【23-020】《注目分野》リサーチフロント2023について(その1)
JST北京事務所 2023年12月26日
1.概要
科学技術の振興を図るにあたって、現在、そしてこれからの注目分野を見極めていくことは、極めて重要である。世界各国や科学技術に関連した統計・分析を取り扱っている企業・シンクタンク等によってさまざまな取組みがなされている。
中国科学院(科学技術戦略諮問研究院および中国科学院文献情報センター)とクラリベイト・アナリティクス社が毎年共同で中国発の注目分野の分析としてリサーチフロントを発表している。これは、最も研究開発が盛ん(ホット)な新興(エマージング)の研究領域(リサーチフロント)を特定するためのレポートである[i]。
今年は2023年11月28日に北京でリサーチフロント2023の発表が行われた(昨年のリサーチフロント2022の発表は12月27日)。
その概要について、サーチフロント選定の方法論(昨年から若干手法が変更)および具体的なリサーチフロントを報告する。
2.リサーチフロント選定の方法論
(1)基本的な考え方
世界で最も重要な研究論文を持続的に追跡して論文が引用されるモデルとクラスタ化された高引用論文が頻繁に共同で引用(共引用)される状況を分析することにより、研究の最前線(リサーチフロント)を発見することができる。
高引用論文が共引用される状況が一定の活発さと一貫性に達すると、リサーチフロントが形成される。この高引用論文はリサーチフロントを構成する「コア論文」である。
つまり、リサーチフロントの分析にあたり主観性を排除し、研究者の相互引用に基づき形成された知識と知識、研究者と研究者の関係を探り、研究分野の発生・集約・発展(または収縮、消散)、近隣の研究活動ノードへの分化、自己組織化の動きを追う。この過程で、各グループのコア論文の基本的な状況、例えば主要論文、著者、研究機構等を明らかにして追跡することにより、各分野での最新の進展と報告を見出すことができる。
(2)2023年リサーチフロントの選定方法
ESIデータベース中のリサーチフロント(12,922領域)を起点として、自然科学および社会科学11分野でより活発な研究や急速に発展しているリサーチフロント見つけることを目標とした。
報告書に記載された上記リサーチフロント(128領域)の具体的な選定方法は以下のとおり。
(内訳:110領域のホットリサーチフロントと18領域のエマージングリサーチフロント)
〔1〕対象:
クラリベイトESIデータベースの2017年~2022年までに発表された論文
〔2〕ダウンロード時期:
2023年3月
〔3〕役割:
①クラリベイト社:
リサーチフロント128領域の核心論文とその引用論文データを提供
②中国科学院科学技術戦略諮問研究院科学技術戦略情報研究所:
リサーチフロントの分析とキーリサーチフロント(キーホットリサーチフロントとキーエマージングリサーチフロントを含む)の選定および解析
(※)括弧内は2022年 (※)臨床医学のキーエマージングリサーチフロントは1つのキーエマージングリサーチフロントグループとして選定 |
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連番 | 11分野 | ホット リサーチ フロント |
内、キー リサーチ フロント |
エマージング リサーチ フロント |
内、キー リサーチ フロント |
1 | 農業科学・植物学・動物学 | 10(10) | 2(2) | 1(2) | 1(2) |
2 | 生態環境科学 | 10(10) | 2(2) | 1(2) | 1(1) |
3 | 地球科学 | 10(10) | 2(2) | 1(1) | 1(1) |
4 | 臨床医学 | 10(10) | 2(2) | 5(17) | 1(1) |
5 | 生物化学 | 10(10) | 2(2) | 4(11) | 1(1) |
6 | 化学・材料科学 | 10(10) | 2(2) | 2(3) | 1(1) |
7 | 物理学 | 10(10) | 2(2) | 1(2) | 1(1) |
8 | 天文学・天体物理学 | 10(10) | 2(2) | 2(2) | 1(1) |
9 | 数学 | 10(10) | 2(2) | 0(2) | 0(1) |
10 | 情報科学 | 10(10) | 2(2) | 0(2) | 0(1) |
11 | 経済学・心理学 及びその他社会科学 |
10(10) | 2(2) | 1(11) | 1(1) |
計 | 110(110) | 22(22) | 18(55) | 9(12) |
3.ホットリサーチフロントの選定方法
ESIの20分野を11分野に集約して分類。また分野により選定方法が2つに分けられている。
