【20-021】北京のヘアカット おうち、青空、日式まで
2020年08月17日
斎藤淳子(さいとう じゅんこ):ライター
米国で修士号取得後、 北京に国費留学。JICA北京事務所、在北京日本大使館勤務を経て、現在は北京を拠点に、共同通信、時事通信のほか、中国の雑誌『 瞭望週刊』など、幅広いメディアに寄稿している。
ヘアカットはおうちで
新型コロナの自宅待機令下、日本では美容院は生活必須業種に分類されて開いていたが、北京ではほぼ6週間一斉に閉店。そうした中で皆が選んだのがネットで購入したバリカンを使った「おうちカット」だ。周囲のパパや若い男子は自らバリカンを握り、果敢にヘアカットにチャレンジした。
日本だとセルフカットの心理的ハードルは高いが、中国では皆あまりたじろがないのはなぜだろうか。失敗を恐れず、人の目を気にせず、強気に明るく生きる中国の人の気質ゆえだろうか? こちらの髪型はスポーツ刈りや刈り上げが主流で髪型に対するこだわりがあまりないこともあるだろう。さらに、「おうちカット」が実は多くの人にとって身近な存在という側面も見逃せない。
北京でも70年代頃までは家で髪を切るのが一般的だったという。50歳以上の男性たちは、当時の家の散髪は「痛かった」と回顧する。髪を刈り上げるのに使われた「老推子」と呼ばれる手動のバネ式バリカンが鈍くて髪の毛がよく挟まったのが原因らしい。この手動バリカンは横長の山型の2枚の刃を左右に往復させて切る仕組みだからさもありなん。とはいえ、この鈍そうだが憎めないレトロな道具や親子のヘアカット風景はなんとも牧歌的だ。
ヘアカットの店も色々
今では外で切ってもらうのが普通だが、店は多様だ。減っているがギリギリでまだ出会えるのが青空床屋。これは、道具箱と椅子を持って公園の木陰などの一角に陣取って開業する床屋さんだ。我が家の近くの水路沿いの空き地にも居て、ジーンズ姿の叔父さんが7元(約100円)という驚きの良心価格で髪を切っている。見ていると、年配者が中心だが、いつもお客さんがいる。
今は減ったが、まだ橋の下や公園で出会える青空床屋。昔のままの風景で、価格も良心的。年配のお客さんがいつもいる。写真撮影/筆者
他にも1人分の椅子しかないような小さい床屋や、地方に行くと「髪廊」と呼ばれる怪しげな副業をしていると噂の小規模の床屋もある。一方、北京で一番多いのは普通の男女兼用の美容院だ。上京してきたばかりの初々しいチョイ悪兄ちゃんたちがワイワイ働いている店が多い。こういう店のシャンプー・カットは30〜80元(450〜1,200円)程度。近年は高騰しているが、まだ安い。
その一方で主に流行に敏感でリッチなイマドキの女子を対象として伸びているのが「日式」などを掲げるオシャレな美容院だ。日本式はレベルが高くてオシャレと目されており、「木北」や「東田」という日本風の名を冠したチェーン店も見かける。
流行の最先端をうたう美容院は多くがシャンプー・カットで300元(約4,500円)、パーマは800元(約1万2,000円)以上など日本並みかもしくはそれ以上の値段を取る。隔世の感がある。
ところで、以前から不思議なのだが、北京では薄毛(ハゲ)の人がどういう訳か少ない。約10年前に、アデランスが世界21カ国で実施した薄毛率調査でも、中国は堂々世界一ふさふさな国に輝いた。薄毛は欧米、北中米、アジアの順に低下する「西高東低」傾向にあるのだとか。
原因は、男性ホルモンによる体毛と頭髪バランス説で、西欧人より東洋人は薄毛になりにくいという。また、中国のふさふさ要因は青菜などの野菜中心の食習慣やストレスの少なさによるなど各説ある。しかし、そうだとすると、中国の肉摂取量やストレスが急増する今日、予断は許されない。
レトロで牧歌的なおうちカットから青空床屋、そして日本以上に高い「日式」高級カットまで急変する北京。ここでは、世界一豊かな髪の毛をめぐる環境も大きく変化している。
北京で一番多い男女共用タイプの美容院。若い美容師たちが賑やかに働いている。腕はともかく、お店はこぎれいだ。写真撮影/筆者
※本稿は『月刊中国ニュース』2020年7月号(Vol.101)より転載したものである。