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【12-12】中国の愛国教育

柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員)     2012年12月18日

 振り返れば、この10年間、日中関係はぎくしゃくしてかつてないほど悪化している。一部の論評によると、中国で実施されている愛国教育によって、中国の若者の嫌日感情が煽られた結果、日中関係が悪化した、と指摘されている。分かりやすい説明だが、説得力は十分ではない。ここで、中国で繰り広げられている愛国教育とはどういうものか、中国の若者の対日感情がなぜ悪化しているか、を分析してみたい。

愛国教育の本質

 そもそも愛国教育は、最近始まったものではない。中国共産党が政権を取り、中華人民共和国を建国してから一貫して愛国教育を行ってきた。愛国教育の基本は、人民を苦難の中から解放し、幸せな生活をもたらしたのは共産党であるとして、人民に共産党を愛するよう求めたものである。すなわち、愛国教育の本質は「愛党教育」である。

 愛国というなら本来、中国の素晴らしい文化を教育の中に取り入れなければならないはずだが、社会主義中国になってから、文化大革命をはじめとする政治闘争が繰り返され、中国の古い文化を根こそぎにしようとした時代が長かった。その代わり学校教育では、蒋介石の国民党時代、人民の生活がどれほど苦難に満ちたものだったか、が徹底的に教え込まれた。だからこそ、国を愛する人民は、共産党を愛さなければならないという論理展開だった。

 無論、愛国教育の中で、中国の敵として挙げられていたのは蒋介石の国民党だけではなかった。アヘン戦争における英帝国主義や抗日戦争における日本帝国主義、および国民党を支援した米帝国主義などの列強が敵として挙げられていた。蒋介石の国民党時代、政府幹部の腐敗が横行し、国民の生活が苦しかったことは事実である。また、日米英などの列強は清朝末期、中国を侵略し、沿海部の各省を植民地化した。さらに日中戦争が侵略戦争だったことも事実である。

 したがって、100年以上にわたって内憂外患の苦みを味わってきた中華民族の復興を目的に、愛国教育を実施するのであれば、それは決して非難されるべきものではない。問題は毛沢東時代、愛国教育の一方で、反右派闘争や文化大革命によって共産党内の権力闘争や知識人の弾圧が繰り広げられ、その結果、国民の生活はいっそう苦しくなったことである。

 結論的に言えば、愛国教育は国を愛する気持ちを育てるものというのは建前であり、本質的には、共産党の求心力を高めるための道具として使われてきたのである。

愛国教育の効果

 では、数十年にわたる愛国教育は、どのような効果をもたらしたのだろうか。

 まず、毛沢東時代、愛国教育は国民の「共産党を愛する」気持ちを相当高められたはずである。学校や国営企業などの職場では、「共産党がなければ、新中国がない」といった愛国歌謡が毎日のように歌わされた。毛沢東時代は徹底した鎖国主義の時代だったため、外国の情報がほとんど入らない中、愛党愛国キャンペーンによって国民は相当洗脳されていた。現在50歳代以上の中国人の一部は、いまだに「毛沢東は中国を救った救世主」と信じている。

 現在実施されている愛国教育は、かつての愛国キャンペーンと同じような効果が得られているのだろうか。幸いにも、その答えはノーである。

 今の中国は、学校教育でこそ愛国教育が行われているが、若者たちはインターネットやテレビ、新聞、雑誌などを通して、好きなように外国の情報を手に入れることができる。情報量でいえば、若者が接する情報の中で愛国教育が占める割合は、ごくわずかでしかない。仮に、愛国教育がそれなりの効果を生んでいるというのであれば、共産党への求心力がなぜここまで低下したのだろうか。

 ここで、一つ重要な問題を指摘しておきたい。学校や職場などで若者が高い評価を得たり、昇進したりしようと思えば、嘘でもいいから共産党を愛している振りをしなければならない。ここには中国人社会の本音と建前の使い分けが見え隠れしている。

 改革開放前と比べると、共産党や共産主義を信じている中国人は激減している。しかし、社会主義の看板を下ろしてしまうと、共産党指導体制の重要な根拠が一気に崩れてしまう。これは共産党指導部がとても受け入れられないことである。要するに、共産党は、社会主義の看板によって自分の立場と利益を守っているということである。

中国の若者の対日感情

 中国の若者の対日感情が悪化しているのは事実である。学校の歴史教科書に抗日戦争に関する記述は少なくないが、対日感情悪化の主因は、それ以外のところにある。

 客観的にみて、同文同種といわれる日本人と中国人の国民性はあまりにも異なり、若い世代もお互いを知らなさすぎる。

 現在、中国に25000社の日本企業が直接投資を行っており、直接雇用されている中国人従業員は600万人に上るといわれている。日本企業に勤めている中国人従業員は、自分の才能と努力が適正に評価されず、馬鹿にされている、と考えている人も少なくない。

 日本のことをかなり知っている中国の若者でさえ、日本企業の経営に理解を示していない現実を見ると、日本のことをほとんど知らない中国の若者が、どうして親日感情を持てるというのだろうか。要するに、コミュニケーション不足が中国の若者の対日感情悪化をもたらしているのである。

 歴史の負の遺産は、若年層に限らず、中国における対日感情の悪化をもたらしている。今から思えば、日中両国はあの不幸な戦争が残した問題を適切に処理せず、多くの問題をあいまいにしたまま蓋をしてしまった。

 かつて、中国の国力が弱かった時代、中国人は黙っていたが、現在、中国はすでに世界2位の経済大国になっており、日本の政治家が戦争責任を否定するような発言をすれば、これ以上黙ってはいられなくなった。この議論の延長線上にあるのは、ナショナリズムの台頭である。

 中国国内では毎年多くの抗日戦争関連の映画やドラマが作られ、放送されている。毛沢東時代の映画製作技術はお粗末だったが、今は製作技術が向上し、抗日戦争映画やドラマも見ごたえのある面白いものが少なくない。

 歴史教科書と違って、娯楽性のある映画とドラマゆえに、描写が誇張されることも多い。歴史を詳しく知らない若者が、こうした抗日戦争映画とドラマを見れば、当たり前だが、日本ことは好きになれない。

 歴史の真実を明らかにすることは重要である。だが、現実に日中間にはコミュニケーション不足による誤解がある。歴史について論争をすることは重要だが、それより先に、コミュニケーションの改善によって、お互いの誤解を解消することに努力することの方がよほど生産的である。

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