(※)ESI(Essential Science Indicators):クラリベイト社の文献データベース"Web of Science Core Collection"のデータに基づく研究業績に関する統計情報と動向データ。
(1)方法1(従来用いてきた方法)
①コア論文の総被引用回数に応じてリサーチフロントをソート。
②各ESI分野で上位10%の最も影響力のあるリサーチフロントを抽出し、11分野で整理。
③次に、コア論文の平均出版年に従い「最も若い(新しい)」リサーチフロントをソート。
④各学科の戦略情報研究所研究員による調整等を経て、11分野における ホットリサーチフロントとして選定。
(2)方法2(2022年に数学、情報科学の2分野について行った試みを調整した方法)
①コア論文の1論文あたりの平均被引用数でリサーチフロントをソートし、11分野における当該分野の1論文あたり平均被引用数を上回るリサーチフロントを特定。
②次に、コア論文の平均出版年に従い、再度リサーチフロントをソート。
③戦略情報研究所研究員により、これらのリサーチフロントの研究テーマが当該分野の知識の進歩に大きく貢献したかどうかを判断し、若干の代替のリサーチフロントを選定。
上記2つの方法を組み合わせ、最終的に各11分野それぞれに10領域を ホットリサーチフロントとして選定(11分野×10領域=110領域のホットリサーチフロント)。
なお、各分野それぞれにおける近年最も影響力のあるリサーチフロントであるが、各分野の特徴や引用の傾向は異なるため、全分野を跨いで最大かつホットなリサーチフロントであることを示すとは限らない。
4.エマージングリサーチフロントの選定方法
いくつかのリサーチフロントには、新しく発表された(若い)コア論文が多数あり、これらは通常急速に発展している研究の方向を示していることが示唆される。リサーチフロントを構成する基礎文献であるコア論文の最新性を考慮し、エマージングリサーチフロントと称される。
エマージングリサーチフロントは、以下の方法で選定される。
(分野共通)
① コア論文の平均出版年が2021年6月以降のリサーチフロントを対象。
② 各ESI分野別にリサーチフロントの被引用回数により上位10%のリサーチフロントを選択。
③ 戦略情報研究所研究員が調査とレビューを行い、ESI分野別にエマージングリサーチフロントを選択し、11分野に統合して11分野の18エマージングリサーチフロントを選定。
エマージングリサーチフロントは分野別の上限数を決めずに選考しているため、各分野の間で均等ではない(2023年において、数学および情報科学ではエマージングリサーチフロントは選定されなかったが、臨床医学では5領域が選定されている)。
5.キーリサーチフロント
上述のホットリサーチフロントおよびエマージングリサーチフロント計128領域に対して、研究情報研究所研究員による当該リサーチフロントの発展傾向の分析を経て、キーリサーチフロント31領域が選定された。
キーリサーチフロントには、キーホットリサーとフロントとキーエマージングリサーチフロントにより構成される。
リサーチフロントは、引用回数の高いコア論文グループと当該コア論文を共引用する引用論文グループで構成される。コア論文は、ESI同分野同年の被引用回数上位1%論文から取得される。
これら影響力を有するコア論文の著者・機関・国は、当該分野で高い貢献をしていると考えられる。
またこれらを詳細に分析することで、コア論文によって提案された技術・データおよび理論が公開後にどのようにさらに発展したかも示される。
各領域の重要性および影響力と、最近急速に伸びているという新興の度合いを示すためにキーリサーチフロントでは二つの指標を用いている。
<指標P(コア論文数)>
コア論文数Pはリサーチフロントの中で知識基礎の重要性を示し、一定の期間内でPが大きい程このリサーチフロントがより影響力を有していることを示す。
<指標CPT(論文あたりの年平均被引用回数)>
CPTはリサーチフロントの注目度合いと注目されるリサーチフロントに関する論文の発表年も反映しているため、リサーチフロントの影響力と新興の度合いを示す。
C:コア論文が引用される回数
P:コア論文数
T:コア論文を引用した論文が発表された期間の年数(最新の引用論文と最初の引用論文出版時期との差。例:最新の引用論文2021出版、最初の引用論文2017年出版の場合、T=5となる)
CPT指標の値が大きいということは、よりホットでインパクトがあるということを意味する。
①PとTの値が同じである場合、Cの値が大きいものが、多く引用されていてより広い影響力があるということを示す。
②CとPの値が同じである場合、Tの値が小さいほうがより短期間に注意を集めているということを示す。
③CとTの値が同じである場合、Pの値が小さいほうが、コア論文1本がより広範な注目を集め、影響力を有しているということを示す。
<2023年度>
