【20-003】都市によってこんなに違う 中国人の消費行動
2020年2月12日
須賀 昭一(すが しょういち):伊藤忠総研
略歴
2003年、内閣府入府。北京大学大学院(政治経済学)留学、「月例経済報告」の中国経済分析担当の参事官補佐、国家戦略会議フロンティア分科会委員などを経て、2015年から現職。主に中国の経済・産業の調査分析に従事。
広大な国土、多民族、多様な文化、貧富の格差......知れば知るほど中国をひとくくりで語ることは難しい。それは消費市場についても当てはまる。世界最大と期待される中国の消費市場だが、都市ごとにその動きを見ると、嗜好や発展段階、インフラ整備状況などによって異なる消費行動の実態が浮かび上がってくる。
中国人の消費、というと、皆さんは何をイメージするだろうか。身近なところでは、一昔前の電化製品の「爆買い」やドラッグストアに群がる訪日観光客......などを思い浮かべるかもしれない。このような日本で見られるステレオタイプの中国人の消費行動は中国人全体に当てはまるものなのだろうか。今回は、普及が進む中国のオンラインショッピングのデータを元に、中国人の消費行動の実態について見てみよう。
中国では人口や経済規模に基づいて都市を、一線・二線・三線・四線・五線......とカテゴリー別に分類することがある。具体的には、一線は、北京、上海など旅行やビジネスで日本人もよく訪れる超大都市だ。二線は、天津のような直轄市や各省の省都のような経済レベルの高い大都市である。三線は、二線より経済レベルが低い一部の省都を含む中都市で、日本のビジネスマンにも馴染みのある都市としては、江蘇省南通市や広東省東莞市などが挙げられる。さらに、四線・五線になると、雲南省や貴州省のような西部の小都市が多くなり、中には少数民族の自治州など、日本人ではよほどもの好きな旅行者くらいしか訪れたことのない都市名が並ぶ。このカテゴリーに地域をかぶせると、超大都市である一線都市は東部中心、小都市である四線・五線都市は中西部中心、とイメージしていただいていいだろう。
これらの都市グループの違いは、大まかに言えば、大規模都市ほど所得水準や経済発展レベルが高いことに加えて人口規模(=消費市場規模)が大きいが、個人消費の伸びは低い(=消費市場拡大のスピードは遅い)。小規模都市はその逆である。ここまでは大体イメージがつきやすい。ただ、例えばキャッシュレス決済のようなオンラインサービスの利用率を見ると、一線84%、二線82%、三線85%と総じて高い(※四線以下のデータはなし。博報堂「生活者"動"察2018」より)。また、オンラインショッピング販売額が小売り全体の2割以上を占める(2018年、日本は1割未満)。このように、スマホなどによるオンラインサービスは、都市規模の大小にかかわらず広く中国社会に浸透し、重要なインフラとなっていることが分かる。
以上のような状況を前提に、次の表を見てほしい。これは大手Eコマース企業である京東(JD.com)のデータに基づいた「地域別消費動向調査」(2018年)の結果概要だ。これは、消費者がどのような商品をオンラインで購入したか、消費者が居住する都市グループ別に整理したもので、100を上回ると全国平均より購入額が多いことを表す。これを眺めているといくつかの特徴が指摘できる。
(出所)京東数字科技研究院 (注)購買指数が100を上回ると全国平均より購入額が多いことを表す。
まず、一・二線都市では酒類、食品飲料、生鮮食材、医薬・健康用品、ペット用品のような単価が比較的低く、購入頻度が高いとみられる消耗品のニーズが強い。一方、四・五線都市では家庭用電気機器、家具など比較的単価が高く、購入頻度の低い耐久財が多く売れていることが分かる。これは、所得が高い大都市の消費者ほど、すでに単価の高い耐久財は入手しているため「生活の質」の更なる向上に資する分野への支出が大きい一方で、小都市は大都市よりも消費市場が未成熟の段階にあると言える。こうした実態からは、冒頭に挙げたような、日本のドラッグストアで医薬品や化粧品を買い漁る中国観光客の属性も透けて見えてくるし、電化製品の「爆買い」も、今後小都市からの訪日客が増えてくれば再び見られる光景となるかもしれない。
このような消費市場の発展段階に応じた大きな流れは比較的推測しやすい。ただ、より細かく見てみるともっと複雑な実態が浮かび上がってくる。
例えば、四・五線都市における生鮮食材の購入傾向が著しく低いことは、嗜好性の違い以外に、物流インフラの未整備も考えられる。沿海部で取れた生魚は、東部の大都市の消費者は入手しやすいが、西部の小都市の消費者は欲しくても入手困難だろう。
また、小都市では衣類・靴の購入額が大きいが大都市の消費者はこうした分野の消費が少ないのだろうか?正確には分からないが、これは小都市ほど実店舗が少ないことが原因と考えられる。例えば、ユニクロは中国でも人気があり、大都市を中心に店舗を展開している。だが、店舗のない五線都市の消費者はその商品を購入したいと思っても、100%オンラインでの購入に頼らざるを得ないだろう。
その他、PCやデジタル製品は大都市の消費者ほど多く購入する特徴が見られる。この原因も確かではないが、大都市ほどそうした製品のメインユーザーとなる若い世代や企業が集まっていることが想像できる。
以上のように「都市規模別のオンライン消費市場」の状況だけでも中国の消費市場の多様性を垣間見ることができる。その他にも、都市と農村、年齢構成、地域による嗜好性、オンラインと実店舗、などの切り口から見れば中国の消費市場はまた異なる顔を見せるだろう。
巨大な消費市場・中国への期待は正しい。ただ、消費分野に進出する日本企業は、ターゲットとする市場をめぐる様々な要因を見定めたうえで、マーケティング戦略を練る必要があるだろう。
※本稿は『月刊中国ニュース』2020年3月号(Vol.97)より転載したものである。