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【23-39】OPPOはなぜ半導体チップ製造から撤退したのか

李明子/『中国新聞週刊』記者 舩山明音/翻訳 2023年08月10日

中国の大手通信機器メーカー、OPPO。スマホシェア率は2020年にサムスン、華為などに継ぐ世界第5位となった。携帯産業が冷え込み続ける一方で、半導体チップの開発はますます加熱している。OPPOの目の前に立ちはだかる現実的問題は、半導体チップの自社開発はブランドのためにどれほど利益をもたらしてくれるのか、ということだった。

 5月12日の正午、OPPO傘下の半導体チップ開発子会社である哲庫科技(上海)有限公司〔以下、哲庫科技〕(ZEKU)が、突然に開発停止を発表した。4年間で100億元を投入し、哲庫科技で3000人が注力してきた開発努力には、ここで終止符が打たれることとなった。

 突然の「解散」の理由について、哲庫科技の劉君CEOは、5月12日の全体会議でこう説明した。「グローバル経済と携帯業界は決して楽観は許されず、会社全体の収益は想定を遥かに下回る。このような状況では、会社はいずれ半導体チップ製造のような巨大な投資に持ち堪えられなくなるだろう」

哲庫科技「解散」発表の朝

 開発停止はあまりにも突然だった。

 5月11日の夜、上海張江国創中心のオフィスビルの灯は明るくともっていた。SoCチップ〔1つの半導体チップ上にシステム動作に必要な機能の多くを実装したもの〕の設計業務に携わる周呉とチームの同僚たちは残業してプロジェクトを進めており、「その日に配属された新人もいた」という。退社前、周呉は「明日は在宅勤務するように」という内部連絡を突然受け取った。その理由は「事務所はIT関係のアカウントと警備システムの更新のため、24時間閉鎖する」というものだった。

「もともと12日の全体会議では、ビッグデータ型AI、ChatGPTの携帯への応用について討議する予定でした」哲庫科技の北京チームに入って1年あまりの郭斐はこう語る。12日の早朝、部門のリーダーから「全員会議に参加するように」との連絡が入った。その時点では、「順調にテープアウトまできたこと〔LSI=大規模集積回路の設計が完了し、テストの段階に入ったという意味〕を会社が祝ってくれるのか」と素直に考えていた。

 初のモバイルAP〔スマートフォンなどに搭載され、頭脳の役割を担うシステム半導体〕は、今年3月にすでにテープアウトに入っており、6月中~下旬に終了する予定だった。会議の数日前には哲庫科技のBP〔ベースバンドプロセッサ〕チームも初のテスト用チップを生産し、9月には納品の見込みだった。哲庫科技は着実に「チップレット」〔複数の小さなチップに個片化した回路〕から「モノシリック」〔1枚の基板の上に集積した回路〕の開発へと進みつつあった。

 全体会議の動画を開くと、以前はカラフルだったPTTの背景が「ダークトーン」になっていた。スーツ姿の経営陣が全員並んで姿勢を正していた。「部門の責任者も、何が起きたのか知りませんでした。最悪の事態はリストラだろうとみんなで囁き合いました。まさか会社が開発を止めるとは」

 もとは12日の午前11時に開始予定だった全体会議は5分遅れ、会社の全メンバーが揃うのを待って、改めて「重大決定」が通知された。「慎重なる討議の結果、我が社は哲庫科技を閉鎖し、半導体チップの自社開発を終了することを決定した」会議が始まって間もなく、哲庫科技の劉君CEOが、微かに声を震わせてOPPO本部の決定を読み上げた。

100億元を投じた半導体チップ開発の得失

 哲庫科技の設立前、OPPOはすでに半導体チップ開発をスタートしていた。2017年末には集積回路チップの設計と関連サービス等を業務範囲とする上海僅盛通信科技有限公司を設立した。当時は市場に勢いがあり、OPPOは華為・小米に追いつくことを目標とし、自社のプロジェクトチームを組織して携帯用半導体チップの開発に注力した。

