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【23-24】深圳市政府の支援でAI企業15社が日本の技術イベントに出展

2023年05月30日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
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コロナ後、深圳市政府の海外営業活動が活発に

 2023年5月10~12日、NexTech Week 2023(春) が東京ビッグサイトにて開催された。南展示棟ほぼ全面にわたり、第7回AI・人工知能EXPO【春】/第4回ブロックチェーンEXPO【春】/第3回量子コンピューティングEXPO【春】/第2回デジタル人材育成支援EXPO【春】の4イベントからなる大規模な展示会だ。

 このイベントで20社の深圳企業が共同で「深圳ブース」を構えた。自らブースを用意した5社と、深圳市政府がブースを確保し、スタートアップ支援企業 iMakerbase の呼びかけに応じた15社のAI/ロボティクス関連企業が一カ所に集まることになった。参加企業リストは こちら に掲載されている。

 筆者は今回のまとめ役となったiMakerbaseで顧問として仕事をしていて、今回の活動に運営側から関わることになった。深圳政府とスタートアップ企業、スタートアップ支援企業の関係について、運営側から見た様子をレポートする。

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(※キャプション)深圳政府が確保したスペースは、ブース全体に「深圳」の名前や、起業都市としての魅力が示されており、その中に15社がそれぞれのブースを構えている。

 スタートアップ企業をまとめたiMakerbaseによると、深圳政府からのイベント出展の打診は4月に入ってからだったという。そこから1カ月あまりで出展社の招集、ブースの装飾や商務出張ビザの手配は、政府と参加企業ともに「深圳速度」といわざるをえない。出展社の多くは実機デモを備え、今回のために日本語のパンフレットを印刷して持ち込んだ企業もあった。

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(※キャプション)出展企業の一つElephant Roboticsは日本語のパンフレットを用意し、同社のロボットを大量に持ち込んだ。

中国国際貿易促進委員会主催で、日本企業や政府機関との交流会も

 深圳政府の活動は展示会へのブース出展だけに留まらず、3日間の会期中、バスを仕立ててJETROや大学、日本のスタートアップ支援施設などへの訪問も積極的に行った。全社が参加したわけではないが、イベントのために数人が来日したような企業では、管理職にあたる人間がこうした事業開発を行っていた。CEOが直接企業訪問して、提携について話し込む姿も見られた。

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(※キャプション)日本のスタートアップ支援施設ガレージスミダ/浜野製作所を訪れた深圳企業の一行。各社がプレゼンを行い、提携のきっかけを積極的に探していた。

 さらに5月12日には、DMM.make AKIBAを会場に、中国国際貿易促進委員会が主催する中国(深圳)-日本(東京)人工知能産業連携交流会が開催され、深圳市駐日経済貿易代表事務所の田所長の他、前述の浜野製作所や早稲田ビジネススクールの牧兼充准教授など、スタートアップ支援を業務にする様々な立場の有識者や企業が知見をシェアした。

 イベントの様子は中国中央電視台の東京特派員が運営するYouTubeの 日本語チャンネル「桜の華」で公開されている。

AIとハードウェアの融合が進む深圳。出展企業はスマート・ハードウェア分野が中心

 こうした大規模な海外営業活動を行う、深圳政府の狙いはどこにあるのだろうか。

 人工知能産業、AI企業というカテゴリだが、今回の出展企業20社のうち、ソフトウェアだけの製品・ソリューションを展示していたのは、翻訳AIの CloudTranslation社 などごく一部だ。ほとんどの出展企業はAIとハードウェアを組み合わせたスマート・ハードウェアや、スマート・ハードウェアを支えるセンサーや開発ボードなどのハードウェアを製造している。

 ロボットに組み込まれるコンピュータが高性能化していることで、ロボット内でも高度なAI処理を行えるようになり、ロボットの機能を開発する上でAIが大きな役割を果たすようになった。掃除ロボット、作業ロボットなどを製品化する上で、顔認識、物体認識などのAI技術の活用は大きなアドバンテージになる。

 また、AI処理を行う上で、物理世界の情報をコンピュータ処理可能にするカメラやセンサーなども深圳で開発されている。LSLIDER社など、LiDARセンサーやAI処理を可能にする開発ボード企業などの出展も見られた。

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(※キャプション)出展企業の一つLSLIDAR社。自動運転に欠かせないLiDAR技術は、高度化と低価格化が同時に進んでいるため、近年では高級なスマホなどにも搭載されている。

AIとムーアの法則とサプライチェーン

 AI処理を行うコンピュータは、ムーアの法則によって高性能化と低価格化が同時に起こっている。また、コンピュータだけでなく、多くのセンサーも半導体の集積回路で作られているため、ムーアの法則による高性能化・低価格化の恩恵が強く現れている。

 そのため、企業それぞれの技術レベルよりも「新しい製品か、最近発売開始された半導体部品を使って設計されているかどうか」が製品の優劣を左右する。設計に長い時間をかけるよりも、最新のハードウェアを製品に採用することがより効果的になるため、柔軟なサプライチェーンとフレキシブルな製造を得意とする、深圳の企業向きの分野と言える。

深圳政府の狙い

 かつての深圳は低コストの労働人口により、「世界の工場」として発展を遂げた。しかし、もう労働人口もコストの安さも利点になりえない。多くの製造業は請負製造から、自社で付加価値の高い製品を開発する転換を迫られている。

 AIとハードウェア、特にロボティクスを統合したスマート・ハードウェアは、世界に類のない柔軟で多様なサプライチェーンをもつ深圳にとって有利な市場だ。今回の出展企業は消費者向け/B2B、ソフトウェア・ハードウェア、開発ツールや最終製品など、分野はバラバラに見えるが、スマート・ハードウェアという点で共通している。

 それは、深圳政府が今後を見据えて推進していきたい分野でもあるのだろう。


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