①各ESI分野のホットリサーチフロント10領域ごとに「指標P(コア論文数)」および「指標CPT(論文あたりの年平均被引用回数)」を用い、また戦略情報研究所研究員による当該リサーチフロントが重大な問題を解決するために重要であるかを考慮し各2領域のキーホットリサーチフロントを選択。
②一方で、「指標P(コア論文数)」数が最も高いリサーチフロントであっても、当該コア論文がすでに解読されており大きな変化がない場合、2番目のP(コア論文数)を有するリサーチフロントが選択される。
③これらの方法を組み合わせ、最終的に研究情報研究者がCPTと専門的な判断を経て31領域のキーリサーチフロントを選定。(2領域×11分野=22領域)
④また、エマージングリサーチフロントから、研究情報研究所研究員がCPTと専門的な判断を経て9領域のキーエマージングリサーチフロンを選定
(計31領域:キーホットリサーチフロント22領域+キーエマージングリサーチフロント9領域)
6.国家リサーチフロントホット指数による比較
ホットリサーチフロント110領域、エマージングリサーチフロント18領域の計128領域のリサーチフロントについて、国別の貢献度(コア論文数における国別割合+引用論文数における国別割合)+影響度(コア論文の被引用回数における国別割合+引用論文の被引用回数における国別割合)を比較し、それぞれのリサーチフロントや各分野のリサーチフロントにおける研究の活性度を明らかにする。
【国家リサーチフロントホット指数】
(※)日本の括弧は順位 | ||||||
国名 | 2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 | |
アメリカ | 204.89 | 226.63 | 209.23 | 194.89 | 207.71 | |
中国 | 139.68 | 151.29 | 191.43 | 148.34 | 135.81 | |
イギリス | 80.85 | 79.59 | 85.59 | 85.11 | 89.41 | |
ドイツ | 67.52 | 75.31 | 64.13 | 65.65 | 81.58 | |
フランス | 46.30 | 46.19 | 48.66 | 45.39 | 56.45 | |
日本 | 29.53(12) | 31.59(11) | 28.25(11) | 38.65(10) |
順位 | 国名 | 国家リサーチ フロントホット指標 |
内、国家 貢献度 |
内、国家 影響度 |
1位 | アメリカ | 207.71 | 106.88 | 100.83 |
2位 | 中国 | 135.81 | 78.80 | 57.01 |
3位 | イギリス | 89.41 | 44.81 | 44.60 |
4位 | ドイツ | 81.58 | 41.01 | 40.57 |
5位 | フランス | 56.45 | 27.08 | 29.37 |
6位~9位:イタリア、カナダ、スペイン、オーストラリア | ||||
10位 | 日本 | 38.65 | 20.07 | 18.58 |
(※)色つきの分野は、中国が1位。 (ポイント) ① 米国、中国、英国、ドイツ、フランスの5カ国で全体の90%(115/128領域)を占める。 |
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連番 | 11分野 | リサーチ フロント数 (ホット+エマージング) |
米 | 中 | 英 | 独 | 仏 | そ の 他 |
1 | 農業科学・植物学・動物学 | 11 | 4 | 5 | 0 | 0 | 0 | 2 |
2 | 生態環境科学 | 11 | 4 | 4 | 1 | 1 | 0 | 1 |
3 | 地球科学 | 11 | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 |
4 | 臨床医学 | 15 | 11 | 0 | 1 | 2 | 0 | 1 |
5 | 生物化学 | 14 | 9 | 1 | 1 | 0 | 0 | 3 |
6 | 化学・材料科学 | 12 | 3 | 8 | 0 | 1 | 0 | 0 |
7 | 物理学 | 11 | 9 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 |
8 | 天文学・天体物理学 | 12 | 6 | 2 | 2 | 2 | 0 | 0 |
9 | 数学 | 10 | 7 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 |
10 | 情報科学 | 10 | 4 | 3 | 1 | 0 | 0 | 2 |
11 | 経済学・心理学 及びその他社会科学 |
11 | 2 | 3 | 2 | 1 | 0 | 3 |
計 | 128 | 69 | 31 | 8 | 7 | 0 | 13 |
(その2 へ続く)