 数年後、華為海思(Huawei HiSilicon)がアメリカの制裁を受けたとき、意欲に満ちていたOPPOは守朴科技(上海)有限公司を設立し、のちに社名を「哲庫科技」に変更した。当時の「未来技術大会」〔OPPOが年に1度開催する公開報告会〕で、OPPO創始者兼CEOの陳明永は「今後3年で5000億元を開発予算として投入」すると高らかに宣言した。また引き続き5G及び6G、人工知能、AR、ビッグデータといった先端技術に注目し、さらには「最も核心的な基盤ハードウエア技術、ソフトウェアプログラム、システム容量を構築する」と語った。当時のOPPOは明確に長期戦への備えを整えており、十分な資金力もあった。

「哲庫科技の切り札は、高い報酬で人材を引き抜き、技術者チームをスピーディーに構築することでした」業界で十数年のキャリアを持つ、もと中興通訊〔ZTE、深圳に本拠地を置く通信設備会社〕のプログラマーはこう明かす。哲庫科技の報酬は当時の業界水準の2~3倍であり、各テクノロジーの第一人者の報酬となるとさらに上をいった。

「哲庫科技には4つの開発センターがあり、独自に発展して製品開発をおこなっていました」。2022年4月、前出の郭斐は当時在籍していた外資企業の2倍の報酬で、哲庫科技の北京BP開発チームに引き抜かれた。彼によれば、Aセンターは携帯プロセッサ、BセンターはBPチップ、CセンターはBluetoothオーディオ等への接続チップ、RセンターはRFIC〔無線周波数集積回路〕の開発を主におこなっていたという。

 Aセンターは最大のスタッフ数を抱え、製品ユニットを最も早くリリースした。2021年12月14日、OPPOは初の自社開発NPU〔人工知能専用半導体チップ〕「MariSilicon X」を正式にリリースした。6nmプロセス〔半導体製造における微細化の指標をnmで表す〕の先進的な製造工程を採用したもので、OPPOのハイエンド旗艦シリーズの携帯プロダクトに搭載された。陳明永CEOは、MariSilicon XはOPPOが真に開発の「山場」にさしかかったことを示している、と語った。

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2022年5月25日、OPPOは新世代旗艦Find X5シリーズ携帯をリリースした。Find X5 Proタイプは初めてOPPOが自社開発したNPUチップ「MariSilicon X」を搭載した。写真/視覚中国

 1年後、自社開発チップの第2弾であり、N6RFプロセス〔台湾積体電路製造社による6nmプロセス〕を採用した「MariSilicon Y」をリリースした。メイン半導体チップと協働させなければ携帯で全体の回路が形成できない「MariSilicon X」に比べ、「MariSilicon Y」はもはや完全なSoCサブシステムだった。

「半導体チップの開発費用は、市場でチップを購入するより高くつきます。最高レベルのチップを作るには、まず先進的な製造プロセスが必要で、このための投資がかなり大きいのです」。OPPOの半導体チップ製品の姜波高級ディレクターは、半導体チップ開発チームの立ち上げの初日から、旗艦商品となるチップの開発を目標に掲げていたことを明言している。

「それまでの2つの半導体チップ開発はいわばトレーニングのようなもので、最終兵器は現在テスト中のAP、つまり初の自社開発SoCチップでした」前出の周呉は語る。

 開発の停止まで、BセンターはBPを順調に送り出していた。前出の郭斐が当時知らされたプロジェクト計画では、すでに台湾積体電路製造社に200万ドルを投じてテープアウトに入っていたはずで、9月に終了、来年にはなんとか次のテープアウトを実施すると同時に自社開発のAPと組み合わせ、2025年には正式に商品化の予定だった。第3世代にバージョンアップした暁には、高級旗艦携帯に搭載する性能を備え、ハイエンド携帯用半導体チップ市場で一定の競争力を持っているはずだった。

 周呉によれば、哲庫科技はゼロから立ち上げたとはいえ、全く経験がなかったわけではなく、優秀な技術者の引き抜きにより、3、4年のうちに技術的難度の極めて高いSoC製品をリリースした。ただし、小規模なチームが集まっていたため、チーム間で意見の食い違いから「諍い」が起こり、それが仕事に影響し、プロジェクトの進度を遅らせることもあったと明かす。

「半導体チップ部門を維持するのは容易なことではなく、大規模な投資と業務パートナーの協力があってはじめて円滑に進むのです」。科学技術研究・コンサルティング企業Omdiaのシニアアナリストはこう語る。もちろん、「(哲庫科技の開発停止の)明らかな原因は、経済的成長の鈍化と、利潤を残す必要からです」

