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【19-11】中国のフィンテックが金融業に与える影響

2019年11月29日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 前回の本コラム では、中国のフィンテックの拡大とそれに対する規制監督の動きについて述べたが、今回はフィンテックの拡大が中国の金融業にどのような影響を与えているか、考えてみたい。

キャッシュレス決済の普及

 中国では、アリペイやウィーチャットペイなどの普及により、キャッシュレス決済が一般化し、キャッシュレス決済比率は日本よりはるかに高いと言われている。キャッシュレス推進協議会の資料によると、2016年の家計最終消費に占める電子マネー決済額とカード決済額合計の比率は、日本では19.9%にすぎないのに対して、中国は65.8%となっており、中国では日本と比べてキャッシュレス決済がはるかに普及している。

 この背景として、スマホを利用したモバイル決済の急速な拡大が挙げられる。インターネットへのアクセス手段について、中国インターネット情報センターの統計によると、スマホでインターネットにアクセスする人の比率は2009年には60%程度であったが、2019年6月には99.1%に達している。この間、デスクトップパソコンからのアクセス比率は73%から46%に低下している。中国人民銀行の統計によると、銀行が処理したモバイル決済は2014年に決済回数で見て45億回だったものが2015年には138億回と3倍に拡大し、2018年には605億回に達している。金額で見ても2014年に22.6億元だったものが2015年には108億元と5倍弱になり、2018年には277億元に達した。中国のキャッシュレス事情についてのレポートや報道などでも、しばらく現金を使ったことがないという人が多いとか、実際に現金が使いにくいという情報をよく見かける。

現金流通量は依然として増加している

 一方、通貨流通量の統計をみると、定期預金などを含む広義通貨M2の前年同期比伸び率は2010年12月末に19.7%、2011年12月末に13.6%であったのに対して、現金流通量を示すM0は同時期に16.7%、13.8%とほぼ同水準の伸びを示していた。それが最近になると2017年12月にM2は8.2%、M0は3.4%、2018年12月にM2が8.1%に対して、M0は3.6%とM0の伸びがM2の伸びと比べてかなり低い水準となっている。これは、キャッシュレス決済普及の影響と考えることができる。日本のマネーストック統計をみると、M2は2016年12月3.9%、2017年12月3.6%、2018年12月2.4%の伸びとなっているのに対して、現金の伸び率は同時期にそれぞれ4.4%、4.5%、3.4%であり、現金の伸び率のほうが高い。ゼロ金利政策によって、現金保有の機会費用が低下していることも影響しているだろうが、中国とは対照的である。なお、日本の現金流通量の対GDP比率は2018年で18.7%であり、中国の8.1%よりかなり高い。

 もっとも、中国についても、現金の流通量が急速に減少しているというイメージと現実は少し異なる。M0のGDP比率をみると2010年の10.8%から2018年の8.1%に若干低下しているものの、絶対額でみると2010年12月末の26兆6千億元から2015年末には40兆元、2018年末には55兆元と一貫して増加している。中国では、1年物定期預金基準金利が1.5%と日本に比べて十分高水準で、現金保有の機会費用が高い。退蔵のための現金需要がここにきて増加しているとは考えにくく、決済需要のために現金が増加しているとみるべきであろう。中国のようにキャッシュレス決済が普及している国でも、現金決済の需要は経済成長に伴って依然として増加しているということになる。日本では、キャッシュレス決済推進の理由の一つとして、現金のハンドリングコストの削減が挙げられることが多いが、中国の例をみると、キャッシュレス決済が相当普及しても、現金流通量の劇的な減少、ハンドリングコストの大幅な縮小は生じない可能性がある点には注意が必要である。

