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【24-50】血液生態系の研究で全身性疾患の解明を目指す(その2)

代小佩(科技日報記者) 朱珂影(科技日報実習記者) 2024年06月05日

中国医学科学院血液病医院(中国医学科学院血液学研究所)の程濤教授と王洪研究員がこのほど、「血液生態系」の概念に関する論文を発表した。程氏らのチームではこの概念を用いた新たな疾患研究が始まっている。

その1 よりつづき)

バイオインフォマティクスのノウハウが強力なツールを提供

 血液生態系が提唱している体系的な理念には長い歴史がある。王氏によると、「血液生態系」という概念を打ち出す前から、生物学者は人体が非常に複雑な生命システムであり、各種疾患の発生は単一の要因によるものではなく、複数の要因が重なった結果であると理解していた。

 このような体系的思考に導かれ、程氏率いる研究チームは、細胞エコロジカルの研究を行った。程氏は「シングルセルシーケンシング技術の発展と応用が、血液中の細胞成分や各細胞成分間の相互作用の解析に役立ち、血液中の各細胞が作用するメカニズムに対する理解を刷新した」と説明した。

 技術の発展に伴い、非細胞成分とその相互作用の解析も徐々に可能になっている。王氏によると、ここ十数年間にわたり、各種生物医学の先端技術が重要なブレイクスルーを遂げた。特にマススペクトル技術といった各種オミクス技術の応用により、血液中のたんぱく質成分と代謝成分の大規模解析が効果的にできるようになった。

 職人が良い仕事をするためには、まず道具をよく研がなければならない。ディープラーニングや大規模言語モデルといったバイオインフォマティクスのノウハウが日々成熟したことで、血液生態系の研究者は細胞と非細胞の成分を同時に解析できる強力なツールを手に入れた。王氏は「バイオインフォマティクスのノウハウを活用すると、まるで『神の視点』を得たように、血液生態系を網羅的に観察することができる。各細胞成分と非細胞成分は、地上で生活する独立した生物体のようで、それらが相互に交流する動きやパターンを観察することができる。このような視点は、血液システムの全体像を理解し、それが生命体に与える影響を研究するのに役立つ」と解説した。

 このようにして新たな概念が誕生した。2017年、程氏は率先して血液細胞分子グラフ研究計画の始動を提唱した。これは、血液生態系の研究が始まったことを示すもので、20年には国家自然科学基金委員会が主催した第272期「双清フォーラム」において、程氏は初めて「血液生態系」という理念を発表し、翌21年には「中華血液学雑誌」で関連理念について説明した。

 理念という旗を高く掲げながら、技術という強力なツールを握る。血液生態系の研究者は、このようにして絶えず新たな領域を拡大し続けている。

未知の治療ターゲットの発見に期待

 血液生態系研究は、臨床上のどんな課題を解決できるのだろうか? 王氏は「研究チームが現在注目しているのは、造血幹細胞移植の分野だ。今後、血液生態系研究のパラダイムを利用して、造血幹細胞移植のメカニズム、診断、治療に関する臨床上の課題を解決できるだろう。われわれのチームは既に、GVHDの研究でいくつかの有望な成果を上げている。もしGVHDのバイオマーカーや治療ターゲットを正確に特定できれば、こうしたマーカーに基づいて検査キッドを開発し、造血幹細胞移植を受けたどの患者にGVHDが起きるかを予測して事前に介入できるようになる。また、新たなターゲットに基づいたプレシジョンメディシンのプランも開発する計画だ」と語った。

 程氏は「血液疾患だけでなく、血液生態系の研究は、各種全身性疾患のメカニズム研究や診断・分析、治療プランにも応用できる。例えば、がんや自己免疫疾患なども血液生態系研究の範囲に組み込むことができる」と説明した。

 血液生態系の分析は、疾患のメカニズム分析や診断方法の提供、治療プランの設計、有害事象の予測などに役立つ。王氏は非細胞成分の解析を例に挙げ、臨床上で疾患診断に用いられているバイオマーカーのほとんどは血漿中のたんぱく質のマーカーもしくは代謝成分といった非細胞成分だと指摘。血液生態系研究によって非細胞解析が重要なブレイクスルーを果たせば、現時点で正確な診断指標がない疾患についても、対応する指標ができるとの見通しを示した。

 王氏は「このことは、多くの疾患が早期発見され、正確な治療ターゲットを見つけるのに役立つ。例えば、HIVやB型肝炎といったまだ特効薬のない疾患の治療ターゲットを正確に見つけることが可能になる」と強調した。

 現在、中国内外の複数のチームが血液生態系研究の新たなパラダイムを活用して、さまざまな生物学的問題を掘り下げ、研究している。程氏は「血液生態系は、体系的な観点を通して各種疾患に対する理解を深め、病理メカニズムを網羅的に解析し、治療ターゲットを正確に探し出す上で重要な意義がある」と見解を述べた。

 ただし、血液生態系研究には依然として限界がある。王氏は「大量の血液成分を解析する必要があるため、現時点では、血液生態系の研究コストがまだ高い。一般的な研究プラットフォームの場合、相応の先端技術と資源が不足していることがあり、この研究を進める上で一定のハードルが存在する」と率直に語った。

 程氏は今後の展開について、「中国医学科学院血液病医院(中国医学科学院血液学研究所)はまず、技術面の研究開発に引き続き取り組み、血液生態系解析のコストを下げる。そして、先進技術を開発し、解析効率を高める。一方で、全身疾患に対する研究パラダイムの応用を推進し、取得した成果を活用して、関連疾患の臨床診断と治療法を改善していく」と強調した。


※本稿は、科技日報「血液生态研究可解析系统性疾病」(2024年4月2日付8面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。

 

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