 昨年の携帯市場は再編に直面し、OPPO従業員の年末ボーナスは「割引」された。だが哲庫科技スタッフのボーナスは例年通り支払われ、引き上げられた人さえあった。職友集〔求職者向け企業情報サイト〕のデータによれば、哲庫科技スタッフの平均月収は4万4504元となっている。ボーナスやその他の福利厚生費を上乗せすると、4年分の人件費は60億元にのぼる。

「最もコストがかかるのは半導体チップの開発で、正規プログラミングソフトやIP取得費用は高騰し、テープアウトや量産などのコストはさらに膨大なものです」。前述のもと中興通訊の半導体チップ開発プログラマーはこう語る。

 その話によれば、哲庫科技がすでにリリースしている画像処理NPUチップMariSilicon Xと、Bluetoothオーディオ向けSoCチップMariSilicon Yはいずれも台湾積体電路製造社の最先端の製造プロセスを採用しており、1回のテープアウトだけでコストは1億元を超える。「業界内では、人件費や管理費に開発ソフトやテープアウトなどの各種コストを加えると、哲庫科技の投資はおよそ100億元にのぼるといわれています」

 5月12日の「レイオフ会議」で、哲庫科技のBPおよびRF〔無線周波〕部門の責任者で管理グループの王瀧はこうも述べた。「今日迎えたような結果には、"帥を出だして未だ捷(か)たざるに身先(ま)ず死す"〔杜甫「蜀相」より。未だ勝利を得ないうちに無念にもその身は倒れる〕のやるせなさと不安があるかもしれないが、投資側がこの決定を下したことは、理性的な決断だったと考える」

携帯業界の長い「冬の時代」

 2023年、携帯業界の状況はなお楽観を許さない。業界リサーチ企業のカウンターポイント社の最新報告のデータによれば、2023年第1四半期の全世界のスマートフォン出荷量は前年同期比で14%減少し、2.8億台に落ち込んだ。そのうち、OPPOの第1四半期における世界での出荷量は2800万台で前年同期比10%の減となっている。

 今年の第1四半期に、OPPOは挽回して国内携帯市場でトップの座に返り咲き、Apple、vivoらの携帯メーカーを抑えた。その優れた成績に貢献したのは、主にミドルレンジ製品である。一方、ハイエンド携帯市場ではOPPOの存在感はそれほど目立たない。

 消費者が携帯を買い替えるサイクルも長くなり続け、もう携帯はしょっちゅう新しく買う必要はないという考え方に落ち着いた消費者が増えている。3~4年使うのはますます普通のことになりつつある。

 携帯産業が冷え込み続ける一方で、半導体チップの開発はますます加熱している。OPPOの目の前に立ちはだかる現実的問題は、半導体チップの自社開発は、ブランドのためにどれほど利益をもたらしてくれるのか、ということだった。

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上海南京路にあるOPPO専門販売店。撮影/中国新聞社 王岡

 半導体業界で20年のキャリアを持ち、華為やAmazonで勤務したあるベテラン技術者の見方によれば、画像アルゴリズムとオーディオ解析アルゴリズムはすでにボトルネックに達しており、性能の向上はベンチマークスコアでは実現できても、実際の使用において感じられる違いは大きくはない。そのため、ユーザーに価格以上の価値を感じさせるのは難しいという。

「このほか、自社開発の携帯用半導体チップは、知的財産権の問題に抵触しやすいのです」と彼は指摘する。画像、音声等のコプロセッサ〔メインを補助する装置〕に比べて、メインプロセッサはいくつもの技術が積み重なっており、自社開発といっても100%自社で開発しているわけではない。サード・パーティのIp、またはオープンIpを使用して部分的に自社で開発することになる。

 だが、「可能性のある開発プロセスは他のメーカーにほぼ全てブロックされており、初めて参入する企業は知らずに大企業の知的財産権を侵犯する恐れがあります」

 彼はこう続ける。「知的財産権の問題があれば、半導体チップを自ら開発するメーカーは、自社の製品シリーズを展開できない結果に直結します。たとえ最初のチップが順調にテープアウトできても、イテレーションできず、携帯本体に搭載することはできません。モチベーションの面からみてもコスト管理の面からみても、携帯メーカーによる半導体チップの自社開発は、意味を失いつつあるのです」

