を確定し、2Dと3Dのオフサイドラインを描く」と説明する。ただ、人間の目と比べると、VARのチェックの方法はより精度が高いものの、判定には数分かかることも多いほか、人のあらを探すかのように厳格な判定を下すため、サポーターの非難に遭うことも少なくない。しかし、艾氏は、「VARは現時点ではパーフェクトではないものの、オフサイドを含む反則を判定するために、客観的な事実に基づく根拠を提供してくれる」との見方を示す。

AI導入でオフサイドのワンボタン判定を実現

 VARのパフォーマンスがパーフェクトではないため、FIFAは、AI技術をさらに強化してオフサイドの判定をサポートすることにした。VARでは、審判員は、キックポイントの割り出しや、ラインを引く作業などを手作業で行わなければならなかったが、カタールで開催されるワールドカップで導入される「半自動オフサイド判定テクノロジー」はそのプロセスを全てAIシステムが担い、審判員がワンボタンでオフサイドの判定を出せるようになっている。

 しかし、ベテランのサッカーファンでも、説明が難しいオフサイドのルールを、AIは本当に理解できるのだろうか?実際には、AIにとって、オフサイドとは何かを理解することは重要ではなく、すべきことは、収集した各種データを比較・判断し、客観的な結果を出すことだけだ。そのシステムの運営は2つの重要ステップに分けることができる。まず、攻撃側の選手のキックポイントを特定することだ。それを実現しているのが、今大会の公式試合球「アルリフラ」のど真ん中にフレキシブルホルダーに支えられて組み込まれている慣性計測ユニット(IMU)センサーで、1秒間に500回の頻度でフィールド上の位置データをビデオオペレーションルームに発信することができる。FIFAフットボールテクノロジー&イノベーションディレクターのヨハネス・ホルツミューラーは、「このセンサーはボールが複数の方向へ動く加速度情報をリアルタイムに発信することができる。システムはボールの加速度の変化に基づいて、ボールが攻撃側の選手の足を離れた正確な時間を自動で判断してくれる」と説明する。

 次に最も重要なオフサイドラインを引くために、同システムが頼りにしているのは、スタジアムの屋根の下に設置されている12台の専用追跡カメラだ。それらカメラはビデオモーションキャプチャー技術を駆使して、個々の選手の体の部位29ヶ所の29データポイントを1秒間に50回追跡することができ、位置や時間のデータがビデオオペレーションルームに送られる。最後に、システムはキックポイントの情報やカメラの追跡により得られた選手の体の位置情報を統合・計算し、最終結果を導き出す。

 少し複雑に聞こえるかもしれないが、そのプロセスは3~4秒で行われ、審判員に、システムが計算して導き出した正確な結果が提供される。主審がその結果を採用すると決定した場合、システムは、選手の29データポイントを通して収集されたデータに基づき、人体3Dモデル再構成技術を駆使して、ボールがプレーされた瞬間の選手の手足の位置を完全に詳細に示す3Dアニメーションが自動生成される。この3Dアニメーションは、オフサイドラインの位置や、オフサイドと判定された選手がボールを受けた時の体の各部位の位置を最適な視点で表示し、スタジアムの巨大スクリーンに映し出され、サポーターに納得する形で情報が提供される。

 これほど強力なAIが今後、主審の代わりにオフサイドの最終判定を下すようになることはあるのだろうか?FIFA審判委員会のピエルルイジ・コッリーナ委員長は、「このシステムが『半自動オフサイド判定テクノロジー』と命名されたのは、主審にオフサイドであるかどうかの参考結果を提供するだけで、最終判断を下すことはできないからだ」と繰り返し強調している。艾氏も、「オフサイドの判定をする時、アシスタント審判員は、客観的な事実に基づいて判定するだけでなく、一部の特殊な状況下では、ルールに基づいて、試合で起きた事実を主観的に判断する必要もある。例えば、オフサイドポジションにいる攻撃側の選手がボールを受けなかったとしても、他の選手の邪魔をしていないか、攻撃に参加していないか、移動して相手の選手がボールを処理するのを邪魔していないかなどを判断しなければならない。それらの判定をするためには、試合内容の深い把握に関わるため、現時点では機械には正確な判断を下すことはできない」との見方を示す。

複数の競技で応用されているAI技術

 このオフサイド判定技術は現時点では、全てのサッカーの試合では導入されているわけではないが、類似したモーションキャプチャー技術や人体3Dモデル再構成技術を活用したAIシステムは既に、複数のスポーツの試合や練習で導入されている。2021年に開催された東京五輪の水泳飛込競技で、金メダル7枚、銀メダル5枚獲得という成績を収めた中国の「ドリームチーム」を支えた陰の功労者の「1人」が、「AIコーチ」だった。

 このコーチシステムは、水泳飛込競技の中国ナショナルチームが、インターネット大手「百度」と共同で打ち出した中国初の「3D+AI」飛込練習システムだ。同プロジェクトに参加した百度のベテラン研究開発エンジニア・盧飛翔博士によると、同システムはハイスピードカメラを通して選手が飛び込み台から飛び込んで完全に水の中に入るまでの2D高解像度画像をキャッチした後、ブレイン3D視覚技術及びディープニューラルネットワーク技術を駆使して、アスリートのモーションを立体的に描き出し、各関節の角度を立体的に獲得する。その後、人体3Dモデル再構成技術を通して、飛び込みの全プロセスを3Dで再現し、それをベースに、飛び込む際の動きを正確に定量的に評価し、審判の採点をシミュレーションすることができる。

 練習のサポートだけでなく、AIがスポーツの試合に応用されるケースがますます増えている。2021年2月に開催された北京冬季五輪のテストマッチでは、小氷公司が研究開発したAI審判・コーチシステム「観君」が、エアリアル種目の唯一の審判員を務めた。そして、個人の準決勝、スーパーファイナル、団体の準決勝で、延べ44人の採点を行い、国際スキー連盟や中国国家体育総局ウィンタースポーツ管理センターから高く評価された。これは、人類史上初めて、人間の関与なしで、AIだけで採点の任務を遂行したケースとなった。

 小氷公司の李笛最高経営責任者(CEO)によると、「観君」は、アスリートのモーションを識別するのが難しいという問題を解決するとともに、練習データがあまりない状況下で、ウィンタースポーツの分析モデルを構築し、エアリアル選手の運動軌跡・姿勢、飛び上がた時の角度、距離といった複数次元の指標を分析できるほか、国際大会の審判員の採点基準を学習、シミュレーションすることができる。同システムの今後の応用について、李CEOは、「現時点の技術は往往にして段階的な始まりに過ぎない。しかし、今後、スポーツの練習などへのAIの応用を一般の人々が利用できるようになる日はそう遠くないだろう」との見方を示す。


※本稿は、科技日報「有了人工智能幫忙這届世界杯的越位判罰将更快、更准」(2022年7月20日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。