 なお、現金のハンドリングコストという場合、誰かが現金を扱うために働いていて、そこにコスト=賃金が生じていることになる。キャッシュレス決済になっても、加盟店は通常、決済額の2~3%程度の決済手数料をカード会社等の決済機関に支払わなければならない。したがって、社会全体でコストがなくなるわけではない。現金のハンドリングコストを年間数兆円とする試算があるようであるが、年間約300兆円の日本の個人消費がすべてキャッシュレス決済で行われた場合、手数料の増加で同じく数兆円規模のコストが発生することには注意すべきである。銀行や店舗のレジで働いている人の賃金が決済機関等の手数料収入にシフトするだけである。この加盟店手数料を無料とする動きもあるが、その場合もタダでシステムが運営できるわけではないので、例えばキャッシュレス決済で得られるビッグデータを購入して収益につなげることのできる企業がそのコストを決済機関に支払い負担することになる。このコスト自体を技術革新によって引き下げるか、これらの企業の売り上げが、恒常的に手数料2~3%の増加分を上回る伸びを示さない限りこのようなビジネスモデルは持続的ではない。この点も、依然として名目成長率が7%を超える中国と、0.5%程度にとどまる日本の違いとして認識する必要がある。

大銀行の従業員リストラは進んでいる

 キャッシュレス決済の普及や、前回本コラム で述べた第三者決済機関による少額貸付、資産運用サービスなど、銀行業務は外部からの侵食を受けている。しかし、業態別の総資産残高の推移をみると、大型商業銀行、株式制銀行、都市商業銀行など、銀行業界のすべての業態で総資産残高は増加し続けている。大型商業銀行でみると、2012年に60兆元、前年比9.3%増、2015年78兆元前年比10.1%増、2017年92兆元前年比7.2%増と順調に増加している。

 アリババやテンセントなど民営企業が出資する民営銀行が2014年末から設立され、2017年末には17行に達している。これら民営銀行は第三者決済機関の少額貸付業務が移管されたり、インターネット専門銀行であったりと、フィンテックに関連する銀行も多いが、2017年末で総資産合計が3,300億元にすぎず、銀行全体の総資産に占める比率も0.14%にとどまっている。こうした面から見ると第三者決済機関の銀行業務への進出が銀行業界に大きな影響を与えているとは言えない。一方で、既存の銀行がフィンテックを取り入れ、オンライン決済プラットフォームを立ち上げたり、少額融資業務を提供し始めたりしている。

 また、大型商業銀行5行(中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国銀行、交通銀行)の従業員数は2014年末の176万人をピークに2017年末には165万人と10万人以上減少している。日本のメガバンクの従業員は3万人前後であるから、中国の5大銀行の1行平均30万人以上という従業員数はそもそも多すぎるので、いずれかの時点で減少するのが自然とはいえる。しかし、ここにきて減少しているのは、キャッシュレス決済などフィンテックの進展による業務の効率化やサービスの変化がある程度影響しているとみるべきであろう。ちなみに、「余額宝」などの資産運用サービスは個人の資金を集めて法人の大口優遇金利預金に変換しているため、銀行から見ると、調達金利の上昇要因となる。銀行業全体の利鞘の推移をみると、2011年、2012年には2.7%程度であったが、2018年、2019年になると2.1%程度に低下してきている。大銀行の従業員数の減少はこのような利鞘縮小によるコスト削減圧力も関係しているものと見られる。

フィンテックの影響

 中国におけるフィンテックの進展は著しいものがあり、銀行業務も第三者決済機関の銀行業務への進出による業務効率化のプレッシャーや提供サービスの見直し、利鞘縮小など大きな影響を受けている。しかし、その影響を過大に評価すべきではない。スウェーデンのようにキャシュレス決済が広く普及して現金流通量の対GDP比率が1.2%(2017年)と、ほぼ現金がなくなった国もあるが、中国では現金流通量が減少し始めたわけではなく、増加を続けている。また、既存の銀行はすべての業態で資産を拡大させている。大型商業銀行5行では従業員の減少が生じているが、その他の業態の銀行の従業員数は増加し続けている。日本におけるフィンテック普及の金融業に対する影響を考える場合も、制度が異なるとはいえフィンテック先進国である中国で現在生じていることを冷静に分析すべきであろう。

(了)