半導体製造は十中八九まで可能性がない

「短期的利益から見れば、小規模チームと大手ISP〔イメージシグナルプロセッサ、画像処理装置〕メーカーが協力すればそれなりの性能の画像用半導体チップが開発でき、低コストで、効率も高いかもしれません」前出のベテラン技術者はこう語る。だが、さらに複雑なAPU〔アプリケーションプロセッサユニット、通信・通話以外のシステム全体の処理を担う〕の開発では、10年前と比べてチップの性能に対する市場の要求が明らかに厳しくなっているという。

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2023年3月21日、OPPO Find X6シリーズが正式にリリースされた。撮影/中国新聞社 王岡

 前出の半導体チッププログラマーはこう例を挙げる。華為の初代半導体チップの性能も十分ではなく、携帯のフリーズや発熱を引き起こし、ユーザーは文句を言いながら使っていたが、5~6年に及ぶ研究開発のイテレーションで改善を繰り返し、徐々に認められるようになった。「当時は製品を合格ラインまで引き上げれば市場に受け入れられましたが、現在は90点を取っても捨てられる場合があります。時代が変わったのです」。彼は率直に語る。

 華為の年報によれば、2019年以降、毎年の開発費用は数兆元規模となり、2008年から2019年までの十数年で、華為が投じた開発費用の合計は6000億元を超える。このように莫大な金額を投資し続けてきたことがベースにあったからこそ、華為海思(Huawei HiSilicon)は順調に躍進し、国際的にトップレベルの半導体開発集団にまで上り詰める基盤となったのである。

「華為の半導体チップは携帯の技術的進歩によるボーナスを得ているのみならず、自社開発がもたらす利点の恩恵も受けています」。半導体研究のアナリストとして第一人者の顧文軍はある文章でこう分析している。現在のように携帯用半導体チップが難易度の高い成熟した技術となった後は、後続企業は発達したチップ製造プロセスを目にすることができるが、自社開発による利益とその影響力は大幅に目減りしてしまった、という。

 小米傘下の松果電子は2017年にプロセッサ「澎湃S1」をリリースし、同時にこのチップを搭載したエンド端末「小米5C」を発売した。だが、この携帯の売れ行きは平凡なもので、後に市場の片隅に追いやられてしまった。小米グループ創始者の雷軍は、「半導体チップの開発は、十中八九まで可能性のない商売だ」と明かしている。

「先に市場に参入した企業の存在と、高騰し続ける開発コストのため、携帯メーカーによる半導体チップの自社開発の道はますます困難になっています」。前述のベテラン技術者の分析によれば、哲庫科技の設立以後、半導体チップの設計と製造はいずれもハイスペック化し、4nmまたは3nm製造プロセスを採用した少数の携帯半導体メーカーのみとなった。業界の衰退期に入り、携帯端末は価格以上の価値を感じさせる余地を生み出しにくくなった一方で、過酷さを増す特許争奪環境に直面し、数倍規模の常設のソフト開発チームを抱えて製品を改良せねばならなくなった。問題は、このように自社開発ハードウエアの割合が高いハイスペック携帯は、より大きな販売規模と高い定価設定でなければ、コストの比率を下げて利潤を生むことができないということだ。

 今年の半導体市場は、需要がなお低迷し続けている。5月1日におこなわれた半導体業界協会(SIA)の発表によれば、2023年の第1四半期において、世界の半導体の販売額合計は1995億ドルで、前年の第4四半期より8.7%減少、前年同期より21.3%減少となっている。

 明らかに、OPPOの現在の出荷量は、半導体チップの自社開発によって利益を生み出せるほどの生産量に追いついていない。「短期的利益を求めるというエンド企業の本質的性格は、半導体チップが求める長期的攻略法には相応しくないのです」顧文軍は、エンド企業が自社でモノシリック半導体チップを開発する時代は去ったと考えている。

(取材先の希望により、文中の周呉・郭斐は仮名とした)


※本稿は『月刊中国ニュース』2023年9月号(Vol.137)より転載したものである。